妹に撃たれない方法   作:Brooks

130 / 226
第130話 テム・レイの説得

 

レイ亭の明かりは、外から見るとひどく普通だった。

 

サイド7の居住区画にある、小さな家。

窓から漏れる灯りは柔らかく、戦争とも政治とも無縁な家庭の食卓のように見える。だが近づけば、そこがただの家ではないことはすぐに分かった。

 

玄関脇の工具箱。

壁際に立てかけられた資材ラック。

廊下の先に見える、分解された小型機械の外装。

生活の上に、そのまま作業場を載せたような家だった。

 

エドワウは短く息を整えてから、呼び鈴を押した。

 

少し待って、扉が開く。

 

出てきたのはテム・レイ本人だった。

 

「……これはまた、大きな客が来たものだ」

 

驚きはあった。

だが、無礼さはない。

目の前の相手が誰で、今どういう立場にいるかを理解した声だった。

 

エドワウは軽く頭を下げた。

 

「夜分に失礼します」

 

テムは一歩身を引く。

 

「入りたまえ。立ち話で済む用件でもあるまい」

 

「ありがとうございます」

 

エドワウが中へ入ると、奥の部屋から金属の触れ合う小さな音がした。視線を向けると、隣の作業机に少年が一人いた。アムロだ。こちらを見たのは一瞬だけで、すぐに手元の部品へ視線を戻した。

 

テムがその視線に気づいて、小さく言う。

 

「気にしなくていい。あれは耳だけはよく働く」

 

アムロは何も言わなかった。

 

テムは居間の机を指した。

 

「どうぞ」

 

エドワウが椅子に腰を下ろすと、テムも向かいへ座った。

机の上には設計図と計算紙、それに飲みかけのコーヒーが置かれている。来客用に慌てて片付けた形跡はなかった。

 

短い沈黙のあと、テムが先に口を開いた。

 

「あなたほどの方が、わざわざここまで来られる。軽い話ではないのでしょう」

 

「ええ」

 

エドワウは頷いた。

 

「軽くはありません」

 

テムは手を組み、続きを待った。

 

――――

 

「サイド7、このままだと連邦の工廠になります」

 

テムの目が細くなった。

 

「もともと、そういう色の濃い場所です」

 

「違います」

 

エドワウははっきり言った。

 

「作る場所と、使われる場所は別です」

 

テムは何も挟まない。

 

「今は後者に寄っています」

 

外で、どこかの搬送車が低く唸る音がした。

サイド7はまだ建設途中だ。完成した街ではない。だからこそ、どちらの色にも染まりやすい。

 

テムはゆっくりと椅子にもたれた。

 

「戦争です。きれいに分けられる話ではない」

 

「分けないと、全部持っていかれます」

 

「誰に」

 

「連邦に」

 

テムの口元がわずかに動く。

 

「連邦の予算とラインがあるから、試作も工場も人員も回っている。理屈だけで組み上がっているわけではありませんよ」

 

「分かっています」

 

「なら話は早い」

 

「いえ」

 

エドワウはそこで首を振った。

 

「だから厄介なんです」

 

その返しに、テムは少しだけ面白そうな顔をした。

頭の固い若造ではない、とようやく判断したような目だった。

 

「……続けてください」

 

「連邦は勝つための機体を欲しがっている」

 

エドワウは机の上の図面束を見た。

 

「でもサイドに必要なのは、別のものです」

 

「何が違う」

 

「残ることです」

 

一拍置いて、言葉を継ぐ。

 

「壊れても回ること。少ない人間で維持できること。住民を逃がせること。拠点が傷んでも、完全には止まらないこと」

 

テムは視線を落としたまま聞いている。

 

「勝つための一機ではなく、持ちこたえるための体系が要る」

 

その瞬間、奥の作業音が止まった。

 

アムロが顔を上げていた。

 

「連邦のためじゃない機体って、あるんですか」

 

静かな声だった。

本人も、口にしてから少しだけ驚いたように見えた。

 

テムは息子を見たが、叱りはしない。

代わりにエドワウが答えた。

 

「ある」

 

アムロの視線がまっすぐこちらへ向く。

 

「守る相手が違えば、形は変わる」

 

アムロはそれ以上言わなかった。

だがもう、手元の部品には戻っていなかった。

 

――――

 

テムは深く息を吐いた。

 

「理屈は分かります」

 

否定ではなかった。

それだけで、この場は一歩進んでいた。

 

「だが、それを回す場所がない。連邦の外でどうやって作るつもりです」

 

「作れます」

 

「どうやって」

 

「別のラインを持っています」

 

エドワウはそこでようやく、持ってきた封筒を机の上に置いた。

 

「資金も、人も」

 

テムの目が、その封筒へ落ちる。

 

「……ずいぶんと準備がいい」

 

「準備がないまま来る話ではありません」

 

「そうですか」

 

テムはまだ封筒を開かない。

だが視線は切らなかった。

 

エドワウは続けた。

 

「俺は、連邦を止めたいわけじゃありません」

 

「では」

 

「サイド7を、連邦の都合だけで使わせたくない」

 

その言葉は短く、硬かった。

 

「ルナツーは落ちた。いま連邦にとって、サイド7は最後の宇宙側拠点です」

 

テムの顔から職人気質の軽さが少し消える。

 

「だから寄ってくる」

 

「はい」

 

「寄ってきて、掴む」

 

「はい」

 

テムはそこで初めて、外ではなく机の上を見た。

 

「分かってはいます」

 

声は低かった。

 

「事故のあと、回ってくる書類の量が変わった。人の出入りも変わった。言い回しまで変わった。建設の話ではなく、配置の話になっている」

 

ヤシマ会長の死を直接語らなくても、その余波は十分に部屋の中へ入り込んでいた。

 

「それでも、工場と資材と人間が要る」

 

「だから持ってきました」

 

エドワウは封筒の上に、もう一つ薄いファイルを置いた。

 

今度はテムが手を伸ばした。

 

――――

 

紙を開く。

 

最初の一枚を見たところで、テムの指が止まった。

 

「……これは」

 

さらに一枚、めくる。

 

「荷重の受け方が違う」

 

もう一枚。

 

「外じゃない。中だ」

 

テムの声が少し低くなる。

 

「関節が死ににくい」

 

図面へ顔を近づける。

 

「整備も……分解前提か」

 

「ええ」

 

エドワウは頷いた。

 

短い間を置いてから、静かに続ける。

 

「ジオンのMSも、この構造に近いようです」

 

テムの目が止まる。

 

ゆっくりと顔が上がった。

 

「……近い、だと」

 

「少なくとも、今の連邦の発想よりは先にいます」

 

テムはすぐには何も言わなかった。

ただ視線を図面へ戻し、もう一度最初から追う。

 

「だから、今の延長では間に合わないと」

 

「はい」

 

アムロは完全に手を止めていた。

父の横顔と、机の上の図面を見ている。

彼にも分かるのだろう。これはただの新型案ではない。発想そのものが違う。

 

テムが低く言う。

 

「ナガノの図面か」

 

「はい」

 

「あいつとは一度話したことがあります」

 

ほんのわずかに笑う。

 

「若いのに、嫌なところを見ている」

 

「だから今しかありません」

 

エドワウの返答は短かった。

 

「連邦の計画の中へ完全に組み込まれる前に、外へ出さないと間に合わない」

 

テムはそれを否定しなかった。

 

紙をめくる音だけが、しばらく部屋の中に続いた。

 

――――

 

「……あなたは、どこまでやるつもりです」

 

テムは図面から目を離さないまま言った。

 

「サイド7を守るためだけに、ここまでの金と人を動かすのですか」

 

「サイド7だけではありません」

 

エドワウは答えた。

 

「サイド6もです」

 

テムがようやく顔を上げる。

 

「中立化か」

 

「ええ」

 

「大きく出ましたね」

 

「大きく出ないと、間に合いません」

 

テムは椅子に深く座り直した。

 

「それは政治の話だ」

 

「技術がなければ、政治になりません」

 

「ほう」

 

「守れる形がなければ、中立は願望です。自治も同じです。奪われないだけの現実が必要になる」

 

テムはしばらく何も言わなかった。

 

その沈黙は、拒絶の沈黙ではなかった。

計算している沈黙だった。

技術者として、条件と可能性を頭の中で並べている顔だ。

 

エドワウはそこで押しすぎなかった。

こういう相手は、理屈を渡したあと、自分で噛み砕く時間が要る。

 

「連邦のためのMSなら、連邦が作ります」

 

テムの指先が止まる。

 

「でも、サイドのためのMSは、ここでしか始められない」

 

その言葉が落ちたあと、部屋は静まり返った。

 

奥ではアムロが、息を潜めるようにして父の反応を待っている。

居間には生活の匂いがある。

だが今この場で交わされているのは、食卓の会話ではなかった。

戦争の次を決める、ぎりぎりの話だった。

 

やがてテムは、机の上の図面を戻さなかった。

 

端を揃え、少しだけ手元へ引き寄せる。

 

それで十分だった。

 

即答はない。

約束もない。

だが、拒絶は消えていた。

 

エドワウはそれを見て、立ち上がった。

 

「今夜はここまでにします」

 

テムは顔を上げないまま言う。

 

「返事は急がない」

 

「ええ」

 

「だが、待たせるとも言わない」

 

エドワウは短く頷いた。

 

「それで十分です」

 

玄関へ向かう途中で、アムロが小さく言った。

 

「その機体……」

 

エドワウが足を止める。

 

「うまくいくと思いますか」

 

答えはすぐに出た。

 

「思うかどうかじゃない」

 

アムロがこちらを見る。

 

「間に合わせるしかないんだ」

 

少年は何も返さなかった。

ただ、その言葉をどこかへしまい込むような顔をした。

 

エドワウは扉を開けた。

 

夜のサイド7はまだ工事音の中にある。

未完成のコロニー。

未完成の街。

未完成の戦争。

 

その中で、まだ誰のものでもない未来の技術が、ようやく一人の技術者の手元へ引き寄せられた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。