妹に撃たれない方法   作:Brooks

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ちょっと短め。

アレで気づくよなって思いました。


第162話 見覚えのある動き

 

 

総帥府の執務区画は、もう夜勤の足音しか残っていなかった。

 

昼のあいだ絶えず開閉していた扉は閉まり、廊下の空気は冷え、壁に埋め込まれた照明だけが白く床を洗っている。人の気配が薄くなると、建物そのものの重さが前へ出る。分厚い隔壁と高い天井が、ここが国家の中枢なのだと黙って押しつけてくる。

 

その静けさの中で、ギレンの執務室だけがまだ起きていた。

 

机の上の端末には、送られてきた記録映像の停止画面が残っている。

 

黒く焼けた民間便の右舷外板。

 

外板の裂け目から、まだ薄く白い煙が流れている。

 

その次の画面には、搬入口へ担架が押し込まれるところが映っていた。看護師の肩が前へ倒れ、付き添いの女が子どもの頭を抱えている。さらにその前には、学校へ運び込まれる教材箱。箱の角に焼けた煤がついているのが、映像を止めるとかえってよく見えた。

 

ギレンは椅子に深く座ったまま、その端末を何度も巻き戻していた。

 

見ているのは、焼けた船体ではない。

 

そこへ至る少し前だ。

 

連邦艦の艦首砲が光る直前、白い機体がどう入ったか。

 

便の前へ真っ直ぐ出たのではない。少し上へ抜け、相手の砲口と便の進路が重なる一点へ、斜めに滑り込んでいる。二発目のあとも、敵艦そのものを追わず、補助艇の戻り角度だけを潰している。撃墜ではなく、便から剥がすための動きだ。

 

その一つ一つが、嫌になるほど見覚えがあった。

 

ギレンの指先が机を軽く叩く。

 

「……この動きは、やはり⋯」

 

誰へともなく漏れた声が、広い部屋の中で小さく沈んだ。

 

もう一度、同じ場面を再生する。

 

白い機体が、焼ける寸前の射線へ機体をねじ込み、太いビームを肩の外へ逃がす。あの一拍。遅れれば便が焼ける。早すぎれば相手の次手に間に合わない。そのちょうど間へ、迷いなく入る。

 

ギレンは口元だけで笑った。

 

「⋯白い悪魔の動きだ⋯」

 

笑みというより、厄介な事実を確認した時の動きだった。

 

「ということは、キャスバルはあのパイロットを味方につけたか……」

 

その時、扉の向こうで靴音が止まった。

 

短いノック。

 

返事を待たず、扉が細く開く。

 

「兄上」

 

キシリアだった。

 

夜更けだというのに軍装は崩れていない。紫の生地は光を吸い、胸元の飾りだけが小さく冷たく光る。彼女は部屋へ入ると、まず兄の顔ではなく端末の停止画面を見た。

 

焼けた民間便。

 

搬入口へ運ばれる薬剤箱。

 

そして、連邦艦の前へ割り込む白い機体。

 

そこまで見てから、ようやくギレンへ視線を戻す。

 

「何をご心配で」

 

問いは静かだった。

 

だが、話の重さを最初から分かっている声だった。

 

ギレンはすぐには答えない。

 

端末を指で軽く叩き、映像を数秒だけ巻き戻す。白い機体が補助艇の機首を押し返し、便の腹から引き剥がす場面で止めた。

 

「心配というほどでもない」

 

「ただ、面倒が一つ増えた」

 

キシリアは机の前まで歩いてくる。

 

「白い機体ですか」

 

「そうだ」

 

ギレンは短く返した。

 

「いや、正確には機体ではない」

 

「中身だ」

 

キシリアは止まったまま、もう一度画面を見る。

 

白い機体は敵艦を落としに行かない。便へ寄る補助艇の鼻先だけをずらし、戻ってくる角度だけを殺している。守る対象を先に決めた者の動きだった。

 

「射線を読む」

 

キシリアが言った。

 

「戻り先を塞ぐ」

 

「便を通すために必要な分だけ前へ出る」

 

少し間を置く。

 

「見覚えがあります」

 

ギレンは妹を見た。

 

「お前もそう見るか」

 

「見ますわ」

 

キシリアの返事は早かった。

 

「だから兄上は、白い機体がいることではなく、誰が乗っているかを気にしているのでしょう」

 

ギレンは端末へ視線を戻した。

 

「白い悪魔だ」

 

キシリアは驚かなかった。

 

むしろ、やはりそこへ辿り着いたか、という顔をした。

 

「やはり、生き残っていましたか」

 

「生き残った、ではないな」

 

ギレンは淡々と訂正した。

 

「キャスバルが拾った」

 

「そう見た方が早い」

 

キシリアの目が細くなる。

 

「港、学校、診療所、財団、物流」

 

「そこへ、あれまで乗せましたか」

 

ギレンは椅子へ深く座り直した。

 

「そういうことだ」

 

「白い悪魔が単独で厄介なのではない」

 

「宇宙で回り始めた暮らしの側へ、あれを置いたのが厄介なんだ」

 

端末の画面には、今度は焼けた民間便が映っている。

 

右舷の裂け目。

 

歪んだ外板。

 

その下に小さく見える積荷表示。診療所向け薬剤、学校向け教材、患者搬送。

 

キシリアはその文字を見ながら言った。

 

「なら、引き剥がしますか」

 

「まだ早い」

 

ギレンの返答は即座だった。

 

「今、あれは使える」

 

「連邦が撃ったのは軍需ではない。薬剤と教材と患者搬送だ」

 

「その間へ白い悪魔が割り込んで通した」

 

「この構図は、宇宙側によく効く」

 

キシリアは兄の顔を見る。

 

「下手に手を出せば、キャスバルの側で固まりますものね」

 

「そういうことだ」

 

ギレンは机の上で指を組んだ。

 

「まずは連邦の看板を剥がす」

 

「その次に、キャスバルが抱え込んだ札の持ち主が、どこまで公国の利と並べられるかを見る」

 

キシリアは、そこでようやく小さく笑った。

 

「兄上にしては、ずいぶん我慢なさるのですね」

 

「我慢ではない」

 

ギレンは端末を消した。

 

暗くなった画面に、二人の顔だけがぼんやり映る。

 

「順番だ」

 

数秒、誰も喋らなかった。

 

部屋の外では、まだ夜勤の士官がどこかの扉を開け閉めしているはずだ。だが、この部屋まではもう音が届かない。

 

キシリアは兄の横顔を見た。

 

「兄上」

 

「何だ」

 

「少し楽しそうですわよ」

 

ギレンは眉一つ動かさない。

 

「気のせいだ」

 

キシリアは、今度ははっきり笑った。

 

「そういうことにしておきます」

 

扉が閉まる。

 

一人になった執務室で、ギレンはしばらく暗い端末を見ていた。

 

白い機体は、もう映っていない。

 

それでも頭の中には、射線へ滑り込んだあの一瞬だけが残っている。

 

「厄介だな」

 

小さく漏れた独り言は、誰にも聞かれないまま消えた。

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