妹に撃たれない方法   作:Brooks

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SSっぽい話が続きますがトニーさんがChatGptに感染したかもです。


第153話 知らない部屋

 

 

セイラが最初におかしいと思ったのは、ララァのことではなかった。

 

ララァのことは知っている。兄が地球から連れ出し、いまはサイド6側の安全な場所に置いていることも、その理由が「保護」だということも、細部まではともかく理解していた。納得したとは言い切れなくても、少なくとも、そこに兄なりの筋があることは分かる。

 

問題は、そのあとだ。

 

学校帰りのアムロが、ときどき兄の部屋へ入る。

 

長くはない。だが短くもない。

 

扉が閉まり、小さい声が続き、出てくる時にはいつも妙に難しい顔をしている。

 

しかも兄は、それをまるで普通のことのように扱っている。

 

セイラは廊下の角からその様子を見て、腕を組んだ。

 

これはよくない。

 

何がどうよくないのか、きちんと説明しろと言われると困る。だが、困るからといって放っておいていい感じでもない。

 

兄のしていることを順番に並べると、余計に困るのだ。

 

地球から少女を連れ出した。

 

その少女はサイド6に置いている。

 

その一方で、学校帰りの少年を時々自室へ入れている。

 

扉は閉まる。

 

小さい声で話す。

 

二人とも、どこか考え込んだ顔になる。

 

セイラは片手で額を押さえた。

 

「兄さんは何をしているの……」

 

誰も答えてくれない。

 

だから余計に不安になる。

 

兄は昔から変だった。だが最近の変さは、もっと説明が足りない。しかも本人は、説明が足りていないことに気づいていない顔をしている。

 

セイラは深く息を吐いた。

 

まずはララァだ。

 

ララァが困っているなら、兄を止めなければいけない。困っていないなら、それはそれで別の意味で兄を問い詰めなければいけない。

 

結局、問い詰めるのだなと思って、少しだけ自分で嫌になった。

 

サイド6へつなぐ専用回線は、いつも少しだけ時間がかかる。

 

確認灯が二つ点いて、音声が先に通り、少し遅れて画面が明るくなる。

 

やがて映ったララァは、窓際の椅子に座っていた。背後には薄いカーテンと、小さな棚。それだけで、少なくとも兄がひどい扱いをしていないことは伝わってくる。

 

「セイラ様」

 

「急にごめんなさい」

 

「いいえ」

 

ララァは穏やかに首を振った。

 

セイラは一度迷ってから、できるだけやさしい声で聞いた。

 

「兄さんに、何か嫌なことをされたりしていない?」

 

ララァはきょとんとした。

 

「嫌なこと、ですか」

 

「ええ。閉じ込められてるとか、無理を言われてるとか、そういうこと」

 

ララァは少し考えてから、静かに首を横へ振る。

 

「いいえ」

 

「エドワウ様は、私を怖いところへは連れて行きません」

 

その言い方は本心だった。

 

セイラは少し肩の力を抜く。

 

「そう……」

 

「でも」

 

ララァが続けたので、セイラは顔を上げた。

 

「でも、エドワウ様は、ときどきとても急いでおいでです」

 

「急いでいる?」

 

「はい」

 

ララァは少しだけ視線を外した。

 

「何かに間に合わないといけないみたいに見えます」

 

セイラは返す言葉を失った。

 

それは自分も感じていたことだったからだ。

 

兄は落ち着いて見える。けれど最近は、その落ち着きの下に、別の速さがある。何かを失う前に先へ手を出している人の速さだ。

 

ララァはセイラの顔を見て、小さく言った。

 

「私のことを心配してくださったのですね」

 

「ええ」

 

セイラは素直に答えた。

 

「兄さんのことも、心配なの」

 

ララァは少しだけ笑った。

 

「それは、私もです」

 

その答えが少しおかしくて、セイラもつられて笑った。

 

だが回線を切ったあと、やはり駄目だと思った。

 

ララァが困っていないことは分かった。だが、それで終わりではない。兄が何に急いでいるのか分からないままなのだ。

 

そして、アムロのことはまだ残っている。

 

その日の夕方、アムロはまた兄の部屋に入った。

 

セイラは廊下の角で待った。

 

自分でもあまりよくないとは思う。だが、このまま分からないままでいる方がもっとよくない。

 

扉は閉まり、中から声がする。

 

小さい。

 

内容は聞き取れない。

 

ただ、兄の声とアムロの声が交互に続いているのは分かる。兄が一方的に話しているわけではなく、ちゃんとアムロも返している。

 

しばらくして扉が開いた。

 

アムロが出てくる。

 

やっぱり難しい顔をしていた。疲れたような、考え込みすぎたような、それでいてどこか納得もしている顔だ。

 

セイラはその前へ出た。

 

「アムロ」

 

アムロがびくっとした。

 

「うわ」

 

「何その声」

 

「い、いや……」

 

あからさまに動揺している。

 

その時点で、セイラの疑いは薄くならなかった。

 

「兄さんと何を話していたの?」

 

アムロはすぐに答えなかった。

 

答えに困っているというより、答えられないことを抱えた顔をしている。

 

「えっと……」

 

「えっと、何」

 

「その……」

 

視線が泳ぐ。

 

「仕事の話、みたいな」

 

セイラは黙った。

 

少年に何の仕事だ。

 

しかも「みたいな」とは何だ。

 

アムロも言った瞬間に失敗したと気づいたらしく、目を伏せる。

 

「自分でも変なこと言ってるのは分かってる」

 

「分かってるなら、もう少しましな言い方をして」

 

「ごめん」

 

素直に謝られると、余計にやりにくい。

 

セイラは少し声を落とした。

 

「兄さん、あなたに何か無理を言ってるの?」

 

「それはない」

 

返事だけはすぐだった。

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

アムロはそこでようやく顔を上げた。

 

「ただ……何か、先に考えてることが多すぎるんだと思う」

 

その言い方が、妙に年上だった。

 

セイラは少し目を細める。

 

「それは分かるわ」

 

アムロは困ったように笑った。

 

「だよな」

 

ララァも同じことを言った。

 

二人とも兄を怖がってはいない。だが二人とも、兄が何かに追われていることだけは感じている。

 

それが、いちばん嫌だった。

 

その夜、セイラはミライを捕まえた。

 

ルシファー財団の事務区画の端にある小さな応接室だった。ミライは帳面を閉じたところで、セイラの顔を見るなり表情を変えた。

 

「何かあった?」

 

「ええ」

 

セイラは椅子へ座って、少しだけ言葉を選んだ。

 

選んだのだが、内容のせいでどうしてもおかしくなる。

 

「兄さんが、最近また説明不足なの」

 

ミライは少しだけ苦笑した。

 

「それは前からでは?」

 

「前からだけど、今は種類が違うの」

 

セイラは身を乗り出す。

 

「ララァのことは、あなたも最初から知ってるでしょう」

 

「もちろん。地球から連れてきた時から知ってるわ」

 

「アムロのことも」

 

「ええ。下宿させる話の時に、私もいたじゃない」

 

そこまでは二人とも同じ認識だ。

 

だからこそ、その先が困る。

 

「その二人を、兄さんが最近、同じ調子で部屋に入れてるのよ」

 

ミライが瞬いた。

 

「同じ調子で?」

 

「ララァはまだ分かるの。守るため、って」

 

「でもアムロまで、時々部屋に入れて、扉を閉めて、小さい声で話してるの」

 

「しかも二人とも、出てくると妙に難しい顔をしているのよ」

 

ミライは口元に手を当てた。

 

笑いそうになったのではない。どう受け止めるべきか迷ったのだ。

 

「……それは、外から見るとかなりまずい絵ね」

 

「でしょう?」

 

セイラは本気で言った。

 

「だから困っているの」

 

ミライはそこでようやく、セイラが本気で心配しているのだと受け止めた。

 

「ララァは怖がっていないのよね」

 

「ええ」

 

「アムロも嫌がってはいない」

 

「たぶん」

 

ミライは少し考えた。

 

「じゃあ、危ない意味ではないと思う」

 

「私も、たぶんそうだと思う」

 

「でも、説明が足りなくて気味が悪い」

 

セイラは何度も頷いた。

 

「そうなの」

 

ミライは少し身を乗り出した。

 

「だったら、本人に聞くしかないんじゃない?」

 

「やっぱりそうよね」

 

「ええ」

 

「だって、エドワウさん、本当に隠したいならもっと見えないようにするわよ」

 

その言葉は妙にしっくりきた。

 

兄はそういう人だ。

 

本当に見せたくないことなら、もっと見せない。今セイラの目に入っている時点で、兄の中では「家の中のこと」なのだろう。

 

「でもね」

 

ミライは続けた。

 

「外から見ると本当に説明がいるから、そこは言っていいわ」

 

セイラは思わず吹き出した。

 

「やっぱりそう見えるのね」

 

「見えるわよ」

 

ミライも笑った。

 

「ララァのこともアムロのことも知ってる私が見ても、今の話だけ抜くとだいぶまずいもの」

 

「だから困ってるのよ」

 

二人で笑ってから、また少し真顔に戻る。

 

ミライが静かに言った。

 

「でも、たぶんエドワウさんは、二人とも何かから守ろうとしてる」

 

「私もそう思う」

 

「だったら、なおさら一人でやらせない方がいい」

 

「少なくとも、セイラが心配してるってことは伝えた方がいいわ」

 

その言葉で、セイラは立ち上がった。

 

「聞いてくるわ」

 

「うん」

 

「もしすごく変な答えが返ってきたら」

 

ミライは少し笑った。

 

「その時はまた来て。一緒に考えるから」

 

セイラも笑った。

 

それで少しだけ、気持ちが軽くなった。

 

兄の部屋の前に立つと、やはり少しだけ緊張した。

 

ノックをすると、中から「入れ」と返る。

 

いつも通りの声だ。

 

だからこそ、余計に腹が立つ。

 

セイラは扉を開けた。

 

中は思った通り散らかっていた。

 

紙、地図、書きかけのメモ、部品箱、読みかけの本、冷めた茶。怪しいと言えば怪しい。だが恋愛でも犯罪でもなく、ひたすら考えすぎた人間の部屋だ。

 

エドワウは机の向こうで書類を見ていたが、セイラの顔を見るなり少しだけ眉を上げた。

 

「どうした」

 

「それを聞きに来たの」

 

エドワウが瞬きをする。

 

「何を、とは」

 

「兄さん、何をしているの」

 

セイラは扉を閉めた。

 

「ララァを地球から連れてきたのは分かるわ。そこはもういいの」

 

「いい、で済ませるな」

 

「済ませてないから来たの」

 

セイラは一歩前へ出る。

 

「その上で、アムロまで時々部屋へ入れてるじゃない」

 

「扉を閉めて、小さい声で話して」

 

「二人とも困ったような顔で出てくるのよ」

 

エドワウはそこでようやく、本当に外からどう見えているかを理解したらしかった。

 

一瞬、珍しく言葉を失う。

 

セイラは腕を組んだ。

 

「今、やっと分かった顔をしたわね」

 

「……そう見えているのか」

 

「そう見えるわよ」

 

エドワウは片手で額を押さえた。

 

その反応が少しおかしくて、セイラは怒っているのに少しだけ気が抜けた。

 

「ララァは守るためだ」

 

兄はまずそこから言った。

 

「危ないところへ戻す気も、変なことに巻き込む気もない」

 

「そこは分かるわ」

 

「本当に?」

 

「そこは」

 

セイラはきっぱり言った。

 

「でもアムロは何なの」

 

エドワウが黙る。

 

その沈黙が、逆に怪しい。

 

「兄さん」

 

「……あれは」

 

エドワウはそこで本気で言葉を探した。

 

「少し、話が合う」

 

セイラはじっと兄を見る。

 

「どういう意味なの」

 

「機械の話ができる」

 

「物の見方が妙に鋭い」

 

「年のわりに、変なところがある」

 

セイラは間を置かずに返した。

 

「兄さんもでしょう」

 

エドワウが少しだけ詰まった。

 

「そういう意味じゃない」

 

「どういう意味よ」

 

「うまく言えない」

 

「最近そればっかりね」

 

セイラは怒った。

 

怒っているが、完全には怒れなかった。

 

兄が本当に説明に困っているのが分かるからだ。

 

エドワウは椅子の背にもたれたまま、しばらく天井を見た。

 

それから、少しだけ疲れた声で言う。

 

「間に合わせたいんだ」

 

セイラは眉をひそめる。

 

「何に」

 

「いろいろだ」

 

「それじゃ分からない」

 

「分からなくてもいいとは思っていない」

 

その言い方が、少しだけ苦かった。

 

セイラは黙る。

 

兄のこういう声は知っている。

 

言えないことを抱え込んでいる時の声だ。

 

「ララァも」

 

「アムロも」

 

エドワウは言葉を選ぶように続けた。

 

「今のうちに手を打っておきたい相手なんだ」

 

「守りたいってこと?」

 

「……それに近い」

 

セイラは少しだけ息を抜いた。

 

少なくとも、危ない意味ではなかった。

 

だが、別の意味ではもっと心配だった。

 

兄は本当に何かに追われている。

 

そして、そのやり方が不器用すぎる。

 

「じゃあ、せめて説明して」

 

セイラは言った。

 

「毎回こんなふうに、外から見て一番まずい形になる前に」

 

エドワウは少しだけ笑った。

 

「善処する」

 

セイラは即座に返す。

 

「しない顔ね」

 

兄は否定しない。

 

それがまた腹が立って、でも少し可笑しかった。

 

「ミライさんに相談したの」

 

エドワウが怪訝そうに目を向ける。

 

「何を話した」

 

「兄さんが説明不足で困る、って」

 

エドワウの顔が少し緩んだ。

 

「それなら正しい」

 

「でも、その前に事情を並べたら」

 

セイラはわざと少し間を置いた。

 

「外から見るとだいぶまずい、って言われたわ」

 

エドワウが目を閉じた。

 

「お前な……」

 

「私だって困っていたのよ!」

 

二人とも少しだけ声が大きくなる。

 

その沈黙の後で、エドワウがとうとう吹き出した。

 

珍しい。

 

セイラは一瞬むっとしたが、つられて少しだけ笑ってしまった。

 

「本当に、心臓に悪いんだから」

 

「悪かった」

 

兄が素直にそう言うのは、さらに珍しかった。

 

セイラはそこでようやく肩の力を抜いた。

 

完全に納得したわけではない。

 

兄が何をどこまで見ているのかも分からない。

 

ララァとアムロに何を求めているのかも、全部は見えない。

 

でも、少なくとも壊れてはいない。

 

守りたいものが増えて、その守り方が下手で、結果としてとても怪しく見えるだけだ。

 

それが分かっただけで、今夜は十分だった。

 

部屋を出る前、セイラは振り返って言った。

 

「次からは一言、先に言って」

 

エドワウは書類へ目を戻しながら答える。

 

「ああ」

 

「本当に?」

 

「……善処する」

 

セイラはため息をついた。

 

「やっぱりしない顔だわ」

 

そう言って部屋を出る。

 

扉が閉まったあとも、兄の部屋の灯りはしばらく消えなかった。

 

昔から変だった。

 

でも今の変さは、ただの変さではない。

 

急いでいて、隠し事が多くて、でも手放したくないものだけは増えている。

 

セイラは廊下を歩きながら思った。

 

心配は消えない。

 

けれど今夜は、少なくとも兄が一人で勝手に壊れていくわけではないと分かった。

 

それだけでも、眠る理由にはなった。

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