妹に撃たれない方法   作:Brooks

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アムロ少年の学校です


第151話 教室にいる人

朝の通学路で、フラウ・ボゥはすぐに気づいた。

 

アムロが、もう前みたいな歩き方をしていなかった。

 

前は、家を出る時間が遅い。髪もどこか跳ねている。考えごとをしたまま角を曲がって、搬送カートにぶつかりかける。呼んでも一度では返事が来ない。そういう感じだった。

 

今日は違う。

 

早い時間に出てきていたし、歩く速さも一定だった。工区へ向かう作業員の流れを邪魔しないよう、端へ寄る場所まで自然だ。交差路では先に足を止め、小さい子を通してから歩き出す。

 

別人みたい、というほどではない。

 

でも、前のアムロではない。

 

「今日、早いね」

 

横に並ぶようにしてフラウが言うと、アムロは少しだけ遅れて顔を向けた。

 

「ああ」

 

聞いていなかった返事じゃない。

 

ちゃんと聞いて、ちゃんと返した声だった。

 

それが、かえって変だった。

 

「寝坊しなかったんだ」

 

「まあ」

 

「まあ、って何よ」

 

フラウが笑い混じりに言うと、アムロは少し困ったみたいに口元だけ動かした。

 

そこへ後ろから走ってくる足音がした。

 

「おーい! 待てって!」

 

ハヤト・コバヤシだった。鞄を肩に引っかけて、息を切らしながら追いついてくる。

 

「何だよ二人とも、今日早すぎないか」

 

「ハヤトが遅いだけでしょ」

 

フラウが言うと、ハヤトは不服そうに眉を寄せた。

 

「いつも通りだよ」

 

それから、ちらとアムロを見る。

 

「アムロが早いのは変だけど」

 

アムロは小さく肩をすくめた。

 

「悪かったな」

 

「いや、悪くはないけどさ」

 

ハヤトは言いながらも、どこか引っかかったような顔をした。

 

変なのは、みんな同じらしい。

 

学校の門が見えてきたところで、今度は逆の方向からカイ・シデンが歩いてきた。片手をポケットに突っ込み、半分眠そうな顔をしている。

 

「何だよ、今日は優等生の集会か」

 

「カイこそ遅いよ」

 

「俺は急がない主義なんだよ」

 

カイはそう言ってから、アムロを見た。

 

「……で、何でお前までちゃんとしてんの」

 

フラウは思わず吹き出しそうになった。

 

そう。ちゃんとしてる。変の中身はたぶんそれだ。

 

アムロは少しだけ目を細めた。

 

「別に」

 

「別に、で済む顔じゃないな」

 

カイはそう言って笑ったが、その目は少しだけ探るようだった。

 

一時間目は資源管理の授業だった。

 

サイド7では珍しくない。水、空気、配電、搬送路、非常時の配分。そういうものの方が、昔の地球の王様の話よりずっと身近だ。

 

先生は黒板に大きく三つ書いた。

 

水 空気 電力

 

その下に、少し小さい字で続ける。

 

病院 搬送路 食糧庫 居住区

 

「外壁工事が止まって、予備資材が足りなくなったとします」

 

先生が教室を見回した。

 

「全部は守れません。どこを先に残すか、考えてください」

 

前の席の男子がすぐ手を挙げる。

 

「食糧庫です」

 

「理由は」

 

「食べないと死ぬから」

 

「うん、それはそうだな」

 

先生が頷く。

 

今度はハヤトが手を挙げた。

 

「病院だと思います。けが人が出た時に止まると困るので」

 

「それも一理ある」

 

黒板の端に丸が一つずつ増える。

 

カイは手も挙げずに椅子にもたれたまま言った。

 

「先生、答え決まってるなら早く言ってよ」

 

「決まってるなら聞かない」

 

教室に小さい笑いが起きる。

 

先生はその流れのまま、ふとアムロを見た。

 

「アムロはどうだ」

 

前なら、名前を二度呼ばれてようやく顔を上げていた。

 

今日は違った。

 

違ったけれど、すぐにも答えなかった。

 

机の上へ視線を落として、ほんの数秒だけ黙った。

 

それから言った。

 

「……空気と水を先に残す」

 

教室が少し静かになる。

 

アムロは続けた。

 

「それから搬送路」

 

先生が黒板のチョークを持ったまま止まる。

 

「理由は」

 

「病院も食糧庫も、搬送路が詰まったら中身があっても止まるから」

 

「空気と水が回る区画を先に残して、切る区画は早く切る」

 

「その上で、病院と食糧庫を結ぶ線を残す」

 

教室の前の方で誰かが小さく「うわ」と言った。

 

先生は一瞬だけ黙ったあと、チョークで黒板に線を引いた。

 

「……そうだな」

 

ハヤトが振り返る。

 

「何でそんなに具体的なんだよ」

 

カイも身を起こした。

 

「お前、今の言い方、経験者みたいだったぞ」

 

アムロは少しだけ眉を寄せた。

 

「止まると困るだろ」

 

短い返事だった。

 

でも、知識として言ってる感じじゃなかった。

 

見たことのある人の言い方だった。

 

フラウはそこで、胸の奥が小さくざわつくのを感じた。

 

休み時間になると、教室は一気に騒がしくなる。

 

机を寄せる音。次の授業のノートを貸せと言う声。窓際でふざける男子。笑う女子。

 

前ならアムロは、こういう時間になると机へ沈むか、本へ逃げるかのどちらかだった。

 

今日は、本を開いていても周りをちゃんと見ている。誰かに話しかけられれば、すぐ返す。前よりずっと、教室の中にいる。

 

それが逆に、フラウには落ち着かなかった。

 

さっきの答えが気になっていたのは、ハヤトもカイも同じらしかった。

 

「なあ、アムロ」

 

ハヤトが机の横へ来る。

 

「前からああいうの詳しかったっけ」

 

「普通だろ」

 

「普通で搬送路が先に出るか?」

 

カイがすぐ横から口を挟む。

 

「出ないな。俺なら真っ先に家に帰る道を残す」

 

「そういう話じゃないだろ」

 

ハヤトが半ば本気で突っ込む。

 

カイは肩をすくめた。

 

「分かってるよ。冗談だ」

 

それからアムロの顔を見る。

 

「でもさ、お前、最近ほんと変だよな」

 

アムロは本を閉じた。

 

「そうかな」

 

「そうだよ」

 

ハヤトは真面目な顔で言う。

 

「前よりちゃんとしてるけど、前より……何て言えばいいんだろ」

 

カイが代わりに言った。

 

「前より年食ってる感じ」

 

教室の何人かが笑った。

 

フラウは笑えなかった。

 

年食ってる感じ。

 

雑な言い方なのに、嫌なくらい近かったからだ。

 

アムロは困った顔をしたが、否定しなかった。

 

それがまた変だった。

 

昼休み、四人は珍しく同じ机を囲んだ。

 

フラウとハヤトは弁当。カイは購買で取ってきたパン。アムロは家から持ってきた簡単な食事だった。

 

フラウはそこで、食べ方まで変わっていると気づいた。

 

前のアムロは、食べたり食べなかったりが激しかった。好きなものだけ先に食べる日もあれば、冷めてから慌てて口に押し込む日もある。

 

今は違う。

 

ちゃんと座って、ちゃんと開けて、順番に食べている。急がない。残さない。手つきに無駄がない。

 

ハヤトもそれに気づいたらしく、箸を止めた。

 

「お前、今日ほんとどうしたんだ」

 

「何が」

 

「何がって……何か全部だよ」

 

カイがパンをかじりながら笑う。

 

「配給でも止まるのか」

 

その言い方に、ハヤトがすぐ顔をしかめた。

 

「そういうこと言うなよ」

 

「冗談だって」

 

でもアムロは、カイの方を見もしなかった。

 

「食べられる時に食べておいた方がいいだろ」

 

その一言で、今度は三人とも止まった。

 

フラウの箸が、卵焼きの上で止まる。

 

ハヤトが一番先に口を開く。

 

「何だよ、それ」

 

アムロは自分でも言いすぎたと思ったのか、少しだけ目を逸らした。

 

「いや……別に」

 

「別にじゃないだろ」

 

今度はカイが笑わなかった。

 

「それ、年寄りみたいなこと言ってるぞ」

 

フラウはそこで初めて、少し怖くなった。

 

子どもが不安で言う言葉じゃない。

 

本当にそういう時間を知っている人の言い方だった。

 

ごまかすように、フラウは自分の弁当箱を少し寄せた。

 

「これ食べる? 卵焼き」

 

アムロは首を振る。

 

「いらない」

 

「だから即答なのが変なんだって」

 

フラウが言うと、アムロは少しだけ笑った。

 

でも、その笑い方まで前より静かで、フラウは余計に落ち着かなくなった。

 

午後は避難訓練だった。

 

コロニー内の一部減圧を想定して、避難扉までの移動と、搬送路の使い方を確認する。年に何度もある訓練だ。皆、流れは知っている。知っているからこそ、少し気が抜ける。

 

先生が先頭で廊下へ出る。

 

列は最初きれいだったが、階段の手前で前の組と重なって詰まった。後ろから誰かが押し、小さい子がつまずきそうになる。

 

その時、アムロがすっと前へ出た。

 

押したわけでも、怒鳴ったわけでもない。ただ手を出して、小さい子の肩を支えた。それから後ろへ振り返る。

 

「走るな」

 

声は強くない。

 

でも、それで後ろの何人かが止まった。

 

「鞄、足元に落とすな。そこ詰まる」

 

誰かの鞄を足で脇へ寄せる。

 

避難扉の前で立ち止まっている子に、「そこに立つと次が入れない」と言って一歩動かす。

 

先生がそれを見て、思わず言った。

 

「アムロ、そのまま前を見てくれ」

 

同級生に頼む言葉としては、少し妙だった。だが先生は自然にそう言ってしまった。

 

アムロも自然に動いた。

 

ハヤトが横で目を見張る。

 

「すご……」

 

カイは冗談を言おうとして、やめた顔をしていた。

 

フラウはその横顔を見て、余計にぞっとした。

 

前のアムロなら、こういう場で人の前に立つタイプじゃなかった。

 

訓練が終わって教室へ戻る途中、カイがぼそっと言った。

 

「先生みたいだったな」

 

ハヤトが真面目にうなずく。

 

「うん」

 

フラウは何も言わなかった。

 

先生みたい。

 

そう。まさにそう見える時がある。

 

でも本当は、先生よりもっと変だ。

 

先生は子どもたちが怪我をしないように見ている。

 

アムロは、何かを失わないように見ているように見える。

 

放課後、フラウはわざと少し遅れて教室を出た。

 

廊下の向こうに、アムロの背中が見える。呼び止める前に、一度だけ迷った。

 

でも、そのまま帰したくなかった。

 

「アムロ!」

 

呼ぶと、彼は振り返った。

 

足を止めたその顔が、もう逃げない顔になっているのが、また変だった。

 

「何」

 

「……最近、変だよ」

 

アムロはすぐ否定しなかった。

 

それだけで、フラウは少しむかっとした。

 

前なら「変じゃないよ」とか「何だよ急に」とか、もっと子どもっぽく返したはずなのに。

 

「そうかな」

 

「そうだよ」

 

フラウは少し強く言った。

 

「前よりちゃんと喋るし、前よりちゃんと見てるし、前よりずっとちゃんとしてる」

 

そこで言葉が詰まる。

 

言いたいことはそれじゃない。

 

もっと、嫌な言い方になる。

 

でも止まらなかった。

 

「なのに、前より遠い」

 

アムロの目が、少しだけ揺れた。

 

フラウは続ける。

 

「同じ教室にいるのに、何か変なの」 「私たちと一緒にいるのに、違う場所見てるみたいで」 「時々、すごく大人の人みたいな顔するし」

 

言い終わってから、自分の方が息が乱れているのに気づく。

 

怒っているのか、心配しているのか、自分でもよく分からない。

 

そこへ、後ろからハヤトの声がした。

 

「……やっぱりフラウもそう思ってたんだ」

 

振り向くと、ハヤトとカイが少し離れたところに立っていた。たぶん、先に帰ったふりをしていたのだ。

 

カイが肩をすくめる。

 

「俺だけかと思った」

 

フラウは思わず言う。

 

「何でいるのよ」

 

「お前らが真面目な顔してるから、ちょっと気になったんだよ」

 

カイはそう言ったが、冗談の顔ではなかった。

 

ハヤトがアムロを見る。

 

「最近のお前、何かおかしいよ」 「悪い方じゃないけど」 「でも、前と違う」

 

アムロは四人の真ん中で、少し黙った。

 

それからようやく言う。

 

「……前より、なくなるのが嫌になった」

 

ハヤトが眉をひそめる。

 

「何が」

 

アムロはすぐには答えない。

 

窓の外では、サイド7の夕方の光が斜めに差していた。遠くで資材搬送車が曲がる音がする。教室ではまだ誰かが机を引きずっていた。

 

そういう、どうでもいい音ばかりが妙にはっきり聞こえる。

 

「こういうの」

 

アムロが、窓の外とも教室の方ともつかない方を見て言う。

 

「学校とか」 「通学路とか」 「昼飯とか」 「そういうの」

 

ハヤトがすぐに言った。

 

「なくならないよ」

 

アムロは静かに首を振る。

 

「なくなるよ」

 

その言い方に、フラウは腹が立った。

 

縁起でもないからじゃない。

 

本気でそう思っているのが分かるからだ。

 

「何でそんなこと言うの」

 

「……分かるから」

 

「分かるって何だよ」

 

今度はハヤトが少し強く言った。

 

アムロは困った顔になった。

 

その顔だけは、前のアムロに少し似ていた。

 

でも、似ているだけだった。

 

「うまく言えない」

 

カイが珍しく茶化さずに言う。

 

「言えないなら、せめてそういう顔すんなよ」

 

アムロが顔を上げる。

 

カイは壁にもたれたまま続けた。

 

「こっちはお前が急に先生みたいな顔してると、落ち着かねえんだよ」

 

フラウはそこで初めて、少しだけ息が抜けた。

 

そうだ。

 

怖いのは一人じゃなかった。

 

みんな、何か変だと思っている。

 

ハヤトが小さく咳払いした。

 

「明日も来いよ」

 

アムロは目を瞬いた。

 

「……行くよ」

 

「早く」

 

フラウがすぐ言う。

 

「努力する」

 

カイが吹き出した。

 

「何だよそれ。学校来るのに努力って」

 

ハヤトまで笑う。

 

フラウも笑った。

 

変だ。やっぱり変だ。

 

でも、その変さが前より少しだけ人間らしく見えて、少しだけ安心した。

 

その夜、フラウは家の食卓で何度もアムロの顔を思い出した。

 

前よりちゃんと学校にいる。

 

前よりちゃんと人を見ている。

 

前よりちゃんと話している。

 

なのに、前よりずっと、ここにいられる時間を数えている人みたいに見える。

 

教室にいたのはアムロだった。

 

でもフラウには時々、ずっと遠くからやっと戻ってきた誰かが、その席に座っているように見えた。




アムロ 心の声(俺は前回と合わせてアラフォー超えてるんだよ!)
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