元魔王は怪盗レディ・パンサーとなって、お宝を華麗に奪いたい! 作:底辺作家
「魔王アークよ。魔王軍を弱体化させた罪で国外追放とする!」
魔王軍の幹部が集まる中、俺は高らかに宣言した。幹部たちは、突然の追放劇に驚いて言葉を失ってうつむいている。その場を沈黙が支配する中、側近の一人で次期魔王としての呼び声の高いベリアルがおもむろに顔を上げた。
「恐れながら、魔王様が魔王様でございますが」
「何を言っているのかわからんな」
「それは、こっちのセリフでございます! 自分を追放するなど前代未聞!」
魔王様が魔王様という謎の構文を出したベリアルに正直な感想を言うと、急に顔を真っ赤にして怒り出した。
「俺の前に道はない。そして、俺の後に道はできる。前代未聞など笑止、と言いたいところだが、単にお前が知らないだけだろう。現に帝国の皇女もセルフ追放しているではないか」
「そんな話をどこで……」
甘い。この日のために俺はセルフ追放の元祖である元皇女と使い魔を使って何度もやり取りをしている。先ほどのセリフも元皇女に何度もダメ出しをされながら、苦労の末に書き上げたもの。加えて、想定問答集まで用意してある。今の俺に死角はない。
「しかしながら、魔王軍はどうするのですか?」
「お前に譲ってやる。早く魔王になりたいと言っていたではないか」
「なっ──!」
ベリアルは反論をしたくても反論できず、うつむいて押し黙っていた。次期魔王とおだてられて、「早く俺が魔王になって、世界を正さなければ!」と息巻いていたのを知っている。
迂闊な発言をすれば刺されて当然。俺はベリアルの望んだ魔王の座を刃として突きつけただけ。
「さて、そういうことだ。本日より、ベリアルが魔王と──」
「お待ちください!」
ベリアルを論破して魔王の座を押し付け、ようやく決着かと思っていた。しかし、今度は側近の一人ベルフェゴールが割り込んできた。決着が付きそうになってから割り込んでくるなよ、と怒鳴りたくなる感情を抑えて、魔王らしく(まだ魔王なので)悠然と構える。
「くくく、何か言いたいことがあるというのか?」
「はっ、現在、魔王軍は隣接する三国からの猛攻により劣勢。聞けば王国は勇者を召喚したという噂。この危機を乗り越えるには魔王様のお力が必要となりますれば──」
「ハッ、しゃらくさい! お前たちが『魔王様に任せれば問題ない』と言ってサボっていることはお見通しだぞ」
「くっ……」
問題があるたびに『最強の魔王様でなければ』と言って、全部丸投げしてくる部下に呆れてしまう。そもそも三国からの猛攻を撃退したのも全て俺(単独)なんだが。その上、勇者撃退まで丸投げしようとは、あまりに虫が良すぎるのではないか。
「これは、お前たちのことを慮ってのこと。俺が魔王で居続ける限り、魔王軍は弱体化する一方だと気付いたのだ。そして部下の失態は王である俺の責任。ゆえに、責任を取って自らを国外追放とするのだ」
あまりにも明快な理屈にベルフェゴールも返す言葉を失っていた。唇を噛んで悔しがるベルフェゴールの脇を抜け、広間の入口へと向かう。振り返って、魔王の証である王冠をベリアルの足下に投げる。
「そういうことだ、後は頼んだぞ!」
この日、最強の魔王は魔王であることを辞めた。
「くくく、これで自由だ」
魔王という重責から解放された爽快感は例えようもなく素晴らしいものだった。懐から愛読書(怪盗小説)を取り出し、転化の魔法を使う。体がみるみるうちに小さくなり、胸が分かりやすく大きくなる。すらりとした細身に変わって、幼い顔つきながらも、陰があり妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「やった、やったぞ! これで俺──いや、私は今日から怪盗レディ・パンサーね!」
アークは口角を吊り上げると、近くの街へ向かって歩き出した。
「まずは服を調達しなきゃね」
もちろん怪盗のコスチュームではない。一般人として紛れるための質素な服が必要だった。近くの服屋に入ると、店員が露骨にイヤそうな顔をしていた。魔王の体型に合わせていた服は当然ながら合わず、ぼろきれをまとっているだけだったからだ。
「いらっしゃい」
「一般人が着るような服を用意してもらえるかしら。代金は──これでどぉ?」
金貨を1枚差し出すと、店員の目の色が変わる。店の奥に引っ込むと、すぐに平民が着るような質素な服を手に戻ってきた。
「こちらなどいかがでしょう。見た目は地味ですが、素材の良さは抜群。これなら、お客様にも似合うかと」
「あら、いいじゃない。お代は足りる?」
「はい、十分です!」
「それじゃあ、着替えたいんだけど」
「こちらの試着室をお使いください!」
お金の魔力に魅入られた愚かな人間が腰を低くする様に満足しながら試着室で購入した服に着替える。先ほどまで着替えていたぼろきれは店員が処分してくれるということなので押し付けておいた。
「ようやく、怪盗としての第一歩が始まるわ」
一般人を装って、馬車に乗って王都へと向かう。途中で検問に引っ掛かり、アークという名前から疑われたが、明らかに平民な服装に加えて、魔王とは思えない華奢な少女の体だったおかげで、疑われることなく王国へと入ることができた。
「えへへ、でへへ──」
もちろん、馬車に乗っている間はずっと愛読書を読みふけっていた。怪盗レディ・パンサーは何度読んでもかっこよくて、飽きることがない。そして、やがては私が怪盗レディ・パンサーとなって、王国中を震え上がらせると思うと思わず笑みが零れてしまう。
周りの人間の視線が向けられているのはわかるけれども、集中している私にとって、まったく気にならない。
数日後、王都にたどり着いた私は、さっそく怪盗としての活動を開始することにした。
「必要なのは、アジトとコスチュームと予告状だな」
ゆくゆくはピッキングツールなどのガジェットも手に入れる必要があるだろうけど、今の私には使いこなせない。そこは魔王時代に培った技術でカバーしていけばいいだろう。
「家を借りたいんだが」
「ガキは帰りな!」
「ほう、この金貨が目に入らないとでも?」
最初はガキだと思われて舐めた態度を見せていた不動産屋を金貨(の棒)で頬を叩いて大人しくさせた。軽く当たっただけなのに、壁まで吹き飛ばされて頬が四角くへこんでいたが、問題はないだろう。
「す、すみませんでしたぁぁぁぁ! け、契約させてくださぃぃぃぃ!」
「最初からそう言えばいいものを。ちなみに家賃は半額でいいな?」
「は、はいぃぃ!」
こうして無事にアジトとなる一軒家を借りることができ、次に服屋へと向かった。コスチュームを注文しようとしたところ、裏通りにある店を紹介された。
「何やらいかがわしい雰囲気の店だな」
「ちょっと、お嬢ちゃん。この店に来るのはちょっと早いんじゃないかな」
「大丈夫だ、問題ない」
店員の制止を振り切って中へと進む。期待通り、猫耳のカチューシャと猫の尻尾の付いたワンピースタイプのスウェットがあった。少し露出が多い気もするが、元ネタが小説だし解釈違いに違いない。
「さすがにピンクはありえないだろう。やはりブラックだな。お、こっちの方が飾りが多くて良ささそうだ」
猫耳カチューシャはあっさりと決まったが、黒い猫しっぽ付のスウェットを見ていたところ、重厚な装飾の付いた黒い服が売られていることに気付いた。もちろん、黒い尻尾もちゃんと付いている。
「これだ!」
全身黒だけど、いたるところにフリフリのレースが付いたドレスのような装い。下もフリフリのレース付きスカートなのが気になる。だが、元魔王の身体能力なら問題はないはずだ。
となりには鞭やら蝋燭なんかも置いてあったが、素手でも戦えるし、明かりがなくても夜目は効く。今の私にはどちらも不要なものだ。
「よし、これとこれをいただこう」
「お嬢ちゃん、どこで働くつもりだい?」
店員の不躾な質問に驚きを隠せなかった。まだ一度も活動していないにも関わらず、私が怪盗であることを見抜いてきたのだ。タダ者ではないのだろう。
少し警戒しつつも、どうせ予告状でバレること。隠す理由など何もない。
「そうですね。最初は領主のところで華々しくデビューする予定だな!」
「な、なんと……」
予告状を出す前だけど、最初は領主の館から大事なお宝を盗んで一気に脚光を浴びるに限る。そう宣言すると、店員は驚いて目を丸くしていた。
「今はまだ誰も知らないだろう。だが、すぐに人々の知るところになるだろうな!」
「……」
大胆な宣言だったが、店員は神妙な顔をして考え込んでしまった。しかたなく代金を置いて店を後にした。
その後、なぜか領主が少女を愛でる性癖があるという噂が領内に広がったらしい。