妹に撃たれない方法   作:Brooks

147 / 226
第147話 戦後の席順

 

 

総帥府の執務階は、いつもより少しだけ静かだった。

 

静かなのは人が少ないからではない。人が多いほど、足音を消すようになる場所だからだ。報告書を抱えた副官も、扉の脇で待つ伝令も、声を潜めることに慣れている。

 

その静けさの中を、ランバ・ラル中佐がまっすぐ歩いてきた。

 

旅装を解いてはいるが、まだ長旅の埃を完全には落とし切れていない。だが歩幅は乱れておらず、顔にも疲れを見せていない。総帥府の内側へ入る男の顔だった。

 

取次の士官が扉を開く。

 

「ラル中佐、入ります」

 

「入れ」

 

ギレンの声は短かった。

 

ラルは入室して一礼した。手には封書が一通ある。厚くはない。だが、封の紙質が妙に良い。急いで走り書きしたものではないと、机越しでも分かった。

 

ギレンはまずその封書を見た。

 

「持ち帰ったか」

 

「は」

 

ラルは封書を差し出した。

 

「キャスバル様より、総帥へと」

 

ギレンは受け取る前に、ラルの顔を一度見た。ラルは余計な含みを乗せていない。だが空手形でもないと分かる顔をしている。

 

「口頭では」

 

ラルは背筋を崩さず答えた。

 

「すぐの答えは持たぬ、と」

 

そこで一度切る。

 

「ただ、加われぬ形ならある、と申されました」

 

ギレンはそこで初めて封書へ手を伸ばした。

 

「中身は」

 

「拝見しておりません」

 

「そうか」

 

封書は重みの割に冷たかった。キャスバルが一晩かけて整えたのだろう。そういう冷たさだ。

 

ギレンは封を切る前に、もう一度ラルへ目を向けた。

 

「旅のついで、で済んだか」

 

ラルの口元がわずかに動く。

 

「家族旅行の体裁は保てました」

 

「体裁は、か」

 

「は」

 

「なら十分だ」

 

ギレンは封を切った。

 

「しばらく待て」

 

「は」

 

ラルは一礼して下がった。扉が閉まる。

 

部屋の中に紙の擦れる音だけが残った。

 

――――――

 

最初の一行で、ギレンは少しだけ眉を動かした。

 

恭順の文ではない。

 

言い訳の文でもない。

 

しかも、自分の立場を飾る書き方でもなかった。

 

短い前置きのあと、すぐ本題へ入っている。

 

連邦はいずれ反攻に出る。 それは避けられない。 ならば、宇宙側が戦中の勝利だけでなく、戦後の器を先に定めねばならない。

 

そこまで読んで、ギレンは紙を一度置いた。

 

器。

 

その言葉が妙に引っかかった。

 

軍事同盟の話ではない。降伏条件でもない。勝利のあとの席順を先に決めようとしている。

 

ギレンは続きを読む。

 

各サイドの自治は維持されるべきこと。 税、民政、治安の基幹は各サイドに残されるべきこと。 連合として共通に持つべきものは、対地球圏防衛、広域物流、サイド間調停の三つに限ること。

 

行間は広い。修辞は少ない。だが読む者に補わせる余白がきちんとある。

 

さらに下。

 

軍事と重工の核はサイド3およびサイド5。 物流、移住、技術者移送、生活循環の核はサイド6およびサイド7。 そのための民間基盤は、すでに動いているものを育てること。

 

ギレンの視線が、その一文で止まった。

 

「……動いているもの、か」

 

ルシファー財団だろう。

 

その名は紙に出ていない。だが分かる。分かるように書いてある。

 

ギレンはまた紙を追った。

 

最後の方で、さらに別の線が出てくる。

 

地球圏の法と金融に通じる民間基盤との接続を確保すること。 宇宙の自治を、ただの武力の結果ではなく、制度と正統性へ変えるための線を持つこと。

 

ギレンはそこで、紙から目を離した。

 

今度は眉を寄せる。

 

「……そこまで見ているか」

 

軍事ではない。

 

金と法だ。

 

連邦の内側へ通じる裏口を、すでに視野へ入れている。

 

ビスト。

 

名はない。だが、ないからこそはっきりした。

 

ギレンは最後まで一気に読み切った。

 

戦後粛清を勝利条件にしないこと。 ニュータイプを軍の専有資産としないこと。 各サイドをサイド3の従属州としないこと。 勝った側が、別の中央集権を焼き直す形にしないこと。

 

書簡はそこで終わっていた。

 

長くはない。だが、十分に重かった。

 

ギレンは紙を机へ置き、しばらくそのまま黙った。

 

これは助力の願いではない。

 

生き残りたい者の哀願でもない。

 

戦後の宇宙に、どの椅子を並べるかの設計図だ。

 

しかも、自分にそれを読ませた上で、飲めるかと問うている。

 

ギレンは椅子の背にもたれた。

 

面白い。

 

同時に、図々しい。

 

だが図々しいだけでは終わらない。正しい部分があるから厄介なのだ。

 

扉の外へ向けて短く言う。

 

「セシリアを呼べ」

 

――――――

 

セシリアは、呼ばれてから来るまでが早かった。

 

だが、早く来たことを見せる足音は立てない。扉が開き、薄い色の衣を整えたまま入ってくる。最初にギレンの顔を見て、そのあと机の上の開いた書簡へ視線が落ちた。

 

「ラル中佐が戻られたのですね」

 

「ああ」

 

ギレンは紙を持ち上げた。

 

「読むか」

 

セシリアは受け取り、最初の数行で表情を変えた。

 

驚きではない。

 

むしろ、腑に落ちた顔だ。

 

読み終えたあと、紙を閉じずに言う。

 

「恭順ではありませんね」

 

「当然だ」

 

「ええ」

 

セシリアは書簡の中段へ指を置いた。

 

「ですが、生存保証だけでもありません」

 

そこをギレンは待っていた。

 

「言ってみろ」

 

「戦後の席順を決めにきています」

 

室内が静かになる。

 

ギレンは否定しない。

 

セシリアはさらに続けた。

 

「ダイクン派を残せ、というだけならもっと単純に書けるはずです。ですがこれは違います。サイドごとの自治を前提に、先に器を置こうとしている」

 

「しかも、軍事と工業は我々に担わせる」

 

「物流と移住、域内の血流はサイド6と7で回すつもりでしょう」

 

ギレンは短く鼻を鳴らした。

 

「サイド3の覇権に、最初から楔を打っている」

 

「はい」

 

セシリアは素直に認めた。

 

「けれど、その楔があるからこそ、他サイドは入りやすくなる」

 

そこが肝だった。

 

サイド3が勝つ。

 

それだけなら、他サイドは怯える。次は自分たちが飲み込まれると思う。

 

だが「連合」と言い、「自治」を先に掲げ、「物流」と「法」と「金融」まで繋げて見せれば、恐れは少し鈍る。

 

鈍るから引き寄せられる。

 

ギレンは机の上を指先で一度叩いた。

 

「ラルを戻せ」

 

副官がラル中佐を再び通す。

 

ラルは先ほどと同じ姿勢で立った。

 

「中佐」

 

「は」

 

「サイド7で見たものを、紙の外で話せ」

 

ラルは頷いた。

 

「まず、アルテイシア様が家の顔として立っておられました」

 

ギレンは目だけで先を促す。

 

「客を迎え、場を整え、必要なところへ手を回す。その動きに迷いがありません。クラウレも同じ見立てでした」

 

「ルシファー財団は、ただの民間組織ではありません」

 

「人、物、情報、避難先、技術者移送……隠れ家の規模ではない」

 

そこでラルは一度だけ言葉を選んだ。

 

「キャスバル様は、勝ち方より、勝った後に残る形を見ておられる」

 

ギレンはその一文を黙って受けた。

 

ラルが私見を強く挟む男ではないことを知っている。だからこそ、この一言の重みは紙よりも大きい。

 

「よい」

 

ギレンは言った。

 

「下がって休め」

 

「は」

 

ラルは一礼して退出した。

 

扉が閉じる。

 

セシリアは手元の書簡へ視線を戻した。

 

――――――

 

「名は書いていませんね」

 

セシリアが紙面の下部へ目を落としたまま言う。

 

「だが、分かるようには書いてある」

 

「地球圏の法と金融に通じる民間基盤、ですか」

 

「ああ」

 

ギレンは短く答えた。

 

「ビストだろう」

 

セシリアは紙を畳みながら、少しだけ目を細めた。

 

「そこまで線を持っているなら、面倒です」

 

「面倒ですむなら安い」

 

ギレンは窓の外を見た。

 

ズムシティの灯は整っている。整っているからこそ、今の自分の手の中にあるものがどれほど不安定かもよく見える。

 

「軍事で勝つだけなら、こんな紙は要らん」

 

「はい」

 

「だが、残すなら話は別だ」

 

セシリアはその言葉を静かに聞いた。

 

ギレンがここで迷っているのは、弱気だからではない。勝利の形を読んでいるからだ。

 

「飲めば、総帥府の自由は減ります」

 

「分かっている」

 

「拒めば、他サイドは“次は自分たちも従属だ”と読みます」

 

ギレンは小さく息を吐いた。

 

「分かっている」

 

それが問題だった。

 

勝つだけなら拒める。

 

だが、宇宙を残すなら拒みきれない。

 

キャスバルはそこを読んで書いてきたのだ。

 

紙面に直接は書いていない。

 

それでも、書いてある。

 

サイド3だけでは広すぎる。 軍だけでは薄すぎる。 勝利だけでは短すぎる。

 

だから器を作れ、と。

 

しかもその器は、サイド3の玉座ではない。複数の椅子が並ぶ席順だ。

 

ギレンはそこで初めて、少しだけ笑った。

 

「ずいぶんと図の太い男になった」

 

セシリアは答える代わりに、別の紙を引き寄せた。

 

「返すなら、言葉はこちらで選ぶべきです」

 

「続けろ」

 

「“連合”はまだ早いと思います」

 

ギレンは頷く。

 

「そのまま書けば、こちらが先に縛られる」

 

「ですから、まずは“広域自治協定”のような柔らかい名で十分です」

 

「軍事、防衛、物流、移住受入。そこだけを先に接続する」

 

「ビストの線は、ラル中佐経由の話だけに頼らず、こちらでも別に当たるべきかと」

 

ギレンは机の上の書簡へ視線を戻した。

 

「案は採る」

 

「だが、言葉と順番は渡さん」

 

セシリアはわずかに口元を和らげた。

 

「はい」

 

それが総帥府の返し方だった。

 

――――――

 

その夜、ギレンはもう一度一人で書簡を読んだ。

 

昼に読んだ時より、紙が軽く見える。

 

軽く見えるのは中身を飲み込んだからだ。

 

最初は恭順ではないと分かる。

 

次に、生存保証要求でもないと分かる。

 

そして最後に、戦後の席順を決めにきたのだと届く。

 

順番に読めば、そうなる紙だった。

 

ギレンは立ち上がり、窓際へ歩いた。

 

ズムシティの灯が下に広がる。

 

勝ってから考える時代は終わる。

 

勝つ前に、何を残すかを決めねばならない。

 

そうでなければ、勝利はただ次の敗北を先送りするだけになる。

 

ギレンは書簡を閉じた。

 

これは助力の願いではない。

 

ダイクンの遺児が、自分へ押しつけてきた宿題だ。

 

だが、その宿題は必要だ。

 

認めたくはなくても。

 

机へ戻る。

 

ベルを鳴らす。

 

入ってきた副官へ、ギレンは短く命じた。

 

「ラル中佐はまだ休ませておけ」

 

「は」

 

「返書は今夜のうちには出さん」

 

副官が一礼する。

 

ギレンはさらに続けた。

 

「サイド5の再編案を持って来い」

 

「それから、サイド6・7の物流路の現況もだ」

 

副官の顔が一瞬だけ動く。

 

軍の話だけではないと分かったからだ。

 

それでも余計なことは聞かない。

 

「は」

 

扉が閉じる。

 

ギレンはもう一度、書簡へ手を置いた。

 

勝ち方ではない。

 

残し方だ。

 

そこまで読んできた相手なら、こちらもそれに応じた盤を敷かねばならない。

 

ズムシティの灯は変わらず、静かに並んでいた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。