風の氏族の末娘は、冒険者を知らない   作:ほてぽて

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7話 その音は、すぐに消えた

 

 

 

 ゴブリン。

 スライム。

 オーク。

 

 悪い魔物たち。

 

 知らないわけじゃない。

 私は、知っている。

 

 絵本で読んだ。

 本で読んだ。

 冒険者になる前から、何度も目にしてきた名前だ。

 

 けれど――実際に見るそれらの姿は、私の知っているものとは少し違っていた。

 似ているところはある。

 形も、呼び名も、特徴も。

 

 

 それでも、どこか違う。

 

 

 生きている、という違い。

 

 

 呼吸をして、匂いを持ち、こちらを認識しているという、決定的な違い。

 

 

 ……でも。

 

 それでも。

 

 私の魔法で倒せるなら、みんな同じだ。

 

 倒して、動かなくなってしまえば。

 それはもう、弱い魔物なんだから。

 

 七匹目のスライムが、天井から落ちてきた。

 

 ぬちゃり、と湿った音を立てて地面を這い、蠢く。

 遅い。

 逃げない。

 

 私は一歩踏み込み、杖を前に突き出した。

 

 

「――ウインドブラスト」

 

 風が弾ける。

 

 パンッ、という乾いた音と共に、スライムの体が霧散した。

 粘液は形を失い、塵のように消える。

 

 その勢いで、核もどこかへ飛んでいった。

 

 一瞬、視線を走らせたけれど、見つからない。

 

 

 胸の奥がちくりとした。

 でも、依頼は達成できる。そう思って、その感覚を振り払った。

 

 

 ……まあ、いい。

 

 それよりも。

 

 私の魔法を、見てほしかった。

 

 

「おいおい、加減しろよ」

 

 ロニオが笑いながら言う。

 

「だが、すごいな」

 

 

 

「魔力は温存だ。スライム相手に使い切るもんじゃない」

 

 バルクも、軽くそう付け加えた。

 

 感心している。

 ちゃんと、冒険者として見てくれている。

 

 胸が、少しだけ高鳴った。

 

 これが、私の実力だ。

 

 胸を張る。

 杖を握る手に、自然と力が入る。

 

 私だって、冒険者なんだから。

 戦うんだ。

 

 スライムだけじゃない。

 

 ジャイアントバットも。

 オークも。

 

 私の魔法で、倒すんだ。

 

 結局、私が倒したスライムは、その一匹だけだった。

 核は失くしたけれど、依頼分の数は揃った。

 

 スライムの核は、10個。

 

 ロニオが袋を縛り、軽く振る。

 中で、石同士がぶつかる音がした。

 

 

「よし、これで完了だな」

 

 達成感が、胸に広がる。

 

 やれた。

 ちゃんと、やれた。

 

 私はダンジョンの奥を見据えた。

 

 次は、もっと強い魔物だ。

 次は、もっと派手に。

 

 

 そのまま、私たちは奥へと進んだ。

 

 

 

 僅かな音が、空洞の奥で反響していた。

 

 

 

 足音。

 松明の火がはぜる音。

 装備が擦れる、金属の乾いた音。

 

 

 それらが混ざり合い、重なって、ダンジョンの空気に溶けていく。

 

 

 私の足取りは、自然と早くなっていた。

 二人に追いつくために。

 

 

 置いていかれるのが怖いわけじゃない。

 ただ――私も、戦いたかった。

 

 

 役に立ちたかった。

 一緒に前に立って、倒して、進みたかった。

 

 

 だから、足が前に出る。

 

 その時だった。

 

 ロニオが、突然腕を伸ばした。

 

 

 胸元に、どん、と何かが当たる。

 遮るように押し返され、私は思わずよろけた。

 

 

「うぁ……なに……?」

 

 声を上げるより早く、低い声が落ちてくる。

 

 

「止まれ」

 

 短い一言。

 

 

 その言葉に、バルクも即座に足を止めた。

 

 

「どうした」

 

 低く、短く問う。

 

 

 ロニオは答えず、松明を持つ手をわずかに下げた。

 

 

 

「静かに。……耳を澄ませろ。聞こえるか?」

 

 

 音……?

 

 松明の火が、ぱち、と弾ける音。

 私たちの呼吸。

 

 それ以外の――

 

 

 バサッ。

 バサッ。

 

 

 空気を切るような、重たい羽音。

 

 流れてくる風に乗って、確かに聞こえる。

 上からだ。

 

 喉が、ひくりと鳴る。

 

 

「……何体倒す?」

 

 

 ロニオが、視線を上に向けたまま問いかける。

 

 バルクは、迷いなく答えた。

 

「群れてる。全員だ。まとめて倒す。討伐証は後で、ゆっくり剥ぎ取ればいい」

 

 

 それが当たり前だ、と言う口調。

 

 

「ああ、わかった」

 

 

 ロニオも頷き、ロングソードを抜いた。

 片手で握り、ゆっくりと呼吸を整える。

 

 二人の間で、会話はそれだけで終わった。

 

 ――準備が、整った。

 

 私は一拍遅れて口を開く。

 

 

「あの……私は、魔法で倒せばいいですよね?」

 

 

 その瞬間、バルクの視線が私を捉えた。

 

 

 スライムの時とは違う。

 値踏みするような、据わった目。

 

 

 ロニオが、代わりに答える。

 

 

「……ギルドに納品する討伐証が要る。

 できるだけ、翼を狙ってくれないか?」

 

 

「……わかりました」

 

 翼。

 

 翼を狙う。

 

 

 飛んでいるものの、動いている翼を?

 

 

 ……どうやって?

 

 疑問が浮かぶ前に、声が落ちてくる。

 

 

 

「行くぞ」

 

 

 バルクが一歩踏み出す。

 ロニオも、それに続く。

 

 考える間は、なかった。

 

 私は小走りで、その背中を追った。

 

 進むたびに、音がはっきりしていく。

 

 

 

 風を叩く、重たい羽音。

 キーキーと甲高く喚く鳴き声が、複数重なって空洞に反響する。

 

 数が、いる。

 

 

 

 

「……何か、様子がおかしい」

 

 

 そう言ったのはロニオだった。

 

 

 

 何がどうおかしいのか、私には分からない。

 ただ、その声色が、今までと違うことだけは伝わってくる。

 

 松明に照らされた天井に、大きな影がひとつ浮かんだ。

 

 影は私たちの頭上を追い抜き、羽音を残して闇へと消える。

 

 

 ――あれが、ジャイアントバット。

 

 

 輪郭はぼやけているのに、大きいことだけははっきり分かった。

 

 

 私は駆け足気味に、二人の後ろを追う。

 

 

 そのまま――

 

 止まったロニオの背中に、ぶつかった。

 

 

 

「んぶ……!」

 

 

 短く息が詰まる。

 慌てて身を引き、彼の背中越しに前を見る。

 

 

 杖を握り直した。

 

 

 忙しなく動く翼。

 複数のジャイアントバットが、円を描くように空間を取り囲んでいる。

 

 私の目にも分かる。

 明らかに、興奮している。

 

 

 ――そして。

 

 

 その中心に、影があった。

 

 

 

 丸く、うずくまった……人影のようなもの。

 

 

 ジャイアントバット以外の、別の音が混じる。

 

 

 

 

 パキ。

 

 ゴリ。

 

 グチャ。

 

 

 

 骨を砕き、肉を潰す音。

 噛み砕き、咀嚼する、生々しい響き。

 

 

 喉の奥が、ひゅっと縮む。

 

 

 あれは――

 

 

 

 

 人じゃない。

 

 

 

 

「……オークだ」

 

 バルクが低く言う。

 

 

「もっと奥にいると思ってたがな。

 食事の真っ最中らしい」

 

 

 影が、ゆらりと動いた。

 

 

 巨漢のような体が起き上がる。

 その手には、腸がむき出しになったジャイアントバットがぶら下がっていた。

 

 

 私は、ゆっくりと杖を構える。

 

 胸の奥が、ざわつく。

 

 

「ロニオ、どうする」

 

 バルクが視線を切らさずに問う。

 

「ジャイアントバットとオークを同時は無理だぞ」

 

「一旦引く」

 

 

 即座にロニオが答えた。

 

「オークを引きつけて、ジャイアントバットから引き離す。それから、オークを先に倒す」

 

 

「ああ、わかった」

 

 

 二人の判断は、迷いがない。

 

 私は、遅れて状況を整理する。

 

 

 残っている依頼。

 ジャイアントバットの討伐。

 オークの素材。

 

 

 そして――金貨。

 

 

 杖の値段。

 昨日、掴めなかった……。

 

 

 ――倒さなきゃ。

 

 

 私の中で、その言葉だけが残った。

 

 

 考える前に、声が出た。

 

 

「――ウインドブラスト!」

 

 

 

 短い詠唱。

 

 迷いはなかった。

 

 

 それは、オークに向かって放たれた。

 

 

 

 ウインドブラスト。

 風の塊が、薄暗い視界の奥――オークの影へ一直線に走る。

 

 避ける素振りも、防ぐ動作もなかった。

 

 圧縮された風が腹部に直撃し、次の瞬間、爆ぜるような衝撃音が洞窟内に反響する。

 

 

 オークの巨体が、風に押し潰されるように宙を舞い、闇の奥へと吹き飛ばされた。

 

 

 

 ――重い。

 

 鈍い音。

 

 

 

 地面を引きずられる感触だけが、足裏を通して伝わってくる。

 

 手応えは、確かにあった。

 

 けれど――どうなったかは、見えない。

 

 確認しないと。

 

 そう思った瞬間。

 

 洞窟内の空気が、ぴたりと止まった。

 

 

 

 視線。

 

 

 

 数えきれないほどの視線が、一斉にこちらへ向けられている。

 

 

 甲高い叫び声。

 

 

 

 ジャイアントバットの群れが、私を見ていた。

 

 

 

 獲物を見る目で。

 

「……っ」

 

 

 心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。

 

 この感覚。

 

 

 ゴブリンに追い詰められたときと、同じだ。

 

 

 私は反射的に杖を握り直した。

 

 

 風を叩く音が、迫ってくる。

 

 ジャイアントバットが、鉤爪を前に突き出しながら突進してくる。

 

 

 

 距離は――ある。

 

 けれど。

 

 数が、多い。

 

 

 

「ウインドブラスト!」

 

 

 即射。

 

 一発、二発。

 

 風が翼を打ち抜き、二匹が空中でバランスを失い、錐揉み回転しながら地面へ落ちる。

 

 

 ――これなら。

 

 

 怯えて、引くはず。

 

 そう思った。

 

 けれど。

 

 止まらない。

 

「……あ」

 

 声にならない音が、喉から漏れた。

 

 ダメだ。

 

 鉤爪が、真っ直ぐこちらに――。

 

 避けられない。

 

 咄嗟に腕を上げ、防御の姿勢を取る。

 

 次の瞬間、衝撃。

 

 ジャイアントバットの足が、レザーの手袋を掴み取った。

 

 

「――ッ!」

 

 

 貫通はしていない。

 

 けれど、食い込む。

 

 痛い。

 

 強い。

 

 離す気配がない。

 

 力加減など、最初から存在しない。

 

 手首が、今にも握り潰されそうだった。

 

 見上げる。

 

 闇の中、ジャイアントバットが私を見下ろしている。

 

 大きく開いた口。

 

 鋭利な牙。

 

 

 鈍い光を反射して、はっきりと見えた。

 

 

 

 叫び声が鼓膜を打ち、視界が揺れる。

 

 

 その瞬間。

 

 重い衝撃が、腹部に叩き込まれた。

 

 別の一匹が、勢いのまま飛びかかってきたのだ。

 

 

 

「――っ、……!」

 

 

 肺の空気が、一気に抜ける。

 

 息ができない。

 

 体勢が崩れ、地面に倒れ込む。

 

 掴む力は、まだ緩まない。

 

 抵抗できない。

 

 

 ――あ。

 

 

 死ぬ。

 

 

 そう思った。

 

 

 次の瞬間。

 

 

「――おらっ!!」

 

 

 鋭い金属音。

 

 

 バルクのロングソードが、私に馬乗りになっていたジャイアントバットの翼を切り上げ、両断する。

 

 

 血と肉が飛び散り、剣の勢いのまま蹴り飛ばされる。

 

 続けざまに、もう一体。

 

 斬り伏せ、蹴り上げる。

 

 私は、地面に這いつくばったまま、息を吸おうとして、むせた。

 

 

「聞いてるか、ロニオ。作戦変更だ」

 

「……ああ、分かってる」

 

 

 バルクはロングソードを振り、張り付いた血糊を勢いよく払う。

 

 その背中は、私を一度も振り返らない。

 

「おい、Eランク。立て」

 

 荒い声。

 

 けれど、命令だった。

 

「休むんなら、ここを出てからにしろ」

 

 周囲では、まだ羽音が飛び交っている。

 

 私は、乱れた息を整えながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

 手首が痛い。

 

 腹部も、鈍く痛む。

 

 手で軽く擦る。

 

 

「……ありがとうございます」

 

 そう言って、バルクを見る。

 

 けれど、彼は振り向かない。

 

「感謝はあとだ」

 

 低く、前を見据えたまま、言い放つ。

 

 

「オークが死んだかは分かんねぇ。だが――」

 

 剣を構え直す。

 

「ここからは狩りの時間だ」

 

 甲高い鳴き声が、再び洞窟を満たす。

 

「来いよ、コウモリ野郎」

 

 よろめきながら、なんとか立ち上がる。

 

 

 視界の端で、二人が動いているのが見えた。

 ロニオとバルクは私のすぐ近くでロングソードを構え、飛びかかるジャイアントバットの爪を躱し、迷いなく翼を断つ。

 

 

 確実な一撃。

 

 地に伏せたそれは、片方の翼だけをばたつかせ、醜く藻掻く。

 その動きを止めるように踏みつけ、首元へ剣を突き立てる。短い抵抗のあと、動きは止まった。

 

 

 ――強い。

 

 そう思った。

 でも、見ている余裕はそれだけだった。

 

 

 二人が動いている。

 それでも、ジャイアントバットたちの視線は、私から外れなかった。

 

 わからない。

 理由はわからないけれど、確かに――

 

 私の周囲を囲むように、闇の中を飛んでいる。

 

 近づいては消え、また現れる。

 数は掴めない。松明の光が届かない位置で、羽音だけが増えていく。

 

 

(……私、だ)

 

 

 三人の中で一番背が低い。

 鎧も薄い。動きも遅い。

 

 

 狩りやすい対象だと、そう判断された。

 理由はそれだけで十分だった。

 

 一匹が、叫声とともに鈎爪をこちらへ向けて飛びかかる。

 

 私は杖を強く握りしめる。

 

 

 ――殴る?

 

 

 一瞬、そんな考えが浮かんだ。

 これ、魔法使いの戦い方だっけ。

 でも、そんなことを考えている余裕はない。

 

 

「やっ……!」

 

 

 振りかぶった杖を、全身の勢いで叩きつける。

 

 鈍い感触が、手のひらから腕へ伝わった。

 骨か、肉か、判断できない。ジャイアントバットはそのまま地面へ叩き落とされる。

 

 

 仰向けになり、翼をばたつかせ、足が宙を掻く。

 

 逃がさない。

 

 もう一度、杖を振りかぶる。

 

 加減なんて、できなかった。

 さっきまでの恐怖と、痛みと、息の詰まる感覚が、そのまま力になる。

 

 

 叩きつける。

 

 嫌な音がした。

 骨が砕け、肉と内臓が潰れる、生々しい感触。

 

 ジャイアントバットの断末魔が一つ、洞窟に吸い込まれて消える。

 

 

 

 動かなくなった。

 

 腰のランタンの光が、その死骸を照らす。

 

 

 ……倒した。

 

 息を整える暇もなく、周囲を見る。

 杖を握り直す。指が、わずかに震えている。

 

 

「ウインドブラスト!」

 

 即射。

 

 一体。

 もう一体。

 

 翼を狙い撃ち、空から叩き落とす。

 

 それでも、止まらない。

 

 

 飛びかかってくる個体は、魔法を待たずに杖で殴り倒す。

 倒して、殴って、動かなくなるまで、何度も。

 

 

 必死だった。

 

 

 助けを呼ぶ、という発想は浮かばなかった。

 振り向けば、隙になる気がした。

 

 

 剣の音は聞こえる。

 仲間がいることも、わかっている。

 

 

 それでも――

 

 まるで、私だけが狙われているみたいだった。

 

 

 私が弱いから。

 私が、一番簡単だから。

 

 

 そんな考えが、頭から離れなかった。

 

 

 

 ドカ、ゴッ。

 

 ガッ、ゴキッ。

 

 骨が砕ける音だけが耳の奥で響いていた。

 

 

 私は必死に杖を振り下ろしていた。何度も、何度も。同じ場所を叩き続ける。動かなくなるまで、潰さないといけない。倒さないと私が危ない。そう思うと腕が勝手に動いた。

 

 

 風を叩く羽音も、鳴き声も、もう聞こえない。世界は目の前の黒い塊と、鈍い衝撃の感触だけになる。

 

 

 手のひらが痺れている。震えているのに、止まらない。

 

 

 もう一度、確かめるように杖を振り上げた。

 

 その瞬間、肩を強く掴まれる。

 

 

 体が反射的に跳ねた。誰かに触れられた恐怖で、私はそのまま杖を振りかぶる。

 

 

 バルクが片手でそれを受け止めていた。

 

 

「もう終わってるぞ」

 

 低い声。

 

 その言葉で、ようやく音が戻ってくる。

 

 自分の荒い呼吸。松明のはぜる音。遠くで滴る水音。

 

 握っていた力が一気に抜けた。杖が手から滑り落ちそうになる。膝が崩れて、その場に尻餅をついた。

 

 

 息を吐く。吸う。うまく入らない。

 

 

 視界が白く滲んでいたのが、少しずつ輪郭を取り戻す。

 

 

 

「何度も声かけたんだぜ。でも全然聞こえてなかったろ」

 

 

 ロニオの声が近くでする。

 

 

「こいつの声、至近で聞くと頭がやられる。パニック起こすんだよ。普通はまともに立ってられねぇ」

 

 

 パニック。

 

 

 その言葉が頭の中で反響する。さっきの叫び声を思い出した瞬間、こめかみの奥がズキッと痛んだ。思わず頭を押さえる。

 

 視線を落とすと、足元にジャイアントバットの残骸があった。何度も叩き潰された肉塊。形を留めていない。

 

 

 胃の奥がひっくり返りそうになって、私はにじるように距離を取る。

 

 

 バルクは無言で杖を拾い上げ、血を振り払ってから投げてよこした。

 

 

「ほら、返すよ」

 

 

 慌てて両手で受け取る。胸に抱えるようにしてうずくまり、呼吸を整える。

 

 

 私はパニックを起こしていたらしい。声も、仲間の姿も、全部消えていた。だから一人で戦うしかなかった。

 

 

 ……いや。

 

 本当に一人だった?

 

 思考が一瞬だけ引っかかる。でもすぐに振り払う。

 

 逃げるなんて、助けを求めるなんて、らしくない。

 

 

 言ったならやる。

 思ったなら動く。

 

 

 止まるなんて、風の氏族じゃない。

 

 

 ゆっくり立ち上がると、バルクが一瞬だけこちらを見た。何か言いたげな目。でもすぐに前へ戻る。

 

 

「あの、私……もう大丈夫です」

 

 

 ロニオが討伐証を剥ぎ取りながら顔を上げる。

 

「ああ。無理すんなよ。少し休め」

 

「……はい」

 

 

 膝をついて座る。まだ心臓が速い。指先が微かに震えている。怖かったはずなのに、頭のどこかは妙に澄んでいる。

 

 

 殴った感触。魔法の手応え。敵の数が減っていく視覚。

 

 全部、ちゃんと覚えている。

 

 孤独な戦いだった。

 

 ……でも、勝った。

 

 他の人から見たら、すごいのかもしれない。

 

 だとしたら――

 

 私は、やっぱり強い。

 

 

 そう思った瞬間、胸の奥で何かが小さく軋んだ気がした。けれど、その音はすぐに消えた。

 

 私は杖を握り直した。

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