妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第161話 撃たれた暮らし

 

「連邦政府に痛撃を与えよう」

 

その一言を残して、総帥は回線を切った。

 

暗くなった画面に、通信室の灯りだけが白く映る。

 

エドワウはしばらくそのまま立っていた。

 

机の上には、便の映像記録、積荷一覧、各コロニーから届き始めた短い抗議文、診療所と学校の受け取り記録が並んでいる。紙の端には、焼けた外板の写真まで挟まっていた。

 

ララァが、静かに息を吐いた。

 

「すぐに動かしますね」

 

「ああ」

 

エドワウは端末を閉じた。

 

「今回は軍の戦果にする必要がない」

 

「学校と診療所へ届くはずの物を、連邦が撃った」

 

「それだけで十分だ」

 

ララァは、まだ熱の残っている端末の縁へ目を落とした。

 

「皆さん、怒ります」

 

「怒らせる」

 

エドワウは短く答えた。

 

「怒りを、行き場のないまま散らさせない」

 

窓の向こうでは、サイド7の港湾灯が細く並んでいる。

 

今夜も便は入る。

 

学校は明日も開く。

 

診療所は次の患者を受ける。

 

それを止めようとした相手が、誰なのか。

 

その名を、今から宇宙中へ流すのだ。

 

――――――

 

総帥府の広報編集室は、夜になってからの方が明るかった。

 

壁一面に並んだ端末が、次々と映像を呼び出し、切り、繋ぎ、文字を重ねていく。薄い紙の匂いより、機械の熱と人の焦りの匂いが強い部屋だった。

 

責任者の男が、送られてきた戦闘記録を見ながら言う。

 

「白い機体の動きは切りますか」

 

横に立っていた総帥府の実務担当官が首を振る。

 

「端に映る程度なら構わん」

 

「主役はそこではない」

 

責任者が頷く。

 

前方へ出る連邦側小型艦。

 

停止命令。

 

積荷一覧。

 

診療所向け薬剤。

 

学校向け教材。

 

生活物資。

 

患者搬送。

 

艦首砲の発光。

 

便の右舷外板を吹き飛ばすビーム砲。

 

そこまでを、何度も巻き戻しながら角度を変えて繋ぐ。

 

別の端末では、受け取り側の映像も整理されていた。

 

焼けた外板を見上げる当直医。

 

搬入口へ運び込まれる薬剤箱。

 

学校へ入る教材。

 

担架で降ろされる患者。

 

実務担当官が、机に置かれた仮題を見て眉をひそめる。

 

「長い」

 

責任者が言った。

 

「では、これで」

 

連邦軍、宇宙民間生活便に発砲。

 

担当官はその文字をしばらく見てから、短く頷く。

 

「いい」

 

「余計な形容はいらん」

 

「診療所向け薬剤、学校向け教材、患者搬送と分かればいい」

 

部屋の隅では、別の職員が文字起こしをしていた。

 

停止命令の音声。

 

積荷一覧の読み上げ。

 

発砲時刻。

 

受け取り時刻。

 

学校と診療所の受領記録。

 

使い道は一つではない。

 

広報用、議会向け、対外工作用、各サイド配信用。

 

映像一本から、何枚もの刃物を作る作業だった。

 

「サイド6の放送局へ最優先」

 

担当官が言う。

 

「次にサイド5」

 

「地球側へは少し遅らせろ」

 

「向こうに言い訳文を作る時間を与えないようにしたい」

 

誰も返事はしない。

 

端末を叩く音だけが早くなる。

 

白い灯りの下で、連邦軍が撃ったものは、もう軍の記録ではなく、宇宙中へ流すための証拠になりつつあった。

 

――――――

 

サイド6の夜のニュースは、いつもより少しだけ始まりが遅かった。

 

それだけで、見ている側は何か大きなことがあったのだと分かる。

 

港の近くの小さな食堂では、帰りの遅い作業員と、店仕舞い前の女将と、学校帰りの教員が揃って画面を見ていた。診療所の待合でも、夜勤の看護師が音を少し上げている。居住区画の家族たちも、夕食の手を止めていた。

 

画面の向こうで、女のキャスターが少し硬い顔で原稿を読む。

 

「本日未明、サイド7発北区向け生活便に対し、連邦側艦艇が停止命令を発し、その後、ビーム砲による射撃を行いました」

 

食堂の中で、食器の触れ合う音と話し声が、そこで一度途切れた。

 

キャスターは続ける。

 

「当該便には、診療所向け薬剤、学校向け教材、生活物資、患者搬送が含まれていました」

 

そこで映像が流れた。

 

前方へ出る小型艦。

 

停止命令。

 

積荷一覧。

 

そして、艦首砲の発光。

 

太いビームが暗い航路を横切り、二発目が便の外板を吹き飛ばす。

 

食堂の隅で、年配の荷役作業員が低く呻いた。

 

「撃ちやがった……」

 

画面はすぐ次へ切り替わる。

 

焼けた右舷外板。

 

診療所へ運ばれる薬剤箱。

 

学校へ入る教材。

 

キャスターの声が戻る。

 

「サイド6、サイド7、サイド5では、すでに港湾関係者、教育関係者、医療関係者から抗議の声が上がっています」

 

食堂の教員が、思わず言った。

 

「教材便よ」

 

女将が眉を上げる。

 

「軍の荷じゃないってことかい」

 

「違います」

 

教員の声は少し震えていた。

 

「うちの教室へ来る子どもの教材です」

 

診療所の待合でも、看護師が画面から目を離せなかった。

 

搬入口へ入ってくる薬剤箱の映像に、隣の当直医が低く言う。

 

「これ、うちにも回ってる便だ」

 

若い看護師が口を押さえる。

 

「患者を乗せた便なんですよね」

 

医師は、短く答えた。

 

「そうだ」

 

「だから余計に悪い」

 

ニュースはさらに、街頭の声を流し始めた。

 

学校前で立つ母親。

 

「子どもの教材を撃つのが正義なんですか」

 

診療所の看護師。

 

「薬を止めれば、困るのは兵隊じゃありません」

 

港の荷役作業員。

 

「確認したいなら、なんで撃つんだ」

 

食堂の中で、誰かがコップを置いた。

 

音がやけに大きく響く。

 

年配の作業員が、画面を睨んだまま言う。

 

「連邦は、そこまでやるのか」

 

誰もすぐには答えなかった。

 

だが、答えなくても、皆同じところへ辿り着いていた。

 

――――――

 

地球側のニュース番組は、同じ映像を少し違う順番で流した。

 

都心の小さなバーでは、仕事帰りの会社員と新聞記者崩れの男がテレビを見ていた。大学寮の談話室では、数人の学生が半分寝転がったまま、流れる映像に目を上げる。夜勤前の看護師がコンビニの前に止まり、店内のテレビへ顔を向ける。

 

男性キャスターが読む。

 

「宇宙域における確認手続きの過程で、民間便との間に武力的接触が発生しました」

 

「連邦軍は、治安維持任務の一環であったと説明しています」

 

だが、映像が流れた瞬間、その説明の薄さがむき出しになった。

 

積荷一覧。

 

診療所向け薬剤。 学校向け教材。 患者搬送。

 

ビーム砲。

 

焼けた船腹。

 

スタジオの解説者が、言葉を選び損ねる。

 

「これは……」

 

一度詰まり、それから言い直した。

 

「少なくとも、通常の軍需確認とは違って見えますね」

 

キャスターも声を少し落とした。

 

「政府は今期、宇宙方面艦隊の増強と治安維持予算の追加を承認しています」

 

「一方で、教育補助費、医療補助費の圧縮については、すでに国内でも批判が出ていました」

 

大学寮の談話室で、学生の一人が起き上がる。

 

「教育費を削って、教材便を撃つのかよ」

 

新聞記者崩れの男は、バーのカウンターで苦く笑った。

 

「笑えんぞ、これは」

 

「説明になってない」

 

コンビニの前にいた看護師は、小さく呟いた。

 

「患者搬送に、砲を向けるの」

 

画面の中では、政府報道官の会見映像に切り替わっていた。

 

「確認手続き中の不幸な接触であり――」

 

そこまで聞いて、看護師は歩き出した。

 

怒っているのか、呆れているのか、自分でもまだ分からない顔だった。

 

だが一つだけ、はっきりしていることがある。

 

この映像を見て、何も感じない方がおかしい。

 

――――――

 

サイド6では、その夜のうちに人が外へ出た。

 

港湾通路の前。

 

第三学区の門の前。

 

北区診療所の外。

 

最初は数十人だった。

 

仕事帰りの荷役作業員が立ち止まり、子どもを迎えに来た母親が足を止め、夜勤前の看護師が白衣の上に上着だけ羽織って出てきた。学校の若い教師が、教材箱を抱えたまま立っている。

 

誰も最初から叫ばない。

 

ざわつきはある。顔も赤い。だが、皆まだ、自分が何を言うのか探している。

 

港湾通路の手すりにもたれた作業員が、夜風に向かって吐き捨てるように言った。

 

「薬を積んだ便だぞ」

 

北区診療所の看護師が続く。

 

「患者も乗ってたんです」

 

学校の母親が、堪え切れないように声を上げる。

 

「子どもの教材よ!」

 

そこで、広場の空気が一気に変わる。

 

もう、説明はいらない。

 

港の向こうから遅れて来た男が、大きく息を吸って叫んだ。

 

「連邦軍は宇宙から出ていけ!」

 

数拍、間があった。

 

それから別の声が拾う。

 

「連邦軍は宇宙から出ていけ!」

 

三人目、四人目、五人目。

 

すぐに広場の端から端まで、その声が広がる。

 

「連邦軍は宇宙から出ていけ!」

 

「連邦軍は宇宙から出ていけ!」

 

港の灯りが白く揺れる。

 

学校の門の前でも、診療所の外でも、同じ言葉が上がっていた。

 

活動家の演説ではない。

 

暮らしを回している側の怒りが、その場でひとつの文句になっただけだ。

 

だからこそ強かった。

 

学校の若い教師は、抱えた教材箱を胸へ押し当てたまま、初めてその言葉を口にした。

 

「連邦軍は宇宙から出ていけ!」

 

北区診療所の看護師は、白衣の袖を強く握っていた。

 

「連邦軍は宇宙から出ていけ!」

 

それを聞いていた母親が、涙混じりの声で続ける。

 

「連邦軍は宇宙から出ていけ!」

 

もう止まらなかった。

 

港と学校と診療所が、同じ言葉で繋がってしまったからだ。

 

――――――

 

地球では、怒りの形が少し違った。

 

大学の門前。

 

労組の集会所前。

 

新聞社の前。

 

人はコロニーほどまとまってはいない。だが、軍事費の増額に不満を持っていた者たちが、宇宙の映像を見て別の怒りへ変わり始めていた。

 

手書きの紙が上がる。

 

軍事費を増やして教材便を撃つな。

 

患者搬送に砲を向けるな。

 

宇宙へ艦隊を送るな。

 

大学の前で、眼鏡の学生が叫ぶ。

 

「教育費を削って、学校向け教材を積んだ便に砲を向けるのか!」

 

労組の男が続く。

 

「医療を削って、薬を積んだ便を撃つのか!」

 

新聞社前では、若い記者がメモ帳を握ったまま呟く。

 

「これは治安維持じゃない」

 

地球で上がる声は、まだ「連邦軍は宇宙から出ていけ」にはならない。

 

だが、連邦政府が説明しづらい怒りとして、確実に広がり始めていた。

 

――――――

 

連邦政府の会見室は、その夜、冷房が強すぎた。

 

報道官の額にだけ汗がある。

 

「確認手続き中の不幸な接触であり、患者搬送の有無は現場で十分に確認できていなかった可能性が――」

 

記者席から声が飛ぶ。

 

「積荷一覧は出ていたのではありませんか」

 

別の声。

 

「診療所向け薬剤、学校向け教材、患者搬送と明記されています」

 

さらに別の声。

 

「今期の宇宙方面艦隊予算増額との関連は」

 

報道官の口が一瞬止まる。

 

そのわずかな間に、会見室の空気が完全に逆転した。

 

彼はもはや説明しているのではない。

 

説明しきれないものを薄く包んでいるだけだ。

 

それは見ている方にも分かる。

 

モニター越しの誰もが、それを感じていた。

 

――――――

 

サイド7では、その全部が一つの報告へまとまって戻ってきた。

 

サイド6港湾前、集会三百名規模。

 

第三学区前、保護者と教員中心の抗議集会。

 

北区診療所前、夜勤者による抗議声明。

 

地球側主要紙でも軍事費増大との関連報道開始。

 

エドワウの机には、その速報が積み上がっている。

 

アムロが、その一枚を読んで言った。

 

「広がったな」

 

セイラは、報告書から目を離さずに答える。

 

「当たり前よ」

 

「学校と病院と患者搬送を撃ったんだもの」

 

ララァは窓の外を見ていた。

 

港の灯りはまだ動いている。今日も便は入る。だがその向こうで、別のものも動き始めている。

 

「皆さん、もう知ってしまいました」

 

エドワウが顔を上げる。

 

ララァは静かに続けた。

 

「連邦軍が、宇宙で何を守って、何を踏んでもいいと思っているのか」

 

アムロは椅子にもたれたまま、短く言う。

 

「便利だから使ってたわけじゃなかったってことだな」

 

「はい」

 

ララァは頷く。

 

「前は、便利だから使っていました」

 

「今は、奪われたくないから守ろうとしています」

 

セイラがゆっくり息を吐く。

 

「なら、次の会議はお願いの場じゃないわね」

 

エドワウは報告書を揃えた。

 

「そうだ」

 

「宇宙で暮らす側が、何を止めさせないかを決める場になる」

 

机の端には、次回通信会議の準備書類がもう置かれていた。

 

港の責任者名簿。

 

学校受け入れ責任者候補。

 

診療所統括責任者候補。

 

今までは流れだったものを、これから名前で固定する。

 

アムロがそれを見て苦笑する。

 

「今度は言い訳できないな」

 

「させない」

 

エドワウは短く答えた。

 

「港を開ける人間」

 

「学校の受け入れを決める人間」

 

「病床を出す人間」

 

「そこまで揃えれば、もう簡単には戻せない」

 

窓の外の光は、まだ点々と動いている。

 

港へ入り、学校へ届き、診療所へ入る便がある。

 

その便を守るための言葉が、今夜、宇宙のあちこちで初めて同じ形になった。

 

連邦軍は宇宙から出ていけ。

 

エドワウは、机の上の次回会議資料へ手を伸ばした。

 

「始めるぞ」

 

誰へ言ったのでもなかった。

 

だが、部屋にいた三人は全員、その言葉の意味を理解していた。

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