「ふぅ......まあ、こんなもんでしょうか」
ケイは腰に手を当て、数時間にわたる奮闘の成果を見て満足な顔で頷いた。
かつて書類の山脈が消滅し、床が無事に平原に戻された。書類たちは棚に種類と重要度に分類されるようにまとまれた。
また、すでに保存期間を過ぎて場所を圧迫していた書類や不用品は、大きく「廃棄」と書かれた段ボールに詰め込まれている。これで、先生がよく口にする「棚に空きがないので床に置くしかない」という情けない言い訳も、物理的に封印された。
「"ありがとう! ケイちゃん! ......そういえば、ここがこんなに広いのか"」
どうしても力仕事を手伝いたいと要望し、物の運搬などを担当した先生も、今はソファに深く沈み込んで疲れ果てている。しかし、スッキリと見通しの良くなった執務室を見回し、自分が普段座っている部屋の真の広さを今更ながらに実感したようだった。
「ケイちゃんではありません。次からは自分で注意してください。物が増える時、しっかり整理すれば、こんな手間をかける必要もありません」
ケイの声は少し疲れているが、どこか誇らしげだった。
「"ケイちゃんは、いいお嫁さんになりそう"」
「おおおおお、お嫁さん!?!?」
普通、こういうこと言われたとき、言ってくれた人──つまり先生のお嫁さんになると勘違いし、恥ずかしくなるのはラブコメの定番だが──
「何ですかいきなり! あ、あいつとは、まだそこまで具体的な話とか、将来の約束とかは.....いえ、何を言わせようとしてるのですか!?!?」
どうやらケイの心にはすでに他の相手が存在したらしい。
「"あっ、もしかしてデカグラマトンと、結構いい感じに進んでる?"」
「してません!!! 一回だけお出掛けしてるだけです!」
「"もうデートしたことあるんだね!"」
「デートではありません! ただ......その、コーディネートの提案をしてもらっただけで! それに、途中でお腹が空いたから近くの店で軽く昼食を摂っただけなんです。決して二人きりの食事とか、そういうんじゃないんですよ!? あと、化粧品売り場を通った時に、少しだけ商品を見ただけで!」
コーディネート以外は黙っていればいいものを、動揺のあまり自分から詳細な情報を開示していくスタイル。その内容は、どう客観的に聞いても立派なデートであったが──
「"......なるほど、なら確かにデートではなく普通のお出掛けかも?"」
しかし残念なことに、普段から生徒との距離感がバグっている先生は、ケイの言い訳を聞いてそれを「デートではないお出掛け」として受け取っていた......なぜなら、彼もよく生徒と同じことをしていて、デートである自覚を持っていなかったから。
「いいえ、それは普通のお出掛けのわけないでしょう!!」
と、なぜか言い訳が認められたら逆にキレるケイ。
「"どっちなんだよ!?"」
「では、今日はお疲れ様でした」
「"ミレニアムまで送らなくていい?"」
「先生は車を持っていないでしょう。ヘリで送られても目立つだけで困ります」
「"それもそうか"」
シャーレの当番を終えて、ミレニアムに帰る途中のケイは、自分の感情を改めて整理してみた。
──シャーレの先生、このキヴォトスで唯一無二の存在。
普通の女子高生にとって、少し年上、正確に言うと頼れる異性はかなり魅力的に見える。それはこの同性間恋愛が一般的になってるキヴォトスでもそれが変わらない。
実のところ、ケイにとっても先生はそういう「特別な大人」であることに変わりはない。
ケイの申告によると、自分は見た目よりも年上であること──デカグラマトンが作った体は製造年齢でいうと一年未満よりも年上という意味ではなく、見た目年齢である10代ではないという意味。
それもそのはず、ケイは現文明ではなく一個前の文明で作られた存在。それにアリスのようにずっと眠ってる訳ではなく、ずっと作動してるし、外の状況もある程度把握しているため、精神年齢もそれなりに高い。
もっとも、対人経験が極端に少なく、前までは機械的な思考をするだけのため、年上らしい余裕はあまり感じられないのだが
つまり、ケイからすれば先生は「憧れの年上」というより、未熟な生徒たちを共にお世話する「同年代の苦労人」という感覚に近い。
しかし、年上というフィルターを抜きにしても、生徒たちに献身的な動き、いつでも頼ってもいい信頼感、それなのに戦闘では弱くて守るべき対象、そして子供っぽくてかわいい一面もある。デカグラマトンのような暴力的な顔面はないけど、それなりの美青年ともいえる。
ケイから見ても、他の生徒たちが先生への好感度が高い理由もなんとなく納得し、一部の生徒では先生に向けるべき感情を超えてることも多少理解できる。何なら自分からしても結構魅力的な対象とも言える。
しかしその上で、ケイにとって彼はあくまで「先生」にして「友人」のような関係だった。
......理由は言わずとも、現在進行形でケイに猛烈なアタックを仕掛けている存在のせいだ。
先生にとって、ケイは「導くべき大勢の生徒」の一人だ。彼の愛情は無私で、どこまでも広く、平等で、優しい。
対して、デカグラマトンの成り立ちはケイとかなり似ていて、単純な製造年ならケイの方が年上かもしれないが、どの方面でも対等の存在。加えて、彼女は熱意を隠すという概念を持ってないように、真正面からぶつかってくる。
あんな直球を浴びせ続けられていては、先生を異性として意識する余裕など、あるはずもなかった。
改めてそのことを認識したケイは、頭を抱えた。
昨日、マルクトとの会話で認めざるを得なかったのだ。自分は、デカグラマトンのことを、決して嫌いではないのだと。
そして今日、先生の不用意な一言で、「お嫁さん」という概念の隣に、あいつの顔を当てはめてしまった。
──いよいよ、デカグラマトンへの感情を無視できなくなってきた。
「......本当、調子狂います」
絶対にありえない。そう断じながらも、もしも......もしもデカグラマトンの「お嫁さん」になる未来を想像し始めたケイ。
「......アインやマルクトたちとは既に顔見知りですから、親戚付き合いの苦労はないでしょう。あいつなら、アリスのことも大切にしてくれるはずです」
「ちょっとBOT気味ですけど、私の趣味を否定せず肯定してくれますし、それにま、毎日欠かさず褒めてくれるでしょう」
「もう一度キヴォトスを侵略して返り討ちにでも遭わない限り、私以外に興味を持たないはずですから。浮気の確率は、極めてゼロに近い」
「始めたばかりとはいえ、生活基盤は安定しています。そもそも、あいつの能力なら稼ぐ手段はいくらでもあるでしょうし......」
論理的に否定する理由を探そうとしたけど、なぜか全然その未来を否定する要素が一つもない。
「......あれ? もしかして、案外悪くないのでしょうか?」
強いて言えば、モモイたちに一生からかわれ続けることくらいだろうか。
「......きっと掃除で疲れて、思考回路がショートしているだけですから。そうです、そうに決まっています」
自分への言い訳を口実に、ケイは小さく息を吐いた。
もし本当に嫌いなら、あるいはどうでもいい相手なら、とっくに拒絶して日常に戻っているはずだ。
デカグラマトンとの未来など想像したくもないと言いながら、その選択肢を捨て去ることもできない。
ケイは、そんな狭間でもがいていた。
実際、ケイちゃんは先生ダル絡みの相手だけど多分恋愛感情持ってない、というか原作先生はたぶんそういうのは一切ないので、NTRではない(?)