ヒロイン達の好感度を、何故か友人キャラの俺が知っている 作:こなひー
俺の手は今、一ノ瀬さんの手と縫い合わせたようにしっかりと握られている。もう一度恋人つなぎをしてみてほしいという、彼女からの要望だった。
「はうぅ……」
ただ、当の本人は膝が震えているし顔真っ赤の涙目になっている。やはりかなり無理をしているのだろう。体の手以外の部分を極力離しながら、一ノ瀬さんに声をかける。
「あの……」
「大丈夫、ですっ! こ、このまま……でっ!」
「うーん……」
今気づいたけど、これ俺が一ノ瀬さんを苦しめてるように見えていないだろうか。訴えられたら負ける自信がある。
「もう少しですお嬢様。この後クールダウンを入れて、外気浴に行きましょう。きっと整いますよ」
「俺をサウナみたいに扱わないでもらえます?」
確かに一ノ瀬さんの手はめっちゃ熱くなってるけど、むしろ熱を発しているのは彼女の方だ。……熱波の準備すんのやめてください。なんで道具一式あるんですか。
しかし、繋いでいる手が本当に熱い。このままだと一ノ瀬さんがゆだってしまいそうだ。ここは少し、話題を変えて意識を逸らしてみよう。
「そういえば、宗――」
「友田さん、一ノ瀬会長の話はしないでくださいね?」
「……い」
話題選びを完全に失敗してしまった。感情を無くしたような彼女の一蹴で、教室の温度がガクッと下がった気がした。視界の隅で倉敷さんが苦い顔をしながら、指でそっとバツ印を見せる。本当に、許す気はないみたいだ。
「どうして、ここまで許せないのか……私にもわからないのですけれど」
誰に言う訳でなく、一ノ瀬さんは呟いた。俺には「30」という青野への好感度は見えても、彼女の気持ちはわからない。答えを持ち合わせていない俺は、口を開かずじまいだった。
なんだかんだで、一ノ瀬さんの気をそらせることに成功していた。おかげで、手を繋いだまま20分が経過していた。倉敷さんは最高記録ですよ、と彼女を褒め称える。
「……」
しかし、一ノ瀬さんは記録更新に喜んでいない。というよりは、何やら考え事に夢中な様子。倉敷さんが声をかけようとした直前、俺に問いかけてきた。
「友田さんは、いろんな方との交流を大事になさっているそうですね?」
「え? まあ、そうだね」
「……異性の方と2人きりで、手を繋いで帰っているという噂もお聞きしているのですが……本当ですか?」
心当たりはある。一緒に帰っている優紀の事だ。
以前、『小さい頃は春吉とこうしてたから癖になっていて……あ、ちっちゃい頃だけだから! あいつとはもう、本当にそういうんじゃないから!』と優紀は言っていた。
だからまあ、特別な意味はきっとないはずだ。といった感じで説明したのだけれど、一ノ瀬さんはどこか不満げだ。
「もしかして、その方とお付き合いをされているのですか……?」
「ち、違うよ!? 俺と名波さんはただの友人で――」
「でも、手をつないでいるのですよね……?」
気づけば、今までで一番距離が近い。お嬢様の笑顔って、こんな怖い感じだったっけ。というか一ノ瀬さん、いつの間に俺の両手をも握れるようになったんだ。あとなんか力強いし。これ、もしかして握力負けてるのでは。男として悲しくなってきた。
「高圧的に攻めるお嬢様……いいっ!」
倉敷さん今そういうのいらないです。
「……あまり悠長にしている場合ではない、ということですわね」
「え、何がですか?」
一ノ瀬さんが俺から顔を逸らした後、ボソッと呟きが聞こえた。俺の質問は届かず、彼女は止まらない。
「ママの言っていた囲い込みの意味が、今わかりました。それなら……」
「あのー、一ノ瀬さーん?」
俺に聞かせるつもりじゃないのだろうけど、近いから全然聞こえちゃってる。咲江さんから物騒なことを既に吹き込まれちゃってるのが怖い。
意を決した一ノ瀬さんは、顔を再び俺に向けた。
「……決めましたわ。最早練習などとは言ってられません! 友田さ……ふぇ……?」
このタイミングで、俺との距離がとてつもなく近づいていることに気づいてしまった。もう、鼻と鼻の間が拳1つ分くらいしかない。一ノ瀬さんの体温が、更に一段階上がった。手つなぎ最長記録に加えてのこの衝撃に、彼女は耐えられなかった。
「ふにゃ、もうダメ、……あぁっ」
「一ノ瀬さん!?」
「お嬢様っ!?」
倒れてしまう所を、間一髪のところでキャッチした。羽のように軽く、細くも女性らしい彼女の身体は、俺の両腕にすっぽりと収まってくれた。倉敷さんと共に安心の息を漏らす。
「あ……」
しかし、俺は約束を破ってしまった。彼女に自分から、触れてしまったのだ。約束を破ったら練習相手を変えることになる。彼女を倉敷さんに委ねて、俺は立ち上がる。
「……約束、破っ、ちゃいました……」
「お前……」
手が、声が震える。倉敷さんの顔が見られない。どんな理由であれ、俺はやらかしたのだ。罪の意識に飲みこまれてしまいそうになりつつも、どうにか言葉を絞り出す。
「約束を破ったら、次からは別の練習相手にするんでしたよね。一ノ瀬さんが無事克服できるまで、陰から応援しますね……」
言いきれない悲しさと悔しさ、そしてもう会えないだろうという寂しさを抱えながら、倉敷さんに一礼して教室を出るため、重い足を進める。
扉に手をかけようとしたその時、倉敷さんが大きめな声で淡々と告げ始めた。
「友田、今のような非常時のみ、触れることを許可する。……元よりお嬢様の身を守るための約束だ。いざという時に守れなければ、意味がないからな」
「倉敷さん……?」
それは何かに言い聞かせるように、早口かつ事務的な言い方だった。声の方に振り向くと、倉敷さんは真剣な目つきで俺を真っすぐ捉えていた。今の言葉は、もしかして俺を許すためのものだったのだろうか。
「あれほどまでに愛おしいお嬢様を目の当たりにすれば、襲ったりすると踏んでいたんだが。……私の思っていた以上に、お前は義理堅い人間だったようだ」
「……ずっと、試してたんですか」
当然だ、と倉敷さんは一ノ瀬さんをお姫様抱っこしつつ立ち上がる。ボディーガードとしての倉敷さんに、一ノ瀬さんの近くにいることを認められた。そう思うと、さっきまでの苦しさがほどけて、代わりに安心感で満たされた。
「まあ、私がお前の立場だったら、我慢できず襲っていただろうな」
「おい」
今真面目な話してたでしょうが。ちょっと見直しかけていたのに台無しだよ。
ともかく……よかった、これからも一ノ瀬さんの支えになれるんだな。自分が想像していた以上に、この気持ちは自分の中で大きなものだと実感したのだった。