妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第125話 門は開いた

 

ルナツーは、爆ぜるようには落ちなかった。

 

照明が一系統ずつ死に、補助電源へ切り替わり、その補助電源もまた痩せていく。通信区画では呼びかけが返らず、司令卓には未処理の命令だけが積み上がり、主要ドックでは開いたままの隔壁が途中で止まり、警報音だけが規則正しく鳴り続けていた。

 

司令中枢へ向かう通路の途中で、若い連邦兵が足を止めた。

 

「司令区、応答なし!」

 

返事はない。

 

別の区画では技術士官が補助盤を叩いていた。

 

「補助電源へ切り替わります!」

 

その声に重なるように、別の誰かが怒鳴る。

 

「動力区はどうなってる!」

 

それにも返事はなかった。

 

通信の死んだ要塞の中では、自分の声だけが浮いて聞こえる。どこへ集まるべきかも、誰の命令を待つべきかも分からない。さっきまで基地だったものが、急に巨大な鉄の迷路へ変わっていく。

 

「どこへ戻れば――」

 

その問いも途中で切れた。

 

隔壁の向こうで短い銃声が鳴り、金属に跳ねる乾いた音が続いたあと、また静かになる。

 

司令中枢、動力、通信、主要ドック。

 

一つずつ、順に死んでいく。

 

要塞は破壊されたのではなかった。

 

止められたのだった。

 

――――

 

グワジンの艦橋は静かだった。

 

勝った艦橋の静けさではない。ここからが厄介だと全員が知っている艦橋の静けさだった。副官が受け取る報告の束は減らない。むしろ増えている。残党、自爆、火災、誤射、隔壁不作動、捕虜移送、負傷兵の後送。要塞が落ちる時、戦いは綺麗に終わらない。

 

「司令中枢、制圧確認」

 

副官が言った。

 

「主要ドック、確保」

 

「動力、こちらの管制下へ移行中」

 

「通信区画、掌握」

 

報告が一つずつ積み上がる。

 

デラーズはしばらく何も言わなかった。前面視界には、もう砲火より作業灯の方が多く映っている。だがまだ終わってはいない。終わっていないことを、一番よく知っているのがこの男だった。

 

「全隊へ通達」

 

「はい」

 

副官が姿勢を正す。

 

デラーズは低い声で言った。

 

「ルナツーは、ジオン公国軍が接収した」

 

艦橋の誰も顔を上げなかった。歓声もない。疲れきった肩が少しだけ重さを変えただけだった。

 

「残党掃討を継続しろ。施設への無用な破壊を禁ずる。捕虜、負傷兵、技術者を分けて扱え」

 

「了解」

 

「主要区画の消火と気圧安定を優先。工兵隊は管制維持に回せ」

 

「了解」

 

副官が命令を流していく。

 

その間もデラーズは動かなかった。目の前の勝利が軽くないことを知っているから、勝った顔をしない。今ここで浮かれた側から、足を滑らせる。

 

「司令、残党抵抗、なお三区画」

 

「潰せ」

 

短く答え、それからすぐ続けた。

 

「だが焼くな。ここはもうこちらの要塞だ」

 

その一言に、艦橋の空気が少しだけ締まり直した。

 

勝った。

 

だからこそ、雑に扱えない。

 

デラーズが受け取っているのは戦果ではなく、重みだった。

 

――――

 

建造ドックの中は、奇妙な静けさに包まれていた。

 

戦闘の痕はある。焼け焦げた足場、弾痕の刻まれた梁、散乱した工具箱、倒れた作業灯。だが、それでも他の区画に比べれば異様なほど原形を残している。巨大な艦体が、暗がりの中に白く沈んでいた。

 

未完成の大型機動揚陸母艦。

 

その言い方でしかまだ呼べない。だが、その巨大さだけは誰の目にも明らかだった。工兵用の足場が何層にも組まれ、外板の一部はまだ塞がっておらず、配線束が艦腹から床へ降り、仮設電源が弱く明滅している。

 

海兵がその影を見上げて言った。

 

「中尉、本当に残ってましたね」

 

シーマは振り向かなかった。

 

「残ってるうちに縛るんだよ」

 

すぐ横で工兵が電力盤にかがみ込んでいた。

 

「自爆主系統、切断確認」

 

「確認で終わるな。二重に見ろ」

 

シーマが言う。

 

「馬鹿は負ける時にもう一度押す」

 

「はい」

 

別の海兵が、縛った技術士官を三人まとめて壁際へ押しやった。

 

「捕虜の技術士官、選別終わりました」

 

「艦を知ってる奴から分けろ。喋る順番も決める」

 

「どこまで知ってるかで?」

 

「そうだ。図面屋と現場屋は別にしろ。混ぜるな」

 

シーマはようやく足を止め、巨大艦影を見上げた。

 

艦首はまだ骨組みの露出した部分があり、カタパルト周辺は仮設材のままだ。だが逆にそれが、生々しかった。これは完成した兵器ではない。完成する途中で戦場にさらわれた艦だ。

 

だから厄介だ。

 

完成品なら扱いは簡単だった。壊れていれば壊れているなりに、死んでいれば死んでいるなりに、管理の仕方がある。だが未完成艦は違う。どこに何が通り、どの系統が仮設で、どこが生きていてどこがまだ繋がっていないのか、その全部が曖昧なまま危険だけが残っている。

 

「電力再接続、どうします」

 

工兵が尋ねた。

 

「通すよ」

 

「主幹まで?」

 

「全部じゃない」

 

シーマは短く答える。

 

「艦の心臓まではまだ起こすな。目と手だけ先に起こせ」

 

工兵が頷く。

 

「了解」

 

シーマは少しだけ目を細めた。

 

「……厄介な物を取ったね」

 

感嘆ではない。

 

本当に厄介なのだ。

 

けれど、それでも取れた。

 

その実感が、遅れて胸の奥へ降りてきていた。

 

――――

 

ラルは勝ったあとの方が声を低くした。

 

要塞の中にはまだ散発的な抵抗が残っている。追い詰められた兵が自暴自棄に撃ち、技術兵が自爆を試み、閉じ込められた区画の中で互いに声を張り上げている。勝った側がそこで気を抜けば、たった一つの火花でまた余計なものを失う。

 

「追い詰めるな」

 

ラルは言った。

 

「武器を捨てる奴には撃つな」

 

クランプが手元の区画図を見ながら答える。

 

「まだ抵抗区画が三つあります」

 

「なら三つとも出口を作れ」

 

ラルは即答した。

 

「袋にするな。袋にすると爆ぜる」

 

アコースが右側通路の先を見たまま聞く。

 

「捕虜はどう分けます」

 

「技術者、兵、負傷兵。混ぜるな」

 

「はい」

 

少し離れたところで、海兵が駆けてきた。

 

「ラル大尉殿、右区画制圧」

 

「死体を通路に残すな」

 

ラルは振り返らずに言った。

 

「ここはもう使う」

 

海兵が無言で頷き、すぐに戻っていく。

 

ラルは前に立っていた。もう戦線を広げる段階ではない。今必要なのは、静めることだった。勝った側の手順を整えること、負けた側に余計な最後っ屁を打たせないこと、使うべき区画を使えるまま残すこと。その全部が、今この男の肩に乗っている。

 

短い銃声が一つ鳴った。

 

ラルの視線だけがそちらへ動く。

 

「どこだ」

 

クランプがすぐ答える。

 

「第二搬送路。技術兵が一人、逃げ損ねて撃ったようです」

 

「殺したか」

 

「腕を飛ばしました」

 

ラルは小さく息を吐いた。

 

「それでいい。次から手を見ろ。銃より先に、信管を持つ手を落とせ」

 

「了解」

 

ラルは通路の奥を見た。

 

勝った後に一番危ないのは、勝った側が乱れることだ。誰よりそれを知っているから、この男はここで大声を出さない。

 

「順番に片づけるぞ」

 

ラルは言った。

 

「焦るな。もうここは逃げない」

 

その言葉で、周囲の肩の力が少しだけ抜けた。

 

――――

 

格納区画の片隅で、負傷兵が床に腰を下ろしていた。

 

整備兵がガトー機の足元を走り回り、傷んだ装甲を仮留めし、推進器周辺の焼けを点検している。ガトー本人は機体のそばに立ったまま、次の配置図を見ていた。もう勝った戦いの人間の顔ではない。まだ終わっていない区画がどこか、それだけを見ている。

 

その背中を、兵たちが見ていた。

 

「あれだろ」

 

若い兵が小声で言う。

 

「最初の砲座、あれを黙らせたの」

 

別の兵が答える。

 

「そのあと格納区画まで通した」

 

負傷兵が顔を上げた。

 

「……見てた」

 

その声は掠れていた。

 

「あの人、止まらなかった」

 

ガトーには聞こえていない。

 

あるいは聞こえていても、振り向く気がない。

 

彼は別の兵の前に立った。

 

「立てるか」

 

「はい」

 

「なら次の区画へ行く」

 

兵が目を丸くする。

 

「まだ、ですか」

 

ガトーは地図から目を離さない。

 

「終わっていない」

 

それだけだった。

 

本人に英雄になる気はない。称賛されるために前へ出たわけでもない。ただ開けるべき門を開け、通すべき道を通しただけだ。

 

だが、兵たちにとっては違った。

 

門を最初にこじ開けたのが誰か。

砲火の下で止まらなかったのが誰か。

その記憶は、こういう時ほど強く残る。

 

誰かが小さく言った。

 

「門を開いた男だな」

 

その言葉を否定する者はいなかった。

 

――――

 

サイド5宙域では、まだ砲火が続いていた。

 

ミノフスキー粒子は濃く、通信は細く切れ、更新は遅れ、艦隊の位置さえ光学観測に頼るしかない。レビルは艦橋の中央で星図を見ていたが、その図ももう半分ほどは推測で塗り直すしかなくなっていた。

 

「ルナツーとの交信、回復しません」

 

副官が言う。

 

レビルはすぐには答えない。

 

「……遅いな」

 

それだけを言って、もう一度前方へ目を向ける。

 

別の参謀が報告を差し出した。

 

「粒子散布量、依然高濃度。戦域全体で通信障害が継続しています」

 

レビルは報告書を受け取り、数字だけを見る。

 

「敵の投入量が多すぎる」

 

副官が顔を上げた。

 

「将軍?」

 

レビルは星図から視線を動かさない。

 

「これは基地の戦いではない」

 

艦橋の空気が少しだけ変わった。

 

誰も言葉を挟まない。

 

レビルは低く続けた。

 

「戦争の形が変わったな」

 

それだけで十分だった。

 

何が起きているのか、正確にはまだ分からない。

だが、もう十一バンチの争奪や一拠点の攻防という規模ではない。

敵は戦場そのものの作り方を変えに来ている。

 

レビルは短く命じた。

 

「戦域優先度を上げろ。右翼の後退速度を抑える」

 

「はい」

 

「ルナツーとの更新が回復するまでは、こっちで戦線を支える」

 

副官が復唱する。

 

レビルは何も言わなかった。

 

今はまだ知らない。

だが、その沈黙の向こうで、もう何か大きなものが動いていることだけは分かっていた。

 

――――

 

ズムシティの総帥府は、夜でも灯が落ちなかった。

 

廊下を行き交う軍服と文官の数が増え、通信士官が書類を抱えて走り、参謀が立ったまま地図を広げている。戦争とは、最前線だけで起こるものではない。国家の中枢もまた、別の形の戦場になる。

 

ギレンは窓の前に立ち、サイド3の夜景を見下ろしていた。

 

工業区の光は白く強く、港湾は帯のように連なり、輸送路は細い線となって外縁へ伸びている。居住区の灯は柔らかく広がり、軍区の灯は無駄なく固まっていた。

 

光の並び方が、数年前とはもう違う。

 

場当たりに増えた光ではない。

最初から配置された光だ。

 

ギレンは机へ戻った。

 

その上には三つの位置を示す星図がある。ルナツー。サイド5。十一バンチ。離れているようでいて、もう一本の線で結ばれていた。

 

副官が言う。

 

「ルナツー接収確認」

 

ギレンは答えない。

 

「サイド5戦域、維持」

 

「十一バンチ、作業継続中」

 

そこで初めて口を開いた。

 

「まだ勝利ではない」

 

短い沈黙。

 

「だが、戦争の形はこちらが決めた」

 

副官は何も言わなかった。言う必要がなかった。

 

ギレンは通信士官に視線を向ける。

 

「アサクラを」

 

すぐに回線が開かれる。向こう側から返ってきた声の背後には、静かな研究室の空気ではなく、工事現場の騒音があった。金属音、運搬車の駆動音、怒鳴り声、溶断の火花が散る音。十一バンチは、もう居住地ではなく巨大な作業場になっている。

 

「アサクラです」

 

ギレンは図面へ視線を落としたまま言った。

 

「計画を加速させる」

 

向こうで一拍、間が空く。

 

「……了解しました」

 

説明はない。何の計画か、どこをどうするか、そんな確認は必要なかった。二人とも、最初から同じものを見ている。

 

「必要な物は全部回す」

 

「はい」

 

「間に合わせろ」

 

アサクラの返答は短かった。

 

「間に合わせます」

 

通信が切れる。

 

ギレンはもう一度、十一バンチの位置を見た。

 

そこは占領地ではない。

支点だった。

戦場で勝つためではなく、戦争そのものの終わらせ方を決めるための場所だった。

 

門は開いた。

 

だが、その門をくぐって入るのは勝利ではない。

 

次の戦争そのものだった。




生成AIで小説作る場合、シーンの展開が多いと中々難しいです。
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