妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第133話 ガンダム

 

月の夜は、工場の中にしか熱を残さない。

 

アナハイム・エレクトロニクスの開発区画は、昼の喧騒が引いたあとも、試験場だけは白く明るかった。天井から吊られたフレーム、削り直しの跡が残る装甲材、強度試験で歪んだ骨格部材。完成した機体はどこにもなく、途中の答えだけが現場に並んでいる。

 

ナガノは脚立の上から身を乗り出し、胸部脇にまとめられた配管束を見ていた。視線はそのまま背中側へ回り込み、仮留めされた補助推進器の支持具まで辿る。

 

「理屈は合ってるのに、形にすると暴れます」

 

下で図面を見ていたテム・レイが、顔を上げずに返した。

 

「順番が違う」

 

「どこを先に決めるかが揃ってない」

 

ナガノは脚立を降り、吊られた機体の横へ回った。胸から腰へ続く支持フレームを手袋越しに軽く叩く。

 

「でも、ここまで来てるんですよ」

 

「前みたいに、思いつきだけで線引いてる感じじゃない」

 

「そんな段階はとっくに過ぎた」

 

テムはそこでようやく顔を上げた。

 

「今は逃げ場を潰してる」

 

「後で数を出すなら、先に戻る場所を決める」

 

ナガノは少し笑った。

 

「一機だけなら、もっと楽に立たせられますよ」

 

「そんなつもりなら最初からやらん」

 

その一言で、場の空気が締まる。

 

足元には失敗した部材が転がっていた。強度は足りたが歪んだ骨格。精度は出たが応力で割れた装甲。理論は前へ進み、現物だけがそれを嫌がっている。

 

ナガノは転がった試験片をつま先で軽く動かした。

 

「現物って、ほんと意地悪ですね」

 

「図面が優しいと思うな」

 

テムはそう言って、再び机の方へ向かった。

 

ナガノも、その背を追う。

 

まだ何も完成していない。

 

だが、何を完成させるべきかだけは、もう曖昧ではなかった。

 

机の上に広げられた図面は、外形より数字の方が多くなっていた。

 

胸部フレームの共通寸法。肩と股関節の接続規格。装甲固定ラッチの位置。腰部ブロックの分離単位。整備時の取り外し順。夢のある線は減り、代わりに工場が迷わないための数字が増えていく。

 

ナガノが図面の端を押さえた。

 

「ここ、先に切らないと後で全部ズレます」

 

「だから今やる」

 

テムは即答した。

 

「一機だけなら逃げながら組める」

 

「だが、それじゃ次が作れん」

 

ナガノは胸部断面図に視線を落とした。

 

「規格を切ると、自由度は落ちます」

 

「落とすためにやる」

 

テムは胸部の中核フレームに印をつけた。

 

「好きに作れる段階で好きに作ったら、量産に落とす時に全部が敵になる」

 

ナガノはしばらく黙り込み、やがて小さく息を吐いた。

 

「一機作って終わりじゃないんですね」

 

「終わらせるなら、今ここで図面を閉じる」

 

テムの指先が、腰部ブロックの分離線をなぞる。

 

「胸と腰の位置がぶれたら、後で全部がずれる」

 

「肩と股関節の位置も同じだ」

 

「まず揃える場所を決める」

 

ナガノは関節規格の欄へ目を走らせながら言った。

 

「最初に縛ると、後で苦しくなりませんか」

 

「苦しくなるのは今だけだ」

 

テムは線を引き足した。

 

「後で楽をするために今苦しむ」

 

「逆にすると、後で全員が苦しむ」

 

ナガノは小さく笑った。

 

「技術屋の顔して、言ってることは工場長みたいですね」

 

「工場が回らん設計をする奴は、技術屋じゃない」

 

その返しに、ナガノは素直に頷いた。

 

二人とも、もう目の前の一機のことだけを見てはいない。この一機から、どこを残して、どこを揃えるか。その先に何機並ぶか。視線は最初からそこへ向いていた。

 

答えが出たのは、試験片を並べ直している時だった。

 

ガンダリウムγの試験材は、数字だけ見れば魅力的だった。高強度、高耐熱、高荷重。骨格に使えば理想に近づく。装甲に使えば守りが変わる。だが、理想はいつも工場で値札になる。

 

ナガノはガンダリウムγの試験片と、隣に置かれたルナチタニウム系材の資料を見比べていた。しばらく黙り込んでから、ぽつりと言う。

 

「全部をガンダリウムにしなくていい」

 

テムは何も言わない。

 

ナガノはそのまま続ける。

 

「死ぬ場所だけ支えればいい」

 

「荷重が集まる骨格と、抜かれたくない装甲だけ持たせれば、他はまだ既存材で持つ」

 

テムがそこで顔を上げた。

 

「ようやく量産の話になってきたな」

 

ナガノは苦笑する。

 

「最強の一機を作るなら、全部新素材で押せばいいんです」

 

「でも数を出すなら、それをやった瞬間に終わる」

 

テムは試験片を一本手に取り、重さを確かめた。

 

「全部に使えば確かに強い」

 

「その代わり、工場も整備も死ぬ」

 

視線を隣の資料へ移す。

 

「残すべきところだけ、残せばいい」

 

二人の視線が同じ図面へ落ちる。

 

胸部の中核フレーム。腰の支持。肩と膝の荷重点。被弾して抜かれてはいけない面。そこだけにガンダリウムγを振り、それ以外はルナチタニウム系材を残す。

 

ナガノが言った。

 

「これなら、工場が逃げない」

 

「逃がすな」

 

テムは短く返した。

 

「逃げるなら、設計が悪い」

 

ナガノは胸部の断面図を見ながら、ゆっくり頷いた。

 

「全部を未来材にしなくていい」

 

「芯だけ未来にして、他は今で回す」

 

「そういうことだ」

 

テムはそこで初めて少しだけ口元を動かした。

 

「やっと話が通じた」

 

線は引き直された。

 

胸部、腰部、肩、脚。どこまでをガンダリウムγにし、どこからを既存材に落とすかが一本ずつ整理されていく。テムは強さを削っているのではない。残すべき場所だけを選んでいる。

 

「守る場所を間違えるな」

 

胸部の図面を指先で叩く。

 

「全部守ろうとするな」

 

「残すべき形を残せ」

 

ナガノは装甲支持の線を消しながら、その意味を理解していく。これは一機の完成ではない。後で残る骨格を決める設計だ。

 

ーーー

 

サイド7。

 

エドワウは机の上に置かれた報告書へ目を通していた。

 

月面開発区画から上がってきた最新の進捗報告。規格策定の進行。ガンダリウムγの限定使用。ルナチタニウム系材との併用。量産現実性の見通し。そこまでは、予想通りだった。

 

いや、予想以上に早い。

 

テム・レイが月へ動き、ナガノの発想が現場へ乗れば、こうなるだろうとは思っていた。思っていたが、実際に数字と線で返ってくると話は別の重さになる。

 

エドワウはページをめくる。

 

そこで手が止まった。

 

機体呼称欄。

 

そこに記されていたのは、「ガンダム」だった。

 

少し間があく。

 

「……通ったのか」

 

低く呟き、片手で額を押さえた。

 

現場の略称だとは思っていた。ガンダリウムγを使った機体。呼びやすさだけで滑った名前。その程度のもののはずだった。

 

だが、一度報告書に載れば違う。

 

現場では便宜上、その呼び名が試験記録や図面欄に使われ始めていた。その軽い略称が、もう報告書にまで滑り込んでいる。

 

書類に載った呼び名は、それだけで急に“あるもの”になる。現場がまだ途中でも、外は名前の方を先に見る。設計途中の略称が、そのまま組織語になり始める。

 

「……結局こうなったか」

 

小さくそう思う。

 

種を撒いたのは自分だ。

 

前世の記憶に基づき用意したガンダリウムγという名を、こちらから持ち込んだ。

 

今さら引き戻す方が不自然なのも分かる。

 

エドワウはしばらく黙って、その欄を見ていた。

 

それから静かに報告書を閉じる。

 

名前が先に走っても、本質は変わらない。

問題は、その中身を名前負けしないところまで押し上げることだ。

 

その一点だけを残して、エドワウは机から立ち上がった。

 

ーーー

 

月へ戻る。

 

規格は見えた。

素材も決まった。

量産の入口も、ようやく形になり始めている。

 

だが、それで終わりではなかった。

 

ナガノは吊られた本体を見上げたまま、しばらく黙っていた。

 

「これなら数は出せます」

 

そう言ってから、ナガノは自分で首を振った。

 

「……いや、そのままじゃ、まだきつい」

 

テムは図面から目を上げた。

 

「そのまま増やす気か」

 

ナガノは答えず、吊られた機体を見た。

 

今の設計では、一つの機体の中に、要るものも要らないものも、最初から全部を抱え込んでいる。宇宙で長く動くための追加推進も、重い装甲を支える骨も、火器の反動を受けるための固定点も、全部を一つの胴体で済ませようとしていた。

 

宇宙へ出すなら、背中が重くなる。

 

拠点防衛に回すなら、肩と胸が厚くなる。

 

火力を持たせるなら、腕と腰の支持が太くなる。

 

使い道が変わるたびに、必要な骨も装甲も変わっていく。これでは同じ機体を増やすのではなく、使い道ごとに別の機体を起こすのと変わらない。

 

ナガノはそこでようやく気づいた。

 

重くなる理由は、足りないものを後から足しているからではない。最初から、要るかどうか分からないものまで全部入れているからだ。

 

「……本体だけ揃えるんですね」

 

テムは図面の中央を指で叩いた。

 

「胸と腰の芯は共通にする」

 

それから、外側へ伸びる補助線をなぞる。

 

「宇宙へ出すなら、背中に推進器を足す」

 

「拠点を守るなら、外に装甲を増やす」

 

「火力が要るなら、武装の支持を足す」

 

「使い方ごとに、外側だけ替えろ」

 

ナガノはもう一度、吊られた機体を見上げた。

 

さっきまで詰め込みすぎに見えていた胴体が、今は違って見える。背中の追加推進器を外す。肩の重装甲を外す。長物を支える補強を外す。そうして残る中身だけなら、同じものを並べられる。

 

「……同じ体を先に作っておいて、仕事に合わせてあとから着せるのか」

 

「そうだ」

 

テムは短く答えた。

 

「本体は揃えろ」

 

「使い方は外で変えろ」

 

その一言で、試験区画に残っていた曖昧な重さが、ようやく形を持った。

 

ガンダム。

 

その名は、素材から来ている。

 

ガンダリウムγ。

 

ただそれだけの理由で付いた呼び名だった。

 

だが、その内部で進められていたのは、ただ一機の試作機作りではない。

 

骨格の規格化。

素材の選別。

残すべき形だけを中核へ押し込める設計。

そして、運用に応じて構成を変えるという答え。

 

それは、量産のための思想だった。

 

まだ誰も、その先の名前は知らない。

 

だが、答えだけは、すでにここにあった。

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