「──おかしい、おかしいです!」
夜、ケイが自分の部屋で自分の声が思ったより大きかったことに気づき、慌てて口を押さえた。
時間の流れがバグったかと錯覚するくらいに穏やかな日々が過ぎ、明日がまた新しい週末が訪れようとしてる──ケイとデカグラマトンとの出掛けからさらに二週間も経った。
マルクトと先生の一件をきっかけに、ケイはようやくデカグラマトンに向き合いたいと思い始めたはずだった。
なのに、勇気は一向に出ない。何かアクションを起こすでもなく、考えるのですら怖かった。
かわりに訪れたのは、予想外に穏やかな日々だった。
デカグラマトンの授業のある日は普段よりも、少しだけ、あんまり支障が出ないように普段の二倍以上の時間をかけて身支度をしてから、まるで計算したかのように、デカグラマトンからいつも通りにキモいチャット送られる。そして、それを既読スルーしてからアリス達に会いに行く。
登校後、普段通りに友たちと過ごして、真面目に授業を受け、暇な時間ある時は今日のデカグラマトンがどんな服装を着てくれるのを想像するという、最後以外はまさに生徒そのもの。
そしていざ授業になると、やはりデカグラマトンと目線合わせた時や、名前が呼ばれる時はドキっとするが、ケイの反応がむしろクラスの中で薄い方だったから、誰も変と思わなかった──少なくともケイはそう信じていた。
クラスメイト達の策略通りに、デカグラマトンをクラスのグループチャットに追加したが、ケイの予想通りに事務に関係ない事は基本的に返事しないし、個人でのフレンド申請もあんまり通らなかったらしい。それを聞いたケイは結構ほっとした。
放課後はマルクトのバイト先の喫茶店に寄るのが習慣になった。コーヒー以外の飲み物も一通り試したが、キャラメルラテが一番落ち着くという結論になった。
それからゲーム開発部ではアリスやモモイたちと変わらない時間を過ごす。モモイに「最近のケイはなんかエロくなってるけど、これが発情の力だね!」と言われたので、モモイの納期だけ繰り上げをした。
帰ったら、ゲームをしたり、ファッションの勉強しながらデカグラマトンのメッセージが届くのを待つ。
実のところ、内容こそキモいだけど、デカグラマトンはあれから告白とプロポーズのような文言は全然送ってない......いや、正確に言うと「好き」や「愛してる」という内容はいつも送ってるが、ケイと「付き合いたい」や「結婚したい」という要望が全く来ない。
どうやらデカグラマトンの宣言通り「手順に従う」の最中だった。
が、送ってこないだからこそ、想像の余地があった。
──次はどんな告白をしてくるのだろう。
──もし受け入れたら、どんな返事をしよう。
──他の生徒に隠して付き合うなんて無理だろう。バレたら、いっそ、堂々と?
と、妄想の果ては、いつもケイがそういう妄想した自分にキレて終わる。
かなり青春な生活を過ごしてるが、それだけだった。
最初のうちは、あの死闘の時以上に感情の波が激しかった。
しかし最近では、その熱さは少しずつ、静かに日常に溶け込んだ。
決して相手のことをどうでもいいと思い始めたでもないのに、どうして前の熱さがなくなったのか?
「......『告白してきた人 最初ドキドキ しなくなった 理由』」
念のためにネットで調べたケイだが、出てきた結果は「それは恋から愛に転換し始めた──」と書かれた文章を見た瞬間、スマホを投げ飛ばした。
「そんなわけありません!! ......そう! こ、これはアクシデントに慣れ始めたからです! 学習した証拠です!」
自分に言い聞かせながら、ケイはのろのろと床のスマホを拾い上げました。画面はまだ、先ほどの検索結果を表示したまま。
──ドキドキが落ち着くのは、相手が『特別な存在』から『いて当たり前の存在』になった証拠です。
「っ!?」
すぐにそのページを閉じようとしたケイだが、後半の部分に自然と目が吸われた。
──もしまだ正式な関係になっていないなら、まずは試しに自分の感情を伝えたほうがいいです。やらない後悔よりは、やってからの後悔が成長になります。
「いて当たり前......」
──現状維持したい気持ちは分かります。しかし考えてください、その相手が自分ではなく別の人と一緒にいる光景を。
「あ、ああああいつがべべべつの人!? そんな訳ありません!!」
あの自認神、感情こそあるが基本的に他の人を対等として見てない。そんな奴が自分以外の相手に興味を持つのはあり得ない......と、ケイはそう思っていたが。
「本当に、そうでしょうか?」
デカグラマトン、鋼鉄大陸の時と比べて随分と人間社会に慣れ始めた。その自認上位存在という謎の考えが好みの人も現れたら、仲良くなれるのもおかしくない。
なんなら、「ケイと交際の時を備えて先に経験を積むことにした」とか言い出して他の人と関係を持つこともありえなくはない。
「何なんですか、この気持ちは!」
胸の奥が、ざわつく。
熱い。
苦しい。
思わずそのサイトをもっと見たら。
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ケイは迷いなくそのページを閉じた。
「私はバカでしたー!!」
結局適当なことを言ってお金払わそうとしてるサイドだと気づいたケイは、一瞬でも説得されたことにとてもなく恥ずかしく感じた。
そして、ピコンとしたシステム音が鳴った。先ほどまで持っていたスマホではなく専用端末の方だった。
『ケイ、一週間お疲れ。頑張った汝は輝いてる、私はそんな汝が好きだぞ』
「......まあ、いつものことですし」
既読してから、アプリを落として端末をスリープにするはずだが、なぜか指の動きが止まった。
「明日、せっかく暇なのに、どうして誘ってくれないのですか?」
前回から一回休日が挟んでいたにもかかわらず、デカグラマトンから出掛けの誘いが一切来なかった。
「次は私が好きな場所でいいって言ったのに......」
あの時、デカグラマトンは確かにそう言った。なのに、それ以来お出掛けの誘いは一度もない。
もしや、誘われるのを待っている自分の「受動的な態度」に飽きたのか?
それとも、既に休日の予定は「他の誰か」で埋まっているのか?
ふっと、最悪の想像が脳に浮かべた。もし、デカグラマトンが休日に他の生徒と仲良くデートしてるなら──
「こ、これは気分転換のためですから。他の友人の予定が詰まっているだけで......」
ケイは深く息を吸い、勢いのまま指を動かした。打った文章を見直したら死にたくなるので、逆に勢いで送信した。
『週末、暇ならどっかいきません? 急にですから、明日が無理なら明後日も』
「......送っちゃいました」
なぜかケイは、まるで現実の事ではなく、ゲームで大事な選択をしたように、自分の身に無関係とすら思える。
そして、一瞬。
体感時間では長いが、文字通りに1秒もないうちに、返事が来た。
『明日も、明後日も、私はすべて汝のためにある。何時、何処へ向かえばよい? 私の愛よ』
「バカ......ッ!!」
枕に顔を埋め、ケイは本日二度目の叫びを上げた。
しかし、その口元では抑えられずに上に向いてる。
どうやら、ケイの明日の予定は決まってしまったらしい。