ルナツーとも、レビル本隊とも、通信が途絶えたまま時間だけが過ぎていた。
ミノフスキー粒子の濃度は高い。通信が乱れること自体は珍しくない。だが、これほど長く沈黙が続くのは異常だった。
ティアンムは艦橋中央に立ち、前面スクリーンではなく、通信士官の背中を見ていた。
「ルナツー、レビル本隊ともに通信回復せず」
通信士官が振り返らずに言う。
参謀が口を開いた。
「予定通り進出すれば、会戦宙域に入ります」
ティアンムはすぐには答えなかった。
「予定通り、という言葉は好きではない」
参謀が少し驚いた顔をする。
「は?」
ティアンムは静かに続けた。
「予定は、相手が何もしていない時だけ通用する」
艦橋が静かになる。
「先行艦をさらに前へ出せ」
ティアンムが言った。
「拾えるものは全部拾え」
副官が確認する。
「漂流者、残骸、艦載機、すべてですか」
「そうだ」
ティアンムはうなずいた。
「戦場の情報は、生き残りが一番持っている」
命令が復唱され、先行艦艇がさらに前へ出ていく。ティアンムはその背中を見送るように、前面スクリーンの暗い宙域を見つめた。
見えない戦場に、艦隊を突っ込ませる気はなかった。
――――
先行艦艇は、ほどなくして最初の漂流物を発見した。
半壊した艦載機だった。機体の片側が焼け、推進剤もほとんど残っていない。惰性で宇宙を漂っているだけの鉄の塊だが、コクピットの中にはまだ生存者がいた。
「生存者確認! 担架!」
救助兵が叫び、エアロックが開く。
引きずり出されたパイロットは、まだ宇宙服のまま、震える声で何かを繰り返していた。
「見えなかった……」
救助兵が肩を叩く。
「落ち着け。どこの隊だ」
「粒子で……何も……」
「戦闘宙域はどうなっている」
パイロットは首を振る。
「三機だった……」
「三機?」
「三機一緒に……来た……」
別の救助兵が顔を見合わせる。
「艦の中に入ってきた……」
「何?」
「艦列の中に……入ってきた……」
さらに別の担架で運ばれてきた兵が、うわ言のように言った。
「旗艦が……やられた……」
先行艦艇の艦長が身を乗り出す。
「旗艦? どこの旗艦だ」
兵は少しだけ目を開けた。
「……アナンケ……」
その名前を聞いた瞬間、艦橋の空気が止まった。
先行艦艇艦長は数秒黙り、それから低く言った。
「……記録しろ。全部だ」
それだけだった。
――――
回収された艦載機の記録映像が、ティアンムの艦橋で再生されていた。
粒子で荒れた視界。
ノイズだらけの映像。
その中を、巨大な人型の影が横切る。
ザクだった。
しかも遠距離ではない。
護衛艦のすぐ横、砲塔の死角、発着口のすぐ前。
信じられない距離で機動兵器が動いている。
次の瞬間、画面が白く弾ける。
護衛艦内部で爆発が起き、カメラが激しく揺れた。
映像は何度も途切れ、また繋がる。
艦列の中を、三つの影が動いている。
一機が突っ込み、もう一機が別の艦の側面へ回り込み、残りの一機が離脱する味方機を撃ち落とす。
整った艦隊戦ではなかった。
近距離の混戦だった。
そして、その混戦を最初から作るつもりで動いている。
映像が終わった。
艦橋は静まり返っていた。
誰もすぐには口を開かなかった。
ティアンムが、小さく言った。
「……こりゃ準備量が違うな」
誰も返事をしない。
ティアンムはスクリーンを見たまま続けた。
「即席の会戦じゃない」
少し間。
「戦場を作って、そこへ誘い込んで、そこで戦っている」
参謀が恐る恐る言う。
「ではレビル将軍は……」
ティアンムは首を振った。
「分からん」
それから静かに付け加えた。
「だが、楽に合流できる戦場ではない」
その言葉で、艦橋の誰もが同じことを考えた。
――レビル艦隊は、負けたのではないか。
誰も口には出さなかった。
――――
参謀たちの意見は割れた。
「レビル将軍救援を優先すべきです」
「ルナツー奪還が先です」
「このまま進出すれば敵主力と接触します」
声が重なり、艦橋がざわつく。
ティアンムはしばらく黙ってそれを聞いていた。
そして、静かに言った。
「その敵主力が、今の映像の戦い方をする相手だ」
艦橋が静まる。
「ここで主力艦隊を失えば、連邦宇宙軍は終わる」
副官が何か言いかけて、やめた。
ティアンムは続けた。
「救援は勇気だ」
少し間。
「だが、全部沈めるのは勇気じゃない」
誰も反論しなかった。
――――
「先行艦艇を収容。隊形維持」
ティアンムが命じた。
副官が確認する。
「進出を中止しますか」
ティアンムは少し考えてから答えた。
「中止ではない」
艦橋の全員が彼を見る。
「今回はここまでだ」
副官が静かにうなずく。
「……了解」
ティアンムは前面スクリーンを見たまま言った。
「艦隊を残す」
少し間。
「戦争はまだ終わらん」
その言葉とともに、艦隊はゆっくりと向きを変えた。
敗走ではない。
秩序ある後退だった。
この時、ティアンム艦隊はサイド5深部へ進出しなかった。
その判断は後に、彼自身も知らぬところで大きな意味を持つことになる。
――――
その報告が、ギレンのもとへ届いた。
「ティアンム艦隊、戦域に入らず後退しました」
アサクラが淡々と告げる。
ギレンはしばらく何も言わなかった。
窓の外には、まだ建設途中の十一バンチが見える。
外壁の一部はすでに補強され、内部構造の変更も進み、巨大な空洞がゆっくりと形を変えつつあった。
「……そうか」
ギレンがようやく言った。
「慎重な男だな」
「はい」
アサクラが答える。
ギレンは少しだけ口元を緩めた。
「勝ったな」
「はい」
ルナツー陥落。
レビル捕縛。
サイド5戦域勝利。
戦果だけを並べれば、歴史的勝利だった。
だがギレンは、窓の外を見たまま続けた。
「だが、勝ちすぎなかった」
アサクラは何も言わない。
ギレンが静かに言う。
「連邦はまだ戦える」
十一バンチの骨組みが、ゆっくりと回転している。
まだ未完成だが、確実に形を変えている。
「だから、戦争は続く」
ギレンはそれだけ言って、窓の外から視線を戻した。
この先まだ決めてません。
ジオンに人なしをレビルがやるのか。
ワッケイン、ブライトはどうなったのか?