妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第115話 開戦前夜

 

総帥府の高い窓から見下ろすサイド3の夜景は、もう昔見ていたものとは別の場所のように思えた。

 

光の数が増えたわけではない。

並び方が変わったのだ。

 

工業区は工業区としてまとまり、港湾は港湾として白く浮き、輸送路は細い光の筋となって奥へ伸びている。居住区の灯は柔らかく広がり、軍区の灯は無駄なく固まり、暗く残してある区画まで含めて、全体が意図を持って配置されていた。

 

国家というものは、地図より先に夜の光に出る。

 

昔のサイド3は、必要に追われて継ぎ足された光だった。工場の隣に住宅があり、住宅の裏に倉庫があり、そのまた向こうに学校がある。人が増え、施設が増え、その場しのぎで積み重なった結果の明かりだった。

 

今は違う。

光が秩序を持っている。

 

私はしばらく腕を組んだまま、その秩序を眺めていた。遠くで曳船の警告灯が動き、下層では夜間搬送の車両が眠らぬ蟻のように走っている。誰もが眠っているように見えて、実際には何万人もの人間がまだ働いている。炉を止める者、伝票を閉じる者、乗員を起こす者、明朝の配給を数える者。

 

戦争は宣戦布告をした日から始まるのではない。

準備が終わった側から始まる。

 

ここ数年、私がやってきたことは戦争の準備ではない。国家を、戦争のできる形へ並べ替える作業だった。

 

背後で紙の擦れる音がした。

 

「まだ起きていらしたのですね」

 

振り返らなくても分かる。セシリアだ。

 

「最後の確認分です」

 

そう言って、彼女は書類束を机の端に置いた。艦隊配置、港湾使用順、予備燃料枠、配給統制、父の日程。どれも今夜の私に必要なものばかりだった。

 

「多いな」

 

「これでも削りました」

 

私は窓辺を離れ、椅子に戻った。セシリアは向かいに立ったまま、机上の紙の角を揃える。そういう無駄のない仕草を、私はもう何年見てきただろう。

 

「整いましたね」

 

「ああ」

 

「そういう顔です」

 

「どういう顔だ」

 

「ようやく、動かしていいと思った人の顔です」

 

私は小さく笑った。余計なところまで見ている。だが、それがこの女の仕事でもあった。

 

「ところで」

 

セシリアは紙束の一番上を軽く押さえながら、次の予定を確認する調子で言った。

 

「そろそろ三十が見えてきます」

 

「いきなりだな」

 

「いきなりではありません。何度も申し上げています」

 

「国家の話のついでにする話か」

 

「国家の話だからです」

 

私は眉を寄せた。この女は、書類の話と結婚の話を同じ顔でする。冗談ではない。本気で、同じ種類の案件として扱っている。

 

「戦争の前だぞ」

 

「だからです。戦争の後では遅くなることがあります」

 

「私を年寄り扱いするつもりか」

 

「いいえ。戦争は人の予定を早める、と申し上げているだけです」

 

私は椅子の背に体を預けた。

 

「子を作る話も含めてか」

 

「もちろんです」

 

一歩も退かない。

 

「あなたは国家の後継については理解していらっしゃる。けれど、自分の家の後継となると後回しにしすぎます」

 

そこまで言って、セシリアは一度だけ声を落とした。

 

「私が言うしかないのです」

 

しばらく沈黙が落ちた。

 

私はその沈黙の中で、総帥府の別棟にいる父のことを思った。父、デギン・ソド・ザビは、まだ総帥の椅子に座っている。あの椅子に座っているのが父であることそのものに意味がある。人は父を見るのではない。ザビ家を見る。

 

父は老いた。以前よりも声を張る時間は短くなり、沈黙は長くなった。だが、老いた総帥は退位した総帥より安定する。座っているだけで権威になるからだ。

 

私は父を退かせなかった。退かせる必要がなかった。

 

決定は私が下す。責任は総帥が負う。外から見れば、父が国家を率いているように見える。それで十分だ。国家は真実より形で安定する。

 

「父君のこともあります」

 

セシリアが言った。

 

「総帥府の中で、時間が無限にあると思っている人はもういません」

 

「お前は容赦がないな」

 

「現実に対しては、そうあるべきです」

 

私は書類に目を落としたまま、小さく息を吐いた。

 

キシリアは妹として、国家の内部を握った。諜報、保安、監視、粛清、研究機関。軍を動かすのではなく、人を動かし、組織を動かし、記録を動かす。それがあの女のやり方だ。

 

昨日まで存在した部署が消え、別の名前の部署が生まれ、いなくなった人間の話を誰もしなくなる。味方である限り、これほど頼もしい者はいない。敵に回った場合、最も面倒な相手になる。

 

だから敵には回さない。

だが、完全に手の内にも入れない。

 

キシリアと私は、互いに有能で、互いを危険だと知っている。その上で、今は同じ方向を向いている。それだけだ。

 

ドズルは軍を握った。あいつは戦争の顔だ。兵は理屈では動かない。この人の下で戦いたいと思う人間が前に立たなければ、軍は本当に前へは進まない。

 

ゼナと結婚してから、あいつは少し変わった。猛々しさが減ったのではない。怒るべき時に怒り、抑えるべき時に抑えるようになった。帰る家がある人間は、死ぬ場所だけを見てはいられなくなる。

 

そして子が生まれた。

 

娘だと聞いた時、私はただ「そうか」と答えた。だが、後で届けられた写真を見た。あの巨体が、不器用そうに赤子を抱いている。戦場で部下を怒鳴りつける時とも、酒席で笑う時とも違う顔だった。

 

軍を任せる男に、守るものができた。

それは国家にとって悪いことではない。

 

ランバ・ラルもまた、結婚して変わった男の一人だ。ハモンと並ぶ写真の中のあの男は、前線で見る時よりいくらか年相応に見えた。戦場ではなく、帰る場所の中でしか出ない表情がある。

 

私はラルを前線の英雄として使うつもりはなかった。あの男は一人で暴れるより、部隊を作る方が価値が高い。若い士官が机上の理屈を振り回しすぎないよう抑え、古参兵や下士官に無理を飲ませる時は自分が先に前へ出る。そういう男は、戦果より先に軍の骨を作る。

 

英雄は一人しか生まれない。

だが、教導役は何百人もの兵を作る。

 

そしてガルマだ。

 

あいつは軍ではなく、政治と宣伝の顔になった。若く、柔らかく、よく笑い、よく手を振る。国家には象徴がいる。怖い顔だけでは国は持たない。希望の顔もまた要る。

 

最近は縁談の話も増えた。カーン家との縁が、その中でもっとも現実味を帯びている。政治としては悪くない。ダイクン派の名門と結び、場合によっては養子の話まで含めて家の形を広げる。ザビ家は家族というより国家機構だ。血をどう流すかまで政治になる。

 

もっとも、あの娘は気が強い。ガルマの隣に立っておとなしく笑っていられるような女ではないだろう。だが、あれくらいでなければ、あいつの隣で潰されずに済まないのかもしれない。

 

セシリアが机上の書類を揃え終えた。

 

「今夜はそこまでにしてください」

 

「命令か」

 

「お願いです」

 

「ずいぶん強いお願いだな」

 

「弱く言っても聞かないでしょう」

 

私はようやく一枚目の書類を開いた。数字と配置が並んでいる。国家も家も、結局はこうして誰かが表を作り、順番を決め、後回しにされたものを引き戻すことで保たれる。

 

「考えておく」

 

「はい」

 

セシリアはそれ以上は言わなかった。ただ小さく一礼して、出ていこうとしてから足を止めた。

 

「あなたが準備してきたものは、国家だけではありません」

 

「何だ」

 

「家も、そろそろ準備していただきます」

 

扉が閉じた。

 

私はしばらくその音の余韻を聞いていた。窓の外では、整えられた光が何事もないように静かに並んでいる。

 

準備は、もうほとんど終わっている。

 

そう思いながらも、私は机の上の書類より、今しがた閉まった扉の方を長く見ていた。

 

ザクⅡが初めて「新兵器」ではなく「軍の主力」として扱われたのは、設計図が閉じられた日でも、試験機が空を飛んだ日でもなかった。

 

兵が列を作り、同じ手順で乗り込み、同じ時間で点検を終え、同じ補給表で動けるようになった日だ。

 

機体そのものは、もっと前からあった。

だが、一機の優秀な機械では軍にならない。

操縦課程、整備基準、補給規格、予備部品、交換時間、燃料割当、弾薬搭載量、帰投後の点検順序。

そういうものがそろって、ようやく兵器は組織の一部になる。

 

ザクⅡの配備が進んだ時、私は初めて、ジオン軍が「兵器を持った集団」から「戦争を継続できる軍」へ変わったと判断した。

人は新型機の性能に目を奪われる。

だが国家に必要なのは、一機の強さではなく、百機を同じ精度で動かせることだ。

 

その日、ドック脇の整備区画で、古参の整備兵が機体の脚部装甲を撫でていた。

泣いていたわけではない。

だが、目の赤さを隠そうともしなかった。

 

何年も前から、彼らは失敗作に近い試験機を押しつけられ、足りない部品を削り出し、無理な納期を命じられ、そのたびに「次は量産型だから」と言われてきた。

その「次」が本当に来るとは、半分は信じていなかったのだろう。

 

整備兵は兵器に感動などしない。

感動するのは、壊れないことと、規格がそろうことと、同じ工具で同じように直せることだ。

 

ザクⅡは、その意味でようやく兵器になった。

そして兵器になった以上、戦争の形そのものを変える。

 

黒い三連星は、その新しい形の象徴として前線に置いた。

 

シャアがいない以上、前線で兵の目を引き、敵の記憶に刻まれ、味方の士気を引っ張る名が必要だった。

三機連携で一つの戦術を成すあの連中は、その役に最も向いていた。

 

一騎で突っ込む英雄は、見映えはするが再現性がない。

三連星の価値は、連携そのものが戦術になることだ。

三機が同じ速度で入り、同じ角度で崩し、同じ瞬間に離脱する。

それは個人技ではなく、モビルスーツという兵器の運用思想そのものに近い。

 

私は彼らに派手な死に場所ではなく、何度も勝って戻る役を与えた。

戦争初期に必要なのは、一度の武勲より「またあの部隊が来る」という恐怖だからだ。

敵に覚えさせ、味方に信じさせる。

三連星にはそれをやらせる。

 

モビルスーツが線を作る兵器なら、アプサラスは点を砕く兵器だった。

 

占領地の巡回、拠点の保持、前線の押し上げはザクで足りる。

だが、艦隊の中枢、固定砲台、要塞の咽喉、滑走路、ドック、司令部。

そういう「一つ潰せば全体が崩れる点」は、別の兵器でなければ砕けない。

 

私は最初から、モビルアーマーをモビルスーツの大型版としては見ていなかった。

役割が違う。

戦線を作るのではなく、戦線の意味を消す兵器だ。

 

アプサラス型は、そこへ届く。

一点を押し潰し、その一点が支えていた面全体を沈める。

艦隊戦でも、拠点制圧でも、その役割は変わらない。

 

戦争では、多くの者が「どれだけ撃てるか」を数える。

だが本当に重要なのは、「何を消せば相手が止まるか」を見抜くことだ。

アプサラスは、そのために作らせた。

 

強襲揚陸艦型パプワは、さらにその前提を変える艦だった。

 

従来の補給艦は遅すぎる。

物資を運び、前線の少し後ろへ置き、護衛がつき、積み替えられ、そこからようやく戦力が前へ出る。

その遅さが、そのまま戦争の遅さになる。

 

ならば、補給と揚陸と突入を一つにすればいい。

 

パプワは補給艦である前に、距離を殺す艦だ。

載せて運ぶだけではなく、載せたまま届き、その場で下ろし、そのまま戦線へ押し込む。

さらにミノフスキードライブを組み込むことで、敵の想定した時刻より早く、敵の想定した経路より深く入る。

 

距離を縮めた側が勝つ。

戦争とは結局、距離との戦いだからだ。

 

そして、そのすべてをつなぐのが港と補給だった。

 

前線に英雄が立っていても、港が詰まれば軍は止まる。

新型機が完成しても、予備部品が届かなければ次の sortie はない。

燃料が一日遅れれば、司令官の決断より先に戦線が止まる。

 

私は部隊を地図の上に置いたのではない。

港からどこまで補給が届くか、その線の上に置いた。

 

港湾の荷役順、ドックの修理優先度、燃料の割当、弾薬の回転、輸送船団の保険、予備材の分散保管。

どれも地味だ。

だが、戦争はその地味なものに従う。

 

マ・クベには、そうした流れの胃袋を見させた。

戦果は前線で報告されるが、勝敗は倉庫で決まる。

弾が届くか。

燃料が尽きないか。

装甲材が足りるか。

破損機を何日で戻せるか。

 

その答えを毎朝知っている者だけが、戦争の明日を知る。

 

ザクはそろった。

整備兵は泣き、三連星は前線へ出る。

アプサラスは点を砕き、パプワは距離を殺す。

港と補給は、そのすべてを黙って支える。

 

ようやく軍は、兵器を持った集団から、動き続ける国家の腕へ変わった。

 

戦争を始める準備ではない。

戦争を続ける準備が整ったのだ。

 

各サイドへの調整は、味方を増やすためではなく、敵を減らすために行った。

 

それを理解しない者は多い。

政治とは旗を奪うことだと考えるからだ。

だが、戦争の初期段階で本当に価値があるのは、敵の旗をこちらへ引き抜くことではない。相手に即座の決断をさせず、動きを鈍らせ、自治と中立の名目で立ち止まらせることだ。

 

すべてを味方にする必要はない。

すべてを敵に回す必要もない。

 

戦争では、敵の数より中立の数の方が重要になる。

 

サイド6はその典型だ。

あの中立は理念ではない。

中立でいることで利益を得られるから中立なのだ。

ならばやるべきことは一つしかない。

中立で儲かる状況を崩さないことだ。

 

通商を止めない。

保険を跳ね上げすぎない。

輸送路を全部は塞がない。

亡命と避難と企業資産の移動に、表向きの理屈を与えてやる。

 

そうすればサイド6は自ら中立を守る。

こちらが守らせるまでもない。

利益で縛る中立は、恐怖で縛る中立より長持ちする。

 

旧いサイド群には別の匂いを嗅がせた。

自治だ。

 

連邦が永遠に守るわけではない。

地球の議会が、遠いコロニーの生活まで本気で守るつもりはない。

そう気づかせるだけでいい。

いま旗を替えさせる必要はない。

明日、迷わせることができればそれで十分だ。

 

月の都市群はさらに単純だ。

工場は正義では動かない。

契約、資材、労働者、保険、輸送。

そのどれが生き残るかでしか動かない。

だから私は月を説得しようとは思わなかった。

止まれば損をする。

そう計算させればよかった。

 

各サイドの政府、企業、公社、港湾組合、銀行、保険。

それぞれが見ているものは違う。

だから一つの言葉でまとめる必要もない。

一つ一つ、欲しいものを違えるだけだ。

 

国家間の戦争が始まる前に、各サイドの内部ではすでに自治の取り合いが始まっている。

その隙間を広げる。

それが調整だった。

 

人民統制も同じだ。

思想だけでは人は動かない。

 

優性人類だの、独立だの、正義だの。

そういう言葉は必要だ。

必要だが、腹は膨れない。

 

民衆に必要なのは、耐えられる理由だ。

 

配給。

雇用。

交通。

報道。

工場の灯り。

学校の継続。

明日も昨日と同じように食卓へ何かが置かれるという予感。

 

戦争は兵士だけが耐えるものではない。

むしろ、後方にいる者の方が長く耐える。

だから私は人民を熱狂させることより、人民が戦争を「生活の延長」として受け入れられるよう整えた。

 

配給の途切れをなくす。

失業を減らす。

工業地帯を回し続ける。

報道では勝利より秩序を見せる。

新兵器の威容より、働いている町の姿を見せる。

 

民衆は英雄の名前より、パンの重さで国家を信じる。

 

勝てるという予感を作る。

そのために必要なのは大演説ではなく、明日の配給表だ。

国家は胸で支える前に、胃袋で支えなければならない。

 

連邦に対しても、同じ理屈を別の方向から使った。

 

連邦軍は強い。

だが連邦議会は遅い。

 

敵の兵を減らすより、敵の予算を遅らせる方が安い。

敵の艦を沈めるより、敵のドック建設を遅らせる方が早い。

これは戦争というより行政の問題だ。

そして行政の問題は、軍人より政治家の方が弱い。

 

予算を分散させる。

用途を縛る。

審議を長引かせる。

研究偏重に傾け、量産と配備を遅らせる。

新規計画を増やし、既存計画の優先順位を曖昧にする。

 

議会は、自分が軍を弱くしているとは思わない。

公平に配分し、慎重に審議し、財政規律を守っていると思っている。

そこがいい。

 

敵が自分で鈍くなるように仕向ける。

それがもっとも安い。

 

私は連邦の兵を恐れたことはない。

兵は命令に従う。

だが議会は、自分が正しいと信じながら軍を遅らせる。

そちらの方がよほど厄介で、だからこそ利用価値があった。

 

その上で、私はブリティッシュ作戦を捨てた。

 

あれは失敗する。

戦術的にではない。

戦略的に失敗する。

 

虐殺は敵を弱めるどころか、敵に理由を与える。

怒りは敵を団結させる。

恐怖は一時的に沈黙させても、やがて憎悪へ育つ。

必要なのは怒りでも恐怖でもない。

諦めだ。

 

地球へコロニーを落とせば、宇宙の全てがこちらを敵とみなす。

中立を装う余地も、旧サイドを迷わせる余地も、企業を揺らす余地も、自ら焼き払うことになる。

勝てる戦争を、道義で負ける戦争へ変える必要はない。

 

だから捨てた。

それだけだ。

 

代わりに、サイド5を叩く。

 

あそこは宇宙交通の喉元だ。

連邦艦隊が動けば必ず視界に入り、宇宙の各サイドが「戦争は本当に始まった」と理解する場所でもある。

見せしめと実益を同時に満たすには、ちょうどいい。

 

一基を壊す。

もう一基を奪う。

 

片方は新兵器の力を示し、片方はモビルスーツ戦の勝利を示す。

ただ砕くだけでも足りない。

ただ占領するだけでも足りない。

破壊と制圧、その両方を最初の戦役で見せなければならない。

 

そうすれば連邦艦隊は出てくる。

レビルとティアンムがどこにいるかも、すでに押さえてある。

頭が地上にあるうちに、宇宙の身体を揺さぶる。

それが最も安い。

 

サイド5戦役は単なる攻撃ではない。

連邦に「出てこざるを得ない」と思わせるための扉だ。

こちらが扉を蹴るのではない。

向こうに自分で開けさせる。

 

そしてその先に、ルナツーがある。

 

宇宙を支配するとは、航路を支配することだ。

航路を支配するとは、関門を持つことだ。

連邦の宇宙軍がまだ本気で立ち上がる前に、その関門を奪う。

 

ルナツーはそのためにある。

 

落とせば拠点が一つ減るだけではない。

連邦宇宙軍の基準が崩れる。

補給、修理、集合、出撃、その全ての基点が失われる。

そして、失われた基点は、そのままこちらの基点になる。

 

奪った後は動かす。

固定拠点は守りやすいが、読まれやすい。

ならば拠点ごと位置を変える。

各パルスエンジンによる移動計画は、そのために準備させた。

 

拠点を奪うだけではなく、奪った拠点の意味そのものを書き換える。

 

それが戦争だ。

 

そのために、コロニーレーザーも準備させた。

 

見せるためだけの兵器ではない。

一撃で落とすための兵器でもない。

戦争の最初に、宇宙の各勢力へ「これまでの距離感は通用しない」と理解させるための兵器だ。

 

届く。

そして、避けられない。

 

その事実だけで、戦争は変わる。

 

サイド5、ルナツー、コロニーレーザー。

どれも単体では意味がない。

連ねて初めて、開戦初期の形になる。

 

ここまで整えて、ようやく国家は戦争を始められる。

いや、もっと正確に言えば、ここまで整えた時点で戦争はもう半分始まっている。

 

 

 

国家には、軍と兵器と補給のほかに、もう一つ準備しなければならないものがある。

 

後継だ。

 

私が死ねば、この国は割れる。

 

父がいなくなれば、総帥の椅子そのものが争いの種になる。

キシリアは情報と内部を握っている。力はある。だが、あの女が前へ出れば出るほど、反発もまた大きくなる。

ドズルは軍を握っている。兵に慕われ、前線を支える柱だ。だが、軍の信任と国家の継承は別の話だ。

ガルマは象徴としては優れている。若く、柔らかく、民衆に好かれる。だが、あいつを今のまま玉座へ近づければ、支える者より担ごうとする者の方が増える。

 

家族が多いことは安定ではない。

継ぐ者が曖昧な家は、戦争より先に内側から壊れる。

 

王朝は制度だけでは続かない。

制度を守るための血が要る。

 

私はそれを、理屈としては何年も前から理解していた。

理解していながら、後回しにしてきた。

国家の準備、軍の準備、企業との連携、議会工作、各サイドとの調整。どれも急を要した。どれも目の前に数字と結果が出た。

それに比べれば、結婚も、子も、明日でも来月でも変わらぬ話に思えた。

 

それが誤りだということも、分かっている。

 

子は明日作れと言って明日できるものではない。

家は必要になった時に急ごしらえできるものでもない。

戦争の最中に整えられるほど、私事は軽くない。

 

ザビ家は家族ではなく国家機構だ。

だからこそ、その根の部分だけは、機構としてではなく家として整えねばならない。

 

私は後継を必要としている。

感傷ではなく、国家の継続のために。

 

そして、その話になると、自然に一人の女の顔に行き着く。

 

セシリア・アイリーン。

 

あの女は、最初から忠誠だけで私のそばにいたわけではない。

忠誠心はある。だが、それだけで務まる位置ではない。

理解力があり、記憶力があり、言葉の速さと沈黙の意味を知っていて、私が何を省き、何を残したかを、書かれていない書類の余白から読み取る。

 

予定を整え、書類を読み、官僚をさばき、父の機嫌を見、軍の顔色を測り、キシリアの言葉の裏を記憶し、それでも最後には私の部屋へ戻ってくる。

それを何年も続けてきた。

 

気がつけば、私の生活も、時間も、睡眠も、食事も、仕事も、沈黙も、あの女を抜きにして成り立たなくなっていた。

 

婚姻を公にしていないのは、ためらっていたからではない。

今この時期にザビ家の婚姻を表へ出せば、それ自体が政治になるからだ。

父はそれを自分の権威の延長として使うだろう。

キシリアはそれがどの勢力への布石かを測る。

軍は後継の順番を読み、官僚は並び順に意味を見出す。

たかが婚姻が、たちまち国家の人事表になる。

 

それが面倒だった。

 

だが、面倒だという理由で避け続けてよい段階では、もうない。

 

セシリアは最近、それを遠慮なく口にする。

 

三十が近いのだから早く結婚しろ、と。

国家のために子を持て、と。

戦争の前だからこそ、なおさら先に決めておけ、と。

 

あの女は私に媚びない。

機嫌を取りもせず、言うべきことを言う。

それが時に腹立たしく、同時に、この上なく便利だった。

 

私が国家の話をしている時、あの女は家の話を持ち込む。

私が戦争の話をしている時、あの女は子の話をする。

そして、それらがすべて結局は同じ話なのだと、こちらに認めさせる。

 

私は戦争の準備を終えた。

国家も、軍も、兵器も、補給も、政治も、あらかた整えた。

 

整えていないのは、家だけだ。

 

それを、私はようやく認めた。

 

窓の外では、サイド3の端がわずかに明るみ始めていた。

 

夜のあいだ鋭く見えていた工業区の灯が、今は少し輪郭を失い始めている。

港湾の白い照明の向こうに、黒かった船体の線が浮かぶ。

遠くの搬送路では夜勤の車両が減り、かわりに朝番の車列が動き始める。

人も、機械も、国家も、夜から朝へ引き継がれていく時間だった。

 

夜明けは、戦争に似ている。

突然始まるように見えて、実際には見えないところで少しずつ入れ替わっている。

 

工場の勤務表。

港の荷役順。

配給の帳簿。

艦の出港時刻。

学校の始業鐘。

どれ一つとして、朝になった瞬間に急に生まれるものではない。

夜のうちに決まっていて、朝はそれが表へ出るだけだ。

 

開戦も同じだ。

 

人は宣戦布告を戦争の始まりだと思う。

だが実際には、その時にはもう全部が並んでいる。

兵は持ち場につき、艦は燃料を積み、工場は増産に入り、補給線は引かれ、各サイドの反応は読み切られ、敵の議会は鈍り、中立は利益を計算し終えている。

宣戦布告は、始まりではない。

始まっていたものを、公にするだけだ。

 

私は窓辺に立ったまま、明るくなりつつあるサイド3を見た。

 

ここまで長かった。

 

工場を増やし、軍を整え、兵器を配り、人を置き、忠臣を使い、家族に役割を与え、敵の遅さを利用し、中立の欲を見抜き、戦争が起きても国家が止まらないよう、一つずつ並べてきた。

 

ようやく、戦争のできる国になった。

 

だが、それだけでは足りない。

戦争のあとも続く国でなければ意味がない。

 

だから、家もまた整えねばならない。

 

その順番まで、ようやく私は認めた。

 

夜は終わる。

そして、夜が終わるということは、始まるということだ。

 

私は机へ戻り、最後の書類へ手を伸ばした。

 

開戦前夜とは、静かな夜のことではない。

もう後戻りできない場所まで全てを運び終え、それでもなお、表向きには何も始まっていない顔をしている時間のことだ。

 

その時間が、今だった。

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