風の氏族の末娘は、冒険者を知らない   作:ほてぽて

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26話前編 ありがとうで返したもの

 

 

 瞼の裏は暗くて、何も見えない。

 

 何も見えないはずなのに、夢はそこに何かを映し出すものだ。

 楽しい夢も、悲しい夢も、誰かが出てくる夢も。

 

 けれど、その夜は違った。

 

 スープを飲んだあとの、体の奥に残る熱。

 ベッドの布に包まれた感触。

 その中にも、わずかに残る柔らかな温もり。

 

 それだけを感じたまま、意識は落ちていた。

 

 このまま眠れば、朝が来る。

 そうすればきっと、いつも通りの朝が来る。

 

 そんなふうに思っていた。

 

 ――夢はなかった。

 

 気づけば、時間だけが抜け落ちている。

 

 眠ったはずなのに、眠った実感がない。

 それでも体は、勝手に起きようとしている。

 

 ゆっくりと目を開けると、窓の向こうから薄暗い光が差し込んでいた。

 

 ボタボタ、と音がする。

 

 水が落ちるような音。

 叩きつけるような、細かく連なる音。

 

 ザァザァと続くその音を聞いていると、不思議と気持ちが静かになる。

 

 ……雨だ。

 

 少し考えてから、ベッドを降りる。

 

 冷えた床を踏みしめながら窓へ歩み寄り、外を覗き込む。

 

 空は重たく、雲は低く垂れ込めている。

 雨は細かく降り続き、景色全体が白くぼやけて見えた。

 

 風にあおられた水滴が窓ガラスに当たり、張り付いていく。

 その水滴は、周りの滴を巻き込みながら大きくなり、ゆっくりと下へ流れていく。

 

 端まで辿り着くと、見えなくなる。

 

 その繰り返しを、しばらく眺めていた。

 

 朝に聞きたかった音ではない。

 けれど、これも悪くはない――そう思えた。

 

 ……ほんの一瞬だけ。

 

「ああ、そうだ」

 

 小さく息を吐く。

 

 これでは外に出られない。

 

 冒険も、依頼もできない。

 

 冷たい雨の中をずぶ濡れで動くのは無茶だ。

 そんなことをして体調を崩したら、本末転倒だ。

 

 それは、あまりにも馬鹿馬鹿しい。

 

 ため息がこぼれる。

 

 視線を落とすと、服が目に入った。

 

 おばさんの服。

 

 着れないからと言っていたあれを、そのままもらっていいのだろうか。

 そんなことを、ふと思う。

 

 自分の服もあるけれど、今はおばさんに渡したままだ。

 

 ならば、もう一度聞けばいい。

 

 それだけのことだ。

 

 身支度を始める。

 

 今日は街の外へ出るわけではない。

 

 レザー装備に手を伸ばしかけて、止まる。

 

 ……必要ない気がした。

 

 冒険者になるために必要だと思って、手に入れたもの。

 それなのに、それを着ないという選択をしている。

 

 少しだけ、違和感があった。

 

 まるで、自分ではないような感覚。

 

「……ギルドに行くだけ」

 

 小さく呟く。

 

「エルネに、会うだけ」

 

 それだけだ。

 

 ポーチを身につける。

 

 雨は強いが、軒先を伝えば濡れずに移動できるはずだ。

 

 そう思いながら、部屋の中に視線を巡らせる。

 

 壁に立てかけられた杖が目に入る。

 

 手を伸ばし、それを掴み上げようとして止まる。

 

 自分のものではない杖。

 

 一瞬、胸の奥に重たいものがよぎる。

 けれど、すぐに頭を振った。

 

 違う。

 今は関係ない。

 

 考える必要はない。

 

 部屋を出る。

 

 雨音は、どこにいてもついてくる。

 

 廊下を歩く音も、扉の軋む音も、どこか小さく感じる。

 

 そのままカウンターの方へ足を進めると、おばさんがいた。

 

 いつもと変わらない様子で、そこにいる。

 

「あの、この服着ててもいいですか?」

 

 声をかけると、おばさんは顔を上げてこちらを見る。

 

「ああ、良いよ。他にもあるよ。可愛いんだから、小洒落た服を着ておめかししなよ」

 

 笑顔だった。

 

 お洒落。

 

 その言葉が、少しだけ引っかかる。

 

 冒険者に、お洒落。

 

 それは何か違うような気がする。

 

「こんな格好で冒険は、無理があると思います」

 

 自然と口から出る。

 

「長いスカートは動きやすいですけど、走るときや急な動作に足を引っ掛けてしまいます」

 

 おばさんはそれを聞いて、ふっと笑った。

 

 肩を軽くすくめる。

 

「冒険の話なんてしてないよ」

 

 その言葉は、あまりにもあっさりしていた。

 まるで最初から、噛み合っていなかったかのように。

 

 おばさんの視線がこちらを見る。

 

 足元から頭の先までをゆっくりと見た。

 

「ずっと戦ってるわけじゃないだろう? 街にいる間くらい、普通の格好しなって言ってるのさ」

 

 少しだけ近づいてきて、髪の毛先を指で整える。

 

「せっかく顔立ちも悪くないんだしね。隠しとくのはもったいない」

 

 怪訝そうな顔になる。思わず、眉を寄せた。

 

「隠しているつもりはありません」

 

「だろうねぇ」

 

 おばさんはくすりと笑う。

 

「だから言ってるんだよ。あんたは分かってないんだ」

 

 分かっていない。

 その言葉に、少しだけ引っかかる。

 何をだろう。

 

「何を、ですか?」

 

「男の目」

 

 あっさりと言われた。

 瞬きをひとつする。

 

 意味は分かる。

 言葉としては理解できる。

 けれど――それが何を指しているのかが、はっきりしない。

 

「必要なこと、ですか?」

 

 素直にそう返す。

 

 おばさんは一瞬きょとんとして、それから小さく吹き出した。

 

「必要かどうかで考えるあたりが、あんたらしいねぇ」

 

 腰に手を当てて、少し考えるように視線を上げる。

 

「そうだねぇ……まぁ、なくても生きてはいけるさ」

 

 少しだけ声の調子が変わる。

 

「まぁ、それがあると、楽になることもある」

 

 思わず、首をかしげた。

 

 楽になる。

 それは、どういう意味だろう。

 

「助けてもらいやすくなるとか、優しくしてもらえるとか。そういうのさ」

 

「……お金と同じですか?」

 

 すぐに出た言葉だった。

 おばさんは一瞬だけ黙ってから、苦笑した。

 

「似てるようで、ちょっと違うね」

 

 完全には否定しない。

 

「金は分かりやすいだろう? 払えば終わり」

 

「でも、そっちはね……終わらないことが多い」

 

 顔を傾げ、おばさんを見る。

 

 終わらない。

 その言葉が、少しだけ残る。

 

 意味は分かるはずなのに、

 どこで終わるのかが分からないものを、

 どう扱えばいいのかが分からない。

 

 …。

 

「なら、関わらないほうがいいです」

 

 即答した。

 

 おばさんは、少しだけ笑みを引っ込めた。

 

「……まぁ、そう思うよねぇ」

 

 否定はしない。

 

「私も若い頃はそうだったよ」

 

 ぽつりと言う。

 

「でもね」

 

 少しだけ視線を逸らす。

 

「関わらないで済むなら、誰も苦労しないんだよ」

 

 また私を見る。

 

「気づいたら、関わってるもんさ」

 

 それから、少しだけ優しい目になる。

 

「あんたみたいなのはさ」

 言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。

 

「変なとこで損するんだよ」

 

「損ですか?」

 

「そう」

 

 指先で額を軽くつつかれる。

 特に何とも思わなかった。

 

「それでも、面倒だからって全部避けてたらさ」

 

「気づいたときには、何も残ってないかもしれないよ」

 

 その言葉をそのまま受け取る。

 

「……必要なら、覚えます」

 

「使えるなら、使います」

 

 おばさんは少しだけ目を細め、それから、ため息のように息を吐く。

 

「そういうもんじゃないんだけどねぇ」

 

 小さく笑う。

 

「まぁいいさ。今はそれで」

 

 おばさんに手を引かれて、裏手に連れられる。

 そこで、棚からもう一着、服を取り出す。

 

 少し柔らかい色合いのものだった。

 

「ほら、着てみな。似合うかどうかくらいは、見てやるよ」

 

 差し出された。

 

 柔らかな手触りと少しだけ軽い、その布の感触。

 

 それを確かめるように受け取る。

 

 どう見ても、機能性は低そうに見える。

 

 けれど。

 ――さっきのスープと同じで。

 理由の分からないまま、拒む理由もなかった。

 

「……分かりました」

 そう言って、小さく頷いた。

 

 服を受け取って、しばらく見つめる。

 布は柔らかくて、軽い。

 色も、今まで着ていたものより少し明るい。

 

「裏で着替えておいで」

 

 言われて、頷く。

 言われるままに、奥へ回る。

 

 人目のないところで、今の服を脱いでいく。

 

 少しだけ冷える空気。

 

 包帯の巻かれた部分に触れないように、ゆっくりと腕を通す。

 

 ――軽い。

 思っていたよりも、ずっと。

 

 袖は少し長くて、手の甲にかかる。

 裾口も少し広がっていて、動くたびに布が揺れる。

 

 鏡のようなものはない。

 けれど、感覚だけでも分かる。

 

 今までと違う。

 

 襟元が少し開いていて、首元がスウスウとする。

 動くと、胸元の布がわずかに遅れてついてくる。

 

 なんだろう……落ち着かない。

 手で軽く押さえる。

 

 スカートに視線を落とす。

 膝が出ている。

 

 動けば、もっと上がるだろう。

 少しだけ、足を閉じる。

 

 無意識だった。

 

 ――昔。

 もっと飾られた服を着せられていたことを思い出す。

 

 色のついた布。

 重たい装飾。

 動くたびに揺れるドレスのようもの。

 綺麗だったと思う。

 

 でも、それは――

 自分で選んだものではなかった。

 

 誰かに整えられて、

 誰かに見られるための形にされていた。

 

 そのときの、あの感じ。

 少し、似ている。

 こそばゆいような。

 落ち着かないような。

 

 どこに手を置いていいか分からない感覚。

 

 服を、軽く引っ張る。

 裾を下げるように。

 

 意味はないと分かっているのに。

 

 足を揃えて、少しだけ内股になる。

 それも、意識していない動きだった。

 

 ――これで、いいのだろうか。

 

 外に出る前に、少しだけ迷う。

 

 でも、言われたから。

 そのまま戻る。

 

 おばさんは、振り返って私を見る。

 

 一瞬、目を丸くしたと思えば、にやりと笑う。

 

「ほら見な、やっぱり似合うじゃないか」

 

 私は少しだけ視線を逸らす。

 

「……動きにくいです」

 

「戦う格好じゃないって言ったろう?」

 

 くるりと一周するように手で促される。

 一瞬、ためらって。

 

 でも、そのまま、ぎこちなく回る。

 裾が、遅れて揺れてくる。

 その感覚が、少しだけ変だった。

 

「いいねぇ」

 おばさんは満足そうに頷く。

 

「これなら、そこらの男も放っておかないよ」

 

 その言葉に、動きが止まる。

 

「あの、それはどういう意味ですか?」

 

 振り返ったまま、聞く。

 

「そのまんまの意味さ」

 

「可愛いってことだよ」

 

 可愛い。

 また、その言葉。

 

 それが、今の自分に向けられている理由が分からない。

 

 それは、誰かに向ける言葉のはずで、自分に向けられるものではない気がした。

 

「これも、必要、ですか?」

 

 また同じ言葉が出てしまう。

 

「ま〜た、それかい」

 

 少しだけ、近づいてくる。

 

「必要かどうかで言えば、これも別にいらないさ」

 

 肩を軽く叩く。

 

「そうやって見られるってことはさ、何かしら、引っかかってるってことだ」

 

 黙る。

 

 考えるけれど、わからない。

 

 さっきよりも少しだけ、落ち着かない気がして視線が、自分に向く。

 

 そういうことを言っているのだと、なんとなく分かる。

 

 ――それは。

 

 いいことなのか。

 悪いことなのか。

 これもわからない。

 

 胸元を、もう一度軽く押さえる。

 

「……」

 言葉が出ない。

 

 おばさんは、その様子を見て少しだけ柔らかく笑った。

 

「まぁ、今は分からなくていいよ」

 

 手をひらひらと振る。

 

「そのうち嫌でも分かる」

 

「ほら、気に入らないなら着替えてもいいさ」

 

 そんなふうに言った。

 

 少しだけ、間。

 服を見下ろした。

 

 悪くはない。

 

 むしろ――

 少しだけ、楽しいと感じている。

 

 動くたびに揺れる布。

 軽さ。

 違う自分になったような感覚。

 でも、胸の奥に残る、引っかかり。

 

 視線。

 意味の分からない可愛い。

 それが、落ち着かない。

 

 このままでもいい気がした。

 

 でも、このままでいる理由が分からなかった。

 

 私は言われた通り裏に戻って、服を脱ぐ。

 

 さっきよりも、少しだけ早く。

 

 元の着ていたおばさんの服に袖を通す。

 重さ。

 硬さ。

 

 それが――落ち着く。

 

 さっきの服を畳む。

 少しだけ丁寧に。

 理由は分からない。

 

 戻ると、おばさんがちらりと見る。

 何も言わない。

 ただ少しだけ、口元が緩んでいた。

 

 そんなやり取りをしているあいだも、雨は止む気配を見せなかった。

 

 カウンターの前に戻り、ポーチに手を入れる。中の重さを確かめるように軽く揺らし、指先で硬貨袋の感触をなぞる。ナイフもある。柄の感触が指に伝わった。

 

 それだけで十分だと思った。

 準備を終え、扉の方へ視線を向ける。

 

 その背中に、声がかかる。

 

「こんな雨降りなのに出かけるのかい?」

 

 振り返る。

 

「街の外には行きません。ギルドに、エルネがいるかもしれないので、会っておきたいんです」

 

 自分で言いながら、考える。

 

 こんな雨の中だ。いるとは限らない。むしろ、いない可能性の方が高いだろう。行かなくてもいい理由ならいくつも思い浮かぶ。

 

 それでも。

 それは、行かない理由にはならなかった。

 

「ちょっと待ってな」

 

 おばさんはそう言って、小さくため息をつくと、裏へ引っ込んでいった。

 

 言われた通り、その場で待つ。

 

 雨音が、変わらず屋根や窓を叩いている。一定のリズムで続くその音は、どこか落ち着くようでもあり、同時に外へ出ることを拒んでいるようでもあった。

 

 やがて、おばさんは戻ってきた。

 

 その手には、見慣れない外套があった。

 

 黒く、まだら模様のあるそれは、濡れた革のような光沢を帯びていて、わずかに光を弾いている。

 

 思わず首を傾げる。

 

 また、さっきのような服かと思った。けれど違う。これは、着飾るためのものではない。

 

 それに——どこか、見覚えがある。

 

「これを羽織ってお行き」

 

 有無を言わせない調子で差し出される。

 

 断る理由が思い浮かばず、自然と手が伸びた。

 

 触れた。

 

 外側は滑らかで、水を弾くような手触り。内側は少しざらついていて、布とは違う、どこか引っかかる感触があった。

 

 二度、三度と撫でる。

 

 初めて触ったはずなのに、妙な既視感がある。記憶に、まだ新しい感触。

 

「スライムドレイクって知ってるかい?」

 

 おばさんが軽く言う。

 

「水の中にいる小さなドラゴンの皮で出来たものだよ。水は弾くし、丈夫だ。それを上に羽織っていけば、雨なんかへっちゃらだよ」

 

 スライムドレイク。

 

 その言葉で、はっきりと思い出す。

 

 沼沢地。濁った水。腕を掴まれ、引きずり込まれそうになったあの感触。噛みつかれた痛み。

 

 あのトカゲだ。

 

 それが、これ。

 

 肉なら食べられると思っていた。けれど、こうして別の形になるとは考えたこともなかった。

 

 指先で外套を撫でる。

 

 ――なんて、ザマァないこと。

 あんなことをしたのだから、こうなって当然だ。

 

 自分に噛みついた個体ではないと分かっていても、そう思った。

 

 広げてみる。

 膝丈ほどまである大きさ。頭を覆うフードもついている。

 

 大きい。

 

 少し息を呑んだ。

 

「大きい……こんな大きいトカゲ、いるんですか……?」

 

 おばさんは少しおかしそうに笑った。

 

「そりゃあ、あんた。数匹の皮を継ぎ接ぎにしてるんだよ。そんなでっかいのが一匹でいるわけないだろう?」

 

 なるほど、と納得する。

 考えすぎだ。

 

 ただ、あの時の感覚が少し残っているだけだ。

 

 情けない。

 外套をもう一度見て、それから口を開く。

 

「あの、これは、いくらですか?」

 

 自然と出た言葉だった。

 

 おばさんは軽く肩をすくめる。

 

「貸しとくよ」

 

 あっさりとした言い方だった。

 

「返したい時に、また返してくれればいいさ」

 

 まただ。

 

 雑貨屋の袋の時と、同じで終わりがない。

 

 その言葉が一瞬、頭をよぎる。

 

 返す。

 何を返せばいいのか、考える。

 

 金貨か、それとも別の何かか。

 思い浮かんだのは、違う言葉だった。

 

 ――ありがとう。

 

 エルネが、あのとき言っていた言葉。

 

 おじさんに向かって、私に向かって、言わせようとしていた言葉。

 

 言葉が、喉に引っかかる。

 

 それでも、押し出すように言った。

 

 ゆっくりと、口にする。

 

「ありがとう、おばさん」

 

 言った瞬間、胸の中に小さな変化があった。

 

 何かが少しだけ、ほどけるような感覚。

 

 それだけで、何か返せたような気がした。

 

 外套に袖を通す。

 肩から背中、そして頭まで包まれていく。

 

 軽い。

 

 思っていたよりもずっと、動きやすい。

 

 おばさんが近づいてきて、前を閉じる紐を結ぶ。慣れた手つきだった。

 

 その動きに、ふと別の記憶が重なる。

 

 家で、服を整えてくれていた人。

 名前を思い出しかけて、やめる。

 元気にしているだろうか、とだけ思った。

 

 すっぽりと外套に包まれる。

 

 袖口は少し大きく、指先が少しだけ顔を出している。

 少しだけ、大きい。

 

「おばさん、行ってきます」

 

 そう言って、扉の方へ駆け出す。

 

 扉を開けるとチリン、と呼び鈴が鳴った。

 

「いってらっしゃい」

 

 背中にかかる声は、やわらかかった。

 

 ゆっくりと扉が閉じていく。

 

 暖かな空気が、向こう側に残る。

 

 パタン、と音がして、それは遮られた。

 

 外に出る。

 

 雨は変わらず降っていた。

 

 外套に当たる音が、少し違う。

 

 肩に当たる雨の感触が、ない。

 

 その代わりに、柔らかく弾く音だけが残る。

 冷たいはずの雨は、直接は触れてこない。

 

 濡れていない。

 それだけのはずなのに。

 

 少しだけ、違って感じた。

 

 それでも。

 雨は、いつまでも変わらず降り続いていた。

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