妹に撃たれない方法   作:Brooks

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アクシズショックの後の隠された事実です。


第140話 箱の中の戦後

 

夜は静かだった。

 

サイド7の居住区画、その一室。灯りを落とした執務机の前で、エドワウは一人、窓の外を見ていた。

 

遠くに見える作業灯が、ゆっくりと移動している。あの光の一つ一つが、人の手で運ばれ、組まれ、繋がれている。

 

戦争が終わっても、手は止まらない。

 

むしろ、終わったからこそ動き続ける。

 

エドワウの中には、ララァの言葉が残っていた。

 

「最後には、私があなたを呼ぶしかなかった」

 

あの声は責めていなかった。

 

だが、逃げ場がなかった。

 

エドワウは目を閉じる。

 

その瞬間、別の光景が重なる。

 

――ラプラス事変。

 

連邦の中心に走ったひび。

 

開かれた箱。

 

ビスト財団が握り続けてきた、あの文書。

 

宇宙世紀憲章の原本。

 

そこに記されていたもの。

 

宇宙へ出た人間が、やがて統治へ関わる存在となること。

 

ニュータイプという言葉が、ただの能力ではなく、未来の主体として定義されていたこと。

 

エドワウはゆっくりと息を吐く。

 

あの時、箱は開いた。

 

世界は変わりかけた。

 

だが、変わりきらなかった。

 

連邦は受け入れなかった。

 

――受け入れられなかった。

 

「……そういうことか」

 

小さく呟く。

 

ニュータイプは兵器だから恐れられたのではない。

 

統治の根を崩す存在だから、恐れられた。

 

だから管理する。

 

だから囲う。

 

だから、表に出さない。

 

そして必要がなくなれば――消す。

 

エドワウの中で、別の記憶がつながる。

 

フル・フロンタル。

 

空虚な器。

 

シャアという名だけを与えられ、役割だけを担わされた存在。

 

あれは人ではなかった。

 

意思ではなく、構造に生まれたものだった。

 

ならば。

 

アムロもまた。

 

――同じ構造の中に置かれていたのではないか。

 

エドワウは目を開く。

 

アクシズは結果でしかなかった。

 

原因は、もっと深い。

 

あの箱が示したもの。

 

それを恐れた側が、何を選び続けたか。

 

その積み重ねが、あの結末へつながっている。

 

「なら」

 

エドワウは机へ手を置く。

 

「今度はそこから断つ」

 

人ではない。

 

感情でもない。

 

構造だ。

 

あれを生み続ける土台を、先に潰す。

 

それが、今世の意味になる。

 

――――――

 

同じ夜。

 

別の部屋。

 

アムロは机に向かっていた。

 

何も書いていない紙が一枚。

 

その前で、ペンを持ったまま、動けないでいる。

 

前の話で、全部戻ったはずだった。

 

思い出した。

 

アクシズのあと。

 

壊れた自分。

 

ダークコロニー。

 

終わり。

 

全部、つながった。

 

なのに。

 

それで終わりじゃなかった。

 

指先が、わずかに震える。

 

ふと、視界の端に、白い光が差し込む。

 

――違う。

 

記憶だ。

 

今度は別のものが来る。

 

白い部屋。

 

寝かされている。

 

何かを話しかけられている。

 

意味が分からない。

 

だが、声の調子だけが分かる。

 

「反応は安定」

 

「危険性は低い」

 

「記憶は断片的」

 

その言い方。

 

人に向けるものではない。

 

対象。

 

観察。

 

評価。

 

アムロの手が止まる。

 

別の断片。

 

運ばれる感覚。

 

自分の意志ではない。

 

担架。

 

あるいは移送カプセル。

 

行き先が分からない。

 

ただ、連れて行かれる。

 

「身元不明」

 

「処理区分は――」

 

そこで切れる。

 

だが、もう十分だった。

 

アムロはゆっくりと息を吸う。

 

「……違う」

 

拾われたんじゃない。

 

助けられたんじゃない。

 

もっと別の何かだ。

 

「僕は……」

 

言葉が出ない。

 

扉が軽くノックされる。

 

「起きてるか」

 

エドワウの声だった。

 

アムロは少し間を置いて、

 

「……うん」

 

と返す。

 

エドワウが入ってくる。

 

部屋の空気を一瞬で読む。

 

何も言わず、机の前まで来る。

 

アムロは顔を上げないまま言う。

 

「僕さ」

 

声が低い。

 

落ち着いているが、温度がない。

 

「助けられたんじゃなかったのかもしれない」

 

エドワウは否定しない。

 

「……そうかもしれん」

 

それだけだった。

 

アムロはゆっくり顔を上げる。

 

「拾われたんじゃなくて」

 

「残されたんじゃなくて」

 

言葉を探す。

 

「……処理されたのかもしれない」

 

部屋が静かになる。

 

エドワウは少しだけ目を細める。

 

「筋は通る」

 

短く返す。

 

アムロは小さく笑う。

 

笑ったつもりで、うまく笑えていない。

 

「そっか」

 

「そういうことか」

 

視線が机に落ちる。

 

「僕は、助かったんじゃなくて」

 

「残されたんだ」

 

誰かにとって都合のいい形で。

 

誰かにとって問題にならない場所へ。

 

その理解は、怒りではなかった。

 

冷たかった。

 

遅れて来るものだった。

 

――――――

 

しばらくして、アムロが言う。

 

「ねえ」

 

エドワウを見る。

 

「ニュータイプってさ」

 

「そんなに都合悪いのかな」

 

エドワウはすぐには答えない。

 

だが、嘘は言わない。

 

「都合が悪いんじゃない」

 

少し間。

 

「都合が変わる」

 

アムロはその意味を考える。

 

今の世界のままではいられなくなる。

 

今の仕組みのままでは続かなくなる。

 

だから恐れる。

 

だから隠す。

 

「……そっか」

 

アムロはそれ以上言わない。

 

もう十分だった。

 

エドワウも何も足さない。

 

二人の間に、奇妙な一致がある。

 

前世では敵だった。

 

だが今は、同じものを見ている。

 

それだけでいい。

 

――――――

 

場面が変わる。

 

ジオン、総帥府。

 

広い廊下の奥で、低い笑い声が交わされている。

 

「総帥府も変わったな」

 

「変わったというか……」

 

「完全に尻にしかれてるじゃないか」

 

小声のやり取り。

 

だが誰も本気で軽んじてはいない。

 

ギレン・ザビは依然として総帥だ。

 

ただ、その横に立つ人物が変わった。

 

セシリア。

 

彼女が入ってから、空気が変わった。

 

命令の出方。

 

人事の流れ。

 

会議の締め方。

 

すべてに現実が混ざった。

 

感情だけで動く場ではなくなった。

 

そのことを、誰もが感じている。

 

笑いながらも、逆らえない。

 

――――――

 

執務室。

 

ギレンが書類を置く。

 

セシリアがそれを見る。

 

「動きが早いですね」

 

「戦後はこうなる」

 

ギレンは短く答える。

 

「敵がいなくなれば、次は中だ」

 

セシリアは軽く頷く。

 

「ええ」

 

少し間。

 

「勝ったからまとまる、とは限りません」

 

ギレンは視線を上げる。

 

「勝ったからこそ、取りに来ます」

 

誰が、とは言わない。

 

だが分かる。

 

軍功。

 

利権。

 

思想。

 

どれを優先するかで、すでにズレが出ている。

 

ギレンは短く言う。

 

「分かっている」

 

セシリアは少しだけ口元を緩める。

 

「分かっていても、放っておくでしょう」

 

ギレンは否定しない。

 

その沈黙が答えだった。

 

セシリアはそこで、少しだけ声を落とす。

 

「放っておくなら、その先も見ておいてください」

 

「崩れるのは、一瞬ですから」

 

ギレンは目を細める。

 

その言葉の重さは、前世で知っている。

 

勝っても終わらない。

 

勝ったあとから、崩れ始める。

 

その兆しが、もう出ている。

 

――――――

 

サイド7。

 

アムロは机の前に座っていた。

 

さっきまでの紙に、ようやくペンを置く。

 

何を書くかは決まっていない。

 

ただ、空白のままにしておくのは違うと思った。

 

ゆっくりと、一行だけ書く。

 

「帰る」

 

それだけだった。

 

短い。

 

だが、それで足りる。

 

戦場へ残る方ではない。

 

呼ばれるまで壊れる方でもない。

 

自分で戻る方を選ぶ。

 

そのための言葉だった。

 

――――――

 

戦争は終わった。

 

だが、終わったのは戦いだけだった。

 

残されたものは、それぞれの場所で形を変え始めている。

 

隠された箱。

 

残された人間。

 

勝った側のひび。

 

次に崩れるものは、もう別の場所にある。

 

それでも。

 

今度は、帰れる場所を失わない。

 

その選択だけは、まだ残されている。

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