妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第131話 月へ向かう設計者

 

月へ向かうシャトルの窓は、地球をきれいに見せるように出来ていた。

 

青く、丸く、遠くから見れば何もかもを包んでいるように見える。

 

だが、テム・レイはほとんどそちらを見なかった。

 

膝の上に置いた書類ケースに手を乗せ、その感触だけを何度も確かめていた。

 

連邦軍を辞めた。

 

追い出されたわけではない。最後に判を押したのは自分だ。

 

エドワウに言われたことは癪に障った。若い男が、こちらの胸の内まで見透かしたような顔で、残っても古い兵器の言い訳を書く時間が増えるだけだと言った時には、殴りたいような気分にすらなった。

 

だが、腹が立つのは、当たっていたからだった。

 

ザクという現実が出てきたのに、連邦の上層はまだ砲と戦車の延長で考えている。現場の報告は増え、言い回しだけ勇ましい書類も増えた。図面の話をしているつもりが、いつの間にか予算の都合と部署の顔色の話になる。

 

あのまま残っていれば、自分は新しい兵器を作る側ではなく、古い兵器の言い訳を整える側へ回されていた。

 

それが嫌だった。

 

嫌だと認めたのは、かなり遅かった。

 

「……遅い」

 

小さく呟く。

 

今さらそこを数えても仕方がない。

 

遅くても、動くしかない。

 

問題はもう、決めたか決めていないかではなかった。

 

アムロのことは決めた。

 

決めたが、割り切れないだけだ。

 

自分は月へ行く。そのために、息子の生活を他人の手に預ける。その現実だけは、判を押したあとでも胸の底に重く残っていた。

 

シャトルが月軌道へ入るという案内が流れ、客席の照明が少し落ちる。

 

テムは目を閉じた。

 

思い出したのは、荷造りの途中で手が止まった、あの日の部屋だった。

 

――――――

 

作業机の上には工具が残り、棚には資料が差し込まれたままになっていた。

 

片付けようと思えば片付けられた。

 

だが、何から手を付けるべきか決まらない部屋は、どうしても中途半端な姿になる。

 

書類は分けられる。

 

衣類も、工具も、資料も、要るものと要らないものに分けられる。

 

だが、アムロのことだけは、荷物のように箱へ入れて済む話ではなかった。

 

連れていくのか。

 

月へ行ったばかりの新しい職場で、落ち着くまでにどれだけかかる。住まいも、生活の流れも、仕事の立ち位置もまだ固まらない。そこへ息子を連れていって、本当に面倒が見られるのか。

 

見られる、と即答できない自分がいた。

 

呼び鈴が鳴ったのは、その時だった。

 

扉を開けると、セイラとミライが立っていた。

 

二人とも妙に構えているわけではなかった。近くへ寄ったついでのような顔で、だが手ぶらでもない。ミライが軽く持ち上げて見せた紙袋からは、いい匂いがしていた。

 

「少しだけ、お邪魔してもいいですか」

 

セイラがそう言う。

 

ミライが横で笑った。

 

「座るだけでも気が変わること、ありますから」

 

断る理由はなかった。

 

二人を中へ通すと、ミライは部屋を見回して、何も言わずに少しだけ口元を緩めた。散らかっていることを責める顔ではない。ここが今、片付いていない理由を察した顔だった。

 

話は最初、月の生活のことから始まった。

 

住まいはどうなるのか。

 

向こうの仕事はどれくらい忙しくなるのか。

 

アムロは学校をどうするのか。

 

問われるたびに、テムの返事は歯切れが悪くなった。自分でも、そこを曖昧にしたまま荷造りを進めていたことが分かる。技術の話なら順番を立てられるのに、生活の話になると途端に遅れる。

 

その沈黙のあとで、セイラが言った。

 

「アムロさん、うちに下宿したらどうですか」

 

あまりにまっすぐで、逆に一度意味を取り直した。

 

「下宿……?」

 

「はい」

 

セイラは急かさない。

 

「ずっと、という話ではありません」

 

「お父さまが向こうで落ち着くまでです。住む場所が必要なら、うちでいいと思うんです」

 

横でミライがすぐに継いだ。

 

「一人で置いておくより、ずっといいですし」

 

「食事のこともあります。学校のことも、少しずつ考えればいいんです」

 

預かります、ではない。

 

引き取ります、でもない。

 

住む場所が必要なら、うちでいい。

 

その言い方が、かえって逃げ場をなくした。

 

ありがたい話だと分かる。だが、自分が月へ行くために、息子の生活を他人の家へ預けるのかと考えると、胸のどこかが引っかかった。

 

「……そこまで世話になる理由はない」

 

反射的にそう言っていた。

 

だが、言った瞬間に、それが理屈ではなく、ただの意地だと自分で分かった。

 

セイラは黙っていた。

 

押し返さない。

 

代わりに、ミライが少しだけ笑いながら言う。

 

「ありますよ」

 

「今、困ってるでしょう」

 

言葉が柔らかいぶん、逃げられなかった。

 

テムは返せない。

 

ミライは続ける。

 

「落ち着くまで、でいいんです」

 

「ずっと、なんて誰も言ってません」

 

「アムロ君が嫌なら無理にはしませんし」

 

その時、奥の部屋からアムロが顔を出した。

 

話を聞いていなかったはずがない。

 

眉を少し寄せ、けれど露骨に嫌がっているわけでもない、あの年頃らしい面倒そうな顔で立っている。

 

「……別に」

 

「一人でなきゃ、どこでもいいけど」

 

そこで一度、言葉を切る。

 

それから小さく付け足した。

 

「父さんが向こうで困るくらいなら、その方がましだし」

 

言い終えると、気まずそうに視線を逸らした。

 

セイラがわずかに笑う。

 

ミライは笑いすぎない。

 

そこが二人とも上手かった。

 

テムはその時になって、ようやく自分が問われているのは父親としての面子ではなく、息子にどんな生活を渡すかだと理解した。

 

自分が月へ行けるのは、誰かがアムロの生活を支えてくれるからだ。

 

それは情けない話ではなく、今の自分に必要な現実だった。

 

「……頼んでも、いいのか」

 

口に出すのに、思ったより時間がかかった。

 

セイラは静かに頷いた。

 

「はい」

 

ミライも、当たり前のことのように言う。

 

「そのために来たんですから」

 

その返事に、テムは初めて少し肩の力を抜いた。

 

自分一人ではもう、全部は持てない。

 

そう認めた時、ようやく月行きが現実になった。

 

――――――

 

月面都市の与圧区画を抜けると、空気の匂いまで変わった気がした。

 

乾いていて、清潔で、無駄がない。

 

白と灰色で統一された通路の向こうに、巨大な工場ブロックが幾つも並んでいる。搬送レールは静かに動き、遠くで重機の低い振動だけが続いている。軍工廠のような荒っぽい勢いはない。その代わり、金と計画と人員が長く積み上げられた場所だけが持つ、冷えた大きさがあった。

 

案内役の説明は耳に入っていたが、半分は流していた。

 

テムの目は、すでに設備の配置と区画のつながりを見ている。

 

どこに試験設備があるか。

 

どこから搬入され、どこで分解し、どこで組み直すか。

 

そういう流れだ。

 

壁際の一角に、分解されたジオン機の部材が並んでいた。関節ユニット。動力伝達。胸部内部の一部。装甲の断片。テムは自然に足を止める。

 

装甲ではなく、中を見る。

 

その時、背後から声がした。

 

「やっぱり、そこ見ますよね」

 

振り向くと、長髪を後ろでまとめ、片耳にだけピアスをつけた若者が立っていた。作業服姿だが、現場の油より図面の匂いが強い。

 

若者は軽く頭を下げる。

 

「お久しぶりです、テム・レイ博士」

 

テムは一拍置いてから頷いた。

 

「……ナガノか」

 

「はい」

 

「図面だけじゃなく、本人もちゃんといたな」

 

ナガノの口元が少しだけ緩む。

 

「見せられたんですか」

 

「エドワウにな」

 

そこまで言って、テムは改めてザクの胸部ブロックへ視線を戻した。

 

「若いのに、嫌なところを見ていると思った」

 

ナガノの表情が少しだけ引き締まる。

 

「……だったら、話が早いです」

 

彼は胸部ブロックの断面に指を向けた。

 

「前に、自分で考えたことがあるんです」

 

「中の支えを先に決めて、そのまわりを動かす形にした方が自然じゃないかって」

 

テムは黙って聞く。

 

「でも、こっちじゃ変わった話みたいに流された」

 

「模型だの、遊びだの、そういう顔で」

 

ナガノは小さく息を吐いた。

 

「ところが、こいつを見たら」

 

「同じことを考えるやつがいるって分かったんです」

 

「しかも、向こうは必要だからそこへ辿り着いてる」

 

悔しさが混じっている。

 

だが、それだけではない。

 

自分の見方が間違っていなかったと確認した人間の目でもあった。

 

テムはブロックの断面を見る。操縦者を守る空間と、機体を支える構造。整備のために開くべき箇所と、荷重を逃がすために動くべき箇所。全部が粗く、それでも理屈を持って並んでいる。

 

「……外から決めていない」

 

「ええ」

 

「中を先に決めてる」

 

ナガノは頷いた。

 

「だから、真似るだけじゃ遅い」

 

「でも無視したら、もっと遅れる」

 

テムはそこで初めて、はっきりナガノを見る。

 

ただの生意気な若手ではない。

 

中身から考える癖がある。

 

しかも、笑われてもそこを手放していない。

 

「ここ、変わりますよ」

 

ナガノが言う。

 

「前と同じやり方じゃ、もう誰も納得しない空気になってる」

 

テムは短く返した。

 

「そのために来た」

 

ナガノは少しだけ笑って、道を空けた。

 

テムは再び歩き出す。

 

ここには、同じ方向を見る人間がいる。

 

その確認だけで、月へ来た意味が一つ増えた。

 

――――――

 

上層会議室の空気は、工場区画よりさらに冷たかった。

 

広い机。紙の資料は最小限。壁面スクリーンには案件概要、出資比率、供給予定先、技術開示範囲が順番に映し出されている。営業、財務、製造、技術、試験、安全。それぞれの顔が揃っているが、誰もこれを単なる設計会議だとは思っていない。

 

商売と戦争と技術が、一つの机に乗っていた。

 

説明は財務担当から始まった。

 

「今回の案件には、ルシファー財団が参加します」

 

室内に視線の動きが生まれる。

 

「顧客であると同時に、株主としても一定比率で関与します。先行発注枠の保証、試作段階から量産移行までの資金支援、それに伴う設備投資への共同負担も含まれます」

 

営業側の表情は明るい。製造は逆に渋い。金を出す側が仕様まで口を出すなら、現場の都合は必ず押される。

 

説明役は構わず続けた。

 

「先方の要求は明確です。一点ものではなく、供給を前提とした新型MSであること」

 

「量産性、メンテナンス性を初期設計から組み込むこと」

 

「脱出機構を考慮すること」

 

「指定素材を使用すること」

 

「ECAP機構によるビーム砲、ビームサーベルの運用を前提とすること」

 

最後の一行で、室内の空気が変わった。

 

武装担当が身を乗り出す。製造が眉を寄せる。技術側は逆に静かになる。夢物語か、時代の先か、その境目に触れた時の沈黙だった。

 

スクリーンが切り替わる。

 

「要件一。量産性」

 

「部材の規格化」

 

「交換単位の明確化」

 

「一部損傷による全体停止の回避」

 

「前線整備と後送交換の分離」

 

さらに次。

 

「要件二。メンテナンス性」

 

「関節ユニットの引き抜き方向」

 

「外装開閉手順の標準化」

 

「推進器交換時間の短縮」

 

「胸部、腰部、四肢の整備難度の均一化」

 

整備担当の顔色が変わる。単に強い機体を作れと言われているのではない。回る機体を作れ、と言われているのだ。

 

「要件三。脱出機構」

 

ここで安全担当が小さく息を吐いた。

 

「操縦者の生存率向上を設計要件に含める」

 

「胸部を生存ブロックとして再整理」

 

「脱出時の通路確保を前提とした内部構造」

 

テムの意識がそこへ強く向く。

 

胸の中を先に決める。

 

通り道を先に作る。

 

今まで曖昧な着想でしかなかったものが、要件として机の上に置かれている。その重さがあった。

 

「要件四。指定素材」

 

画面に表示された文字を見て、何人かが明らかに姿勢を変えた。

 

ガンダリウムγ。

 

説明役が読み上げる。

 

「高強度、高耐熱、高荷重、高電磁負荷耐性を持つ新規合金」

 

「装甲材としてだけでなく、フレーム材としての適用を想定」

 

「精製法の完全公開ではないが、加工条件、熱処理条件、試験片データ、適用例を開示」

 

製造担当がすぐに言う。

 

「歩留まりは」

 

「加工設備はどうする」

 

技術担当がその横で低く言う。

 

「そこまで出すのか……」

 

説明役は頷いた。

 

「必要な範囲の情報は開示されます。少なくとも試作と初期量産までは乗せられる前提です」

 

ざわめきが出る。

 

夢ではない。

 

本気だ。

 

「要件五。武装」

 

画面が切り替わる。

 

「ECAP機構による携行ビーム砲」

 

「近接兵装としてのビームサーベル」

 

「高出力兵装に対応した冷却、配線、保持構造の概略開示」

 

武装担当が半ば呆れたように言う。

 

「……全部まとめてやれと言うのか」

 

製造担当が顔をしかめる。

 

「量産機の話だぞ」

 

説明役は短く返した。

 

「そのための案件です」

 

沈黙が落ちる。

 

一点ものの怪物を作れと言われているのではない。

 

量産しろ。

 

回せ。

 

整備しろ。

 

操縦者を生かせ。

 

新素材を使え。

 

その上で、次の時代の兵装まで飲み込め。

 

従来機の延長では絶対に収まらない。

 

テムはそこで口を開いた。

 

「受けるべきです」

 

視線が集まる。

 

「ただし、外形から始める設計では無理です」

 

「骨格からやり直す必要がある」

 

誰もすぐには反論しなかった。

 

反論するためには、今出された条件を従来の枠で処理できると証明しなければならない。そんな自信を持つ者は、この部屋にいなかった。

 

テムは続ける。

 

「量産性も、整備性も、脱出性も、新素材も、高出力兵装も、全部を後付けでは飲み込めない」

 

「最初から中の芯を決めるしかありません」

 

会議室が静まる。

 

その言葉が、ただの意見ではなく、この案件の出発点になることを皆が理解したからだった。

 

――――――

 

地球の連邦軍開発部は、月の会議室とは別の意味で息苦しかった。

 

廊下を歩くフランクリン・ビダンは、呼び出しの理由をまだ聞いていないのに、すでに機嫌が悪い。こういう急な召集で来る仕事に、ろくなものがあった試しがないからだ。

 

責任だけ重い。

 

時間だけ短い。

 

最後は現場に押しつける。

 

その三つのうち、たいてい二つは必ず入っている。

 

会議室の扉が開く。壁面には戦況図、損耗報告、鹵獲ザクの写真、前線からの要望書が並んでいた。

 

やはりろくでもない。

 

フランクリンは席に着く前に資料を一枚抜き、立ったまま目を走らせた。

 

「ジオンの機動兵器に対抗し得る新兵器が必要だ」

 

「短期間で前線投入可能なものを」

 

「試作で終わらせるな」

 

「量産しろ」

 

「反撃の目を作れ」

 

説明役の軍人は勇ましい。

 

言葉だけは。

 

フランクリンは資料から目を上げずに言った。

 

「で」

 

一語だけで、室内の空気が止まる。

 

「要るのは勝てる兵器ですか」

 

「すぐ出せる兵器ですか」

 

「それとも数字だけ揃った兵器ですか」

 

上官の一人が眉を寄せる。

 

「全部だ」

 

フランクリンは鼻で笑う寸前で止めた。

 

「便利な言葉ですね」

 

嫌味だ。だが、完全には外していない。怒らせるためではなく、曖昧な要求を曖昧なまま飲んだことにされたくないだけだ。

 

それがこの男の面倒なところだった。

 

愛想が悪い。

 

自尊心が強い。

 

上の曖昧な言葉を嫌う。

 

だが一方で、筋の悪い要求ほど頭の中で勝手に設計条件へ並べ直してしまう。

 

やらないではいられない。

 

そこが厄介でもあり、使われる理由でもある。

 

前線報告が映される。

 

ザクは砲撃で止まりきらない。

 

遮蔽物を使う。

 

格闘距離まで詰めてくる。

 

損傷しても完全停止しにくい。

 

整備が早い。

 

フランクリンの表情が少しだけ変わる。愚痴を言う顔から、考える顔へ切り替わった。

 

鹵獲ザクの内部写真を一枚引き抜く。

 

露出した関節基部。

 

胸部の空間。

 

動力の取り回し。

 

配線。

 

「……雑だな」

 

まずそう言い、次に低く付け足す。

 

「雑に見えるだけで、考え方は通ってる」

 

技術者としての本音だった。

 

気に食わなくても、認めるところは認める。

 

上官が問う。

 

「作れるか」

 

フランクリンは椅子に腰を下ろし、ようやく真正面から答えた。

 

「ザクの真似ならできます」

 

「でも、それをやっても追いつくだけです」

 

「勝つ話にはならない」

 

誰かが小さく息を吐く。時間がないのに理屈をこねるな、という顔だ。

 

フランクリンはその顔を見ると、逆に少し頭が冴える。

 

「必要なのは、向こうが解いた問題を、こっちの工業力で解き直すことです」

 

「外形を真似るんじゃない」

 

「構造を盗むんです」

 

言葉が落ちる。

 

それでようやく、この部屋の全員が、この男は文句を言っているのではなく、もう考え始めているのだと理解する。

 

「条件を整理します」

 

フランクリンは資料の端を指で叩く。

 

「前線で回ること」

 

「整備兵が泣かないこと」

 

「熟練者専用にしないこと」

 

「あとで改修が利くこと」

 

「それでいて、次の相手にも置いていかれないこと」

 

「注文が多いな」

 

上官が言う。

 

フランクリンは即座に返した。

 

「そっちの注文を並べ直しただけです」

 

場がまた静まる。

 

面倒な男だ。

 

だが、目はいい。

 

一度面白いと思ったら、命令の範囲の中で最大限まで先へ行こうとする。

 

フランクリンは写真の上に指を置いた。

 

「鹵獲機をもっと回してください」

 

「分解だけじゃ足りない。動かして、壊して、整備して、もう一度組みたい」

 

「それを見ないと、勝てる設計にはなりません」

 

要求は図々しい。

 

だが、技術屋としては正しい。

 

上官たちは顔を見合わせる。結局、この男を使うしかないと、誰もが同じ結論に達していた。

 

部屋を出る直前、フランクリンは一度だけ振り返った。

 

「急造品は作れます」

 

「でも本当に欲しいのが反撃の種なら、別系統を並行で走らせます」

 

それだけ言って出ていく。

 

命令に従っているようで、半分はもう自分の戦場へ引きずり込んでいる。

 

そういう男だった。

 

――――――

 

夜。

 

月の工場区画では、まだ名前のない試験用骨格が搬入されていた。

 

外装のない、鈍い金属の塊。

 

だがそれは、ただの部材の束ではない。芯だけで立とうとする姿に、従来機にはない気配がある。装甲でごまかさない、まず中を決めるための形だ。

 

テム・レイはガラス越しにそれを見ていた。

 

まだ遠い。

 

図面の線と、試験片と、議論の途中にある。

 

それでも遠いからこそ、やる価値がある。

 

一方、地球の連邦軍開発部。

 

照明の落ちた設計室で、フランクリン・ビダンだけがまだ机に向かっていた。

 

机の上には、鹵獲ザクの分解図と、自分で引き直した線。胸部の独立性。腰部の交換構造。四肢の分割線。高出力兵装を後から飲み込むための余白。

 

ザクを真似る気はない。

 

真似たと思われるのは癪だ。

 

だが、相手が正しいところまで否定するほど子供でもない。

 

「……先にやられた」

 

小さく漏らし、彼は新しい設計書を引き寄せた。

 

表紙の型式欄ではなく、社内仮称の欄に記す。

 

RMS79-01 MARASAI

 

その下のもう一冊。

 

RMS79-02 BARZAM

 

どちらもまだ試案だ。

 

だが、名前を書いた時点で、彼の中ではもう存在している。

 

一つは、現実的に前線へ押し出せる量産高性能機。

 

ザクを見た後の連邦が出す、最も筋の通った答え。

 

もう一つは、骨格主導をさらに強く押し出し、拡張性と改修余地を前へ出した、少し先の機体。

 

フランクリンは二冊を見比べる。

 

通りやすい答え。

 

気に入った答え。

 

しばらく見て、口元だけで少し笑った。

 

性格の悪い笑いだった。

 

「……どうせなら、両方やるか」

 

月では、テムが骨格の入口に立つ。

 

地球では、フランクリンがその先に名前を与える。

 

同じ戦争が、別の場所で、別の男たちに、別の答えを書かせていた。




わぁ、なんだか昔のGジェネみたい
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