妹に撃たれない方法   作:Brooks

127 / 226
第127話 残された艦隊

 

ルナツーとも、レビル本隊とも、通信が途絶えたまま時間だけが過ぎていた。

 

ミノフスキー粒子の濃度は高い。通信が乱れること自体は珍しくない。だが、これほど長く沈黙が続くのは異常だった。

 

ティアンムは艦橋中央に立ち、前面スクリーンではなく、通信士官の背中を見ていた。

 

「ルナツー、レビル本隊ともに通信回復せず」

 

通信士官が振り返らずに言う。

 

参謀が口を開いた。

 

「予定通り進出すれば、会戦宙域に入ります」

 

ティアンムはすぐには答えなかった。

 

「予定通り、という言葉は好きではない」

 

参謀が少し驚いた顔をする。

 

「は?」

 

ティアンムは静かに続けた。

 

「予定は、相手が何もしていない時だけ通用する」

 

艦橋が静かになる。

 

「先行艦をさらに前へ出せ」

 

ティアンムが言った。

 

「拾えるものは全部拾え」

 

副官が確認する。

 

「漂流者、残骸、艦載機、すべてですか」

 

「そうだ」

 

ティアンムはうなずいた。

 

「戦場の情報は、生き残りが一番持っている」

 

命令が復唱され、先行艦艇がさらに前へ出ていく。ティアンムはその背中を見送るように、前面スクリーンの暗い宙域を見つめた。

 

見えない戦場に、艦隊を突っ込ませる気はなかった。

 

――――

 

先行艦艇は、ほどなくして最初の漂流物を発見した。

 

半壊した艦載機だった。機体の片側が焼け、推進剤もほとんど残っていない。惰性で宇宙を漂っているだけの鉄の塊だが、コクピットの中にはまだ生存者がいた。

 

「生存者確認! 担架!」

 

救助兵が叫び、エアロックが開く。

 

引きずり出されたパイロットは、まだ宇宙服のまま、震える声で何かを繰り返していた。

 

「見えなかった……」

 

救助兵が肩を叩く。

 

「落ち着け。どこの隊だ」

 

「粒子で……何も……」

 

「戦闘宙域はどうなっている」

 

パイロットは首を振る。

 

「三機だった……」

 

「三機?」

 

「三機一緒に……来た……」

 

別の救助兵が顔を見合わせる。

 

「艦の中に入ってきた……」

 

「何?」

 

「艦列の中に……入ってきた……」

 

さらに別の担架で運ばれてきた兵が、うわ言のように言った。

 

「旗艦が……やられた……」

 

先行艦艇の艦長が身を乗り出す。

 

「旗艦? どこの旗艦だ」

 

兵は少しだけ目を開けた。

 

「……アナンケ……」

 

その名前を聞いた瞬間、艦橋の空気が止まった。

 

先行艦艇艦長は数秒黙り、それから低く言った。

 

「……記録しろ。全部だ」

 

それだけだった。

 

――――

 

回収された艦載機の記録映像が、ティアンムの艦橋で再生されていた。

 

粒子で荒れた視界。

ノイズだらけの映像。

その中を、巨大な人型の影が横切る。

 

ザクだった。

 

しかも遠距離ではない。

護衛艦のすぐ横、砲塔の死角、発着口のすぐ前。

信じられない距離で機動兵器が動いている。

 

次の瞬間、画面が白く弾ける。

護衛艦内部で爆発が起き、カメラが激しく揺れた。

映像は何度も途切れ、また繋がる。

 

艦列の中を、三つの影が動いている。

一機が突っ込み、もう一機が別の艦の側面へ回り込み、残りの一機が離脱する味方機を撃ち落とす。

 

整った艦隊戦ではなかった。

近距離の混戦だった。

そして、その混戦を最初から作るつもりで動いている。

 

映像が終わった。

 

艦橋は静まり返っていた。

 

誰もすぐには口を開かなかった。

 

ティアンムが、小さく言った。

 

「……こりゃ準備量が違うな」

 

誰も返事をしない。

 

ティアンムはスクリーンを見たまま続けた。

 

「即席の会戦じゃない」

 

少し間。

 

「戦場を作って、そこへ誘い込んで、そこで戦っている」

 

参謀が恐る恐る言う。

 

「ではレビル将軍は……」

 

ティアンムは首を振った。

 

「分からん」

 

それから静かに付け加えた。

 

「だが、楽に合流できる戦場ではない」

 

その言葉で、艦橋の誰もが同じことを考えた。

 

――レビル艦隊は、負けたのではないか。

 

誰も口には出さなかった。

 

――――

 

参謀たちの意見は割れた。

 

「レビル将軍救援を優先すべきです」

 

「ルナツー奪還が先です」

 

「このまま進出すれば敵主力と接触します」

 

声が重なり、艦橋がざわつく。

 

ティアンムはしばらく黙ってそれを聞いていた。

 

そして、静かに言った。

 

「その敵主力が、今の映像の戦い方をする相手だ」

 

艦橋が静まる。

 

「ここで主力艦隊を失えば、連邦宇宙軍は終わる」

 

副官が何か言いかけて、やめた。

 

ティアンムは続けた。

 

「救援は勇気だ」

 

少し間。

 

「だが、全部沈めるのは勇気じゃない」

 

誰も反論しなかった。

 

――――

 

「先行艦艇を収容。隊形維持」

 

ティアンムが命じた。

 

副官が確認する。

 

「進出を中止しますか」

 

ティアンムは少し考えてから答えた。

 

「中止ではない」

 

艦橋の全員が彼を見る。

 

「今回はここまでだ」

 

副官が静かにうなずく。

 

「……了解」

 

ティアンムは前面スクリーンを見たまま言った。

 

「艦隊を残す」

 

少し間。

 

「戦争はまだ終わらん」

 

その言葉とともに、艦隊はゆっくりと向きを変えた。

敗走ではない。

秩序ある後退だった。

 

この時、ティアンム艦隊はサイド5深部へ進出しなかった。

その判断は後に、彼自身も知らぬところで大きな意味を持つことになる。

 

――――

 

その報告が、ギレンのもとへ届いた。

 

「ティアンム艦隊、戦域に入らず後退しました」

 

アサクラが淡々と告げる。

 

ギレンはしばらく何も言わなかった。

 

窓の外には、まだ建設途中の十一バンチが見える。

外壁の一部はすでに補強され、内部構造の変更も進み、巨大な空洞がゆっくりと形を変えつつあった。

 

「……そうか」

 

ギレンがようやく言った。

 

「慎重な男だな」

 

「はい」

 

アサクラが答える。

 

ギレンは少しだけ口元を緩めた。

 

「勝ったな」

 

「はい」

 

ルナツー陥落。

レビル捕縛。

サイド5戦域勝利。

戦果だけを並べれば、歴史的勝利だった。

 

だがギレンは、窓の外を見たまま続けた。

 

「だが、勝ちすぎなかった」

 

アサクラは何も言わない。

 

ギレンが静かに言う。

 

「連邦はまだ戦える」

 

十一バンチの骨組みが、ゆっくりと回転している。

まだ未完成だが、確実に形を変えている。

 

「だから、戦争は続く」

 

ギレンはそれだけ言って、窓の外から視線を戻した。




この先まだ決めてません。

ジオンに人なしをレビルがやるのか。

ワッケイン、ブライトはどうなったのか?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。