妹に撃たれない方法   作:Brooks

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え、1年戦争は? そんな話ではなくなっています。


第166話 ティターンズ

 

ジャブローの地下は、いつ行っても同じ温度だった。

 

地上が昼でも夜でも、雨でも乾季でも、あの場所の空気は変わらない。わずかに乾いていて、少しだけ冷たい。金属の匂いと、古い配線の熱の匂いが薄く混じっている。通路は広いのに音が響かない。壁が厚いからだ。人が歩いても、靴音は床に吸われる。そういう場所で決まることは、たいていろくでもない。

 

ジャミトフ・ハイマンは、会議室の中央に置かれた細長い机の向こうに座っていた。背筋は伸びているが、若い軍人のような張りはない。重さがある。五十年近く生きてきた男の骨格と、長く軍服を着てきた男の癖が、そのまま背と肩に残っていた。

 

壁の大型表示には六つの都市が映っている。

 

ニューヨーク。 ジャブロー。 シドニー。 ホンコン。 ベルファスト。 アンマン。

 

それぞれの都市に、白い点と赤い点が打たれている。議会宿舎、通信局、軍庁舎、放送局、発着場、燃料基地、補修区画。人間が集まり、命令が出て、金が動き、船や飛行機が発つ場所ばかりだった。

 

机の上には三十バンチの証拠が並んでいた。換気塔接続部の破片、散布ユニットの成分表、死傷者一覧、レビル名義の公開声明、そして連邦議会の調査委員会招集通知。どれも紙か金属だ。だが、そのどれにも血の匂いが貼りついていた。

 

ジャミトフは、その紙を見下ろしたまま言った。

 

「三十バンチそのものは問題ではない」

 

誰も口を挟まない。

 

「問題は、その後だ」

 

彼はようやく顔を上げた。

 

「議会が動いた」

 

「軍が割れた」

 

「証拠が残った」

 

「このまま朝を越えれば、連邦は命令を二つ持つことになる」

 

その言い方は静かだった。怒鳴る必要がない時、人は本当に腹を決めている。

 

ニューヨーク担当の将校が資料を開く。

 

「議会宿舎、放送局、通信局、軍庁舎、配置完了です」

 

ジャブロー担当が続ける。

 

「認証鍵更新、発進許可差し替え、非常電源移行、準備済みです」

 

ホンコン担当。

 

「大口口座凍結、保険支払停止、深夜決済制限、開始可能」

 

ベルファスト担当。

 

「補修区画封鎖、艦艇認証更新、海路統制、問題ありません」

 

アンマン担当。

 

「燃料払出し停止、中継基地封鎖、輸送便抑制、準備済みです」

 

シドニー担当。

 

「放送原稿差し替え、行政回線切替、待機中です」

 

ジャミトフはうなずきもせずに聞いていた。

 

「議会はニューヨークで黙らせる」

 

「軍はジャブローで握る」

 

「金はホンコンで止める」

 

「港はベルファストだ」

 

「補給はアンマン」

 

「南半球の口はシドニーで押さえる」

 

バスク・オムが机の端に肘をついた。目つきは悪いが、今日は機嫌がいいように見えた。自分の手口が、ようやく組織の名前になる夜なのだ。

 

「看板が要るな」

 

とバスクは言った。

 

「兵に見せる名がないと、ただの夜間制圧で終わる」

 

ジャミトフは机の脇に置かれた黒い箱を開けた。

 

中には新しい腕章が並んでいた。黒地に金属糸の縁取り。その横には認証票、命令書式、部隊章。

 

「本日をもって、地球連邦軍特別治安維持部隊を発足させる」

 

そこで一度、部屋の空気が止まった。

 

「名称は、ティターンズだ」

 

誰も驚かなかった。驚かないということは、皆、すでに知っていたということだ。名前だけが、今、口に出された。

 

――――――

 

ニューヨークの夜景は、地上に置かれた巨大な電子基板みたいに見えた。

 

大きな川の上を橋の灯が渡り、高層建築の窓が規則正しく光る。道路を走る車列は、赤と白の点になって流れていく。外から見れば、都市はいつも通りだ。だからこそ、その内側で何が切り替わったのか分かりにくい。

 

最初に変わったのは音だった。

 

議会宿舎の前に黒い車両が増えた。 放送局の裏口へ兵が入る。 通信局の地下で幹線回線が一度落ちる。 軍庁舎の将官用回線が切り替わる。

 

どれも一つずつならただの夜間業務に見える。だが、それが同じ数十分の中に重なると、都市の呼吸が変わる。

 

議会宿舎の正門には、新しい腕章を巻いた兵が立ち始めていた。彼らはまだ声を荒らげない。名簿を見て、顔を見て、必要な者だけを止める。その静けさがいちばん怖い。

 

放送局の中では、深夜ニュース用の原稿が机の上から退けられ、別の紙が置かれた。端正な文字で印字された声明文。最初の一行に「地球連邦軍特別治安維持部隊」とある。

 

通信局では、技術者が二つの回線を見比べていた。一つは議会向け、もう一つは軍上層向け。切り替え命令が落ちる。彼は唇を舐め、一瞬だけ躊躇し、それでも手を動かした。躊躇したことを、誰も評価しない夜だった。

 

軍庁舎では将官室前の警備がごっそり入れ替わっていた。古い顔が消え、知らない顔が並ぶ。彼らの目は硬く、動きに無駄がない。前から決めていた立ち位置に、前から決めていた順番で立っていく。

 

すべてが、練習済みのように見えた。

 

――――――

 

ブレックス・フォーラの部屋は空だった。

 

ニューヨーク担当の将校が、その報告を受けたのは宿舎三階の廊下だった。青い絨毯が敷かれ、壁には安っぽい風景画が等間隔に掛けられている。夜の宿舎はいつも静かだが、この夜の静けさは妙に平たかった。人の声を押しつぶしたあとの静けさだ。

 

「ブレックス・フォーラ、不在」

 

副官が短く告げる。

 

「議員三、所在不明」

 

「軍士官五、宿舎より消失」

 

「通信担当二、出勤記録なし」

 

バスクは部屋の前に立ったまま、その報告を聞いた。扉の向こうを覗く必要はない。もう見ているようなものだ。消えた机、消えた紙、消えた人間。その三つが揃えば、何が起きたかは十分わかる。

 

「抜かれたか」

 

バスクはそう言った。

 

ニューヨーク担当の将校は口を真一文字に結んだ。

 

「申し訳――」

 

「全員を抜かれたわけじゃない」

 

ジャミトフの声が回線越しに入る。

 

「議会は押さえた」

 

「放送も通信も押さえた」

 

「空いた椅子は、あとで埋めればいい」

 

その言い方は冷たかった。人間ではなく、機能の話をしている声だった。

 

バスクは短く鼻を鳴らす。

 

「一人くらいは、見せしめにしたかったがな」

 

「見せしめはこれからいくらでも作れる」

 

とジャミトフは言った。

 

宿舎の別の部屋では、逃げ遅れた議員が壁に手をついて立っていた。寝間着の上にコートだけを羽織り、机の上の紙を見ている。兵が扉を塞ぐ。彼は、議会の権限を口にしかけたが、最後まで言えなかった。言って効く夜ではないと、自分でわかってしまったからだ。

 

その隣の階では、若い補佐官が資料ケースを抱えたまま止められていた。ケースの中身は三十バンチの調査資料だった。兵がそれを取り上げる。紙の角が折れる。補佐官はそれを見て、ほんの少しだけ顔を歪めた。

 

――――――

 

ジャブローの地下司令区画は、夜になっても色が変わらない。

 

白い壁。 灰色の床。 蛍光灯の薄い唸り。 どの通路も似ていて、初めて来た人間なら同じ場所を何度も回ることになる。だが長くいる者には、壁の擦れと角の丸みで違いがわかる。ゴップはそういう男だった。

 

彼は会議室に座ったまま、差し出された文書を読んでいた。表題は「非常措置に伴う暫定指揮系統変更」。議会承認を飛ばし、軍の中で軍を立てるための紙だ。読むまでもない。そういう顔をしていた。

 

「議決はどこだ」

 

ゴップは文書を机へ置き、相手を見た。

 

答えは返ってこない。代わりに、扉の外の兵が一歩前へ出た気配がした。

 

「閣下、保護のため移動を」

 

と随伴の将校が言う。

 

ゴップは椅子から立たなかった。

 

「それは保護ではない」

 

声は低かったが、よく通った。

 

「首をすげ替える時のやり方だ」

 

相手の顔が少しだけ固くなる。

 

「ご理解ください」

 

「理解している」

 

とゴップは言った。

 

「だから認めん」

 

次の動きは短かった。

 

兵が腕を取る。 ゴップがそれを振り払う。 乾いた発砲音。 水差しが机の端から落ちる。 水が床へ薄く広がる。

 

ゴップは胸元を押さえたまま、椅子の背にもたれた。顔には驚きより、面倒くさいものを見るような疲れが残っていた。

 

報告書にはあとでこう書かれる。

 

移送時の抵抗により不慮の死。

 

政治の骨が、そこで折れた。

 

――――――

 

ティアンムは、自分で通信室まで降りてきた。

 

宇宙方面軍向けの回線経路が変わったことに気づいたのは、地下の第二司令卓で差し替えられた発進許可コードを見たからだった。古い将官ほど、数字の違和感に敏い。長く軍にいると、正常な番号の並びを体が覚えるからだ。

 

若い副官が後ろにつく。

 

「将軍、危険です」

 

ティアンムは歩きながら言った。

 

「危険だから降りるんだ」

 

その歩き方は急いでいるが、走ってはいなかった。走ると呼吸が乱れ、判断も乱れる。現場で長く生きた人間の歩き方だった。

 

通信室の前には、見慣れない警備が立っていた。中では将校が端末に命令文を流し込んでいる。宇宙方面軍宛て。ジャブロー発。正式命令の顔をした偽物だった。

 

ティアンムは扉をくぐるなり言った。

 

「それは連邦軍の命令ではない」

 

通信将校が顔を上げる。

 

「本日より指揮系統は更新されています」

 

「更新の権限はどこだ」

 

ティアンムはさらに前へ出た。

 

「認証を止めろ」

 

彼は自分で端末へ手を伸ばした。指先がパネルに触れるより早く、横から発砲音が走る。

 

ティアンムの体がわずかに揺れた。

 

それでも、倒れる直前まで指先は端末へ伸びていた。止めるために、ただそれだけをしようとして死んだ形だった。

 

副官が声を上げる。

 

「将軍!」

 

次の瞬間には、彼も床へ押し倒されていた。

 

通信室の照明は変わらない。端末は光ったまま。パネルに落ちた血が、薄い赤い膜になって広がる。偽の命令文は、その横で淡々と送信されていく。

 

軍の骨も、そこで折れた。

 

――――――

 

ホンコンの夜景はいつ見ても少し過剰だ。

 

高いビルのガラスが光を返し、港には赤や緑の航路灯が散っている。金融街の上層階では、まだ人が働いていた。昼と夜の区別が、あの街にはあまりない。

 

その夜も同じだった。違ったのは、机の上の表示だけだ。

 

大口口座凍結。 保険支払停止。 運送信用状保留。

 

口座担当の男は、画面の文字を見て唇を噛んだ。彼は反強硬派の議員に資金を流す裏口を知っていた。だからこそ先に押さえられた。背後に立った兵が、端末から手を離せと言う。男は一瞬だけ迷い、それから認証札を机に置いた。置いたところで何も変わらないとわかっていても、そうするしかなかった。

 

ベルファストでは、補修区画の天井から水が細く落ちていた。海の近くの施設はどこもそうだ。湿気が機械の寿命を少しずつ削っていく。艦艇整備責任者の士官は、作業灯の下で認証端末を見た。自分の権限が切れている。横を見ると、艦の認証鍵を持つ兵が新しい腕章を巻いて立っていた。

 

アンマンでは、砂の匂いを含んだ夜気が燃料基地の柵を撫でていた。補給将校が台帳を抱えたまま壁へ押しつけられる。燃料払出しコードはその場で変更される。数字だけが生きて、人は押しのけられる。

 

シドニーでは、放送局の技術室に新しい原稿が置かれていた。夜間保守のはずだった。だが机の上にあるのは工具ではなく声明文だ。技術者はそれを見て、自分の仕事がこの夜に何の役に立つのかを考え、それから考えるのをやめた。

 

逃げ遅れた者たちは、そうやって一人ずつ切られていった。

 

――――――

 

放送が始まったのは、ニューヨークの空が少しだけ白み始める前だった。

 

画面に出るのは連邦軍の紋章ではない。新しい部隊章だ。黒地に硬い線で描かれた印。言葉は短い。短い方が軍らしい。

 

ジャミトフの声が流れる。

 

「本日をもって、地球連邦軍特別治安維持部隊を発足させる」

 

少し間があく。

 

「名称は、ティターンズだ」

 

さらに続ける。

 

「反地球連邦政府活動の制圧」

 

「議会、軍、行政への浸透工作の排除」

 

「地球圏における治安回復」

 

それだけだった。

 

言葉の数は少ない。だが、その少なさがかえって冷たかった。言い訳を長くしない人間は、もう引き返す気がない。

 

サイド1の食堂でこの放送を見た男が、コップを机へ叩きつけた。

 

「治安回復だと」

 

三十バンチを見た人間にとって、その四文字は侮辱でしかない。

 

サイド2の代表は画面を見ながら、横にいた秘書へ短く言った。

 

「条件を詰める時間がなくなった」

 

その言い方は冷静だったが、冷静だからこそ焦っていた。

 

――――――

 

宇宙へ逃れた者たちが集められていた部屋は、会議室というには少し貧しかった。

 

机が足りない。椅子も足りない。壁の塗装はところどころ剥げている。照明はひとつだけ色が違い、安い修理品だとわかる。けれど、その部屋には今、地球から抜いた議員、士官、実務官がいる。紙の山と、眠っていない顔と、まだ消えていない息があった。

 

ブレックスは壁際の椅子に座っていた。コートは脱いでいるが、背広の肩にしわが残っている。川を渡り、車を乗り換え、夜明け前の便で宇宙へ上がった人間の顔だった。疲れている。だが、まだ目は死んでいない。

 

エドワウは少し離れた場所に立っていた。

 

モニターにはティターンズの放送が映っている。新しい名前。新しい腕章。新しい命令書式。前世で似たようなものを見た記憶が、喉の奥に小さく残った。名前がついた瞬間から、人は無駄に強くなる。制服も同じだ。たった布一枚で、人は自分に許可を出す。

 

あの人は、これに対してどう言うだろう。エドワウはブレックスの横顔を見ながらそう思った。前の人生で、自分はこの人の命令で艦を動かした。短い命令を出し、長い責任を引き受ける人だった。だから好きだった。軍人としても、政治家としても、珍しく中身のある人だった。

 

ブレックスもまた、時々こちらを見た。若いのに、議会の空気も軍の汚れも知りすぎている男。ニューヨークからの脱出線を組めるだけでなく、逃がした人数の重さまでわかっている顔をしている。そういう若い男は、地球にはあまりいない。

 

放送が終わる。

 

しばらく誰も喋らなかった。

 

最初に口を開いたのはブレックスだった。

 

「名前を持ったか」

 

エドワウは答える。

 

「名乗った以上、隠れはしません」

 

アムロがモニターを見たまま言う。

 

「連邦を守る顔で、連邦を取ったな」

 

ブレックスはその言葉に、ほんのわずかだけ口元を動かした。笑ったわけではない。だが、そうだな、と認める時の顔だった。

 

「奪われたなら、取り返すしかない」

 

その言い方は具体的だった。取り返す。誰から、何を、どうやって。その全部をこれから詰めるのだとわかる言い方だった。

 

エドワウは、その声を聞いて少しだけ息をついた。この人はまだ折れていない。折れていないどころか、ちゃんと怒っている。怒りを机の上に乗せて、順番に並べられる種類の人間だ。だから助けた価値がある。

 

窓の外では、宇宙港の誘導灯が一列に並んでいた。朝はまだ遠い。遠いが、もう戻らない夜でもあった。

 

――――――

 

総帥府の執務室では、ギレンがティターンズの放送を見終えていた。

 

モニターはもう暗くなっている。机の上には各サイドとの交渉資料、三十バンチの証拠、連邦軍駐留地区の一覧が並んでいる。窓の外ではズムシティの朝の交通が動き始めていた。シャトルが細い光を引いて上がっていく。工区へ向かう搬送車列が整然と流れている。

 

ギレンは、しばらく何も言わなかった。

 

それから紙を一枚だけ引き寄せる。

 

「これで、連邦軍駐留を受け入れる理由が一つ減った」

 

キシリアが向かいの椅子に座って足を組む。

 

「一つ、ですの」

 

「十分だ」

 

ギレンは答える。

 

「多すぎる理由は、かえって交渉を鈍らせる」

 

彼は別の書類を手に取った。サイド1、サイド2向けの提案書だ。連邦軍段階的退去。公国軍の限定的安全保障受託。換気塔、外周ハッチ、港湾管理権の移行。

 

ティターンズという新しい名は、彼にとって恐怖ではなく材料だった。地球が自分で自分の顔を裂いたのだ。なら宇宙は、その裂け目へ刃を入れればいい。

 

キシリアが言う。

 

「間に合いましたわね」

 

ギレンは提案書の一行に赤を入れた。

 

「間に合わせた」

 

その言い方には、感情より仕事の手触りがあった。

 

――――――

 

地球の明け方は、場所によって色が違う。

 

ニューヨークは灰色だった。川の水も、石の建物も、朝の空も、みんな少しずつ灰色だ。議会宿舎の前には黒い車列。放送局の入口には新しい腕章の兵。軍庁舎の屋上には、夜のうちに取り替えられたアンテナ。

 

ジャブローでは朝が見えない。地下の通信室の床にはまだティアンムの血が乾ききらず、倒れた水差しの下には薄い水の跡が残っていた。ゴップの会議室の机には、読みかけの文書が開いたままだ。誰もそれを片づけようとはしない。死んだ机には、しばらく触れないものだ。

 

宇宙では、仮設会議室の机に新しい紙が置かれていた。連邦を取り戻すために必要な人間の名前。逃げてきた者、まだ地球に残っている者、もう二度と戻らない者。その紙の上で、これから組織が作られる。

 

エドワウはその紙を見ながら、前の人生で失ったものを少しだけ思い出した。失う時はいつも遅い。気づくのは、たいてい名前がついたあとだ。だが今回は、その少し前に何人かを抜けた。完全ではない。だが完全を待っていたら、今ここにいる人間の半分もいなかっただろう。

 

ブレックスが机の端に指を置いた。

 

「連邦を取り戻す」

 

その言葉に、誰も反対しなかった。

 

反対する余地がもう残っていないからだ。地球の中心で、名前を持った敵が正式に立った。なら、こちらも何を取り返すのかを具体的に言うしかない。

 

エドワウはブレックスの横顔を見た。疲れている。頬も少し落ちている。だが、あの人はまだ前を見ている。そこに少しだけ救われる気がした。前の人生では、最後にこの人を守れなかった。今はまだ、そこまで行っていない。

 

モニターは暗いままだった。窓の外には宇宙港の誘導灯が並んでいる。静かな光だった。静かなものほど、長く残る。

 

エドワウは心の中で、次に必要な艦の数と、足りない整備士の数と、ネモの配分を数え始めていた。感傷は役に立たない。だが、感傷の残りかすみたいなものが、人を少しだけ丁寧にする時がある。今はたぶん、そういう時だった。




あの人は今木星。
あの子はまだ少女。
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