ヒロイン達の好感度を、何故か友人キャラの俺が知っている 作:こなひー
今俺の前にいる男は、一ノ瀬グループ会長である一ノ瀬宗一。顎鬚の似合う大男で、SPが束になっても勝てなそうな体格をしている。
「突然呼び出してすまない。君に今すぐ相談したいことがあるんだ」
「お、俺に相談ですか……?」
「……ここでは話しづらい。ついてきてくれ」
普通の家が何軒分もありそうな一ノ瀬邸。先を歩く宗一さんとはぐれたら、客人から遭難者に降格してしまうだろう。
ようやくたどり着いた茶室で、俺は宗一さんの向かいの座布団に腰かけた。SPたちは部屋の外に待機させている。つまり2人きりだ。
「人払いも済んだ。では、本題に入ろうか……」
一体どんな相談なのか。正直な所、予想は大体ついている。SNSでは『男の中の男』とも称される彼だが、1つだけ大きな弱点があった。それは――。
「会社よりも大事な私の夏蓮に、本気で嫌われてしまった……っ! うおおぉぉぉん……」
それは、超が付くほどの親馬鹿な事だ。ただの高校生男子である俺の前で、大企業のトップがむせび泣いている。その姿は、世間にはとても見せられないだろう。
「えっと。嫌われたって、何があったんですか……?」
「……うむ、そうだな。順を追って話すとしよう」
今更真面目な顔をされても、もう色々遅いというか、なんというか。
そもそも、なんで俺がこんな状況にいるのか。話は一ノ瀬さんと出会ってから数日経った放課後まで遡る。
「友田。明日、一ノ瀬会長にシバかれる準備をしておけ」
「なんで!?」
言葉足らずすぎる倉敷さんはさておき、ご両親が一ノ瀬さんの男克服をする練習相手に俺がふさわしいか、この目で確かめさせてほしいとのことだった。
そして初対面、俺は宗一さんに素性を調べられた挙句ひたすら質問攻めにあった。なぜ協力しようと思ったとか、下心は無いのか等々。何時間にも及ぶ取り調べの末に、ようやく認めてもらうことができた。
「夏蓮自身が見て選んだのだ。娘の特訓に付き合うことを、特別に認めてやろう」
「きょ、恐縮です」
「ただし! ほんの少しでも邪な事を考えたら、どうなるかわかっているだろうな?」
この言葉を聞くまでに一体何度、そこの壁に掛けてあるバトルアックスがギラリと光ったかわからない。なんでそんな物騒なもんあるんだよ。茶室に戦闘用の斧とか置かないでください。
それから何度も家に呼ばれては、生きた心地のしない時間を過ごした。そして先週、成り行きで宗一さんの酒に付き合うこととなった。呆れ顔で見ている娘の目も気にしないほど酔いが回った彼は、俺の肩をバシバシと叩きながら言った。
『いやあ、君のような平凡な男じゃ釣り合わないから大丈夫だ! 娘の踏み台として引き続きよろしく頼むぞ! あっはっは!』
酔った勢いで放った父の言葉に、一ノ瀬さんはキレた。
「私の恩人への無礼な発言はお止めくださいませ、
「へ……?」
これまでパパと呼んでいた彼女が、他人行儀かつ会長呼びに変えた。感情の無い娘からの拒絶の言葉を受けて、宗一さんは深い絶望を味わった。それ以降は会話も無し、目すらも合わせてくれなくなったらしい。
そういう訳で、彼は父親としてのプライドをかなぐり捨てて俺に泣きついてきたのだった。正直、俺に頼られてもとても困る。あの時の一ノ瀬さん、ちょっと怖かったし。俺がどうこう出来るものとも思えない。
「夏蓮よ……もうパパと呼んではくれんのだろうか……?」
一応フォローしておくと、彼は権力社会において舐められないため、多少の傲慢な物言いも時には必要だった。だから俺に対する言葉も、悪気はなかった、らしい。相当酔っていたから、本当かどうかは知らないけれど。
「夏蓮よ、お前の会長呼びがこの世で一番つらいことだ……」
ただ、そんなに怒ることかなあ、とも思ってしまう。倉敷さんにもお前は男らしくないって言われているし、俺じゃ彼女と釣り合わないのも、まあ、その通りだ。
「夏蓮……あぁ……夏蓮」
さっきからうるさいな。かける言葉も見つからないし、どうしよう。いっそのことこっそり抜け出してしまおうか、あ、1人じゃ遭難しちゃうから駄目だ。なんて考えていたら、襖が勢いよく開いた。
「宗一さん? 客人にお茶もお出ししないなんて、どういうつもりですか……?」
「さ、咲江!?」
ひょこっと現れたのは、一ノ瀬さんのお母さんだ。一ノ瀬さんと同じぐらいの身長で、一見すると姉妹に見えるほど可憐な容姿をしている。
「あなたが淹れてきなさい。まさか、お茶の淹れ方も忘れたとは言いませんよね?」
「……はい」
咲江さんの放つプレッシャーを浴びて、宗一さんはとぼとぼと部屋から出ていった。大きな男でもあんなに小さくなるんだな、と縮こまった背中を見て思った。
「あの、さすがにかわいそうじゃ……?」
「いいのよ。女心がわからない愚図なんて放っておきなさいな」
かわいらしい笑顔から、容赦のない言葉を吐き捨てるギャップが怖い。咲江さんは俺の隣に座ると、ぼそっと俺に耳打ちをしてきた。
「……あの人ね、女性が苦手なのよ」
「えっ」
初耳だ。しかし、言われてみれば宗一さんの周囲には男しかいなかったのを思い出す。あれはどうやら、女性を遠ざけていたらしい。まさかの似た弱点を持った親子だった。
「何か、あったんですか?」
「私も詳しくは知らないけど。会長になるまでに、女の醜い部分を見ることが多かったらしいわ」
「ああ、そういう……」
咲江さんの達観した表情を見て、これ以上は聞かない事にした。でも、と咲江さんは俺に向き直る。
「『異性の怖さは俺が一番良く知っているんだ!』っていうんだけどね。流石に過保護が過ぎると思わない?」
「そう、ですね。寧ろもっと苦手になっちゃうと思います」
「……そうよね! いやあ、話の分かる子でよかったわ!」
グッと両肩を掴まれる。一ノ瀬さんの母親なだけあって、やっぱり2人はどこか似ている。先日一ノ瀬さんと誤って恋人繋ぎしたときの事を思い出し、顔が熱くなってしまった。
「でも、いつまでも怖いままじゃいられないって、夏蓮が自分で気づいてくれて良かったわ。流石、自慢の娘ね!」
咲江さんは俺の様子には気づかず、こちらも親馬鹿を発揮していた。宗一さんのやつを見た後だと、とても健全な愛し方だと思えた。
「……一ノ瀬さんが無事に克服できて、良い相手が見つかるといいですね」
一ノ瀬さんはとても良い人だと思う。だから本心で、彼女の応援をしたいと思えた。そのつもりで言ったのだけれど、咲江さんの反応は俺の想像と違うものだった。
「あら? ……どうやら押しがまだ足りないみたいね。狙った獲物は逃がさないよう、しっかり囲い込みなさい、って教えておかなくちゃ」
「なぜそんな物騒な話に!?」
うふふ、と怪しい笑みを浮かべる咲江さん。それだと、もう囲い込みは始まっていると言っているようなものではないだろうか。親馬鹿で言ったら、こっちも健全じゃなかったかもしれない。
この後、本当にお茶の淹れ方を忘れてしまった宗一さんが、代わりにプロテインドリンクを持ってきて咲江さんにぶっ飛ばされたのはただの余談である。