風の氏族の末娘は、冒険者を知らない   作:ほてぽて

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2話 その答えを、まだ知らない

 

 

 

 私は冒険者ギルドの隅、壁際に置かれた長椅子に、寝そべるように横になっていた。

 

 

 返り血は小川で洗い流した。

 

 

 けれど、完全には落ちきらず、革の縫い目や袖口に、うっすらと赤が残っている。

 

 頭には包帯。

 左の腿には、きちんとした添え木。

 

 

 身体は痛む。

 けれど、それ以上に――気分が、ひどく沈んでいた。

 

 失敗したからじゃない。

 反省しているからでもない。

 

 原因は、胸元に下げた冒険者証。

 

 

 ……仮証。

 

 それを言われたのは、門兵だった。

 街へ戻る途中、呼び止められて、口酸っぱく叱られた。

 

 

 なぜ止まらなかった。

 あの中年冒険者がいなければどうなっていたか。

 それに、その冒険者証はな――。

 

 

 思い出すだけで、眉間に力が入る。

 愚痴みたいな説教が、延々と続いた。

 

 ギルドに戻ってからも同じだった。

 

 受付のお姉さんは、門兵ほど怖くはなかった。

 表情も穏やかで、声も柔らかい。

 

 でも――言われた内容は同じ。

 

「これは仮登録証なんです。後日、試験日に持ってきてくださいね」

 

 

 そう言って、銀貨を渡された。

 

 

 九枚。

 

 

 本来は、銀貨一枚でよかったのだと。

 若くて可愛い子が、危険な仕事をしなくてもいいから――試したのだと。

 

 

 

 ……なんか、嫌だ。

 

 

 

 胸の奥に、言葉にできないモヤモヤが溜まる。

 気遣われたはずなのに、尊重されていない気がした。

 

 

 

 ドン、と。

 

 

 隣に、誰かが腰を下ろした。

 

 顔を向けるまでもなく分かる。

 あの、Dランクのおじさんだ。

 

 手には、ジョッキ。

 

 それを、私の方へ差し出してくる。

 

 

「お前が倒したゴブリンの成果物だ。おこちゃまにぴったりなジュースだ」

 

 上体を起こし、受け取る。

 

 なみなみと注がれた、オレンジジュース。

 甘い匂いが、ふわりと鼻をくすぐった。

 

「まぁ、なんだ。無事に帰ったことに、乾杯でもするか」

 

 コンッ。

 

 軽く、ジョッキが当たる音。

 

 彼は豪快に飲んだ。

 私は――口をつけなかった。

 

 水面に映る、自分の顔を見る。

 

 包帯。

 少し疲れた目。

 

「あんな弱い魔物……」

 

 思わず、口からこぼれる。

 

 

「私の魔法に、怖がってたし。全然、勝ててた。勝ててたの」

 

 自分に言い聞かせるように。

 

 おじさんは、こちらを見て。

 

「ああ、そうだな」

 

 ただ、それだけを言った。

 

 

 否定もしない。

 肯定もしない。

 

 

 私はジョッキを握ったまま、黙り込む。

 

 甘いはずのジュースが、

 なぜか、まだ飲めなかった。

 

 

 ――仮証。

 

 

 その二文字が、

 胸の奥で、いつまでも引っかかっていた。

 

 

 

 ジュースを飲み終えた後、受付に聞いた。

 

 

 試験日は三日後です。

 それまでに、ダンジョンに入ったり、魔物と戦うようなことがあれば――冒険者資格は取り消し。発行禁止期間も設けますからね。

 

 

 

 冒険者ギルドの受付で告げられた、その言葉が、まだ耳の奥に残っていた。

 

 

 私は、思わず駄々をこねるように文句を言っていた。

 

 そんな、と思った。

 やっと冒険者になれたのに。

 早く、役に立ちたいのに。

 

 

 魔物を倒して、困っている人を助けて、胸を張って「冒険者です」と言いたかった。

 

 

 でも、そんな思いは、穏やかな声に遮られる。

 

 

 その怪我を治す、ちょうどいい休養期間です。

 宿泊場所は決まっていますか? 見当がなければ、調べますよ。

 

 

 

 

 そう言われて、私は今、街中を歩いていた。

 

 手には、受付のお姉さんが書いてくれた案内用紙。

 それを頼りに辿り着いた場所は――年季の入った古民家のような建物だった。

 

 

 通りは少し陰っていて、どこか湿った匂いがする。

 活気のある大通りとは、明らかに空気が違う。

 

 

 

 ……ここ?

 

 

 不安を押し込め、ノブに手を掛けて扉を開く。

 

 チリン。

 

 小さな呼び鈴が鳴った。

 

「あ、あのー! 泊まれる部屋ってありますか!」

 

 中は、ギルドほど広くはないけれど、似たような造りだった。

 

 テーブルと椅子、カウンター席。

 他にも人影がある。冒険者、かもしれない。

 

 少しして、奥から声が返ってくる。

 

「はいはいはい、待ってて」

 

 姿を現したのは、恰幅のいいおばさんだった。

 

 

「おや、見ない顔だね。泊まりかい? 1泊なら銅貨8枚でいいよ」

 

 

 

 ……8枚。

 

 

 ポーチを開き、硬貨を取り出す。

 試験日まで三日。

 つまり、24枚。

 

 

 カウンターに、

 1枚、2枚、3枚――と並べていく。

 

 

 

「ちょ、ちょっと! 何枚出す気なんだい!」

 

「……?」

 

「こりゃ、あんた。金貨だよ!」

 

「あ! え……じゃ、じゃあ、それで……泊まれるだけ泊めさせてもらえますか!」

 

 

 

「いいよぉ! いくらでも泊まってきな!」

 

 おばさんは急に上機嫌になり、私の肩をがしっと掴んだ。

 

「ところで、どうしたんだい。その頭の怪我。まるで冒険者にでもなったみたいじゃないか」

 

 ――冒険者。

 

 やっと、なった冒険者。

 

 首から下げた冒険者証が、仮証であることが、なぜか急に恥ずかしくなった。

 普通に話せるはずなのに。

 

 

 この頭と腿の怪我も。

 なぜか、誤魔化したくなる。

 

 

「……転んで怪我しただけです。あの、部屋は?」

 

 ……それ以上聞かれたくなくて、私は話を切り上げた。

 

 おばさんは一拍置いてから、何かを察したように言った。

 

 

 

「ああ、ごめんよ。こっちこっち。あんまり可愛い子が冒険者なんてするもんじゃないよ。顔に傷なんてしたら、お嫁に行けなくなるよ」

 

 

 まただ。

 

 ギルドのお姉さん。

 門兵。

 そして、今。

 

 同じ温度の言葉。

 

 紙にサインをして、個室へ案内される。

 

 簡素なベッド。

 小さなサイドテーブル。

 ランプが一つ。

 

 つまらない部屋、と言えばそれまで。

 でも、休むだけなら、十分だった。

 

 そう。

 今日から、私の部屋。

 

 ポーチとナイフを外し、サイドテーブルに置く。

 ベッドに腰掛け、息を吐いた。

 

 

 ――ここからだ。

 

 三日間の足踏みの先に、

 私の冒険譚は、きっと始まる。

 

 そう、信じるしかなかった。

 

 

 ベッドに腰掛け、時間を潰していると自然と意識が遠のいていく。

 

 

 

 

 

 

 

 兄様、兄様。

 

 私も、兄様みたいになりたいです。

 強くて、かっこよくて、それで――悪い人や魔物をやっつけて。

 いろんな人に、尊敬されて……。

 

 そう言った私に、兄は柔和に笑った。

 

 ガントレットを外した彼の手が、私の頭を撫でる。

 温かくて、大きな手。

 

「リアは、そのままでいいんだ」

 

 優しい声。

 

「可愛いリアが、家で待っていてくれる。それだけで、お兄ちゃんは安心できる」

 

 胸の奥が、少しだけ、ちくりとした。

 

「家訓は覚えているかい?」

 

「うん!」

 

 私は元気よく答える。

 

「言ったならやる。思ったなら行く。立ち止まるくらいなら走れ。

 風は、成るように成るから!」

 

 兄は目を瞬かせて、それから声を上げて笑った。

 

「おやおや。だいぶリアなりに噛み砕いてるね」

 

 はっはっは、と。

 でも、どこか嬉しそうだった。

 

「いいよ。僕も、昔はそんな感じだったからね」

 

 頭から、手が離れる。

 

「それじゃあ、僕は行くよ」

 

 兄は振り返って言った。

 

「リア。お留守番を頼めるかい?」

 

「うん!」

 

 それは、迷いのない返事だった。

 

「いい返事だ」

 

 庭の花が、風に揺れていた。

 やさしい光と、穏やかな時間。

 

 ――そこで、私は目を覚ました。

 

 

 

 ……ああ。

 

 お腹が、空いた。

 

 

 昨日は、朝にご飯とジュースを口にしたきりだった。

 それ以降は、何も食べていない。

 

 ベッドから上体を起こし、部屋を出る。

 軋む床を踏み、階下へ。

 

 

 カウンターの向こうに、おばさんの姿があった。

 

 

 

「お嬢ちゃん、おはようさん!」

 

 

「昨日から何も食べてなくて……何か、食べるものってありますか?」

 

 私は、ポーチから金貨を一枚取り出し、差し出した。

 

 

「まぁ!」

 

 おばさんは目を丸くして、手を振る。

 

 

「いいよいいよ、それはしまって。昨日もらった分があるんだから、これ以上いらないよ」

 

 

 ……とりあえず、金貨さえ出せば何とかなる。

 

 

 そんな感覚に、胸を撫で下ろす。

 

 

「まったく、飲んだくれの連中とは大違いだね」

 

 

 おばさんの視線の先では、朝から酒瓶をあおる男がいた。

 

 

「あんだぁ、飲食代は払ってるだろうがぁ」

 

 

「宿泊代のツケはどうしたんだい! おバカ!」

 

 そんなやり取りを横目に、私の前に食事が並べられる。

 

 

 

 パン。

 焼き卵。

 ベーコン。

 蒸したジャガイモ。

 水。

 

 ……硬いパンだった。

 

 

 

 そのままでは食べづらく、水でふやかして口に運ぶ。

 塩気の強いベーコン。

 薄味の焼き卵。

 味のしない芋。

 

 

 豪華ではない。

 でも、身体に染みる。

 

 これは――空腹を満たすための食事だ。

 

 

 

 黙々と噛みしめていると、赤い頬と鼻をした飲んだくれのおじさんと、ふと目が合った。

 

 

 

「……嬢ちゃん」

 

 

 低く、少し掠れた声。

 

 

「足、怪我してんのか」

 

 

 ぎくりとする。視線が自然と、引きずるような左脚に落ちた。

 

 

 

「いいもん、あるぞ」

 

 

 

 そう言って、おじさんは足元の荷物をゴソゴソと探り始めた。

 皮袋の中から取り出されたのは、小さなガラス瓶。

 

 

 青く透明な液体が、わずかに光を反射して揺れている。

 

 

「これは……?」

 

 

 

 知らない。見たことがない。

 

 おじさんは、得意げに鼻を鳴らした。

 

 

「ポーションだよ。回復薬。冒険者なら、知らねぇわけじゃあるまい」

 

 

 

 ――ポーション。

 

 

 その言葉が、胸の中で弾けた。

 

 

 噂では聞いたことがある。怪我を癒す、魔法の薬。

 本当に、こんな形で存在しているんだ。

 

 

 差し出された小瓶を受け取ると、私は思わず目を輝かせていた。

 

 

 冒険者には必要なもの。

 つまり――今の私に、必要なもの。

 

 

「これ……もらっても、いいですか?」

 

 

 おじさんはニタリと笑った。

 

「分かる口だな。銀貨四枚ってとこだ。欲しいか?」

 

 

「欲しい!」

 

 

 即答だった。

 

「ちょっと! 若い子を薬で誑かすんじゃないよ!」

 

 

 おばさんの声が飛ぶ。

 

「碌なもんじゃないよ!」

 

 

 

「うっせぇ! こっちは取引してんだ! 俺は調合師だぞ! 信用を売ってんだ!」

 

 

 

 怒鳴り合いの隙間で、私は金貨一枚をそっとテーブルに置いた。

 

 

 

「……あの、これで」

 

 おじさんは一瞬目を丸くし、次いで豪快に笑った。

 

 

「釣りはねぇぞ! ……ま、サービスだ。三本持ってけ」

 

 

 追加で二本、瓶が並べられる。

 

 

「女将! これで宿代払えるぞ! 儲けた儲けた!」

 

 

 下品な笑い声。でも、不思議と嫌じゃなかった。

 

 

 

 私は三本のポーションを抱えた。

 小さな瓶なのに、手の中でずっしりと重い。

 

 

 

 冒険者になったみたいだ。

 思わず、笑みがこぼれる。

 

 

 おじさんは、ふと視線を逸らし、独り言のように呟いた。

 

 

 

「……十年前から、商売上がったりだ。量産品が出回りやがって」

 

 

 その声は、酔いよりも少しだけ寂しそうだった。

 

「ありがとう、おじさん」

 

「おう。ぐいっと飲め。足の怪我くらい、明日にはマシになる」

 

 

 

 私は頷き、三本のポーションを胸に抱えて部屋へ戻った。

 

 扉を閉め、背を預けるように息を吐く。胸の奥が、まだ少し高鳴っていた。

 

 冒険者の持ち物。

 

 その言葉を頭の中で反芻しながら、ベッドに腰掛ける。

 手の中にあるのは小瓶。中で揺れるポーションが、ランプの光を受けて淡く反射していた。

 

 

 ガラス越しに映る自分の顔は、どう見ても浮かれている。

 自覚して、少し恥ずかしくなった。

 

 蓋をひねる。

 栓が外れる軽い音。

 

 口をつけて、傾けた。

 

 

 

 ごく……ごく……。

 

 どろりとした感触が舌に絡みつき、次の瞬間、言葉にしがたい苦味が口いっぱいに広がった。

 

「……うっ」

 

 

 思わず声が漏れる。

 

 まずい。

 とてもまずい。

 

 

 気付け薬みたいな、不自然な苦さ。

 でも、回復薬なんだから、薬に決まっている。

 

 

 そう言い聞かせて、残りを一気に飲み干した。

 喉を通るたびに、顔が歪む。

 

 なのに、不思議だった。

 気分は悪くならない。むしろ、体の奥からじんわりと温かさが

広がってくる。

 

 

「……効いてる、のかな」

 

 そう呟き、息を整える。

 

 

 残りのポーションをポーチに収めようとした、その時だった。

 

 ――あれ?

 

 指が止まる。

 

 

 

 いつもより、空間がある。

 ポーチの中が、妙に軽い。

 

 

 嫌な予感が、背中をなぞった。

 

 

 

 慌ててサイドテーブルを見る。

 

 

 ない。

 

 

 

 ベッドの上、床、壁際。

 ない。

 

 

 

 自分の体を、何度も確かめる。腰、脚、背中。

 

 

「……あぁ」

 

 喉が詰まった。

 

 

 

 ない。

 ――杖が、ない。

 

 見送られる時に贈られた、大切な杖。

 

 ずっと側にあったはずのもの。

 

「どうして……」

 

 頭が白くなる。

 

 

 

 錯覚だった? 部屋に置いたと思っていただけ?

 必死に記憶を辿る。

 

 

 宿に来た時点では……持ってなかった。

 ここへ来る道中も、ない。

 

 じゃあ、冒険者ギルド?

 違う。そこでも持っていなかった。

 

 

 

 もっと前――

 

「……!」

 

 思い出した。

 

 

 Dランクのおじさんに助けられた、あの時だ。

 

「ダンジョン……」

 

 

 

 そうだ。

 間違いない。あの中だ。

 

 胸がきゅっと締めつけられる。

 

 取りに戻る?

 でも、今ダンジョンに戻ったら、試験は無効になる。登録も取り消される。

 

 それは、嫌だ。

 

 

 しばらく、ベッドの上で膝を抱えたまま動けなかった。

 

 ――でも。

 

「……大丈夫」

 

 自分に言い聞かせる。

 

 試験が終わって、正式な冒険者になってから行けばいい。

 そうすれば、堂々と取り戻せる。

 

 失くしたわけじゃない。

 置いてきただけだ。

 

 そう思わないと、胸の奥がざわついて仕方なかった。

 

 私は深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。

 

 順番を間違えない。

 今は、前に進む。

 

 

 そう決めて、ポーチの口をきゅっと閉じた。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、目を覚ました時。

 足の痛みも、後頭部の鈍い違和感も、嘘みたいに消えていた。

 

 

 

「……すごい」

 

 あのポーション。

 本物だった。

 

 体を起こした時の軽さに、思わず笑ってしまった。

 確かな感覚が、嬉しくて仕方なかった。

 

 

 それでも、杖は必要だった。

 

 魔法使いにとって、魔法を扱うという行為は、素手で掴めるものじゃない。

 詠唱を整え、魔力を束ね、形にするための触媒――それが杖だ。

 

 あるのとないのとでは、魔法の扱いは劇的に変わる。

 

 ましてや、試験が控えている今、杖なしの魔法使いなど論外だ。

 

 何より、武器を持たない冒険者なんて――

 格好が、つかない。

 

 朝食の席で、おばさんに街の話を聞いた。

 地理に疎い私に、あれこれ教えてくれるのがありがたかった。

 

 

 そうして辿り着いたのが、魔道具の専門店だった。

 

 

 

 店構えは、正直言って陰気だった。

 古い木の扉。くすんだ看板。

 大通りに並ぶ、華やかな商店とはまるで違う。

 

 

 でも、冒険者ギルドで見かけた魔法使いたちは、長杖を手にしていた。

 ああいうものを使うのが、冒険者なんだ。

 

 

 

 少しの間、使うだけ。

 ずっとは使わない。

 

 ――私には、本当の杖があるから。

 

 

 

 

 店内は広くない。

 奥には、皺だらけのおばあさんが腰掛けていた。

 

 

「いらっしゃい」

 

 しわがれた声。

 

 

 

「杖が欲しいんです。冒険者に見られるものであれば、なんでも」

 

 

「冒険者かい? 初めてかい。……ちょっと待っててな」

 

 ヨタヨタと、覚束ない足取りで奥へ向かう。

 

 

 その間、店内を見渡す。

 杖、指輪、護符。

 どれも少し古く、誰かの手を渡ってきたような痕跡があった。

 

 

 やがて差し出された一本の杖。

 

 長く、素朴で、装飾も少ない。

 

 

 両手で受け取り、ぎゅっと握る。

 手に馴染む感触。

 

「新人さんなら、それくらいがいい」

 

「実力がついてから、良いものを揃えりゃいいさ」

 

「……これにします」

 

「銀貨三枚だよ」

 

 

 番台で会計を済ませる。

 金貨一枚を差し出し、軽い音を立ててお釣りが返ってくる。

 

 

 

「頑張ってね」

 

 

 店を出る時、おばあさんはそう言ってくれた。

 

 新しく手にした杖を、私は大切そうに抱えた。

 そして、少しだけ掲げる。

 

 

 冒険者に必要なものが、私のものになる。

 私物になる。

 

 それだけで、胸の中の曇りが、少し晴れた気がした。

 

 

 ――でも。

 

 夢の中で聞いた兄の声が、頭の端にまだ残っていた。

 

 風は、成るように成る。

 

 ……本当に、そうだろうか。

 

 その答えを、私はまだ知らない。

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