幕開け
――おめでとう、君の勝ちだ。
――本当に変わったね、君。出会った頃とは表情が全く違う……すごくいい顔を見せてくれるようになったよ。
――ねぇ。
――ぼくたちは、きっと金のシンボルを賭けてまた戦うことになるだろう。
――それがいつになるかはまだわからないけど、少なくとも1年やそこらで取りに来ることはないだろう。……君はこれから遠くに行ってしまうからね。
――だから約束してほしい。また、必ずぼくと戦うと。
ーーそしてぼくが勝ったら、そのときは……
◇◇◇
「ビィーーーッ!!」
「っ……?!」
部屋に響く甲高い叫びによってケイスの意識が強引に覚醒する。
異常なほど動かしにくい体に目をやれば、その目に映るのは自身の体に巻き付いた一匹のジャローダの姿。
「んぐ……なんだツタッコ……」
いつの間にか寝落ちしてしまった、とぼんやりとした頭で思考するケイス。恐らく部屋の4割を占めるであろう巨躯を持つジャローダに巻き付かれては流石に二度寝なんてできないだろうと思い、渋々部屋の明かりをつけた。
携帯を手に取り、そこに映された現在時刻を寝ぼけた思考で読み取る。
「7時……向こうに着くのは8時くらいだろ……。こんな早くに起こさなくたって……。
おい睨むな。起きる、起きるから……。」
パートナーからの『にらみつける』によってようやくベッドから起き上がる。これ以上ぐたつけば次に飛んでくるのは『へびにらみ』だろう。
室内に備え付けられた小さな丸窓から外を覗く。日の光に照らされ、飛び散る波しぶきがキラキラと海を彩っていた。
「……甲板に出るか、ツタッコ。」
手早く着替えを済ませ、いかりまんじゅうが入った箱を手に部屋を出る。
向かうはこの船……ロイヤルイッシュ号の名物の1つである甲板。階段を登り、肌を撫でる波風と空を飛ぶキャモメの鳴き声を感じながら外を眺める。
「事前に言っておかないと部屋に別の客が入ってきてバトルを仕掛けてくるってのはだいぶおかしいとは思うけど……この景色だけで許しちゃいそうになるのが不思議なんだよな……。」
独り言のようにぼやきながらツタッコの額を撫でるケイス。いかりまんじゅうを取り出し、1つをツタッコに渡しながらもう一つを頬張る。
同時に取り出したのは一通の封筒。見慣れない印鑑が押されたその封筒に視線を向けながら今向かっている場所の名を口にする。
「アローラ、か。」
4つの島からなる地方という、他の地方とは明らかに異色な特徴を持つ地方。
出発地であるイッシュから割と距離はあるものの、『とある組織』から呼び出されたことにより向かわざるを得なくなったのである。
「呼ばれる理由なんて俺には無いと思うんだが……。」
心当たりは無いことはない。だがその「心当たり」によって自分がその組織から呼ばれるとは考えづらく、未だにその内容は不明なままであった。
……そんな考え事をしている内に、ぼんやりと何かの輪郭が見えてくる。
それと同時に、船内に到着が間近であることを知らせるアナウンスが鳴り響く。
「戻るぞ、ツタッコ。」
「じゃぁっ」
そのアナウンスを聞いたケイスは、この先に待ち受けているであろう未知に対する不安と、ほんの少しの期待を抱きながら部屋へと戻った。
◇◇◇
「アローラ!君がケイス君だね?ようこそアローラへ!アララギ博士やオダマキ博士から話は聞いているよ。」
到着したハウオリシティの港でケイスを待っていたのは半裸の上に白衣を着た独特な格好の男であった。
「あー……こほん。
……アローラ。始めましてククイ博士。こちらこそ、お噂はかねがね伺っております。」
「ハッハッハ!そんな固くなるなって!」
その男……ククイ博士の格好に面食らいつつもなんとかちゃんとしたコミュニケーションを取ることに成功する。
「遠路はるばるご苦労さま。それで?ここまで来た理由は一体?」
「あー……それなんですが……」
言葉を濁しながらもそっと懐から船の甲板で取り出した封筒を見せる。
「……ワーオ。こりゃまた凄いところから呼び出されたな。」
「言っておきますけど俺は別に何もやましいことはしてませんからね?」
「わかんねーぜ?もしかしたら『ドわすれ』してるのかもしれないぞ?」
「こんなのに呼び出されるようなことを『ドわすれ』するような奴はそれこそ呼び出される前にお縄についてますよ……」
そう言ってその封筒……「国際警察」の4文字が記された封筒を懐にしまう。
「ま、それはそれとしてだ。アローラの地を踏みしめた感想はどうだ?」
「……まぁいろいろありますけど……1番はやっぱり日差しが凄く強いことですかね……。イッシュとは大違いです。」
「なるほどなるほど。そういうイッシュは四季が豊かな場所なんだろ?時期によっていろんな顔を覗かせるってのはなかなか魅力的な場所じゃないか。」
そんな雑談をしている内に二人はハウオリシティから離れ、郊外にあるリリィタウン、その海岸に建てられた博士の研究所に到着した。
「お待たせ。ここが僕の研究所だ。……何かいいたげなかおをしてるな?」
「いや……中々見慣れないタイプの研究所だな、と。」
その外観はかなりボロボロであり、至る所に板で修繕した跡が見える。
不安を感じずにはいられないケイスであったが研究所の中に入るなりその不安は杞憂であったことを思い知らされることになる。
「……あれ?中は普通だ……。」
若干家庭的にも思える内装ではあったが、巨大な水槽に地下室へ続く階段と、ここがしっかりとした研究所であると示すには十分な設備が揃っていた。
「外の壊れてる跡が気になったか?僕はポケモンの技について調べるのが好きでね。自分の身で技を受けることもあるんだけど、その際に壁なんかが壊れてしまうことがあるんだ。」
「死にますよ……?」
とんでもない事実が博士の口から告げられ、思わずドン引きするケイス。博士は確かにたくましい体つきをしてはいるが、それでもポケモンの技を己の身で受けて研究するなんてのは前代未聞の所業である。
「さて、まずは新しく旅を始める前の君に見せたいものがある。」
そう言って博士が取り出したのは1台のディスプレイがついた赤い機械。
「これが……」
「そう!アローラ地方のポケモン図鑑だ。」
差し出されたその図鑑を手に取ろうとして……スイッと引っ込まされた。
「待て待て。そう焦んなって。僕は『見せたいもの』って言ったんだぜ?」
そう言うと机から1つのモンスターボールを手に取る。
「ロトムというポケモンがいるのは君も知っているだろう?」
「……?えぇ、まぁ。あらゆる家電に入り込むことができる……でしたっけ。」
「うん。概ね正確だな。」
「それが一体なんの……」
疑問を呈するケイス。当然だ、今は図鑑の話をしていたはずなのに突然何の関係性も見いだせないロトムの話が飛び込んできたのだから。
そんな困惑した様子のケイスに対して得意気な顔を見せると、そのまま自分のデスクへと歩いていき、自身のスマホを取り出して机の上のパソコンに図鑑と共に接続する。
そして手に取ったモンスターボールをひょいっと投げると……
「ケテーーーー!!」
ブブブブと不規則な動きを繰り返すポケモンが中から現れた。
「ロトム……?」
「あぁそうだ。ロトム、もうすぐ調整が終わるぞ。ケイス、君には特別に見せてあげよう。
新世代の図鑑、その誕生の瞬間をね。」
博士がそう告げると同時に、パソコンから作業の完了を知らせる通知が鳴る。
図鑑を少しだけ弄ると満足そうに頷き……その図鑑を空中に放り投げた。
「さぁ、まばたき禁止だぜ?今から君は図鑑の歴史を塗り替える1ページに立ち会うんだからな。」
そして次の瞬間、ロトムが図鑑目掛けて動きだし……
部屋にまばゆい光が放たれた。
「な、なんだ……!?『フラッシュ』……?」
突然の光に困惑しながらも放り投げられた図鑑がどこに落ちたのかを探し出すケイス。
(……床に落ちていない?そう言えば落下音がしなかった……)
「……まさか。」
恐る恐る上を見上げるとそこにいたのは……
「ア……。
は、はじめましテ!これからよロトしく!」
「……マジかよ。」
ふよふよと空中を漂う、笑顔がチャーミングな