妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第15話 橋はだいたい人の顔をしている

 

 

空いた椅子を埋めようとすると、たいてい失敗する。

 

それは家具の話ではなく、政治の話だ。人が去ったあと、その不在を急いで別の誰かで塞ぐと、そこには最初の人間の輪郭だけが余計にはっきり残る。キャスバルとアルテイシアがいなくなってから二日、私はそのことを実務として学び始めていた。

 

食堂の空席は変わらず食堂にあった。誰もそこに座ろうとしない。ドズルほど大雑把な男でさえ、その椅子だけは自然に避けた。ガルマは見ないようにしているが、見ない努力はたいてい目立つ。キシリアは平然と視線を通す。視線を通すというのは、そこに何かあると認めたうえで、わざと意味を与えない技術だ。あの女は嫌な技術を多く持っている。

 

父はその朝も、静かに頭を撫でていた。もちろん無意識ではない。最近の父には、無意識を装う意識が増えた。グレイトグロウという育毛剤は、毛髪より先に人間の所作へ効くのかもしれない。

 

「ギレン」と父が言った。

 

「何でしょう」

 

「今日の会食、遅れるな」

 

「誰が来ます」

 

「ケラーネ家の若造だ」

 

若造。そう父は言ったが、その言い方には半分だけ好意があった。デギン・ソド・ザビという男は、本当に嫌っている相手のことを、もっと丁寧に呼ぶ。雑に呼べるということは、まだ使えると思っているということだ。

 

「ユーリ・ケラーネか」と私は言った。

 

「知っているのか」

 

「名前だけは」

 

嘘ではない。名前だけは、確かに知っている。だが私が知っているのは、こういう家族の会食で父が期待する程度の情報ではない。遠縁。人当たりがよく、古い名家とも新しい権力ともやわらかく距離を測れる男。サハリン家との線もある。そういう“橋”になる人間だ。そして橋というものは、便利だが、上を通る者の重さではなく、両岸の気分でよく軋む。

 

キシリアがカップを置いた。

 

「兄上、顔が少しだけ嫌そう」

 

「橋は嫌いだ」

 

「渡るくせに」

 

「落ちるのが嫌なんだ」

 

「今日は落ちないわよ。せいぜい少し濡れるくらい」

 

私は返事をしなかった。キシリアのこういう種類の励ましは、かなり精度の高い呪いに近い。

 

食後すぐにセシリアが本日の予定表を持ってきた。彼女の予定表は実に整っている。整っている予定表を見ると、人は世界がまだ何とかなるような錯覚を覚える。実際には、整っているのは紙だけで、その裏側では人が逃げ、橋が軋み、父親が育毛剤に期待を寄せている。

 

「午前は内部調整です」とセシリアが言った。「午後にケラーネ家との会食。夕刻にマハラジャ・カーンへ同内容の伝達。夜は情報局からの中間報告です」

 

「ユーリは一人か」

 

「表向きは」

 

「表向きでない方は」

 

「シンシアが同席します」

 

私は少しだけ眉を上げた。

「早いな」

 

「早いです」とセシリアは言った。

「ですが不自然ではありません。彼女は情報局の官僚として、先方の資料整理を補助していた縁があります」

 

「縁、か」

 

「ええ。そういう言い方にしておいた方が、今後使いやすいかと」

 

私は頷いた。セシリアは本当に、言葉を収納家具のように扱う。どの箱にしまえば後で取り出しやすいかを、最初から知っている。

 

その横でアサクラが咳払いをした。

 

「閣下」と彼は言った。「ケラーネ家について、念のため申し上げますと」

 

「言え」

 

「先方は血筋を売り物にしつつ、血筋だけでは食っていけぬこともよく知っております。ですので、非常に愛想がよく、非常に腰が低く、そして非常に足が速い」

 

「小さい評価だな」

 

「実務的な評価であります」

 

「褒めていない」

 

「承知であります」

 

私は紙の端を押さえた。

ユーリ・ケラーネ。

こういう男は、最初に会った時からたいてい二人分いる。こちらに見せる顔と、自分が一人の時にしている顔だ。私はどちらも嫌いではない。だが、どちらも信用しない。

 

午前中の内部調整は、思ったより長引いた。各部署から上がってくる報告は、子どもたちの失踪を「静養先への移動」で押し通すための言葉の微調整ばかりだった。「保護」は強すぎる。「移送」は露骨だ。「静養」だけでは薄い。「配慮」は便利だが重ねると胡散臭い。国家の初期設計というものは、たいてい大義ではなく語彙の温度で揉める。

 

「静養先の環境整備に伴う移動」とセシリアが言った。

 

「硬い」と私は言った。

 

「では『安全配慮上の理由による一時的移動』」

 

「警備が透ける」

 

「『親族の意向を尊重した居所の変更』」

 

私は少し考えた。

「それだな」

 

アサクラが横で言った。

 

「閣下、それですと後日『親族とは誰か』を訊かれます」

 

「訊かれたら答えない」

 

「たいへん健全な政治対応です」

 

「お前の言う『健全』はだいたい嫌だ」

 

「光栄であります」

 

昼前、私は父と短く会った。

地図の上にサイド群が浮かび、搬送線が細い赤で引かれている。サイド1、サイド2、サイド4、月面。こうして見ると、人類は本当に面倒なところへ散らばったものだと思う。地球にいればまだ、一つの重力にまとめられたのに。宇宙へ出てからは、思想だけでなく空路まで分裂した。

 

「ギレン」と父が言った。「お前は他サイドに何を渡すつもりだ」

 

「理想は渡しません」

 

「そうだろうな」

 

「物流、防災、教育交流、治安協力です」

 

「夢がない」

 

「夢を渡すと、あとで利子が重い」

 

父は少しだけ笑い、また頭に手をやった。最近、その仕草が会話の区切りになっている。育毛剤は、父の頭頂部よりむしろ時間感覚に効いている。

 

「よろしい」と父は言った。「では、顔を作れ」

 

「顔は嫌いです」

 

「国家は顔がないと売れん」

 

「商品ではありません」

 

「それに近いものだ」

 

私はその言い方が好きではなかったが、間違っていないとも思った。国家は中身だけでは売れない。理念だけでも足りない。誰が笑い、誰が受け答えし、誰が余計なことを言わないか。そういうものでかなり決まる。

 

「カーンは大人だ」と父は言った。「だが若くはない。橋になる顔がもう一つ要る」

 

「ユーリ・ケラーネか」

 

「そうだ」

 

「軽い男です」

 

「橋は重いと折れる」

 

私はそれに返事をしなかった。

父は時々、少しだけ嫌になるほど正しい。

 

午後の会食は、評議会棟ではなく、旧行政区画の奥にある小さな会員制クラブで行われた。表向きは昼食会。実際には、橋の強度試験だった。店の名は洒落ていたが忘れた。そういう名前はたいてい大した意味を持たない。覚えるべきなのは料理より席順である。

 

ユーリ・ケラーネは、思ったより柔らかい顔で現れた。

年齢はまだ若い。だが若さを見せることに慣れている顔だった。整えた髪、軽すぎない笑み、相手の呼吸に合わせて声量を変える喉。こういう男は、戦場で強いのではなく、廊下で強い。しかも廊下が長いほど生きる。

 

「ギレン殿」と彼は言った。

 

「ユーリ殿」

 

握手の温度はほどよかった。冷たくもなく、べたつかない。橋としては上等だ。私は内心で少しだけ嫌になった。上等な橋ほど、後で通りたくなるからだ。

 

彼の半歩後ろにシンシアがいた。

今日は情報局の補助官ではなく、明らかにユーリ側の人間として立っている。人は立ち位置で職歴を上書きする。政治の世界では辞令より立ち位置の方が正確だ。

 

「シンシアです」と彼女は言った。

 

「昨日ぶりだな」と私は答えた。

 

「昨日より、今日は先方寄りです」

 

「見ればわかる」

 

「見えているなら結構です」

 

私は少しだけ笑った。

この女も簡単ではない。だが、簡単な人材ばかり集めると組織はすぐ腐る。

 

席につくと、ユーリはすぐ本題に入らなかった。

天気、輸送、港の混雑、評議会の長さ、父の健康、月面の最近の景気。

そのどれもが完全には無駄ではない会話だ。無駄ではないが、本題へ行くために必要な程度にだけ意味を持つ。うまい。私はそういう会話が嫌いではないが、好きになるほど暇でもない。

 

「最近、サイド3は忙しいですね」とユーリが言った。

 

「忙しくない時期を忘れた」と私は答えた。

 

「それは困ります。忙しくない時期を覚えていない政治家は、いつか忙しさの方を国是にしてしまう」

 

私は少しだけ眉を上げた。

軽い男だと思っていたが、言葉の選び方は案外悪くない。こういうところで人は油断する。私はしない。たぶん。

 

「今日は懇意になるために来たわけではありません」と私は言った。

 

「よかった」とユーリ。「私もです。懇意になろうとする人ほど、あとで請求書が大きい」

 

アサクラならここで「小さい」と思うだろう。私は実際に少し思った。だが、この男の小ささはアサクラのものと違う。風向きに寄る小ささではなく、人の懐へ入るための小ささだ。橋には必要な縮尺かもしれない。

 

「ケラーネ家は」と私は言った。「他サイドとの顔が利く」

 

「少しばかり」

 

「少しで足りる」

 

「大きすぎる顔は、だいたい揉めます」

 

「経験則か」

 

「家訓と申しましょうか」

 

私はその返しを覚えておくことにした。

 

料理が運ばれ、会話がようやく本題へ入った。

私は最初から大義を出さなかった。大義は最後に出す方がまだ効く。最初に出すと、相手はそれを避ける準備を始めるからだ。

 

「サイド3だけで閉じるつもりはありません」と私は言った。

 

ユーリはスプーンを置いた。

軽い男ほど、こういう時の静止がうまい。

 

「共同安定の枠組みですか」

 

「そう見えるものだ」

 

「本音は」

 

「決起の時に敵を減らす」

 

ユーリは少しも驚かなかった。

その代わり、シンシアの目がわずかに動いた。

この二人、役割分担がいい。驚く役と驚かない役を、最初から決めている。

 

「嫌いではありません」とユーリは言った。

 

「何がだ」

 

「本音を先に出す若い方は。

たいてい後で修正が効きます」

 

「それを褒めているのか」

 

「ええ。少なくとも私は」

 

私は彼を見た。

こういう男は、相手を持ち上げながら実際には持ち上げていない。上手に水平を保つ。まさに橋だ。

 

「サイド1、サイド2、サイド4」と私は言った。「今すぐ味方にする必要はない。中立でいてくれればいい。少なくとも、サイド3の動きを『ザビ家の簒奪』だけで理解しない程度には」

 

「では、理念より利害ですね」

 

「理念は後で言う」

 

「正しい順番です」

 

「月面はどう見ている」

 

ユーリは少しだけ肩をすくめた。

 

「資本は理念を嫌いませんが、理念の熱で倉庫が焼けるのは嫌います。

だから、共同防災と輸送保安の顔を先に立てるのがよろしいかと。

政治の顔だけで行くと、商人は微笑みながら距離を取ります」

 

「誰がその窓口になる」

 

「何人かおります」とユーリ。「ただし、今この場で名前を出すほど私は親切ではありません」

 

「親切そうな顔だが」

 

「橋は渡っていただくまで親切そうでなければ困るのです」

 

私はそこで、思わず少し笑った。

嫌な男ではある。

だが使える。

そう思わせること自体がすでにこの男の仕事なのだろう。

 

話はサハリン家へ移った。

こちらから出すべきか少し迷ったが、結局出した。橋の向こう岸を見たいなら、橋に向かって「向こうには何がある」と聞くしかない。

 

「サハリン家は」と私は言った。「今どうだ」

 

ユーリは一拍だけ間を置いた。

その一拍に、古い縁の重さが少し入っていた。

 

「看板は残っています」と彼は言った。「ただ、中身はかなり傷んでおります。

事故の件もありましたし、ご家族の消耗が重なっている。

名家というものは、傾き始めると案外早い」

 

「ギニアスは」

 

「気が早い方ですね」とユーリは言った。

「今はまだ、病と家の両方に腹を立てている年頃でしょう」

 

「十六の少年か」

 

「ええ。腹を立てるには良い年です」

 

私はその言い方を覚えておいた。

将来の火種は、だいたい少年の怒りから始まる。

もっとも、それを一番よく知っているのは今この瞬間の私かもしれなかった。

 

「直接触るのは早い」とユーリは言った。

 

「なぜ」

 

「傷んだ家は、同情と警戒を同時に嫌います。

こちらが早く手を差し出しすぎると、『買い叩きに来た』と思われる。

まずは見舞いと医療と、あとは将来の進路についての、控えめな相談くらいで十分かと」

 

「上手いな」

 

「家訓です」

 

「本当に便利な家訓だ」

 

「橋の家ですから」

 

シンシアがここで初めて補足した。

 

「情報局側の観測でも、今のサハリン家は刺激に弱いです。

ただし、完全に崩れてはいません。

手遅れではない、という言い方が一番近いかと」

 

私は頷いた。

手遅れではない。

人材も家門も、政治も国家も、だいたいそれを見極めるのが最初の仕事だ。

 

会食が終わる頃には、私は少し疲れていた。

ユーリ・ケラーネという男は軽いが、軽いものを長く持つと案外腕にくる。

帰り際、彼は立ち上がって言った。

 

「ギレン殿」

 

「何だ」

 

「あなたは、意外と急がない方ですね」

 

「急いでいる」

 

「ええ。ですが、急いで見せない」

 

「橋にそう見えるなら、悪くない」

 

「悪くありません。ただ」

 

「ただ?」

 

「それを見抜く相手には、余計に警戒される」

 

「誰のことだ」

 

ユーリは笑った。

「たとえば、外へ出ていったあの少年のような」

 

私は返事をしなかった。

軽い男の言葉が時々ひどく重くなるのは、だいたいこういう時だ。

 

執務室へ戻ると、セシリアが言った。

 

「どうでしたか」

 

「使える」

 

「信用は」

 

「していない」

 

「結構です」

 

「お前は本当に、安心させるような言い方をしないな」

 

「必要がありませんので」

 

アサクラは別紙に新しい線を書き込んでいた。

ケラーネ家、月面商工会、港湾共同防災、若手交流。こいつは嫌になるほど仕事が早い。早いということは、どこかで誰かの意向にすぐ沿えるということだ。やはり信用しない方がいい。

 

「アサクラ」と私は言った。

 

「はい」

 

「ケラーネ家に近づきすぎるな」

 

「私がですか」

 

「お前は、人の影に入るのが得意だ」

 

「光栄です」

 

「褒めていない」

 

「承知であります」

 

夜、ランバ・ラルから短い報告が来た。

ジンバの動きはまだ不明。

だが、港の古い顔ぶれの中に、ラル家へ同情的な者が増えている。

子どもたちの失踪を、誰も公には語らない。

その代わり、酒場でだけ少しずつ語る。

 

私はその文を読んで、静かな失踪がすでに静かな神話へ変わり始めているのを感じた。追えば育つ。放っておいても育つ。神話というものは本当に面倒だ。雑草より生命力があるくせに、除草剤の類がよく効かない。

 

だから私は、追う代わりに橋を増やすしかないのだと思った。

 

机のメモへ、私は新しい一行を足した。

 

橋は、渡る前に重さを量れ。

 

その下に、もう一行。

 

軽い男の言葉は、時々あとから重くなる。

 

書いてから、私はペンを置いた。

外では人工夜が静かに回っている。まだ公国ではない。まだ独立もしていない。子どもたちはいない。母親は残り、父は育毛剤に期待し、私は橋の値段を計算している。

 

国家というものは、椅子だけではなく橋でも決まるらしかった。

 

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