妹に撃たれない方法   作:Brooks

160 / 226
第160話 止めに来た相手

 

サイド7の暮らしは、この数か月で目に見えて変わっていた。

 

港では、荷が床に寝なくなった。

 

朝一番の便で降りた薬剤箱は、そのまま南区の診療所へ回る。教材箱は昼前に第三学区へ入り、浄水部品は夕方には居住棟の保全部へ届く。

 

荷札を見れば、誰が受け取り、誰が次へ回すのかまで書いてある。以前のように、港の隅で確認待ちの札をぶら下げたまま半日転がされることが減った。

 

学校でも同じだった。

 

教師は出席簿へ新しい名前を書き足し、昼の便で届いた教材を机に積む。廊下で待つ母親の顔からは、前のような怯えた色が薄れている。

 

紹介状が足りない。承認が下りていない。来週また来てください。

 

そう言われる前提で学校へ来ていた頃とは、明らかに違う顔だった。

 

診療所でも、夜の搬送が特別なことではなくなりつつあった。

 

病床が埋まれば、別の区画の診療所へ回す。端末で空きを見て、搬送票を切り、次の便へ乗せる。付き添いの家族も、もう「本当に今夜ですか」とは聞かない。

 

「次はどこへ行けばいいですか」

 

そう聞く。

 

工区でも変化は同じだった。

 

工程表を書く現場監督は、部材便が定時で入る前提で翌日の作業を組んでいる。前なら保険審査や確認待ちで一日二日寝ていた荷が、今はサイド7経由の優先便で入ってくる。

 

止まらない方を前提に仕事を組み始めた時点で、もう後戻りは難しい。

 

エドワウは、その変化を報告書ではなく、人の顔で見ていた。

 

助かる、ではない。

 

止めるな、に変わり始めている。

 

それだけで十分だった。

 

――――――

 

その日の夕方、ララァが部屋へ入ってきた時、表情は静かだった。

 

静かなまま、言葉だけが早かった。

 

「今日の便は、止めに来ます」

 

エドワウは机の上の報告から目を上げた。

 

「どの便だ」

 

「南区の診療所向けの薬剤便です」

 

「第三学区の教材と、居住区画の日用品も積んでいます」

 

「患者も一人、北区の診療所へ回します」

 

ララァは少しだけ眉を寄せた。

 

「荷を見ているのではありません」

 

「流れを見ています」

 

その言い方で十分だった。

 

今の宇宙でいちばん痛い場所を、向こうがやっと見つけたのだと分かる。

 

港そのものではない。学校そのものでもない。診療所そのものでもない。

 

それをまとめて通している便を止める。

 

エドワウは立ち上がった。

 

「白いのを出す」

 

ララァが頷く。

 

「出してください」

 

端末で呼び出しをかけると、アムロは思ったより早く来た。扉を開けた顔は、呼ばれた時点で嫌な予感がしていた人間の顔だった。

 

「何だよ」

 

「便に出る」

 

「今日もネモが付くんだろ」

 

「付く」

 

「その上で、お前も乗る」

 

アムロは露骨に顔をしかめた。

 

「なんで俺まで」

 

エドワウは短く答えた。

 

「ララァが必要だと言った」

 

その一言で、アムロは文句を続けられなくなった。

 

ララァを見て、少しだけ唇を曲げる。

 

「……来るのか」

 

「来ます」

 

「止めに?」

 

「はい」

 

アムロは息を吐いた。

 

「分かったよ」

 

エドワウはすぐに指示を飛ばす。

 

「ネモは四機。通常護衛の倍だ」

 

「二機を前、二機を後ろ」

 

「白いのは高位待機」

 

アムロが確認する。

 

「撃ち落とすな、だろ」

 

「ああ」

 

「便を通すことが先だ」

 

「接舷艇を便から剥がす」

 

「牽引装置を切る」

 

「進路を空ける」

 

「それで足りる」

 

ララァが静かに言う。

 

「確認と言って、止めます」

 

「最初から撃ってはきません」

 

エドワウは頷いた。

 

「なら、先に撃たせない」

 

アムロはその言い方で全部理解したらしい。

 

「面倒くさいな」

 

「面倒だから、お前を出す」

 

「それ、褒めてないよな」

 

「褒めている」

 

アムロは肩を回しながら、やれやれという顔で笑った。

 

――――――

 

便は、夜の外縁航路へ出た。

 

船腹の中には、診療所向けの薬剤箱、学校向けの教材、居住区画向けの日用品、それに北区の診療所へ回す患者一人と付き添いの家族が乗っている。

 

もう何度も通した便だった。

 

だからこそ狙われる。

 

ネモ四機が前後左右へ散る。

 

白いガンダムは少し高い位置を取り、便と護衛全部を一度に見下ろしていた。エドワウはネモの指揮機で、便の左前方につく。

 

外壁灯の白い線が、遠くの黒へ吸い込まれていく。

 

船内では、付き添いの女が子どもの肩を抱いていた。丸窓の外をネモの灯が横切るたび、子どもは黙って目で追う。

 

「今日も付いてる」

 

「ええ」

 

女はそう答えたが、自分の声が思ったより落ち着いていることに気づいた。護衛が付くことそのものに、もう身体が慣れてしまっている。

 

その時、警報が鳴った。

 

前方高空。

 

連邦側小型艦二。補助艇三。

 

識別信号が走り、すぐに通信が開く。

 

「当該便は停止せよ」

 

「積荷確認および搭乗者確認を行う」

 

「抵抗する場合は拿捕対象とする」

 

冷たい、乾いた声だった。

 

エドワウは即座に積荷目録を送る。

 

「診療所向け薬剤」

 

「学校向け教材」

 

「生活物資」

 

「患者搬送」

 

「確認済みの便だ。進路を譲れ」

 

返答は短かった。

 

「確認が済むまで進行を許可しない」

 

ネモの編隊灯がわずかに揺れる。

 

皆、分かっている。

 

これは確認ではない。停止命令だ。

 

「一、二、前へ」

 

エドワウが言う。

 

「三、四は便の左右」

 

「アムロ、接舷艇を見る」

 

「見えてる」

 

補助艇の一機が速度を上げる。

 

腹の下へ潜り込み、便の進路へ斜めに入ってくる。先端には牽引装置。最初から沈めるつもりではない。絡めて止めるつもりだ。

 

白い機体が落ちた。

 

真っ直ぐではない。

 

少し上を抜けてから、補助艇と便の間へ横から滑り込む。接舷艇は思わず進路を外し、姿勢を崩した。

 

別の補助艇が牽引ワイヤーを射出する。

 

その瞬間、白い機体のビームが一閃した。艇本体ではない。ワイヤーだけを焼き切る。

 

「撃墜はするな」

 

エドワウが確認するように言う。

 

「分かってる!」

 

アムロの声が返る。

 

そこで、前方の連邦側小型艦の腹が鈍く光った。

 

エドワウの喉の奥が冷たくなる。

 

「来るぞ!」

 

次の瞬間、艦首のビーム砲が撃った。

 

細い光ではなかった。

 

夜の航路を一瞬だけ昼のように白く塗る、太い一条だった。

 

一発目は、便の進路の前を横切った。

 

だが威嚇にしては近すぎる。熱で船腹の外装が鳴り、丸窓の向こうが白く焼ける。船内で子どもが悲鳴を上げた。

 

女が思わずその頭を胸へ押しつける。

 

「いや……!」

 

船員の一人が怒鳴った。

 

「今の、警告じゃない!」

 

二発目は、もっと近かった。

 

ビーム砲は便の右舷外側をかすめ、外付けの補助パネルを一枚、まるごと吹き飛ばした。金属片が白く灼けながら後方へ散る。船体が横へ振られ、警報が一斉に鳴いた。

 

船内の照明が一度だけ落ちる。

 

付き添いの女は座席に肩をぶつけた。子どもが泣き出す。患者の担架を押さえていた船員が、歯を食いしばって怒鳴る。

 

「便に当てやがった!」

 

エドワウの目の前で、輸送船の右舷から火花が流れた。

 

「ネモ三、右舷へ寄れ!」

 

「白いの、前へ出ろ!」

 

「分かってる!」

 

アムロの声が返るより早く、白いガンダムが艦と便の間へ滑り込んだ。

 

連邦艦の砲口が、もう一度、鈍く明るくなる。

 

今度は迷いがなかった。

 

三発目を撃つつもりだ。

 

白い機体が姿勢を落とし、ほんのわずかに斜めへ入る。次のビーム砲は、その肩のすぐ外を削るように抜け、背後の暗い空へ消えた。熱波でガンダムの白い装甲が一瞬だけ赤く染まる。

 

ネモ二機が左右から前へ出て、艦と便の間へ厚く入った。残り二機はなおも寄ってくる補助艇を押し返す。

 

「便はそのまま行け!」

 

エドワウの命令で、輸送船は加速した。

 

補助艇がなおも食いつこうとする。

 

白い機体が横から回り込み、便へ寄る艇の機首を片腕で押し返す。撃ち落とさない。だが便の進路へ戻る角度だけは徹底して潰す。

 

連邦艦から再度通信が飛ぶ。

 

「停止しろ!」

 

「抵抗行為を確認した!」

 

エドワウは即座に返す。

 

「医療便と教育便にビーム砲を撃ったのはそちらだ」

 

「患者搬送中だ。これ以上近づくなら、護衛を続ける」

 

返答はなかった。

 

代わりに、艦首がわずかに振れる。

 

四発目を撃つ角度を探している。

 

その瞬間、アムロが前へ出た。

 

白い機体が連邦艦の視界そのものを塞ぐように上へ躍り、艦首砲の射線のど真ん中に立つ。ネモが便を押し出す。輸送船はその隙に航路を抜け、次の護衛圏へ入った。

 

「通過確認!」

 

ネモの一機から報告が上がる。

 

エドワウはそこでようやく息を吐いた。

 

「最後まで付けろ!」

 

「便を切らすな!」

 

「了解!」

 

アムロの声は平坦だった。

 

だがその平坦さの奥に、明らかな怒気が混じっていた。

 

――――――

 

便は、予定より少し遅れただけで着いた。

 

南区の診療所へ薬剤箱が届いた。第三学区へ教材が入った。患者は北区第二診療所へ運ばれた。

 

診療所の搬入口で、当直医が焼け焦げた補助パネルを見上げる。

 

輸送船の右舷外側には、ビームで抉られた黒い傷が残っていた。表面だけではない。薄い煙がまだ上がっている。

 

付き添いの女は、子どもの肩を抱いたまま、その傷から目を離せなかった。

 

「当てたんですか」

 

誰へともなく言った言葉に、船員が答える。

 

「当てた」

 

「便の前じゃない。便そのものにだ」

 

学校へ教材を運び込む教員も、その傷を見て足を止めた。

 

箱を受け取った若い教師が、息を呑む。

 

「教材便ですよね、これ」

 

「そうだ」

 

荷札を持つ事務員が言った。

 

「教材便で、患者搬送便だ」

 

それだけで十分だった。

 

映像より先に、現物が人を怒らせる。

 

――――――

 

各コロニーへの広がりは、早かった。

 

サイド6の学校受け入れ責任者は、映像を見終える前に立ち上がった。

 

「うちへ入る子の教材です」

 

机を叩く音が、回線越しにも聞こえる。

 

「地球側は、今それを撃ったんですか」

 

別コロニーの診療所統括責任者は、もっと低い声で言った。

 

「患者搬送便にビーム砲です」

 

「軍需便ではありません」

 

港湾責任者たちの反応はさらに直接だった。

 

「もう前の確認待ちへ戻せるわけがない」

 

「ここで戻したら、次は毎回撃たれる」

 

工区側も怒った。

 

「工区部材だけなら我慢したかもしれない」

 

「だが今は学校と診療所も一緒だ」

 

「全部一つの便だ」

 

現場が一斉に同じ方を向いた。

 

連邦の締め付けから外れたい。

 

その言葉が、まだ綺麗に揃っていなくても、向いている方角だけはもう同じだった。

 

――――――

 

サイド7の夜。

 

エドワウの机には、各コロニーからの報告が積み上がっていた。

 

護衛継続要請。

 

便数増加要請。

 

次回通信会議への参加希望。

 

港湾責任者名の提出希望。

 

学校受け入れ責任者の登録希望。

 

診療所受け入れ責任者の登録希望。

 

アムロが椅子に深く座ったまま言う。

 

「止めに来たせいで、逆に増えたな」

 

セイラが静かに返す。

 

「皆、分かってしまったのよ」

 

「地球側に何を握られていたのか」

 

ララァは窓の外を見ながら言った。

 

「前は、便利だから使っていました」

 

「今は、奪われたくないから守ろうとしています」

 

エドワウは、一通の打診書を机に置く。

 

サイド6。サイド5。そして、これまで一歩引いていた別コロニーからも来ている。

 

どれも文面が前と違った。

 

今の優先便を続けてほしい。

 

学校受け入れを止めないでほしい。

 

診療所間搬送を継続したい。

 

次回の通信会議に、こちらの責任者も出したい。

 

協力してもよい、ではない。

 

自分たちも中へ入りたい、に変わっている。

 

エドワウは報告をまとめ、立ち上がった。

 

「次は会議だ」

 

アムロが顔を上げる。

 

「各コロニーのか」

 

「そうだ」

 

「今度は、誰が港を開けるかを決める」

 

「誰が学校の受け入れを決めるかを決める」

 

「誰が病床を出すかを決める」

 

セイラが小さく笑う。

 

「ようやくそこまで来たのね」

 

ララァは静かに頷いた。

 

「はい」

 

エドワウは、手元の映像記録を一つにまとめた。

 

これを、もう一度使う。

 

今度は各コロニーを集めるためではない。

 

地球側が何を撃ったのかを、ジオン公国へはっきり見せるためだ。

 

――――――

 

通信室の照明が、机の上の端末を白く照らしていた。

 

エドワウは、戦闘記録を一つずつ繋ぎ直している。

 

前方に出てきた連邦側小型艦。

 

確認を名目に進路を塞ごうとした補助艇。

 

便の積荷一覧。

 

診療所向け薬剤。

 

学校向け教材。

 

生活物資。

 

患者搬送。

 

そして、連邦艦のビーム砲が便の進路前を薙ぎ、二発目で便の補助パネルを吹き飛ばし、白い機体とネモがその間へ割り込んで航路を通した場面。

 

必要な場面だけを残す。

 

撃墜の記録はいらない。

 

何を積んだ便で、誰が何を撃ち、こちらが何を守ったか。

 

そこだけが分かれば十分だった。

 

ララァが、少し離れたところで見ている。

 

「送るのですね」

 

「ああ」

 

エドワウは手を止めずに答えた。

 

「戦闘の記録じゃない」

 

「暮らしを撃った記録だ」

 

送信先を開く。

 

ジオン公国、総帥府、優先回線。

 

ララァが小さく言う。

 

「総帥は、怒ります」

 

「怒らせるために送る」

 

送信。

 

短い電子音が鳴る。

 

送信完了の表示が出てから、回線接続までの数秒がやけに長く感じた。

 

やがて画面が明るくなり、ギレンが映る。

 

執務机に座っている。机の上には、もう送ったばかりの記録が開かれていた。

 

「映像は受け取った」

 

エドワウは頷く。

 

「必要な部分だけ繋いであります」

 

「連邦側が確認を名目に進路を塞いだこと」

 

「積荷が診療所向け薬剤、学校向け教材、生活物資、患者搬送だったこと」

 

「その上で、ビーム砲を撃ったこと」

 

「それでも便が通ったこと」

 

ギレンは資料から目を上げない。

 

「見せろ」

 

エドワウは再生を送った。

 

通信室が静かになる。

 

前方へ出る連邦側小型艦。

 

停止要求。

 

積荷一覧。

 

接舷艇の接近。

 

艦首砲の発光。

 

便の前を薙ぐ一発目。

 

補助パネルを吹き飛ばす二発目。

 

その間へ割り込む白い機体。

 

ネモによる進路確保。

 

最後に、診療所へ運ばれる薬剤箱、学校へ入る教材、搬送車から降ろされる患者。

 

映像が終わる。

 

ギレンはしばらく何も言わなかった。

 

やがて低く言う。

 

「いい」

 

それだけで、声色が変わっていた。

 

「軍需ではない。暮らしだ」

 

机の上の記録へ視線を落としたまま、ギレンは続ける。

 

「連邦政府は、宇宙の反乱分子を締め上げたのではない」

 

「診療所向け薬剤を撃った」

 

「学校向け教材を積んだ便を撃った」

 

「患者搬送を止めるためにビーム砲を使った」

 

そこで、ほんのわずかに口元が動く。

 

「使えるな」

 

エドワウは短く返す。

 

「各コロニーの反応も出ています」

 

「港を止めるな」

 

「学校受け入れを戻すな」

 

「診療所間搬送を続けろ」

 

「そういう声が、住民と現場の責任者から上がっています」

 

ギレンは頷いた。

 

「当然だ」

 

「便利だから使っていた者は、奪われかけて初めて自分の側へ引き寄せられる」

 

それは感想ではなかった。

 

もう使い道を決めている声だった。

 

ギレンは机の上に置いた指を、一度だけ鳴らすように動かした。

 

「この映像は総帥府で使う」

 

「対外工作にも回す」

 

「議会向けの資料にもなる」

 

「地球の政治屋どもは、“治安維持の一環”だの“確認手続き”だのと言い逃れるだろう」

 

「ならば、その言い訳ごと潰してやればいい」

 

画面越しの目が、まっすぐエドワウへ向く。

 

「医療、教育、患者搬送」

 

「この三つへビーム砲を向けた時点で、連邦政府は自分で自分の顔を剥がした」

 

エドワウは、その言い方で十分だと分かった。

 

総帥は、使える材料を喜んでいるだけではない。

 

宇宙で回り始めた暮らしに、地球側が武力を向けたことに、きちんと腹を立てている。

 

「続きを送れ」

 

ギレンが続ける。

 

「各コロニーの反応」

 

「住民の声」

 

「学校と診療所の受け取り記録」

 

「一つにまとめる」

 

「承知しました」

 

ギレンは視線を逸らさずに言った。

 

「連邦政府に痛撃を与えよう」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。