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「おはようございます!」
「「「おはようございます!!!」」」
「……うわっ」
「え、なに?」
爽やかなな夏の日の朝に響き渡るのは元気な朝の挨拶の叫び声。
女子生徒を見送る爽やか(と彼らは思っている)な笑顔。
ここは、ある日何の前触れもなく男子生徒が校門の直ぐ側で挨拶運動を始め出しちゃったりする部活が存在する高校。
その名も駒手山高校。略してコマッテ高、もしくはマテヤ高である。
「おはようございますっ!」
「「「「おはようっございますっっ!!」」」」
「……何あれ、ヤバくない?」
「近寄らない方がいいよ、行こ行こ」
また一組の女子生徒が校門をくぐり、ヒソヒソと会話しながら校内の土を踏む。
元気な挨拶の甲斐あってか、校門を通り抜けようとする生徒たちは自然と彼らとは反対側の方へと離れながら玄関へと向かっていってしまった。
余所余所しい態度の女子生徒はそそくさと離れていく。
彼女達が去り際にくれた一瞥は……冷たい。本当に夏かと疑う程に。
「…………」
「「「「………………」」」」
冷えた空気と固い笑顔の男子。
沈黙は重たい。
この頬に伝う水は汗か、涙か。
少なくとも、この心に突き刺さる苦痛は悪魔ちゃん様に捧げる用では無いのは確か。
……誰が先だったろうか、不慣れに持ち上げられていた頬の筋肉が、滴をハラリと取りこぼし、
「……ぶ、部長! 俺辛いっす!! 過ぎゆく皆が……皆っ!」
「なんでだっ! 別に科学部が元気な挨拶したっていいだろ!?」
「挨拶どころか、会釈すら返してくれねぇぞ!? 特に女子!」
「なんだよ! 『……うわっ』って!? そんな不審か俺達!?」
「俺、今度の挨拶運動では風紀委員の奴らにちゃんと挨拶返してやろ……」
ついに耐えきれなくなったのか、部員達は狼狽え嘆き始めた。
メンタルをやられて来ている者もいれば、己の行いを顧みて一つ大人になった者までいる。
朝から大声を張り上げる男子集団がいようものなら皆遠巻きに避けるのは当然か。
挙句、日も昇らぬ早朝に揃って登校してしまった彼らがついでとばかりに筋トレをし、一汗流してしまっていた事も拍車をかけているかもしれない。……なんかアイツら汗くさーい、である。
慣れないことはするもんじゃない。
「ちくしょう……こっちは立ってるのも辛いってのに」
「お前がラストにスクワット30回プラスしたからだろ」
「はぁ〜? 出来るやつだけでいいぜって俺は言ったぜ、やったのはお前だろ!!」
「いや、他にランニングまでこなした部員がいるからな? お前ら2人はしゃがみ込んでたけど……」
ちなみに行われた筋トレは普通の運動部員に比べればまったく微々たる量ではあるのだが……
文化系のひ弱現代っ子故に、まだまだ伸び代があると言えばまだ救いがあるか。
「落ち着くんだお前達」
それでも我らがリーダー、黒田部長の声は落ち着いていた。
それもそのはず、彼は持ち前のつぶさな観察力で確かな成果を実感していた。
そう、校門に最も近い位置に立ち!
いの一番に挨拶を投げかけていた男の心はまだ折れていない!!
「……気が付かなかったか? 玄関前の階段で不自然に足を止める女子生徒が……何組かいた」
「……なっ!? なんだって!!」
「もしかして、そいつぁ……」
驚愕に目を見開く部員達にニヤリと笑みを返す黒田は、
「……ああ、あれはきっと〝外れて〟いるっ!!」
確信と自信のこもった黒田の発言。
まったく、どこまで頼もしいんだ俺達の部長は!
「……てか、ソコまで見えてたんっすか黒先輩」
「ふ、俺の視力は裸眼で2.0だからな」
弱りきった後輩の声に力強くサムズアップする伊達メガネ部長。
その親指を半目で捉える彼は呆れてるかだけもしれないが、感心しているとも受け取れよう。五分五分の確率ならよい方で受け取るのが部長たる所以だ。
「ほら、水でも飲んで喉を労れ早川」
「……うっす! あざっす!」
差し出される水を受け取った部員、後輩の早川は素直に喉を潤す。
彼は最前列に立った黒田の横で率先して元気な挨拶をかましていた努力の後輩である。早川の声につられて他の部員たちも声を張り上げる良いきっかけになっていた。
そんなかわいい後輩には良くしてやりたいと思うのは文武問わずといったところだろうか。
部分だけ切り抜けば爽やかな部活動の青春そのものでしかない。ほんの一部分だけならば。
「ぐぬぬ……持ってくれよ……俺の太腿と背筋っ……」
「男子は結構返してくれんだよな……挨拶」
「でもカップルで登校してる奴らは男子が睨み返してくるじゃん」
どうやら、邪ながらも挨拶運動はキッチリ男女分け隔てなく行っていた科学部……改め男子黒魔術部の面々。意外と根はちゃんとした男子共かもしれない。
「そうだな。まだ目の前でラッキーは起きてないが、あくまで確率だもんな」
「それに制服を着崩すタイプの女子はこの時間帯からだしな。茜沢とか、五十嵐とか!」
「そうだぜ! それに俺は小山さんのプチっ♡を拝むまでは死ねねぇ!」
いや、やっぱり根っこは腐っているかもしれない。
「ほら、お前らの言う通りだ! 登校者も増えだす時間になった、皆シャキッとしろ!」
そうしている間にも返されたボトルを受け取り、皆に喝を入れる部長。
「「「「おっしゃ〜!!」」」」
再び瞳に光が灯る面々が校門へと向き直った。
「ほら、きたぞ……おはようございま────」
「あんたたちっ! 何やってんのよ!!!」
「────ん?」
再開されようとしていた挨拶運動は、男子にも負けない気迫のこもった声に遮られた。
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「あんたら! ある日突然男子の集団が校門で陣取って大声で呼びかけてたら怖がる生徒だって出るに決まってるでしょ!?」
ぷりぷり!
「第一、挨拶運動をしたいなら生徒会と風紀委員が実施しする日に参加申請すりゃできるでしょ! その日がいつか知ってる? 明日よ、明日!!」
ぷりぷり、プンプン!
「……すいません」
「「「すみませんでした」」」
「そもそも、挨拶運動に一っっっ回も! 参加したことない科学部のあんたらがどういう風の吹き回し!? なんか企んでんじゃないの!」
「……企んでません」
「「「「すみませんでしたー」」」」
ぷりぷりである、朝からなんというぷりぷり具合か。
そんな、かんかんに怒りを露わにする女子生徒を前に、一同は揃えて正座で並び反省の姿勢を示している。
「企んでなんかねぇよな?」
「そうそう、別に俺達は健全な朝の挨拶を……」
「流石いいんちょ、感が鋭い」
「そこっ!! 何ヒソヒソ話してんのっ!?」
「「「いえ、反省していまーす」」」
実際深く反省はしてない部員達が声を揃える。
さて、怒涛の詰問を披露するぷりぷりガール、彼女の名は清水聖。ここ、高校の風紀を守る組織の長……平たく言えば風紀委員長さんである。
色染めには無縁の黒髪ストレートは肩口に整えられ、しっかりと折り目の見える程にアイロンがけされた制服、ネイルチップやリップクリームも付けない整容検査で百点満点をたたき出す様な姿は流石の一言。
そんなThe風紀委員を体現した女子生徒は、朝からゲリラ挨拶運動をしていた問題児たちを相手に「ちょっとそっちにはけろや……!」と、校門側からの立退きを指示。
そして威圧のお説教モードに突入! と、この夏一番のぷりぷりを披露していた!
…………ちなみに首から下はそこまでプリプリしていない。
マテヤ高男子生徒の青臭い風紀はその点でも守られている。流石聖委員ちょ。
「私の所に『今日って挨拶運動の日じゃなかったよね?』って連絡が何回来たと思ってんの!? 私まで間違えて今日かと思ってヒヤヒヤしちゃったじゃない!」
「いや、それは清水の勘違い……」
「何っ!? 黒田なんか言った!?」
「いえ、何でもありません……」
〝ちょっとうっかりさんな所が可愛い〟と、密かに男子人気を集める彼女だが、今は手負いの猫が如く凶暴だ。ヒヤヒヤさせてしまったのも含めて黒田は罪を被る事にする。
そこからは「ぷりぷり」よりも「こんこん」の比率が増したお説教で普段の学生態度を諫められたり、「あんたらちょっと汗臭いわよ」と苦い顔の割合を増やしたりと、ある種のご褒美が続いた。
そうして時はあっという間に過ぎ。
「……まったくもう!」
と、組んだ腕の上で指をトントン委員ちょちゃん。ぷりぷりとした怒りも幾分発散されたご様子で、キュッと吊り上がっていた眉毛がようやく降下の気配をみせる。
「ともかく! 挨拶をするっていう点ではいい心がけなんだから、するなら私なり風紀委員の誰がにちゃんと連絡しなさい! それで挨拶運動の日に参加する事」
どうやらお説教は最後の〆に入った様だ。
実際、校門の側で挨拶をしていたの大した問題行為でもないため、聖委員ちょちゃんもこれ以上の詰問は不要と判断したらしい。
代表の黒田へと確認するように向き直る。
キュッと睨みを利かせていたお顔も鳴りを潜め、確かめるように言葉を続けた。
「黒田、明日の挨拶運動には科学部も参加したいって事でいいのよね?」
「ああ、よろしく頼むよ」
「わかったわ」
黒田が答えると委員ちょちゃんも頷く。
元より毎朝の挨拶ブラぷちっ♡を観察する予定だった彼らに異論はない。なんなら彼らのみで実施したメンタルをヤられる「ゲリラ挨拶運動」に比べれば天と地ほどの差であろう。
「そろそろHRの始まる時間ね。よし! それじゃあコレで解散!!」
そしてついにその時は訪れた。
プチッ♡
「……ん?」
「……はぇ?」
「んん〜?」
どこからか、小気味よい音が響いた。
丁度、清水風紀委員長が胸を逸らすように腰に手を当てたタイミングだっただろうか。
一同の視線が音のした方に向けられる。他でもない、目の前の聖風紀委員の方からだ。
正座をした彼らの目線からは少し見上げる程度の位置。
それらの視線がただ一点に集まる。目の前でありがたいお説教をくれていた人物の、その胸元へ。
ぷよんっ……
「「「「!!!!」」」」
背を少し反ろうとした反動か、委員ちょのシャツの下で揺れた残像を……10代の神秘を目撃する。
「ッ…………!?」
息を飲むと共に、サッと腕を組み直した清水委員ちょちゃん。
「「「「…………」」」」
誰も何も言わない。いや、言えない。
「あっ、えっ……。えっと、とにかく! 明日朝7時半集合だからね! 遅れるんじゃないわよ! それじゃっ」
彼女は無言の空気に耐えかねたかのように、早口でそう告げると小走りに玄関の方へと去って行ってしまう。
振り向き様に、ハラリとめくれた黒髪の隙間から真っ赤に染まった耳が見えた。
脳裏に焼き付いた残像は蜃気楼の様に揺れていた。
「「「「「…………」」」」」
玄関の中へと消えていく小さな背中を無言で見つめる一同。
去りゆく彼女の少し丸まった背中。
皺一つ無いはずの薄いスクールシャツに見えた、不自然な位置の小さな凹凸。
「……効果はあったな?」
「やべ、鼻血でるかも……」
「目の前で起きると……なあ?」
「ああ、とんでもねぇ威力……だな」
呆然としながらも、互いに幸運を噛みしめる男子黒魔術部。
誰も駆け出したりは出来なかった……筋肉痛が酷すぎて。
ああ、この朝日に照らされた校舎はこんなにも輝いて見えていただろうか。きっと初めてかもしれないと、それぞれが思う。
こうなればやる事は、決まっていた!
「よし、今日もガッツリ筋トレだな! やるぞっ、お前達!!」
「「「「おおぉっ!!!」」」」
心を一つに声を張り上げる男子黒魔術部、一同は各々の教室へとゆっくりと歩き出す。ガグガクの足腰を庇って。
……結局はHRに間に合わせる為の全力ダッシュが最初の筋トレとなったのは言うまでもない……当然、全員遅刻した。
────続く!
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清水聖(しみずひじり)
普段風紀委員会の仕事が無い日はゆっくり起きて遅めに登校するので今朝は着信音で起きてちょっと焦った。