その目は、まっすぐに私を映していた。
逃げ場を探すように揺れていた視線が、そこで止まる。
「では、私はこれで失礼しますね」
背後からした声に振り返る。
受付のお姉さんは、柔らかな笑みだけを残して部屋を出ていった。
扉が閉まる。
パタン、と。
また静かになる。
雨の音だけが遠くから響いていた。
私は何も言わず、その閉じられた扉を見ていた。
それから、ゆっくりと視線を戻す。
向かい側。
椅子に腰掛けたままのおじさん――ガルドを見る。
「あの……私に、何か」
喉が少し硬い。
てっきり、ギルド職員が来るものだと思っていた。
何か言われる。責められる。確認される。
そんなことばかり考えていたから。
「あぁ、大したことを言いに来たわけじゃねぇ。そう身構えんな」
ガルドは肩を竦めるようにして、テーブルに肘をついた。
気の抜けたような姿勢。
「全然関係ない話だがな。俺は冒険者のハズなんだが、こうしてギルド職員みてぇな真似をさせられることがある」
ぼやくような声。
「まぁ、冒険者の中には、そのままギルド職員になる奴だっている」
そこで一度、鼻を鳴らす。
「だとしても、普通ならギルド長とか、もっと偉い奴がここに座ってるもんだがな」
そう言いながら、小袋を取り出した。
ジャラ、と硬貨の擦れる音。
中から取り出されたものが、ランプの光を反射する。
思わず目を向けた。
金貨。
――いや、少し違う。
一回り、大きい。
「大金貨だ」
ガルドはそれをテーブルの上へ置く。
カツン、と重みのある音。
さらに金貨を二枚。
指先で押し、私の方へ滑らせてくる。
「ゴブリンの頭目を倒した報酬だ」
さらりと言う。
「正式に依頼で受けてりゃ、もうちょい割り増しで貰えただろうがな」
言葉が、すぐには入ってこない。
私はただ、その金貨を見ていた。
ゆっくりと手を伸ばす。
指先で触れる。
冷たい。
けれど、ほんの少しだけ重い。
大金貨と金貨二枚。
金貨より縁が広く、厚みもわずかにある。
触れた感触も違った。
細かな凹凸。擦れ具合。
大金貨の方が、指にしっかり引っかかる。
そして何より、色が違う。
少しくすみの少ない、深い金色。
私はそれを摘まみ上げ、光へ透かす。
ランプの灯りを受けて、きらりと輝いた。
綺麗だった。
その輝きに、一瞬だけ見入る。
でも。
すぐに、違和感が追いつく。
私は討伐証を持っていない。
受付で話しただけだ。
それなのに――。
「あの……これ、私……話しただけで、討伐証も持ってませんでした。なのに、どうして……」
ガルドは、しばらく私の手元を見ていた。
金貨を眺める私を。
それから視線を上げる。
「あぁ、見に行ったからな」
一瞬、呼吸が止まった。
「え……」
「午後だったし、時間があったからな」
ガルドは気怠そうに続ける。
「死んだ奴らの先輩か、世話んなった奴を見かけて引っ掛けてな。場所聞いて、見に行った」
淡々としている。
まるで、いつもの仕事みたいに。
「行くだけなら簡単だが、一人じゃ限界があるからな」
そこで少しだけ顔をしかめた。
「それに血の匂いに当てられて、普段出ねぇ奴が寄ってくることもある」
私は黙って聞いていた。
胸の奥が、少しずつ冷えていく。
「それを見越して行ったわけだ」
小さく息を吐く。
「まぁ……見たのは、俺も口にしたくねぇもんだったな」
視線が、わずかに逸れる。
「そこら中、真っ赤になったスライムだらけだった。その中に、例の赤いゴブリンもいた」
頭の中に、一瞬だけ景色が蘇る。
赤い溜まり。潰れた肉塊。肉から飛び出した骨。
喉が詰まる。
「……それだけだ」
ガルドは言った。
「だから、これはお前に渡す。誰がどう言おうが、ギルドの取り決めだ」
「はい……」
声が小さくなる。
「胸張って受け取れ」
私はポーチを開いた。
金貨袋の中へ、大金貨と金貨を入れる。
キン、と金属のぶつかる音。
それが、妙に現実感を持って響いた。
袋を閉じる。
ガルドはそれを確認して、小さく頷いた。
「あぁ、あともう一個。いや、二個か。どっちでもいい」
そう言って、ポケットへ手を入れる。
「お前、こいつ知ってるか?」
取り出されたのは、小さな金属板だった。
テーブルへ置かれる。
カチャ、と乾いた音。
視線が吸い寄せられる。
見覚えがあった。
冒険者証。
「手に取って、よく見てみろ」
言われるままに、手を伸ばす。
指先へ伝わる、生温い金属の感触。
誰かの体温が、まだ残っているみたいだった。
名前を見る。
新しいプレート。
刻まれた名前の部分に、細い傷が走っている。
そこに刻まれていた文字。
――エルネ・フェルミア。
呼吸が止まる。
エルネ。
その名前が、確かにそこにあった。
ジッと、見つめた。
指先で表面を擦る。ゆっくりと、一文字ずつ確かめるように。
ざらり、と傷の入った金属の感触。
擦れた刻印。浅く削れた文字。
滲みはない。歪んでもいない。
そこに刻まれた名前は、確かに読めた。
エルネ。
エルネ・フェルミア。
喉が、小さく動く。
「あの、これは……」
声が、自分でも驚くほど落ち着いていた。
誰だろう、と思った。
このエルネという人物は。自分の知っているエルネとは、別の誰かなんじゃないかとさえ思えた。
私の知っているエルネは、二日前、「ホーンラビットを狩ってくる」と意気込んで、その翌日には森へ向かったはず。
一人前になるんだと。私と同じEランクの冒険者として、胸を張って。
その別れる日の背中を見送った。
――それが最後だった。
それなのに、今。ここにあるのは冒険者証だけ。
頭では、分かっている。
これが何を意味するのか。ここまで来て、理解できないほど子供じゃない。
それでも、自分でも恐ろしいほど実感が湧かなかった。
「どうして……ガルドさんが、持ってるんですか……?」
ただ、そう聞いた。
まだ森にいる気がしてならなかった。
帰ってきていないだけ。どこかで雨宿りしているだけ。そう頭のどこかが言っている。
「……冒険者の人達、言ってました」
視線を落としたまま言う。
「ガルドさんは、新人を助けるって」
ガルドは頬杖をついたまま、こちらを見る。
「あぁ……連中は、言うな。俺は新人を助けるって」
「そうだな」
「私を、助けました」
「ああ」
「冒険者の人を、ソリみたいなもので運んでるのも見ました」
「そんなこともあったな」
淡々としている。
だから余計に、怖かった。
「じゃあ……どうして……」
喉が引っかかる。
「どうして、これが……エルネのものが、ここにあるんですか……?」
顔を上げる。
疲れ切ったような。何かを見過ぎた人の目。
その瞳は、真っ直ぐこちらを見ていた。
「俺が助けられるのは、死にに行くやつだけだ」
言葉の意味が、一瞬わからなかった。
「……死にに行く人って、何ですか」
「あぁ、お前がそれを聞くのか?」
ガルドは小さく息を吐き、片手で顔を覆う。
「そうだな……」
指を折るように、言葉を並べた。
「プライドが高い。向こう見ず。自分は強いと思ってる。周りを置き去りにする。感情を押し殺す。虚勢を張る。恐れを知らねぇ」
淡々と。
「挙げりゃ、いくらでも出てくる」
その言葉が、胸に引っかかる。
どこかで聞いたような気がしたけれど、何も言えなかった。
「逆に、死なねぇやつはな」
視線がこちらへ向く。
「ちゃんと怖がるやつだ。臆病で、小心者で、みっともなく逃げるやつ。仲間を置いてでも、生きて帰る腰抜けだ」
納得なんて、できなかった。
そんな言い方。
誰かの努力も。踏ん張りも。勇気も。
全部、馬鹿にしているみたいだった。
エルネは違う。
よく笑って。困って。怖がって。
私が危ない時には、「帰ろう」と言ってくれた。
エルネは違う。
そう思った。
けれど。
私は――。
私の脳裏に浮かぶのは、別の記憶だった。
帰ろうと言われた時。
私は。
私は、前へ進もうとしていた。
「納得いかねぇ顔してんな」
ガルドの目が、私の手元を見ていた。
冒険者証を握る指。
知らないうちに、強く掴みすぎていたのかも。
指先が白くなっている。
「……」
その視線が、嫌に落ち着かなかった。
まるで、何を考えているか見透かされているみたいで。
ため息を一つ吐く。
「俺も、全部見分けられるわけじゃねぇ」
ガルドが吐き捨てるように言う。
「例外なんざ、いくらでもある。なにより冒険者は死ぬ。珍しくもねぇ」
静かな声だった。
「お前のせいじゃない」
言葉が落ちる。
けれど。
「……だがな」
少しだけ視線が下がる。
「初心者ってのは、いつだって誰かの後ろを歩いてる」
ゆっくりと、こちらを見る。
「前を見てる」
指先が、私の持つ冒険者証を指した。
「コイツは、お前を見てた」
言葉の意味が、すぐには入ってこなかった。
見ていた? 誰を? 私を?
森の中で後ろから、小走りで付いてくる足音。
「先輩、待ってください」
ホーンラビットを見つけた時も。
魔法を撃った時も。
「すごい……」
と、後ろから声がしていた。
振り返れば、エルネはいつも少し後ろにいた。
それを、当たり前みたいに思っていた。
ドクン、と胸が跳ねた。
痛い。
胸の奥に、刃物を差し込まれたみたいに。
「人間ってのはな。教わって一回できると、次もできると思う」
ガルドの声が続く。
「覚えがいいのは悪いことじゃねぇ。だが、簡単にできすぎると失敗を考えなくなる」
コツン。
指先がテーブルを叩く。
「今回もできた。次もできる。慣れだ。繰り返しだ。感覚が麻痺してくる」
その声は静かだった。
怒っているわけでもない。
責めているわけでもない。
どうしてこんなに痛いんだろう。
だから、逃げられなかった。
「そこから綻びが出る」
間。
「極端に言えば」
遠くから聞こえる雨音。
「死ぬか、死なないか」
それだけだ。
私は言葉を失った。
「普通のやつは、死にかけて助けられた後、どうすると思う?」
問いが落ちる。
答えられなかった。
「……どうするんですか」
本当なら。私なら続けると言うべきだった。
なのに、その言葉が出てこない。
「辞める」
即答だった。
静かな声。
「冒険者を辞める。死にかけて、初めて自分の命が惜しくなる」
視線が、こちらに向く。
「自分の命の価値に気付く」
その目は、逃がさない。
「お前はどうだ」
息が詰まる。
「続けてる。そういうやつはな、死ななきゃ気付けねぇ」
「だから、俺はお前を試験で落とした」
私は顔を上げる。
「理由を教えるほど、俺は優しくねぇ」
ガルドは頬杖を崩し、小さく肩を回した。
「ここまで歩いてきたなら、自分で答え合わせしろ。その時のお前に、教えてやれ」
沈黙の中、雨音だけが響く。
「……説教臭くなっちまったな」
ガルドは小さく笑った。
「あぁ、もう一度、言っとく」
「冒険者ってのは、こういうもんだ」
視線が、こちらを見る。
「お前のせいじゃねぇ」
疲れたような声で、そう言った。
「運が悪かっただけだ」
私はただ、冒険者証を見つめていた。
「そいつを持っててもいい。要らないなら、今ここで返したっていい」
おじさん――ガルドが言う。
視線を落とす。
指で、もう一度、表面を撫でた。
硬い。金属の感触が、じっとりと手に残る。
長く握っていたせいで、自分の体温が移って、生温くなっていた。
エルネ・フェルミア。
その文字だけが、現実みたいに、そこにあった。
「……もらいます」
小さく答える。
「ああ、好きにしろ」
それだけだった。
無理に慰めるわけでもない。返せとも言わない。
ただ、私が決めることだと、そう言われた気がした。
沈黙が落ちる。
さっきから言われたことが、頭の中で何度も反芻されていた。
冒険者はこういうもの。
私のせいじゃない。
エルネは私を見ていた。
……でも。
だったら、誰のせいなんだろう。
エルネは、私の後ろを歩いていた。
私を見て。私の真似をして。私みたいになろうとして。
だから死んだ。
だったら、原因は私じゃないのか。
責められるべきなのは。断罪されるべきなのは。
本当は、私の方じゃないのか。
エルネの家族が知ったら、きっと許さない。
お前が殺したんだと。どうして止めなかったんだと。そう言われる方が、ずっと自然なはずだった。
なのに。
ガルドは、責めない。
曖昧にする。
「運が悪かった」
そう言って終わらせようとする。
……なのに。
皮肉なことに、安心している自分がいた。
怒鳴られなかったことに。
責め立てられなかったことに。
胸の奥のどこかが、ほっとしてしまっている。
そんな自分が、気持ち悪かった。
でも。
事実は、手の中にある。
エルネの冒険者証。
硬い金属の重み。
これだけは、絶対に覆らない。
それでも、頭のどこかでは、まだ思っていた。
明日になれば。
宿の扉を叩いて。
「開けろー!」って騒ぎながら。
エルネがひょっこり帰ってくるんじゃないかと。
おばさんが安心した顔をして。
また三人で話をして。
そのうちDランクになって。
一緒にワイバーンを倒して。
――そんな未来が、まだどこかに残っている気がした。
「まだ、もう一つある」
ガルドの声が、思考を断ち切った。
顔を上げる。
おじさんは椅子にもたれながら、面倒そうに頭を掻く。
「まぁ、なんだ。俺一人じゃ手に余る依頼があってな。そいつに付き合ってもらいたい」
「……え?」
理解が、少し遅れる。
「誰でも受けられる依頼じゃねぇ。ギルド直々の変わった依頼だ」
その言葉が、ゆっくり輪郭を持つ。
ああ。
これ。
誘われてるんだ。
パーティーに。
その瞬間、反射みたいに言葉が出た。
「私は……パーティーを全滅させました」
ガルドは黙っている。
「問題児で……平気で人を見捨てます。酷い人間なんです。私と組まない方がいいです」
言いながら、自分でも変だと思った。
まるで、自分から自分の価値を下げているみたいだった。
先に嫌われようとしている。
先に見捨てられようとしている。
ガルドは、鼻で笑った。
「お、奇遇だな」
口の端を少しだけ上げる。
「似た者同士ってわけだ」
その瞬間。
頭に浮かんだ言葉があった。
死体漁りのガルド。
宿のポーションおじさんが彼をそう呼ぶ名前。
……私も。
私も、あの時、何をした?
死体漁り。
指先が、じわりと冷える。
あの時。
私は震える手で、倒れた仲間の身体を探った。
冒険者証。討伐証。
元々、魔物から回収するためのものだったのかもしれない。でも結果として、私は仲間の死体から持ち去った。
ポーションが残っていたら? 必要なら装備だって持っただろう。
生きるために必要だった。
でも。
それは。
死んだ人の持ち物を漁ったという事実と、何が違う?
嫌悪していた。
死体漁りなんて最低だと思っていた。
なのに。
あの時の私は、迷わなかった。
胸の奥が、静かに冷えていく。
吐き気とも違う。後悔とも違う。
自分が、自分の思っていた人間ではなかった感覚。
でも、不思議と吐き気はなかった。
悔しさすら、湧かなかった。
「お前、強いんだろ?」
ガルドが言う。
「魔法でドカンと一撃だ」
「手っ取り早く片付くんなら、お前ほど適任はいねぇ。どうする?」
少し考えるように顎を搔く。
「そうだな。報酬は一対九でどうだ」
「……え?」
理解が追いつかない。
「私が……九割ですか?」
思わず、言葉が止まった。
九割。
そんな条件、聞いたことがない。
胸の奥が、じわりと嫌な熱を持つ。
――都合が良すぎる。
ついさっきまで。
優しい言葉を使いながら、私を連れて行こうとした男たちがいた。
「かわいそう」「組んでやる」「助けてやる」
あの湿った声が、一瞬だけ頭の奥を掠める。
条件がいい。優しい。
だからこそ、勘ぐってしまう。
指先が、無意識に冒険者証を握りしめる。
「ああ。不満か?」
違う。
不満じゃない。
おかしい。
条件が良すぎる。
都合が良すぎる。
「……変です。それ、不公平です」
思わず口に出る。
「ガルドさんは一割でいいんですか? 何か、裏があるんですか?」
人を疑った。
少し前までの私なら、こんな言葉は出なかった。
ガルドは、それを面白がるみたいに笑った。
「俺はな、今日明日生きる日銭がありゃ十分だ」
「普段は薬草採取だの、誰もやりたがらねぇ渋い依頼で食ってる」
そこまで言って、一度考える。
「あぁ……いや、少し違うか」
頬を掻く仕草。
「まぁ、交渉だな」
指を一本立てる。
「実力ある奴を確保するための保険だ。そいつがいれば死なねぇ。助かる。だったら、他に持ってかれねぇよう好条件を出す」
「まぁ、それが本当か嘘か。見抜くのは相手次第だがな」
「……もし、ガルドさんが嘘をついてたら」
そこまで言うと。
ガルドは少しだけ笑みを深くした。
「そういう奴は、もう冒険者として終わりだ」
「この狭い世界で信用失ったら、何も残らねぇ」
淡々としていた。
「誰かを死なせたよりタチが悪い、見捨てたより、もっとな」
でも、その言葉だけは妙に重かった。
誰かを死なせるより。
見捨てるより。
信用を失う方が終わりだと。
この男は、本気でそう思っている。
沈黙。
この人は。
本当に日銭だけで生きてる。
そして、私を保険として九割提示した。
もし嘘なら。
ギルドの信用も、冒険者達の信用も失う。
それは、この人にとって致命的なんだろう。
私は、ゆっくり口を開く。
「……私で、いいんですか?」
ガルドは即答した。
「ああ」
それだけだった。
迷いもなく。
「決まりだな」
おじさんは立ち上がる。
椅子が軋む。
「ああ、そうだ。ついでだ。次の昇格試験、受付通しとけ」
「晴れた日の朝。ギルド前集合だ」
扉へ向かいながら、気怠そうに言う。
「討伐目標は熊一頭。Dランク依頼だ」
足を止めず。
「ああ、場所は森の奥な」
振り返りもしない。
「いいな?」
「……わかりました」
返事をすると、ガルドは小さく欠伸をした。
そのまま扉を開ける。
パタン。
閉まる音。
私は、一人取り残された。
静かだった。
雨の音だけが、遠くで鳴っている。
依頼。昇格試験。パーティー。
さっきまで、もう冒険者として終わるんじゃないかと思っていたのに。
気付けば、次の話をしている。
前へ進んでいる。
なのに、どうしてだろう。
少しも、安心できなかった。
手の中の冒険者証が、生温い。
その事実だけが、静かに、膝の上へ落ち続けていた。