妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第124話 十五時間

 

ルナツーへの取り付きから、すでに十五時間が過ぎていた。

だが要塞の中では、時間というものが意味を失っていた。

 

照明は区画ごとに点滅し、煙が流れ、減圧警報が鳴り止まない。

同じルナツーの内部でも、場所によって空気が違う。

ドックは金属音と爆発の熱、通信区画は暗く静かで、司令導線は隔壁越しの短い銃火、建造区画はまだ大きく壊れていない不気味な静けさ。

 

誰も、戦闘開始から何時間経ったのか正確には分からなかった。

ただ、体が重い。

喉が焼ける。

弾薬の残りを数える回数が増えた。

 

戦いは止まってはいない。

だが、一気に進む戦いでもなかった。

 

区画ごとに、少しずつ、前へ押している。

 

デラーズの前には、次々と報告が入っていた。

 

「ドック外縁、保持」

「通信区画一部制圧」

「動力導線、なお抵抗あり」

「司令区外郭、接触」

「建造区画、未確認大型構造物あり」

 

勝っている、とはまだ言えない。

だが、押している。確実に、押している。

 

デラーズは地図の上をゆっくり指でなぞった。

 

「……まだ半分だな」

 

誰も答えなかった。

だが、その言葉が、この戦いの現実だった。

 

――――――――――――――――――

 

ドック外縁では、シーマ隊が戦場を支配していた。

 

ここは撃ち合いの戦場ではない。

止める戦場だった。

 

爆薬、自爆、通信遮断、捕虜、火災、電力、空調。

戦いの裏側にあるすべての面倒を、ここで引き受けている。

 

「爆薬持ってる手から落とせ!」

 

短い銃声。

爆薬箱を抱えて走っていた連邦兵が倒れる。

 

「信管生きてる! 撃つな、箱を撃つな! 信管抜け!」

 

工兵が滑り込み、爆薬箱に手を突っ込む。

汗で手袋が滑る。

 

「捕虜三、負傷二!」

 

「負傷は奥、捕虜は壁に寄せろ。縛れ、殺すな」

 

通信機材のラックが燃え始めている。

 

「通信ラック燃えます!」

 

「火は消せ! 線は切るな! あとでこっちが使う!」

 

若い海兵が逃げる連邦兵を追おうとする。

 

「待て、追うな!」

 

シーマの声が飛ぶ。

 

「逃げるぞ!」

 

「追うなって言ってるだろ!」

 

海兵が止まる。

 

「……ラル大尉に何を習った」

 

若い海兵が息を荒げたまま振り向く。

 

「敵を減らす前に、道を残せ、だろうが」

 

海兵は黙ってうなずいた。

 

シーマは煙の向こう、建造ドック側の巨大な影を見上げた。

 

「……あれは、まだ生きてるね」

 

未完成の巨大艦が、暗闇の中に横たわっていた。

 

――――――――――――――――――

 

司令区へ至る導線では、ラル隊がゆっくりと前線を押し広げていた。

 

ここでは、撃つより止める、壊すより残すが重要になる。

 

「隔壁は閉めるな、止めろ。あとで開けられる形で残せ」

 

「了解!」

 

クランプ隊が左導線を固定し、アコースが火点を一つずつ潰していく。

コズンが側面通路を回り、ステッチとゼイガンが後詰めを固める。

 

ラルは中央導線に立っていた。

 

「動力側、抵抗強いです!」

 

「強いならなおさら吹かすな。止めて取れ」

 

「司令区側、敵が下がっています!」

 

「追い込むな。戻り先を限定しろ」

 

ラルは地図ではなく、通路の空気を見て戦っていた。

 

前へ進むとは、敵を減らすことではない。

こちらが使える区画を増やすことだ。

 

通路、空調、電力、扉、隔壁。

それらが生きたまま手に入れば、要塞は自分のものになる。

 

そこで通信が入る。

 

「ガトー隊、司令区外郭へ突出、やや前進しすぎ」

 

ラルは一瞬だけ目を閉じた。

 

「……やはりな」

 

通信回線を開く。

 

「ガトー、中尉、止まれ」

 

――――――――――――――――――

 

ガトー隊は司令区外郭の一つ手前の隔壁まで達していた。

 

ここを抜けば司令中枢へ至る。

だが後続導線はまだ細い。

 

「このまま押せます!」

 

「司令区は近い!」

 

兵たちの声が上がる。

 

「左導線、閉まりかけています!」

 

「閉まる前に入る!」

 

その時、通信が割り込んだ。

 

「ガトー、中尉、止まれ」

 

ラルの声だった。

 

「まだ行けます!」

 

「行けるのと、生きて持つのは違う」

 

ガトーは歯を食いしばる。

 

「ですが司令区は目前です!」

 

「司令区を落としても、後ろが切れたら蓋だ。戻せ」

 

沈黙。

 

そこへさらに回線が入る。

 

デラーズだった。

 

「ガトー隊は現位置で固定。先走るな。後続を待て」

 

ガトーは拳を握りしめた。

 

「……了解。現位置保持」

 

部下たちが悔しそうにうなずく。

 

「司令区は逃げません」

 

ガトーは静かに言った。

 

「だが我々が死ねば、ここまで来た意味がない」

 

その言葉で、兵たちの顔が変わった。

 

――――――――――――――――――

 

建造ドックでは、戦いの意味そのものが変わろうとしていた。

 

巨大な未完成艦の影の下、シーマ隊が内部へ踏み込んでいく。

 

「艦に火を入れるな! 人だけ落とせ!」

 

銃声が短く響く。

逃げ込もうとした連邦技術者が床に倒れる。

 

「爆薬発見!」

 

「信管生きてます!」

 

「信管から抜け! 箱ごと撃つな!」

 

工兵が汗だくで信管を引き抜く。

 

「捕虜六!」

 

「縛って壁。殺すな、あとで喋らせる」

 

巨大な艦体はまだ骨組みが露出している部分も多く、電力ケーブルが床を這い、足場が組まれ、照明がちらついている。

 

戦場の真ん中に、未来の艦隊が眠っているようだった。

 

シーマは通信を開く。

 

「司令部へ。建造ドックに未完成大型艦複数。揚陸母艦クラスと思われる」

 

少し沈黙。

 

「……自爆されたら、全部終わりだよ」

 

彼女の声は、いつもより低かった。

 

――――――――――――――――――

 

デラーズの艦橋に、その報告が届いた。

 

「建造ドックに未完成の大型機動揚陸母艦、複数確認」

 

副官が言う。

 

デラーズは地図を見たまま、動かなかった。

 

「……数は」

 

「少なくとも二、さらに奥にもう一隻の可能性」

 

少し間があった。

 

「司令区だけでは足りんな」

 

回線が開く。

 

ガトーの声。

 

「司令区を落とせば全部止まる!」

 

すぐに別回線。

 

シーマの声。

 

「艦を飛ばされたら何も残らないよ!」

 

「艦は後でも取れる!」

 

「自爆されたら灰だ!」

 

沈黙。

 

そこへラルの声が入る。

 

「両方が要る」

 

誰もすぐには答えなかった。

 

ラルが続ける。

 

「司令区は落とす。建造ドックも死なせない。そのために導線を分ける」

 

デラーズはゆっくりうなずいた。

 

「ガトー隊は司令区圧迫を継続。シーマ隊は建造ドック確保。ラル隊はその両方を繋げ。工兵は自爆系統を殺せ」

 

「……どちらも落とす」

 

それが、この戦いの形になった。

 

――――――――――――――――――

 

司令区外郭。

 

建造ドック制御区画。

 

その両方で、戦いは同時に限界へ近づいていた。

 

ガトー隊は隔壁一枚向こうまで迫っている。

だが突出すれば切られる。

 

シーマ隊はドック主制御へ迫っている。

だが自爆主系統がまだ見つからない。

 

その二つを、ラル隊が細い導線でつないでいる。

 

デラーズの前に報告が並ぶ。

 

「司令区、陥落寸前」

「建造ドック、確保直前」

 

デラーズは静かに言った。

 

「その“直前”を繋げ。どちらも落とすな」

 

司令中枢は、あと一枚の隔壁で途切れていた。

建造ドックもまた、あと一つの制御盤で止まるはずだった。

 

だが、その“あと一つ”が、戦場では一番遠い。

 

戦いは、まだ終わらない。

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