妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第157話 手を貸す人

 

サイド6の居住区画は、夜になると光がやわらかい。

 

港に近い区画ほど白い照明が強く、商店の並ぶ通りは遅くまで賑やかだが、ララァの部屋がある辺りまで入ると、灯りは少し落ち着く。通路を行き交う人の足音も、港の荷車の音も、二枚ほど壁を隔てた向こうの出来事になる。

 

エドワウは、その静かな通路を一人で歩いた。

 

サイド7で書きかけた連合の運営案は、結局、机の前で止まったままだった。

 

どのコロニーから誰を出すか。 常設の事務局をどこに置くか。 港の調整、学校の受け入れ、病院の受け入れ、保険の不足分を、どの委員会とどの名義で回すか。

 

そこまでは書ける。

 

だが、それを本当に引き受ける人間の顔が見えていないまま決めると、必ずどこかで狂う。

 

立派な肩書きを持つ者ほど、いざという時に自分の区画を先に守ることがある。 逆に、席の端にいる実務者の方が、夜中に港を開け、空き教室をひねり出し、診療所の看護師を一人増やす。

 

それを、机の上では見分けられない。

 

だから、まずここへ来た。

 

扉を叩くと、すぐに内側で足音がした。

 

「はい」

 

聞き慣れた声だった。

 

扉が開き、ララァが顔を見せる。最初に驚いたのは、目ではなく口元だった。少し遅れて、ぱっと表情が明るくなる。

 

「エドワウ」

 

「夜分に悪い」

 

「いいえ」

 

ララァは扉を大きく開けた。

 

「どうぞ」

 

部屋は相変わらず整っていた。余計な物が少なく、机の上には読みかけの本が一冊、窓際には小さな鉢植えが一つ。サイド6の人工灯が窓越しに淡く差し込み、白い壁を薄く染めている。

 

エドワウは椅子へ座る前に、持ってきた書き付けを机へ置いた。

 

ララァはそれを見て、首を傾げる。

 

そこに書いてあるのは、たった三つだけだった。

 

各コロニーから誰を出すか。 常設の事務局をどこへ置くか。 港、学校、病院、保険の不足分を誰が引き受けるか。

 

ララァは文字を追ったあと、すぐに顔を上げた。

 

「まだ、ここから先が書けないのですね」

 

エドワウは苦く笑った。

 

「席だけ決めるなら今でも書ける」

 

「でも、それでは駄目だ」

 

ララァは椅子に腰を下ろした。

 

「サイアムさんに言われたのですか」

 

「次は、二、三バンチの受け皿を作る話ではなく、その上で人と荷をどう回すかを持ってこいと」

 

エドワウは息を吐いた。

 

「各コロニーの首長が、口で賛成するかどうかなら、ある程度は読める。だが、実際に手を貸すかは別だ」

 

「港の責任者が本当に夜の便を開けるか」

 

「学校の責任者が本当に教室を空けるか」

 

「病院の責任者が、本当に病床を回すか」

 

「それは会ってみないと分からない」

 

ララァは、その話を聞きながら、少しずつ表情を明るくしていった。

 

最後まで聞いてから、はっきりと言う。

 

「お役に立てると思います」

 

エドワウは顔を上げた。

 

ララァは、少しだけ身を乗り出した。

 

「言葉で賛成する人と、困った時に本当に手を貸す人は違います」

 

「近くで会えば分かる方がいます」

 

「私、見ます」

 

その言葉には、遠慮がなかった。

 

役に立ちたい、というより、役に立てると分かっている口調だった。

 

エドワウは少しだけ目を細めた。

 

「長い移動になる」

 

「大丈夫です」

 

「一か月かかるかもしれない」

 

「分かっています」

 

ララァは少しも引かなかった。

 

「でも、今それをしないと、後で困るのでしょう」

 

エドワウは短くうなずく。

 

「困る」

 

少し間を置く。

 

「だから最初は、サイド6で人を借りる」

 

ララァはすぐ理解したように言った。

 

「首長の紹介ではなくて」

 

「その前の段取りを回せる人ですね」

 

「そうだ」

 

「最初に誰へ会うかで、次が変わる」

 

ララァは机の上の書き付けを見下ろし、やわらかく微笑んだ。

 

「なら、最初に会ってほしい方がいます」

 

その時点で、もう旅は始まっていた。

 

――――――

 

翌日の昼、エドワウはララァと並んで、サイド6の行政区画へ入った。

 

相手は首長本人ではない。そこまで大きい話を、最初から正面へ出すつもりはなかった。

 

港湾、教育、居住管理に顔が利く有力者へ、財閥の長として礼を通しに来た形だ。

 

応接室は広くないが整っていた。壁に港の荷役区画図と、学校区画の配置図が並んでいる。飾りではなく、実際に使う部屋なのだと一目で分かる。

 

相手は五十前後の男で、出迎えの姿勢にも無駄がなかった。

 

「お久しぶりです、エドワウ殿」

 

「ご無沙汰しております」

 

形式的な挨拶を済ませて座る。

 

同席しているのは、港湾責任者、学校区画の事務責任者、居住区画の調整役、そして少し年かさの実務担当者が一人。肩書きは高くないが、席の端で黙って書記をしている。

 

エドワウは、最初から大きな理念は言わなかった。

 

「今後、サイド同士の人の行き来は今より増えます」

 

「その時、首長同士をいきなり会わせると、話が大きくなりすぎます」

 

「その前に、港、学校、病院、居住区画の間で日程と相手方を整えられる人が要ります」

 

「最初の一か月だけ、その段取りを回せる方をお借りしたいのです」

 

港湾責任者が先に口を開いた。

 

「顔つなぎと日程調整、という理解でよろしいですかな」

 

「はい」

 

「交流そのものの是非ではなく、まず段取りを整える人手が欲しい、ということで」

 

「その通りです」

 

学校区画の事務責任者が訊く。

 

「相手は、他サイドの首長級ばかりですか」

 

「それだけではありません」

 

「むしろ最初は、その手前の実務責任者へ会いたい」

 

「港の順番を決める人」

 

「教室をどこまで空けられるか判断する人」

 

「診療所の受け入れ数を決める人」

 

エドワウがそこまで言うと、居住区画の調整役が小さく笑った。

 

「大きな話を持ってきたようで、やることは地味ですな」

 

「地味なところが止まると、全部止まります」

 

そう答えると、室内の空気が少しだけ真面目になった。

 

有力者は肘掛けに手を置き、しばらく考えたあとで言った。

 

「その程度なら、こちらからも人を出せます」

 

「ただ、表へ出す名前は慎重に選びたい」

 

「最初から“サイド6がこの枠を握る”と見られても困りますので」

 

「承知しています」

 

エドワウはすぐ答えた。

 

「目立つ方より、きちんと順番を整えられる方がありがたい」

 

その一言に、席の端にいた書記役の男だけが、ほんの少し顔を上げた。

 

ララァはそれを見ていた。

 

会談が終わり、廊下へ出る。

 

窓の外には港湾区画の白い光が広がり、遠くを小さな作業艇が横切っていった。

 

エドワウが歩き出そうとした時、ララァが小さく言う。

 

「一人、お願いしたい方がいます」

 

「港の人か」

 

「違います」

 

ララァは振り向かずに言った。

 

「端にいた方です」

 

エドワウは思い出す。書記役のように座っていた、地味な中年の男だ。

 

「肩書きは高くない」

 

「はい」

 

「でも、あの人は、誰を先に会わせると話がこじれるかを知っています」

 

ララァの声は静かだが、迷いがない。

 

「港の方が喋っている時、学校の方を見ていました」

 

「学校の方が困る話になった時、病院の方の顔を見ていました」

 

「前に出たい人ではありません」

 

「でも、前に出る人たちをちゃんと働かせられる人です」

 

エドワウは立ち止まった。

 

大物ではない。

 

だが、こういう人間が一番要る時がある。

 

「会えるか」

 

ララァはうなずく。

 

「今なら、まだ帰っていません」

 

そのまま二人は、港湾管理棟の別棟へ向かった。

 

――――――

 

小さな打ち合わせ室だった。

 

立派な応接室ではない。壁にサイド6の港区画図と、学校区画の配置図、居住区画の簡単な地図が貼られている。毎日使っている部屋特有の、紙と金属の匂いがした。

 

その男は、呼ばれて入ってきてもすぐには座らなかった。

 

「私に、何か」

 

そう言って、ララァとエドワウを交互に見る。

 

エドワウは遠回しに言わなかった。

 

「首長会談をすぐ動かしたいわけではありません」

 

「最初の一か月だけ、会う相手の順番を整えていただきたいのです」

 

男の目がわずかに細くなる。

 

エドワウは続けた。

 

「どのコロニーでは港の責任者に先に会うべきか」

 

「どこでは学校を先に見た方がいいか」

 

「どこでは病院を先に通した方がいいか」

 

「その段取りを貸していただきたい」

 

男は座らないまま答えた。

 

「私が動けば、サイド6の手が入ったと見られます」

 

「大きな話になります」

 

「最初の紹介だけでいいんです」

 

エドワウは声を落とした。

 

「表に立っていただくつもりはありません」

 

男は黙る。

 

そこでララァが言った。

 

「あなたなら、困る人を後ろへ回しません」

 

男の眉が、ほんのわずかに動いた。

 

ララァは続けた。

 

「急ぐ方を先に出して、あとで困る方を置いていくようなことをしません」

 

「そこを信じています」

 

しばらく、誰も喋らなかった。

 

やがて男は、椅子に座る代わりに小さく息を吐いた。

 

「一か月だけです」

 

「紹介と日程調整だけなら」

 

エドワウは深くうなずいた。

 

「十分です」

 

そこで初めて、男は椅子に腰を下ろした。

 

「では、最初はサイド5の工業委員へ行くのが早いでしょう」

 

「ただし首長へ先に会うと、予算の話になりすぎます」

 

「先に港と工業区画の調整役へ」

 

「次に学校です」

 

「病院は、そのあとでないと構えます」

 

エドワウはその場で小さな手帳を開いた。

 

ようやく、一か月の回り方が決まり始めた。

 

――――――

 

そこから先の一か月は、速かった。

 

小型船での移動。

 

港の荷役区画。

 

学校の空き教室。

 

診療所の待合。

 

首長の笑顔。

 

その後のララァの小声。

 

あるコロニーの首長は、最初から協力的だった。

 

「交流を増やすのは結構ですな。こちらも港を一部開けられます」

 

会談の場では申し分ない返事だ。

 

だが外へ出ると、ララァが言う。

 

「賛成しています」

 

「でも、自分の港が先に使われる前提で話しています」

 

「他のコロニーの荷が詰まった時に、夜の便まで回す人ではありません」

 

エドワウはその場で手帳へ短く書いた。

 

港は借りられる。 だが共同運営の中心には置けない。

 

別のコロニーでは、教育責任者が連合という言葉に顔をしかめながらも、子どもの話になると声が変わった。

 

「途中編入の子が増えるなら、教員を先に二人増やさないと無理です」

 

会談後、ララァ。

 

「この人は表で大きいことを言いません」

 

「でも、始まった後で本当に教室を空けます」

 

エドワウはその人物に、あとで学校受け入れ委員の候補として印をつけた。

 

また別の有力者は、あまりに話が良すぎた。

 

「常設の事務局を置くなら、うちで構いません」

 

「予備費の管理もまとめて引き受けましょう」

 

一見、申し分ない。

 

だが会談後、ララァはきっぱりと言った。

 

「あの人は駄目です」

 

「理由は」

 

「自分の区画だけ残ればいいと思っています」

 

「中枢に置いたら、最後に自分の所だけ守ります」

 

エドワウはその人物の名前の横へ、運営中枢には置かない、と書き足した。

 

こうして一か月のあいだに、言葉ではなく配置が決まっていった。

 

誰を前へ出すか。

 

誰を実務に置くか。

 

誰を後ろ盾にするか。

 

誰を運営の中心から外すか。

 

エドワウは話し、ララァは相手の腹の底を拾った。

 

それだけで、最初は白かった手帳が、帰る頃には字で埋まっていた。

 

――――――

 

サイド7へ戻った時、最初に気づいたのはセイラだった。

 

通路の向こうで立ち止まり、次の瞬間には顔が明るくなる。

 

「兄さん」

 

それからすぐ、ララァを見て笑った。

 

「ララァも、お帰りなさい」

 

ミライも後ろから来る。

 

「もう、一か月よ」

 

「二人とも急にいなくなるんだもの」

 

アムロは少し遅れて現れたが、目に見えて肩の力が抜けていた。

 

「戻ったんだな」

 

ララァが微笑む。

 

「ただいま」

 

ミライはすぐに聞きたがる。

 

「どうだったの。うまくいった?」

 

「まだ途中です」

 

エドワウがそう答えると、セイラが兄の顔を見て言う。

 

「でも、途中にしては、ずいぶん決まった顔をしてるわ」

 

アムロは何も言わなかったが、その目は同じことを言っていた。

 

何かが決まったのだ、と。

 

その夜、エドワウの部屋に集まったのは、エドワウとララァとアムロの三人だった。

 

机の上には、一か月で書き込んだ手帳と、白紙ではなくなった書き付けが広げられている。

 

エドワウは、最初から大きい言葉を使わなかった。

 

「一つの政府で全部を縛る形にはしない」

 

「各コロニーは、自分の学校も病院も警備も持つ」

 

「ただ、港の融通、教室の受け入れ、薬と医療品の回し方、保険の不足分だけは、コロニーをまたいで最初から決めておく」

 

アムロがすぐ聞いた。

 

「それって、どこが決めるんだ」

 

「そこを今決める」

 

エドワウは手元の書き付けを指で押さえた。

 

「どこを常設の事務局にするか」

 

「誰が港を調整するか」

 

「学校の不足を誰が埋めるか」

 

「薬が足りない時、どこの診療所が先に受けるか」

 

アムロは少し考えたあとで、肩をすくめた。

 

「戦争中の同盟っていうより、でかい自治会みたいだな」

 

エドワウは少しだけ笑った。

 

「そう見えるなら悪くない」

 

「最初から国家だと構えると、みんな警戒する」

 

ララァが静かに補う。

 

「でも、本当に困った時に残るのは、こういう所です」

 

「港が開くとか、教室があるとか、病院が診てくれるとか」

 

アムロは真顔になった。

 

「それがないと、人は戻らない」

 

エドワウはうなずく。

 

「そうだ」

 

そして、旅で決めた配置を具体に話す。

 

「常設の事務局はサイド7に置く」

 

「ここなら受け入れの実務がある」

 

「サイド3ほど軍の色が強くない」

 

「サイド6ほど商業区画の都合に寄りすぎない」

 

アムロが聞く。

 

「じゃあ、港も学校も病院も、ここで全部見るのか」

 

「いや」

 

エドワウは首を振る。

 

「港の調整、学校の受け入れ、病院の調整は分ける」

 

「一つの部署にまとめると嫌がる所が出る」

 

ララァが旅のあいだに見た人たちを思い出すように言う。

 

「港の人に学校まで背負わせると、引きます」

 

「病院を持っている方に、薬の保険まで預けると怖がります」

 

「だから分ける」

 

エドワウがそう言って、書き付けの位置を動かす。

 

アムロは机へ身を乗り出した。

 

「それ、最初に全部決めるのか」

 

「最初に決める」

 

「後で揉めるより先に、誰がどこまで引き受けるか決める方が安い」

 

アムロは、少しだけ苦い顔をした。

 

「やっぱり自治会じゃないな」

 

ララァが小さく笑う。

 

「はい」

 

その夜、三人での話は遅くまで続いた。

 

アムロが「ここは港側が嫌がるんじゃないか」と言えば、ララァが「嫌がります」と答え、エドワウが別の置き方を試す。

 

ララァが「この人は表に立つと逃げます」と言えば、エドワウはその人物を実務だけに回す。

 

こうして、部屋の中で案がさらに削られていった。

 

――――――

 

翌朝までに、連合の運営案は初稿の形になった。

 

議長役は強くしない。

 

一人に決裁を集めると、最初から反発が出るから。

 

常設の事務局はサイド7。

 

受け入れの実務があり、サイド3ほど軍事色が強くなく、サイド6ほど商業都合に寄りすぎないから。

 

港湾調整、学校受け入れ、医療調整は別の委員会。

 

港に教室不足まで押しつけないため。 学校に薬の不足まで押しつけないため。

 

信用補完と保険の不足分は、表に出ない公益基金を通す。

 

ビストの名が表へ出すぎると、各コロニーも連邦も嫌がるから。

 

サイド3は治安協議には入れるが、物流と教育の最終決定を一緒には持たせない。

 

そうしないと、公国が全部をまとめて預かる形に変えようとするから。

 

サイド6は、港と学校の実務に強く関わらせる。

 

だが、連合全体の最終責任までは持たせない。

 

創設時に入るコロニーと、開始後に参加できるコロニーを分ける。

 

最初から全コロニーを同じ席へ座らせると、話が止まるから。

 

エドワウは最後の一行を書き終えたところで、ようやく背もたれへ身体を預けた。

 

ララァが横で見て、静かに言う。

 

「もう、ほとんど決まっていますね」

 

「会わなければ書けなかった」

 

エドワウはそう答えた。

 

少し間を置く。

 

「特に、誰を中枢から外すかは」

 

ララァは少しだけ笑った。

 

「はい」

 

――――――

 

翌朝、安全回線がつながる。

 

向こうにいるのはカーディアス。サイアムはその隣で、ほとんど何も言わずに見ている。

 

こちら側へ座るのはエドワウだけだった。ララァは部屋の奥で見ているが、回線の前には出ない。

 

カーディアスは挨拶を短く済ませると、すぐに案へ入った。

 

「読みました」

 

「まず、この部分ですが、サイド6の港湾責任者に学校の不足まで背負わせる形になります」

 

エドワウはすぐ分かった。

 

「港湾調整と学校受け入れを同じ委員会にした箇所ですね」

 

「ええ。それです」

 

「分けます」

 

エドワウはその場で修正を書き入れる。

 

カーディアスは次へ進む。

 

「ここは公国側が必ずまとめて持っていこうとします」

 

「治安協議と物流監督を一緒に置いた箇所ですか」

 

「そうです」

 

「それを一緒にすると、“ではサイド3が両方預かる”と言われます」

 

「分けます」

 

治安は別協議。 物流は共同委員会。

 

エドワウは迷わず書き直した。

 

カーディアスはさらに言う。

 

「ここは、我々の関与が見えすぎます」

 

「教育機関と医療機関の最終承認まで、公益基金側へ寄せています」

 

「そこまで寄せると、各コロニーも連邦も、裏で誰が資金を出しているか勘づきます」

 

エドワウはすぐ答える。

 

「表の最終承認は各委員会に残します」

 

「不足分の資金と保険だけを基金側で支える形へ直します」

 

そのやり取りを、サイアムは横で黙って見ていた。

 

一言も挟まない。

 

カーディアスが問い、エドワウが直し、また問い、また直す。

 

そこへ時々、サイアムの視線だけが落ちる。

 

その沈黙が、かえって場を引き締めていた。

 

一通りの修正が終わったところで、カーディアスが案を読み返す。

 

部屋の中が静かになる。

 

向こうでも、こちらでも、誰もすぐには喋らない。

 

やがて、サイアムが初めて口を開いた。

 

「ようやった」

 

それだけだった。

 

だが、その一言で十分だった。

 

カーディアスが続ける。

 

「これなら次はギレン閣下へお出しできます」

 

エドワウは、そこでようやく少しだけ息を抜いた。

 

サイド6でララァに相談した時は、まだ何も置けていなかった。

 

人を見て、役目を分けて、誰を前に出し、誰を外すかを決めた。

 

ようやく、公国へ持って行ける案になった。

 

「では、公国向けの説明に直します」

 

カーディアスは頷く。

 

「中身は変えず、見せる順だけを変えましょう」

 

回線が落ちた。

 

――――――

 

部屋の空気が、少しだけ緩む。

 

その時になって初めて、ララァが近づいてきた。

 

「ずっと、見ていましたね」

 

エドワウが振り向く。

 

ララァは少しだけ考えてから言う。

 

「あの方は、お金の出し方で人を見ていません」

 

「何人残るかで見ています」

 

エドワウは黙って聞く。

 

ララァは続ける。

 

「怖い方です」

 

「でも、自分が昔助けられたことを、今も同じ重さで持っている方です」

 

そこで、ほんの少し微笑む。

 

「だから、話が重くなっても、途中で支えを引っ込めないと思います」

 

エドワウは目を伏せた。

 

祖母が救った命は、ただ生き延びただけではなかった。

 

あの老人の中で、まだ形を持って残っていた。

 

「次はギレンだ」

 

そう言うと、ララァは頷いた。

 

エドワウは机の上の修正済みの運営案へ手を伸ばす。

 

ここから先は、飲み込まれずに通す話になる。

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