妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第170話 裂け目を見た者たち

 

 

地球圏のティターンズ中枢施設は、外の光を切っていた。

 

二重扉の奥にある会議室は白い照明で満たされていたが、明るいというより、色のない箱の中に閉じ込められたような息苦しさがあった。長い卓の上には報告書、港湾管理局から押収した通達文、各コロニーの治安報告、監察局の人名表が並んでいる。紙の端を押さえる銀色の文鎮だけが、妙に重たく見えた。

 

壁面表示にはサイド2、サイド4、サイド6、月面の主要施設が並んでいた。港、宿舎区画、補給倉庫、訓練施設。そこに赤い標識が一つずつ灯っていく。

 

ジャミトフ・ハイマンは肘掛けに指を置いたまま、その増え方を見ていた。

 

最初の報告はサイド2からだった。

 

「第七補給港。港湾管理局が連邦軍輸送船の接岸許可を停止。荷役組合も作業員を引き上げています。駐留部隊は搬入待機のまま外周で足止めです」

 

次はサイド6。

 

「宿舎区画の契約更新拒否が相次いでいます。連邦軍所属の家族を受け入れていた居住棟が、管理会社との契約を打ち切られました。主計士官と整備兵の家族は別区画へ移動中。退去期限は明朝」

 

表示が切り替わる。

 

サイド4、ダークコロニー。

 

「教導課程の上級班に欠員。昨夜の夜間飛行訓練後、パイロット候補生十二名が未帰還。整備課程からも八名、通信課程から五名が所在不明。戦術教官二名、整備教官一名、航法教官一名が教官宿舎へ戻っていません」

 

会議室の空気がそこで止まった。

 

バスク・オムが椅子を軋ませた。

 

「訓練生風情が」

 

吐き捨てるような言い方だった。

 

だが、その声にすぐ乗る者はいなかった。補給局の将校が資料をめくり、低い声で言った。

 

「問題は訓練生だけではありません」

 

顔を上げる。

 

「各サイドで進んでいるのはティターンズ排斥ではない。連邦軍排斥です」

 

室内がさらに静かになる。

 

「港を貸さない。家族を住まわせない。燃料を回さない。整備班に荷を触らせない。駐留を続ける場所そのものを取り上げています」

 

短く息を継ぐ。

 

「追い出しです」

 

その言葉が室内に沈んだ。

 

ジャミトフはそこで初めて口を開いた。

 

「サイド5にはもう連邦軍はいない」

 

誰も否定しない。

 

「月面で機体を持っているのはアナハイムだけだ。リック・ディアスもネモも、あそこにある。グラナダにも、連邦軍にもない」

 

視線を壁面表示に向けたまま続ける。

 

「残った各サイドでも、港も宿舎も使えない」

 

バスクが言う。

 

「ならば取り返せばいい。港湾管理局を潰し、コロニー当局を差し替えれば済む話です」

 

対面に座っていた実務将校が、間を置かずに返した。

 

「取り返したあと、誰がそこに残るのですか」

 

バスクが睨む。

 

「何だと」

 

「追い出された連邦軍将兵が、ティターンズへ戻るなら話は早い。しかし実際にはそうなっていません」

 

その将校はサイド4の表示を指した。

 

「宇宙で軍籍を残したい者たちは、別の旗を探し始めています」

 

ジャミトフの目が細くなった。

 

「レビルか」

 

「はい」

 

それだけで足りた。

 

艦隊の数ではない。港の数でもない。宇宙で行き場を失った将兵、整備兵、主計士官、通信兵、教官、そしてこれから軍の骨組みになる士官候補生とパイロット候補生が、老人の名の下へ集まり始めている。

 

それが何を意味するか、ここにいる者たちは理解していた。

 

――――――

 

会議は報告の読み上げから、意味の確認へ移った。

 

監察局の士官が、サイド4ダークコロニーの教育編成を映し出す。戦術教導、航法教導、機関整備、通信運用。どの課程も、教官と候補生の大半がスペースノイド出身だった。

 

「ここ数年、ダークコロニーの教導課程は宇宙側へ寄っています」

 

士官が言う。

 

「地球の基地へ送るアースノイド中心の候補生とは別です。コロニーで連邦軍排斥が進むほど、学校はスペースノイドの家庭から候補生を取らなければ編成が立ちませんでした」

 

別の資料が開く。

 

任官予定表だった。

 

ティターンズ配属予定の欄に、赤い印がいくつも付いている。

 

「先月までは保留で済んでいました。ですが、ティターンズへの優先配属が正式に出た日から変わりました」

 

監察局の士官は声を落とした。

 

「教官が説明を止めています」

 

「何をだ」

 

ジャミトフが問う。

 

「任官先の説明です。代わりに、航路の確認、発進手順、応急整備だけを繰り返している」

 

それを聞いたとき、バスクの表情が初めてわずかに動いた。

 

「見逃していたのか」

 

「校内規律の違反には当たりません。授業は続いていた。飛行訓練も、整備訓練も、通信演習も予定通りに見えました」

 

「見えた、か」

 

ジャミトフが低く言う。

 

「実際には違ったのでしょう」

 

「はい。教官は候補生を煽ってはいません。ですが、ティターンズへ行ったあとの話をしなくなった。代わりに、外縁寄港地の位置、燃料消費、訓練艇の持続時間、通信沈黙時の合流点、そういう話だけが増えています」

 

会議室の端で誰かが舌打ちした。

 

それは扇動より始末が悪かった。

 

一言で命じれば反逆として切れる。だが、燃料計算と航法を教えただけでは切れない。軍人として当然の教育にしか見えないからだ。

 

補給局の将校が続ける。

 

「候補生の流出も、一斉逃走ではありません。班単位です」

 

壁面表示に日時が出る。

 

夜間飛行訓練後に十二名。

 

翌日、整備課程から八名。

 

さらに翌日、通信課程から五名。

 

その次に、上級士官候補生十七名。

 

数が増えていく。

 

「一週間で百二十六名」

 

会議室にいた誰かが息を呑んだ。

 

これは数名の離脱ではない。学校一つの空気が変わり、若い人材が同じ方向へ歩き始めた数字だった。

 

ジャミトフは腕を組んだ。

 

「地球側はどうだ」

 

「まだ同規模ではありません。地球基地の士官学校は管理が効いています。ただし、宇宙への転属希望、任官延期願、病欠による保留が増えています」

 

「つまり」

 

「宇宙側ほど露骨ではない。しかし追随の兆しはあります」

 

ジャミトフは壁面表示から目を離さなかった。

 

サイド5はもうない。月面はアナハイムが握る。残る各サイドも連邦軍を追い出している。その中で、ダークコロニーの教導課程にいた若者たちだけが、まだ艇を動かせる。機体を整備できる。通信をつなげられる。

 

そこから百を超える士官候補生とパイロット候補生が出た。

 

行き先を口にしなくても、収束する先は一つしかなかった。

 

レビルの旗の下。

 

艦をつなぐ場所があり、整備兵の寝台があり、訓練を続ける教官がいる場所。

 

老人一人に軍が宿るのではない。行き場を失った人間が集まり、その人間が港と艦と機体を動かすから軍になる。

 

その形が見え始めていた。

 

――――――

 

対応策の検討に入ると、室内の声は一段低くなった。

 

怒鳴ればどうにかなる話ではないと、全員がわかり始めていた。

 

「レビルを武装反乱の首謀者として扱う準備を進めます」

 

軍法会議筋の担当者が資料を開く。

 

「起案は本日中。署名は軍法、監察、政府広報の三系統。発信は各サイドの駐留司令部、各基地、各教導課程、予備役名簿先まで一斉」

 

ジャミトフがうなずく。

 

「次」

 

通信統制担当が出る。

 

「各サイドの残存駐留部隊、輸送拠点、教導課程に新認証暗号を送ります。七十二時間以内に受領確認と支持表明を要求。未回答、曖昧な返答、発令元再照会の繰り返しは監察対象」

 

補給局の将校が続いた。

 

「押さえる場所は三つです。サイド2第七補給港。サイド6外縁寄港地。サイド4ダークコロニーの訓練艇発着区画」

 

そこに赤い印が付く。

 

「目的は住民の鎮圧ではありません。追い出された連邦軍人員、候補生、教官がレビル側へ流れる前に止めることです」

 

バスクがすぐに口を挟んだ。

 

「甘い。教官と候補生をまとめて拘束しろ。見せしめに何人か吊るせば止まる」

 

ジャミトフは椅子にもたれたまま、その声を切った。

 

「止まらん」

 

短い言葉だった。

 

「今のダークコロニーでそれをやれば、残った候補生まで全部向こうへ走る」

 

「すでに走っている」

 

「全部ではない」

 

ジャミトフは初めてバスクを正面から見た。

 

「だからまだ手が打てる」

 

会議室の空気が張る。

 

「住民を撃つな。学校を包囲するな。港湾管理局を潰すな。今やれば、ティターンズがスペースノイドの若い将兵を切り捨てたという形で広がる」

 

補給局の将校が静かに言う。

 

「彼らは連邦軍を捨てたがっているわけではありません。ティターンズの下へ入るのを拒んでいるだけです」

 

その一言が、場をさらに冷たくした。

 

それが一番厄介だった。

 

地球へ刃を向ける革命家なら撃てる。ジオンの残党なら撃てる。だが、連邦の制服を着たまま、軍籍を捨てず、別の将軍に敬礼しようとする若者は撃ちづらい。

 

ジャミトフは机上の資料を指で押さえた。

 

「彼らに、レビルの旗の下が軍であると思わせるな」

 

誰も返事をしない。

 

だが、それができれば苦労はなかった。

 

――――――

 

会議がいったん解けたあと、室内にはジャミトフとバスクだけが残った。

 

扉が閉まると、空調の音だけが耳についた。

 

バスクは立ったまま言う。

 

「ためらいは敗北です。教導課程ごと切るべきだ。発着区画を封鎖し、教官を拘束し、未帰還の候補生は反逆者として公表する」

 

ジャミトフは壁面表示へ目を向けたままだった。

 

サイド4の赤い印は、ほかより多い。

 

「お前は若い兵をただの駒だと思っている」

 

「違います。駒として扱わねば軍は立ちません」

 

「今の問題はそこではない」

 

ジャミトフが言う。

 

「ダークコロニーから出た候補生が百二十六名。教官は四名。整備見習い、通信要員、航法上級生も含めれば、あれだけで艦の当直表が組める。哨戒艇なら複数隻動かせる。ネモの訓練班も作れる」

 

バスクは黙った。

 

数字で言われれば重みが違う。

 

「サイド5は失った。月面で機体を握っているのはアナハイムだ。残る宇宙側の若い人材までレビルに渡したら、向こうに軍の背骨ができる」

 

「ならなおさら早く――」

 

「だから早く制度で締める」

 

ジャミトフが遮る。

 

「反逆認定。認証更新。補給差し止め。任官無効。家族への送金停止。できることを全部やる」

 

バスクは不満を顔に出したまま扉の方へ向かった。

 

「それで止まりますか」

 

ジャミトフはすぐには答えなかった。

 

「止まらなくても、遅らせる」

 

それが本音だった。

 

扉の前でバスクが振り向く。

 

「レビルの名はそこまで重いですか」

 

ジャミトフは目を細めた。

 

「一年戦争を知る者にはな」

 

少し間を置く。

 

「若い連中にとっては、レビル本人より、その下へ行けばまだ軍人でいられるという事実の方が重い」

 

バスクは何も言わずに出ていった。

 

扉が閉まる。

 

ジャミトフは一人で残り、壁面表示を見た。

 

赤い印は港ではない。宿舎でもない。そこから押し出される人数だった。次にどれだけ出るか、その予兆だった。

 

彼はそこでようやく、自分たちが失いかけているのは領域ではなく、未来の士官だと悟った。

 

――――――

 

命令が各地へ飛ぶ。

 

だが、それを受け取る側は、もう同じ場所にとどまってはいなかった。

 

サイド2では、接岸を拒まれた輸送船から、整備兵と主計士官が小型艇へ乗り換える。工具箱、記録端末、薬品箱。持ち出せるものだけを抱えて外縁へ出る。

 

サイド6では、宿舎を失った家族連れが貨客船へ移る。制服の上に外套を重ね、所属章を外した整備兵が、子どもの手を引いてタラップを下りる。

 

そしてサイド4、ダークコロニー。

 

夜間飛行の発着灯が消えたあとも、小型訓練艇の影が順に外へ出る。最初は一隻。次に二隻。そのあとに整備班用の輸送艇。通信課程の上級生が積んだ端末箱。航法課程の候補生が持ち出した座標表。

 

教官は叫ばない。

 

発着区画に立つ戦術教官は、最後の艇が離れるまで腕時計しか見ていない。整備教官は機関の音を聞き分け、無理のない出力で飛べる艇だけを先に出す。航法教官は訓練用航路図を机に広げたまま、その上に新しい合流点を赤鉛筆で記していた。

 

これは暴走ではなかった。

 

授業で教えた知識が、別の旗の下へ移るために使われているだけだった。

 

パイロット候補生。

 

士官候補生。

 

整備課程。

 

通信課程。

 

航法課程。

 

班ごとに時間をずらし、使う艇を変え、検問の薄い外縁へ抜ける。戻らない。翌朝の点呼で席が空く。昼にはまた空く。夕方には教官室の名札まで減っている。

 

誰も大声では言わない。

 

それでも皆、同じことを知っていた。

 

レビルの旗の下へ行けば、まだ軍人でいられる。

 

ティターンズの命令書は届いていた。新認証暗号も、忠誠確認も、反逆認定の草案も。

 

だが、その命令を読んで従うはずの若い人材が、もう艇の中にいる。外縁の暗い航路を飛び、別の合流点へ向かっている。

 

宇宙で連邦軍として残る道は、一つしかない。

 

その現実が、命令書より先に広がっていた。

 

――――――

 

ティターンズ中枢へ、第一波の集計が戻る。

 

通信担当が一覧を卓上へ置いた。

 

「受領確認、順次返送。未回答、十五。曖昧な文面、九。発令元再照会、六」

 

補給局の将校が別紙を差し出す。

 

「ダークコロニー教導課程。未帰還者、現時点で百四十三名。うち士官候補生三十八、パイロット候補生五十七、整備課程二十六、通信課程十二、航法課程十。教官四名」

 

バスクがいない室内で、その数字は前より重く響いた。

 

ジャミトフは一覧を見たあと、短く言った。

 

「遅いところから順に見ろ」

 

通信担当が頭を下げる。

 

「はい」

 

「それと」

 

ジャミトフは壁面表示から目を離さずに続けた。

 

「ダークコロニー発の訓練艇、輸送艇、外縁寄港地へ向かった貨客船、全部洗え。どこへ流れているかではない。どこへ流せるようになっているかを見ろ」

 

それが重要だった。

 

一隻ずつの追跡ではない。受け皿の確認だ。

 

港があり、燃料があり、機体があり、教官が立ち、候補生を受け入れる寝台がある場所。

 

そこがレビルの旗の下で形を持ち始めれば、向こうはただの寄せ集めではなくなる。

 

壁面表示の横で、小さな警告灯が点る。

 

まだ大きな戦闘は起きていない。

 

だがティターンズは、この瞬間に理解した。

 

各サイドで進んでいる連邦軍排斥は、単なる治安問題ではない。

 

宇宙で居場所を失った連邦軍将兵と、これから士官になる若者たちを、レビルの旗の下へ押し流す力だ。

 

その流れを止められなければ、向こうに別の連邦軍が立ち上がる。

 

そして一度立ち上がれば、もう武装集団とは呼べない。

 

軍になる。

 

その予感が、白い会議室の温度をさらに下げた。

 

 




バスクが狸に見えてきました。
泥舟。
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