妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第123話 パプワ、取りつく

 

 

最初のメガ粒子砲が、パプワ強襲揚陸艦の左舷外側をかすめた。

 

艦内の照明が一瞬だけ揺れ、固定具に掛けた工具が細かく鳴る。誰も顔を上げなかった。艦橋でも兵員区画でも、もう驚く段階は過ぎている。ここから先は、撃たれながら距離を詰めるだけだった。

 

「進入軸、維持!」

 

艦長の声が短く飛ぶ。

 

「減速するな。貼りつくまでが仕事だ!」

 

通常の揚陸艦なら、要塞砲火の前に姿勢を崩す。だがこのパプワは違った。強襲揚陸艦仕様に改造され、ミノフスキードライブで無理やり推力を稼ぎ、艦体前面にはIフィールドが薄く展開している。直撃を無効にできるわけではない。だが、かすめた熱と衝撃を逃がしながら、あと数十秒だけ速度を保てればいい。

 

それで十分だった。

 

二射目が来る。

 

今度は艦首前方を焼き、進路上の粒子幕が白く煮立った。操舵員が歯を食いしばったまま言う。

 

「外壁接触まで十五!」

 

「そのまま行け!」

 

艦体が唸る。鈍重な腹を持つ艦とは思えないほど速い。ルナツーの外殻はもう巨大な壁ではなく、細かな継ぎ目と砲座と観測窓の集まりとして見えていた。

 

パプワ群は、止まらなかった。

 

 

---

 

「第一波、前へ!」

 

ガトーの声と同時に、射出口からMSが吐き出された。

 

粒子の靄を裂いて飛び出した機体は、すぐに左右へ散る。ルナツー外壁に並ぶ砲座が、まだ射角を合わせ切れていない。そこへガトー隊は真正面からではなく、外殻の曲面に沿って潜り込んだ。

 

「左砲座、補正入ってます!」

 

「構うな!」

 

ガトー機が姿勢を崩さず叫ぶ。

 

「砲を全部殺す必要はない! 一つ通せ!」

 

砲座本体ではなく、その基部。外壁との接合部。旋回軸。ガトーが狙う場所は最初から決まっていた。撃破数ではない。後続が貼りつける穴を作る。その一点だけだ。

 

外壁に火花が散る。

 

僚機の一つが肩を抉られたが、それでも推進を落とさない。ガトー機はその横をすり抜け、要塞砲の死角へ滑り込み、至近距離から基部へ叩き込んだ。

 

短い爆発。

 

砲座の首が折れるように沈黙する。

 

「開いたぞ!」

 

「二つ目は要らん! 通せ!」

 

すぐ後ろから別の機体がその穴を拡げるように外壁に張りつき、ルナツー側の歩兵火器を押さえ込む。ガトーは追わない。格納区画の奥へ飛び込みたい衝動を、自分で抑えていた。

 

一つ開ければいい。

 

あとは後ろが来る。

 

その一点で、今の自分の役目は足りていた。

 

 

---

 

最初のパプワが、ルナツー外壁へ噛みついた。

 

接岸ではない。衝突に近い接触だった。艦腹が外殻を削る音が艦内を走り、兵たちの膝と歯を同時に揺らした。

 

「磁着開始!」

 

工兵が怒鳴る。

 

「固定具、前へ!」

 

艦長が即座に重ねる。

 

「滑っても離れるな! 貼りつけ!」

 

外板応力警報が点る。だが誰も止めようとはしない。磁着アンカーが射出され、焼けた外殻へ食い込む。艦体が一度だけ横へずれ、それでも止まる。

 

その瞬間、二隻目のパプワが別角度から外壁へ接触した。

 

こちらは一隻目が作った死角を使い、より深く腹を押し当てる。メガ粒子砲が艦尾側を掠め、Iフィールドが薄くきしんだが、艦は離れない。

 

「第一接触点、固定完了!」

 

報告と同時に、艦腹ハッチが開き始める。

 

まだ勝っていない。だが入口はできた。

 

巨大要塞の表面に、小さな傷口が一つ空いたのだ。

 

 

---

 

「前へ出すぎるな! 入口を殺すな!」

 

シーマの声は、狭い通路の銃火より鋭かった。

 

ガトー隊がこじ開けた傷口の縁へ、シーマ隊のMSが滑り込む。彼女たちの役目は突破ではない。入口の保持だ。通れる状態を作り、通れる状態のまま持たせる。それがこの段階の勝敗を決める。

 

ルナツー外壁の内側は、見た目ほど広くなかった。補修用の足場、搬送レール、外殻補強材、短い気密通路が複雑に入り組み、MSが一機入れば二機目の肩が擦れる。

 

「右壁、押さえろ!」

 

シーマ機が言う。

 

「正面は後でいい! まず横を取れ!」

 

右手の小通路から、連邦守備兵の短い火線が走った。細く、だが近い。MSの装甲には浅いが、後ろの海兵には深い。

 

シーマ隊の一機が肩から身をねじ込み、その通路口そのものを塞ぐ。もう一機が左側の火点へ射撃を集中し、通路の交差点だけを黙らせた。

 

「海兵、まだ待て!」

 

シーマが叫ぶ。

 

「今流し込むと詰まる!」

 

だが待機は長くできない。入口は生き物だ。太らせなければ、すぐ死ぬ。

 

「工兵、前!」

 

「隔壁前です!」

 

「吹かすなよ。道だけ開けろ!」

 

小型爆薬が気密扉へ吸着される。量を誤れば、その先の空調幹線や配電が飛ぶ。弱ければ開かない。工兵の手つきだけが、場違いなほど静かだった。

 

短い破裂音。

 

扉の中央だけが歪み、ひと一人、そして海兵二人が並んで通れるだけの幅が生まれる。

 

「通せ!」

 

その一声で、シーマ海兵隊が流れ込んだ。

 

先頭、右壁、左壁、後詰め。誰も叫ばない。短機関銃の発射音は短く、倒れた一人は即座に壁際へ寄せられる。通路の真ん中に死体を作らない。それだけで後ろの十人が生きる。

 

海兵隊は、こういう戦いのためにいた。

 

 

---

 

「右導線、塞がせるな!」

 

工兵が前へ出る。海兵の肩越しに配線図を見たまま、爆薬を選び、切断工具を握り直す。

 

ルナツーの内部戦で重要なのは、敵を殺すことではない。どこを開け、どこを残すかだ。ここで吹かしすぎれば、後で自分たちが使う道が死ぬ。空気も死ぬ。

 

「量を上げれば早いです!」

 

若い工兵が叫ぶ。

 

「早く壊すな!」

 

シーマが即座に返した。

 

「扉だけ剥がせって言ってんだ!」

 

別の工兵がダクト図を見て顔を上げる。

 

「この先、空調幹線が近い!」

 

「ならそこは触るな。横へ切れ!」

 

短い指示で、導線が一本変わる。

 

その間にも海兵たちは壁に張りつき、角だけを撃ち、扉一枚分ずつを前へ進めていく。通路戦だ。広い場所を取る戦いではない。十メートル先の角と、その次の扉だけを取り続ける戦いだった。

 

「右、通せます!」

 

「まだ細い!」

 

「次の扉を取れば広がる!」

 

「なら取れ!」

 

工兵が隔壁を剥がし、海兵がそこへ肩から滑り込み、後ろの兵がケーブルと補強材を壁際へ蹴り寄せる。ルナツーの中に、ジオン側の“通れる道”が少しずつ生まれていった。

 

 

---

 

ラルは、最初から前にいた。

 

ガトーが穴を開け、シーマが入口を持たせる。その二つの後ろから入るのがラル隊だった。だが“後ろから入る”ことと“後ろにいる”ことは違う。ラルは最前で、狭い導線のどこまでを押し広げ、どこから先はまだ触るなと決めていた。

 

「クランプ、左の搬送路を見ろ」

 

「はっ」

 

「開けすぎるな。敵にも道になる」

 

「了解」

 

「アコース、前の火点だけ落とせ。奥へ撃ち込むな」

 

「分かりました」

 

「コズン、右へ回れ。だが戻り道は残せ」

 

「了解です」

 

ステッチとゼイガンが海兵の中へ自然に混ざり、短い指示だけで角を押さえる。彼らはゲリラ戦のプロだった。野戦でも、市街地でも、狭い場所の“向き”を読むことにかけては、ただの強襲兵ではない。

 

「そこは飛ばすな!」

 

ラルが工兵へ声を飛ばした。

 

「しかし早いです!」

 

「早く壊すな。静かに止めろ!」

 

工兵が息を呑み、爆薬の量を変える。

 

ラルはそのまま前へ出る。

 

海兵が自然に道を空けた。ラルが前へ立つ。だから皆が次の一歩を読める。ラル隊だけではない。シーマ海兵隊までが、その背中を基準に動いていた。

 

「前へ出すぎるな!」

 

ラルの声が通路を打つ。

 

「次の扉までで止めろ! 生きて次を押さえる方が役に立つ!」

 

「了解、ラル大尉殿!」

 

返事が一斉に返る。

 

ラルは短く頷いた。

 

「空調の幹線が近い。撃ちすぎるなよ」

 

クランプが左導線の先を見て言う。

 

「大尉、こっち、環境制御側へ抜けます」

 

「行けるか」

 

「二班なら」

 

「行け。だが制御盤を飛ばすな。触れ」

 

ラル隊が入ったことで、戦線はようやく尖りから導線へ変わった。敵を散らさず、こちらの線だけを前へ伸ばす。老練な手つきが、要塞の腹の中で戦争の形を整え始める。

 

 

---

 

グワジン艦橋は、逆に静かだった。

 

現場では火花と銃火が飛び、MSと海兵が狭い導線を押し合っている。だがデラーズの場所では、報告と判断だけが走る。

 

「第一取りつき点確保!」

 

「第二波を入れろ」

 

「外縁砲座なお二基生存!」

 

「殺せ。だがドック外壁は残せ」

 

「右導線、現場より爆破許可要請!」

 

「却下だ」

 

デラーズの声は一度も上がらない。

 

「空調幹線が近い。切るな」

 

副官が即座に次を問う。

 

「では左導線へ集中を?」

 

「そうだ。攻撃軸を左へ寄せろ。格納区画奥への線を作れ」

 

報告が次々に重なる。

 

「海兵第一波、ドック外縁区画侵入!」

 

「ラル隊、内部導線制御開始!」

 

「守備隊、司令区側隔壁閉鎖を試みています!」

 

デラーズは正面視界から目を離さなかった。

 

「司令区へ急ぐな。空気を握れ」

 

副官が一瞬だけ目を上げる。

 

デラーズは淡々と続けた。

 

「通信より先だ。中の空気がこちらのものになれば、要塞は自分で崩れる」

 

それがこの戦いの本質だった。

 

要塞を外から砕くのではない。中から止める。

 

「格納区画奥への線、形成中」

 

「止めるな」

 

デラーズが言う。

 

「その線を太らせろ」

 

壊していい場所と残すべき場所。その線を誤れば、勝っても使えない。だからデラーズは後ろにいながら、最も冷たく戦場を切り分けていた。

 

 

---

 

格納区画の奥で、ガトー隊が再び火を噴いた。

 

「通ったぞ!」

 

ガトーの声が響く。

 

最初の穴から伸びた導線が、格納区画奥の手前まで届いている。守備兵が一度後退し、火点が一つ沈黙した。格納レールの影、搬送台車、整備足場。視界は悪い。だが悪いからこそ、押し込める。

 

「格納区画奥、敵後退!」

 

「追うな!」

 

ガトーが即座に返す。

 

「後ろを通せ!」

 

その後ろから、シーマ隊の次波が一気に流れ込んでくる。

 

「入口を太らせろ!」

 

シーマの声が飛ぶ。

 

「第二波、突入完了!」

 

「止めるな! そのまま押し込め!」

 

ラルの声も重なる。

 

「前へ出すぎるな! 次の扉までで止めろ!」

 

海兵、工兵、ラル隊の兵が、それぞれの位置につく。入口を持たせる者、導線を伸ばす者、空調へ向かう者、格納区画を塞がせない者。

 

ようやく、要塞内部での足場が固まった。

 

パプワは外壁に貼りつき、その腹から吐き出されたMSが最初の傷口を開け、シーマ隊がその傷を閉じさせず、ラル隊が内側へ線を伸ばす。

 

ルナツーはまだ落ちていない。

 

だが、その鉄の腹に開いた小さな傷口は、もう閉じなくなっていた。

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