妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第128話 勝利の形

 

 

ズムシティは、光で満ちていた。

 

工業区の白い灯、港湾の帯のような照明、中央広場を囲む建築の外壁を洗う投光灯。

それは生活のための光ではなかった。

国家が、自らの勝利を見せるための光だった。

 

広場には、すでに人があふれていた。

軍服の列。

官僚たちの黒い背広。

工員の作業着。

家族連れ。

若者。

老いた者。

戦況報告のたびに息を呑み、歓声を上げ、また沈黙してきた人々が、今夜は同じ方向を見ていた。

 

正面の壇上には、公国旗と軍旗が並び、その中央に総帥旗が垂れている。

その下に整列するのは、今回の勝利に名を刻んだ諸隊だった。

 

ルナツー奪取に功のあった者たち。

ルウム戦役に功のあった者たち。

 

だが、そこにある空気は、祭りの浮つきだけではなかった。

 

戦場から戻ったばかりの軍人たちの顔には、疲労が残っていた。

包帯の下から覗く皮膚は青白く、軍服の袖や裾には新しい繕いの跡がある。

勝った軍の顔ではある。

だが、楽に勝った軍の顔ではない。

 

その中央に、ギレン・ザビが立った。

 

――――

 

ざわめきは、彼が一歩前へ出たところで自然に静まった。

 

ギレンは広場を見渡した。

整列する軍人、壇の下の議員たち、さらにその向こう、広場を埋める国民の群れまで、ゆっくりと視線を滑らせる。

 

そして、口を開いた。

 

「諸君。

 

本日、私はジオン公国の総帥として、ここに明確な事実を告げる。

 

我が軍は、敵要塞ルナツーを接収した。

 

さらにサイド5宙域において、敵主力艦隊を撃破し、敵将レビルを捕縛した。

 

この戦果は、単なる一会戦の勝利ではない。

我々が宇宙における戦争の主導権を、確かに手中へ収めつつあるという証明である。

 

諸君が見たものは、偶然の勝利ではない。

一人の武勇でもない。

国家が備え、将兵が応え、工場が支え、輸送が続き、民が耐えた、その総和である。

 

戦場に立った将兵だけが、この勝利を作ったのではない。

銃後にあって職を守り、持ち場を守り、国家の形を崩さなかった全ての国民が、この勝利を支えた。

 

私はまず、そのことに対して感謝を告げる。

 

そして、今日ここに功ある諸隊を顕彰する。

 

ルナツー奪取に功ありし諸隊。

ルウム会戦に功ありし諸隊。

諸君は要塞を奪い、艦隊を破り、戦争の形そのものを変えた。

 

国家は、その功績を記録する。

国家は、その功績を忘れない。

国家は、その功績に報いる。

 

だが、諸君。

 

私はここで、安易に終戦を語るつもりはない。

 

我々は勝った。

確かに勝った。

しかし、戦争そのものは、なお続いている。

 

連邦はまだ力を失ってはいない。

地球にはなお工場があり、艦隊があり、人員があり、旧い秩序にしがみつく意志がある。

 

ゆえに、今日という日は、勝利の終着ではない。

次の勝利への起点である。

 

諸君が戦場で示したものは、勇敢さだけではない。

規律であり、技術であり、忍耐であり、国家への忠誠である。

 

これより我が国は、その戦果を一時の熱狂で浪費しない。

手にした優位を、より大きな勝利へ変える。

戦場の成果を、国家の成果へ変える。

そして国家の成果を、戦争の帰趨へ変える。

 

諸君。

 

ジオン公国は、いまや宇宙において、自らの運命を自ら定める位置に立った。

 

他者の許可によって生きる時代は終わる。

他者の監督に耐え忍ぶ時代も終わる。

我々は我々の力によって立ち、我々の秩序によって生き、我々の意志によって未来を決める。

 

そのために、戦え。

そのために、働け。

そのために、支えよ。

 

勝利は、まだ道の半ばにある。

だが今日、諸君はその道を確かに切り開いた。

 

その功績に、総帥として最大の敬意を表する。

 

ジオンに栄光あれ」

 

最後の一言が落ちた瞬間、広場は地鳴りのような歓声に包まれた。

 

だがその歓声は、ただ浮ついたものではなかった。

泣きながら叫ぶ者がいた。

無言で敬礼する工員がいた。

肩を震わせている兵士の妻がいた。

 

勝った。

 

その事実を、ようやく体が理解したのだ。

 

――――

 

顕彰は、個人を一人ずつ呼び上げる形ではなかった。

 

壇上の左右に並ぶ軍務局員が、布告文を読み上げる。

ルナツー奪取作戦に功ありし諸隊。

ルウム会戦に功ありし諸隊。

その名は部隊単位で告げられ、功績は戦場単位で刻まれた。

 

その上で、二階級特進が布告される。

 

ざわめきが広場を走った。

 

デラーズは少将へ。

ラルは中佐へ。

シーマとガトーは少佐へ。

マツナガは少佐へ。

黒い三機の高機動ザク隊は大尉へ。

 

ドズルについては、形式より先に広場が理解していた。

今回の会戦の勝者が誰か、考えるまでもなかったからだ。

 

壇の下に整列する受章側の面々は、歓声を浴びながらもそれぞれに違う表情をしていた。

 

デラーズは直立不動のまま、視線すら揺らさない。

ラルは静かだった。式典の華やかさより、終わっていない後始末の方を頭のどこかで数えているような顔だ。

シーマは面倒そうに肩を落としているが、視線だけは鋭く周囲を見ていた。いまこの瞬間にも、鹵獲艦の管理表か技術者の仕分け順が頭の中で組み替えられているのだろう。

ガトーは背筋を伸ばし、まっすぐ前を見ている。若い顔に刻まれたのは誇りであって、酔いではない。

マツナガは微動だにせず、その白灰色の軍装だけが照明に淡く浮いていた。

三人の高機動ザク隊は、普段の戦場とは違う視線の浴び方に少しだけ居心地悪そうだったが、それでも胸は張っていた。

 

勝った軍の層の厚みが、そこにそのまま並んでいた。

 

――――

 

観覧席の一角で、ガルマは身を乗り出すようにして壇上を見ていた。

 

まだ若い顔に、隠しきれない高揚がある。

兄たちが勝ち、自軍が勝ち、広場の全体がその事実を共有している。

それを素直に嬉しいと思う年頃だった。

 

「すごいですね……」

 

思わず口をついて出た声に、隣のシャアが視線だけを向ける。

 

「何がです?」

 

「全部です」

 

ガルマは少し笑った。

 

「要塞を取って、敵艦隊を破って、みんながああして喜んでいる。

本当に、勝っているんだなって」

 

シャアは正面へ視線を戻した。

 

「ええ。勝ちはしました」

 

「しました、か」

 

ガルマはその言い方を少し不思議そうに繰り返した。

 

「では、これで少し落ち着くのでしょうか」

 

シャアはすぐには答えなかった。

 

壇上のギレンを見た。

歓声を受けながらも顔色を変えない長兄を。

 

「いいえ」

 

短く答える。

 

ガルマが目を丸くする。

 

「え?」

 

「勝ったからこそです」

 

シャアの声は穏やかだった。

 

「次はもっと大きくなります」

 

ガルマはしばらく黙った。

素直だからこそ、その言葉の意味をすぐには飲み込めない。

 

「……そうですね」

 

やがて、少しだけ表情を改めて言った。

 

「兄上も、そんな顔をしていました」

 

シャアはその言葉にだけ、ほんのわずかに口元を緩めた。

 

「でしょうね」

 

壇上の下では、受章した将兵たちがなお整列している。

光の中で歓声を浴びている彼らも、たぶん同じことを知っている。

今夜は区切りだが、終わりではない。

 

ガルマはもう一度壇上を見上げた。

 

今度はさっきよりも少し真面目な顔で。

 

――――

 

式典の熱が広場に残る中、ギレンは最後にもう一度だけ前へ出た。

 

歓声は自然に静まる。

 

その場の誰もが、まだ終わっていないことを、すでにどこかで感じ取っていたからだ。

 

「諸君」

 

ギレンの声が広場を横切る。

 

「本日、我々は勝利の事実を共有した」

 

短い間。

 

「次に共有すべきは、責任である」

 

先ほどまでの熱気が、一段だけ引き締まる。

 

「戦果は持ち帰るだけでは足りない。

維持し、広げ、次へつなげなければ意味を持たない。

 

諸君は勝った。

ゆえに、これより先は勝者としての働きを求める。

 

軍は規律を保て。

工場は止まるな。

輸送は遅れるな。

行政は緩むな。

市民は持ち場を守れ。

 

勝利を支えるのは歓声ではない。

明日からの秩序である」

 

その言葉に、広場は今度すぐには沸かなかった。

 

だが静まり返りもしなかった。

 

人々は聞いていた。

勝利の余韻の中で、次に自分たちが何を求められているのかを。

 

ギレンは視線を巡らせる。

 

国民。

将兵。

官僚。

そして、壇の下に並ぶ戦功者たち。

 

「我々は前へ進む」

 

その一言だけで十分だった。

 

再び歓声が上がる。

だが最初のそれより、少し低く、少し重い。

 

熱狂はなおあった。

しかしその下に、国家として動き続ける覚悟がようやく根を下ろし始めていた。

 

ズムシティの夜は、まだ明るかった。

 

勝利の光だった。

だが同時に、それは戦争がまだ続くことを照らす光でもあった。

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