妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第158話 宇宙の暮らしを止めさせない

 

 

サイド7の朝は、工区の音で始まる。

 

資材を運ぶ台車の低い振動と、昇降機の唸りが、窓を閉めた部屋の奥まで細く届いていた。

 

エドワウは通信室の机に、三つの書類を並べていた。

 

一つは、ジオン公国向けの説明文。

 

一つは、各コロニーの代表者と委員会の分担を整理した運営案。

 

もう一つは、公国が引き受ける役目を書き出した別紙だった。航路の護衛、連邦との交渉、講和後の安全保障。その三つだけを、公国の担当として切り分けてある。

 

昨夜のうちに文章は整えた。

 

今日は、言い切るだけだ。

 

少し離れた場所で、セイラとララァが立っていた。二人とも通信へは入らない。ただ、終わるまではここにいるつもりらしい。

 

アムロは壁際にいた。椅子には座らず、腕を組んでいる。落ち着かないのかと思えば、そうでもない。ただ、画面が点く前の静けさを嫌っている顔だった。

 

セイラが、机の上の説明文へ目を落とす。

 

「兄さん、その一行目はもう変えないのね」

 

エドワウは短く答えた。

 

「変えない」

 

ララァが、その一行を静かに読んだ。

 

「宇宙に住む者の暮らしは、地球の都合で止めさせない」

 

そして、小さく頷く。

 

「これなら入ります」

 

エドワウはペンを机へ置いた。

 

「港が止まらない」 「学校へ入れる」 「診療所が受ける」

 

「そういう話だと分かれば、各コロニーは聞く」

 

アムロが壁に寄りかかったまま言う。

 

「でも、ギレンはそこだけじゃ動かないだろ」

 

「分かってる」

 

エドワウは別紙を指で押さえた。

 

「だから公国が持つ役目も、最初からはっきり書いた」

 

セイラが確認するように問う。

 

「航路護衛と、連邦との窓口と、講和の席での安全保障」

 

「そうだ」

 

「学校と病院と薬の不足まで、公国の直轄にはしない」

 

「そこまでやると、他サイドが引く」

 

ララァが静かに補った。

 

「でも、連邦が港を締めた時に前へ出る人は必要です」

 

「そこを公国が持つから、話が通ります」

 

エドワウは一度だけ深く息を吸った。

 

「始める」

 

画面が起動する。

 

左にギレン。

 

右にカーディアス。

 

二人の顔が映った瞬間、通信室の空気がすっと固くなった。

 

――――――

 

カーディアスが先に一礼した。

 

「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」

 

ギレンは挨拶を返さない。

 

「始めろ」

 

その一言だけだった。

 

エドワウは説明文を開く。

 

「本日の提案は、各コロニーの生活維持協定です」

 

ギレンの目がわずかに細くなる。

 

エドワウは続けた。

 

「理念は一つです」

 

「宇宙に住む者の暮らしは、地球の都合で止めさせない」

 

「地球側の監査や保険の判断で港を止めさせない」 「地球側の事情で子どもの学びを止めさせない」 「地球側の都合で病人の治療を後回しにさせない」

 

「そのために、各コロニーは自前の学校、診療所、警備を持ったまま残します」

 

「ただし、港の優先便、途中編入の受け入れ、病床の融通、薬剤と医療部材の補填だけは、最初からコロニーをまたいで決めておきます」

 

ギレンは黙って聞いている。

 

エドワウは一枚めくった。

 

「常設の事務局はサイド7に置きます」

 

「受け入れ実務がすでにあり、なおかつサイド3ほど軍の色が強くなく、サイド6ほど商業区画の利害に寄りすぎないからです」

 

ここでカーディアスが口を開いた。

 

「補足いたします」

 

「港湾調整、学校受け入れ、診療所受け入れは、それぞれ別の委員会とします」

 

「港の責任者へ教室不足の責任まで背負わせると港側が引きます」 「学校の責任者へ薬剤不足まで背負わせると学校側が引きます」 「診療所の責任者へ夜間便の遅れまで背負わせても同じです」

 

「ですので、港、学校、診療所の三つは分けます」

 

ギレンはそこで初めて口を挟んだ。

 

「便利な仕組みだな」

 

声は平板だった。

 

「港を使いやすくする」 「学校へ入りやすくする」 「病院へ回しやすくする」

 

「結構だ」

 

そこで一拍置く。

 

「だが、便利なだけでは苦しくなった時に崩れる」

 

エドワウは返事を急がなかった。

 

ギレンは続けた。

 

「地球の欧州統合も、荷と金と人の行き来が楽なうちは結構だった」

 

「だが景気が悪くなれば、各国は自分の財布へ戻る」 「安全保障が揺らげば、自分の国境と軍へ戻る」

 

「つまり、お前の協定も、港と学校と病院を繋いだ程度では足りん」

 

「連邦が締め上げた時、誰が命じる」 「誰が守る」 「誰が逆らう者を押さえる」

 

通信室が静かになる。

 

エドワウは正面から答えた。

 

「その通りです」

 

ギレンの視線がわずかに動く。

 

「私は、地球の欧州統合を完成形として持ち出しているのではありません」

 

「便利さに慣れさせる、その部分だけを借ります」

 

「一度、港が止まらない」 「一度、学校へ子どもを入れられる」 「一度、診療所へ回せる」

 

「それを覚えた後で、昔の不便な形へ戻れと言われても、各コロニーの住民の方が嫌がる」

 

「そこまでは、便利さで押せます」

 

「ですが、その先は別に置きます」

 

エドワウは別紙を画面へ出した。

 

「連邦と向き合う窓口」 「航路護衛」 「講和後の安全保障」

 

「この三つはジオン公国が担います」

 

ギレンは無言で別紙を見る。

 

エドワウはさらに言う。

 

「学校へ何人入れるか」 「どの診療所が何床受けるか」 「どの港から夜間便を出すか」 「薬剤と保険の不足分をどこへ回すか」

 

「そこは各コロニー代表の共同委員会で決めます」

 

「平時の運営は共同」 「連邦が港へ圧をかけた時の盾は公国」

 

「そこを最初から分けます」

 

ギレンが低く言った。

 

「気を遣いすぎではないか」

 

「他サイドに対して、です」

 

「はい」

 

エドワウは一度も目を逸らさない。

 

「学校と病院と港まで公国の命令で動く形に見えれば、他サイドは入りません」

 

「ですが、公国が航路を守り、連邦に言い返し、講和で条件を変えさせない役を持てば、他サイドは公国を必要とします」

 

「つまり、公国が前へ出る範囲を絞ることで、公国の後ろへ入るコロニーの数を増やせます」

 

しばらく沈黙が落ちた。

 

カーディアスが静かに引き取る。

 

「実務上も、その分け方であれば固定できます」

 

「学校受け入れは、定員、教員追加、教材費を先に数字で置けます」 「診療所は、病床数、夜間搬送の順番、薬剤補給の回数を事前に決められます」 「港湾は、優先便の時刻、荷の順番、夜間搬入の責任者を契約で固定できます」

 

「つまり、公国が護衛した航路で届いた荷が、学校、診療所、居住区画まで届くところで止まりにくくなります」

 

ギレンがそこで言う。

 

「止まりにくく、か」

 

「完全とは申しません」

 

カーディアスは丁寧に答えた。

 

「ですが、今よりは明らかに止まりにくくなります」

 

ギレンは資料を閉じる。

 

「公国にとっての利がまだ薄い」

 

その言葉は、否定ではなく条件の話だった。

 

エドワウはそこを正面から返した。

 

「各コロニーが、公国を必要とする形になります」

 

「港が止まらない」 「学校へ子どもを入れられる」 「診療所が受ける」

 

「それを守るのが公国だと、一度実績が出れば、各コロニーの首長は連邦より先に公国へ相談に来るようになります」

 

「講和の席でも同じです」

 

「公国は、軍だけでなく、宇宙の生活が止まらない枠を持つ側として座れます」

 

「連邦に対して、“公国を外すと各サイドの港と学校と病院が止まる”という形を作れます」

 

「それが講和後の発言権になります」

 

ギレンの視線が、初めてまっすぐエドワウへ向いた。

 

「生活が止まらぬ枠、か」

 

「はい」

 

「勝った側の直轄にすると、他サイドは構えます」

 

「ですが、運営を共同に残し、公国がそれを守る形なら、入る余地が残ります」

 

ギレンは机を指で一度だけ叩いた。

 

「では条件がある」

 

エドワウは待つ。

 

「航路護衛の優先順位は公国が決める」 「共同委員会に公国側の常任席を置く」 「講和交渉で、この協定を公国の実績として使える形にする」

 

エドワウは、全部をすぐには呑まなかった。

 

「航路護衛の優先順位は公国で構いません」

 

「共同委員会への常任席も置けます」

 

「ですが、学校受け入れと病床割り当ての最終決定まで公国へ寄せると、他サイドは入りません」

 

カーディアスがそこで静かに言う。

 

「その一線は守った方がよろしいかと」

 

「公国の護衛と交渉の価値を高めるためにも、教員配置と病床割り当てまで直轄に見せる必要はございません」

 

ギレンはすぐには答えなかった。

 

だが、否定もしない。

 

やがて短く言う。

 

「分かった」

 

「共同運営の案としては悪くない」 「公国の役目も見えた」

 

エドワウはそこでようやく、胸の奥の張りが少しだけ緩むのを感じた。

 

ギレンはさらに続ける。

 

「次は、どのコロニーへ、どの順で、誰を出すかまで持ってこい」

 

「港を開ける責任者」 「学校を空ける責任者」 「病床を出す責任者」

 

「役職と名前を揃えろ」

 

「承知しました」

 

ギレンは最後に、ほんの少しだけ口元を動かした。

 

「理念は悪くない」

 

「綺麗な言葉で終わらせるな」

 

通信が切れた。

 

――――――

 

静かになった通信室で、最初に息を吐いたのはアムロだった。

 

「通ったな」

 

セイラが小さく肩をすくめる。

 

「兄さんにしては、かなり上出来よ」

 

ララァはまだ画面の消えた場所を見ていた。

 

「兄上は、お金の出し方では見ていませんでした」

 

エドワウが振り向く。

 

ララァは静かに続ける。

 

「港が何日止まらないか」 「教室へ何人入るか」 「診療所が何床残るか」

 

「そこを見ています」

 

少し間を置く。

 

「だから、最初の一文を気に入ったのだと思います」

 

エドワウは短くうなずいた。

 

宇宙に住む者の暮らしは、地球の都合で止めさせない。

 

ようやく、それを言い切れた。

 

「次は人だな」

 

そう言うと、アムロが苦笑した。

 

「そっちの方が、説明より面倒そうだ」

 

「面倒だ」

 

エドワウは資料を束ねる。

 

「だが、もう戻れない」

 

窓の向こうでは、工区の音がまだ続いていた。

 

その向こうに、学校があり、診療所があり、港がある。

 

守ると言うなら、そこまで届かなければ意味がない。

 

「次は、誰が港を開けるかだ」

 

それだけ言って、エドワウは束ねた資料を持ち上げた。

 

今度は、言葉ではなく名前を揃える番だった。

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