銀夜の絶唱 -Nox Symphonia- 作:プロトタイプ・ゼロ
それは深い闇に覆われた夜だった。米国連邦聖遺物研究機関F.I.S.の地下施設は、すでに炎の海と化していた。
赤い警報灯が狂ったように点滅し、鉄骨の軋みと爆ぜるガラスの音が地獄の合唱を奏でる。マリア・カデンツァヴナ・イヴは、崩れかけた通路の奥で膝をついていた。
姉として、ただ一人守るべき妹の名を叫ぶ声が、喉から血の味と共に飛び出す。
「セレナァァァッ!! やめて……戻ってきて、お願い……!」
マリアの視界は涙と煙で滲む。
幼い頃、故郷の難民キャンプで祖母から教えられたわらべ歌が、頭の中で繰り返される。あの優しい旋律が、今、妹の命を削っている。施設中央の広間では――幼いセレナが立っていた。
13歳の小さな身体に、白銀の光がまとわりつく。
アガートラームのペンダントが輝き、彼女の周囲に淡い粒子が舞う。セレナは震える唇で、静かに歌い始めた。
「Seilien coffin airget-lamh tron」
その声は、炎の轟音を優しく貫く。
ネフィリムが怒り狂うように巨大な腕を振り上げて叩きつける。その瞬間地面が陥没し、その衝撃波がセレナを襲う。
だが彼女は両手を前に突き出し、銀の翼を展開——暴走エネルギーのベクトルを直接掴み取り、軌道を逸らす。
ネフィリムの腕が空を切り、壁を粉砕するが、セレナには届かない。
ネフィリムが連続で黒いエネルギー弾を放つ。三連射の弾丸がセレナに向かって飛来。
彼女は歌いながら身を翻し、一発目をエネルギーシールドで受け止め、二発目を銀の鎖のようなエネルギーで絡め取り、三発目を跳ね返してネフィリムの胸に命中させる。
爆発が起き、ネフィリムの体が一瞬よろめく。だが、怪物は怯まない。体から無数の触手が噴出、セレナを四方八方から包囲する。
彼女の小さな体が触手に絡め取られ、締め上げられる。
装甲が軋み、血が滲む。
「っ……くぅ……!」
痛みに顔を歪めながらも、セレナは目を閉じず、歌い続ける。歌声が響くたび、ネフィリムの巨大な白銀の躯体が痙攣する。
触手状のエネルギーが暴れ、壁を抉り、天井を崩落させる。
セレナの小さな身体は、歌によって暴れるネフィリムの触手によって中を描くように放り投げられる。壁に激突し立ち上がった彼女の唇から血が滴っていた。それを見たマリアは這うようにセレナに近づこうとするが瓦礫が道を塞ぐ。
「セレナ……! 私の代わりに……どうして……!」
その時――広間の闇の奥、崩れた壁の隙間から、一人の男が姿を現した。黒いコートを羽織った、鋭い目の男。黒い短髪が炎に照らされ、男の冷たい眼光がネフィリムとセレナを捉える。
男は――夜を生きる者だった。男は一瞬、状況を「観測」するように目を細めた。ネフィリムと戦闘を行っているセレナを見て状況をなんとなく把握すると、懐から銀色の小型デバイス――ナイトインヴォーカーを取り出した。
「……これは、悪夢か? それとも、歌で闇を終わらせる少女の、物語か……?」
マリアの視界に、その影が飛び込む。
誰? F.I.S.の関係者? それとも――敵?
「さぁ、貴様に悪夢を見せようか」
男はゆっくりとナイトインヴォーカーを胸に押し当てた。その後、イレイスカプセムを装填しトリガムを押して認証する。
『イレイス』
『オ・オ・オンユアマーク オンユアマーク』
ゆっくりと右手を嵌め込まれたイレイスカプセムの上に置く。
「擬装」
右手で胸を軽く引っ掻くような動作と共にナイトインヴォーカーへ装填したイレイスカプセムを回転させる。
『インヴォークナイトシステム』
白い靄が装着者を包み、姿が背景に溶け込むように消えて一度ベルトのみの姿となった後に、
『イレイス』
半透明のノクスナイトが徐々に色付きながら現れることで変身する。
複眼が冷たく輝き、ブレイカムバスターが銀の閃光を放つ。
ノクスナイトが、そこに誕生した。
セレナの歌が、一瞬途切れる。
「……誰……?」
マリアも息を飲む。
「セレナ、危ない! あの人――!」
しかしノクスナイトは、セレナの前に銀の壁のように立った。
複眼の奥で、ノクスナイトの孤独な声が響く。
「お前は、何を守ろうとしている? その歌で……夜を、終わらせるつもりか」
セレナは血に濡れた唇で微笑んだ。弱々しく、けれど決然と。
「姉さんを……みんなを……この子を……悪夢に、させない」
ネフィリムが咆哮を上げ、エネルギー弾を放つ。だがノクスナイトがカリバーモードのブレイカムバスターでエネルギー弾を斬り裂く。
ネフィリムがまたもや咆哮を上げ、巨大なエネルギー弾を連続で放つ。三連発の白銀の光球が炎を切り裂いて迫る。
ノクスナイトの複眼が鋭く光る。ブレイカムバスターを振り上げ、カリバーモードで最初の弾を斬り裂く。
銀の軌跡が炎を二つに分け、衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばす。二発目の弾がセレナに向かう。ノクスナイトは瞬時にグリップを換装――ランチャーモードへ変形。
トリガーを引き、銀色のエネルギー弾を連射。
ネフィリムの弾と激突し、空中で大爆発を起こす。爆風がセレナの髪を激しく揺らす。三発目が直撃寸前――
ノクスナイトはセレナを抱きかかえるように身を挺し、ブレイカムバスターを盾代わりに構える。
エネルギー弾が直撃し、銀の装甲が火花を散らす。
複眼の奥で、低い声が響く。
「……まだ、終わらせない」
ノクスナイトはトリガーを長押し。チャージ音が低く唸り、ブレイカムバスターの刀身が白く輝く。
ヴォイドカプセムをセットし、回転させる。
「――Break Void」
銀の奔流が放たれ、ネフィリムの核部に直撃。
巨体が大きく後退し、触手が一瞬萎む。セレナはノクスナイトの腕の中で、再び歌を紡ぐ。
声が震え、身体が光の粒子となって散り始めている。
「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl」
ネフィリムの核が再び膨張し、最後の抵抗として全エネルギーを集中させる。
施設全体が崩壊の危機に瀕する。マリアは這いずりながら、手を伸ばす。
「セレナ……! もう、十分だよ……!」
ノクスナイトはセレナを優しく床に下ろし、ブレイカムバスターを構え直す。
「歌で、闇を終わらせるなら――
俺も、夜を終わらせる手伝いをしよう」
二人の影が、炎と光の坩堝の中で交錯する。
「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el zizzl」
セレナの絶唱が頂点に達し、ネフィリムの暴走が基底状態へ強制リセットされていく。だが、その代償に――セレナの身体が、ゆっくりと光の粒子となって溶け始めていた。マリアの叫びが夜を裂く。
「セレナァァァァァァァァッ!!」
炎が一際高く舞い上がり、施設は闇と光の渦に飲み込まれる。
これからも頑張っていきますゆえ、なにとぞ感想をば願いたいと思います