妹に撃たれない方法   作:Brooks

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5thルナがあるならあったはず


第171話 サードルナ

 

サードルナの司令区画は、もともとブッホ・コンツェルンの採掘管理室だった。

 

壁に残ったままの鉱脈図の上へ、ティターンズが持ち込んだ戦術図が何枚も重ね貼りされている。古い採掘予定線の赤と、サイド4外縁空域の青い航路線が交差し、その上から黄色い進路が引かれていた。照明は明るいが、空気にはまだ鉱山特有の乾いた金属臭が残っている。机の縁には掘削機械の型番が刻印されたままだった。

 

現地司令官は、その机を指で叩いた。

 

「外殻北面の係留桟橋は二日で使えるようにしろ。補給艇が横付けできなければ意味がない」

 

工兵責任者が端末を見たまま答える。

 

「第三坑道を抜けば通せます。ただし支柱は入れ直しです。ブッホの採掘仕様のままだと、弾薬箱と燃料容器を続けて通した時に天井が持ちません」

 

監察局から来た将校が、壁の表示へ目を上げた。

 

サイド4、ダークコロニー外縁、民間寄港地、小型艇の合流点。訓練艇や整備班輸送艇が使うには無理のない距離だが、遠回りを許すほど余裕のある空域ではない。細い航路が、いくつも黒の上へ引かれている。

 

「ここへ停止位置を取る」

 

将校は、サイド4の外縁よりやや離れた一点を示した。

 

「この位置からなら、外縁寄港地へ向かう小型艇を全部見られる。訓練艇も整備船も、燃料を節約するならこの近くを通る。向こうへ人を寄せる前に、先にこちらが配置を取る」

 

現地司令官は顔をしかめた。

 

「候補生を止めるために、小惑星一つ動かすのか」

 

「候補生だけではない」

 

監察局の将校は机の上にあった名簿を開いた。

 

士官候補生、パイロット候補生、整備課程、通信課程、航法課程。教官名も並んでいる。サイド4から流出した人材の一覧だった。

 

「こいつらがサイド4へ入り、教官が机に着き、整備兵が工具を並べ、通信士が線を引く。そうなれば向こうは軍になる。船を一隻沈めるより、その前を塞ぐ方が早い」

 

補給担当の士官が別の資料を差し出した。

 

「サードルナへ戻せる旧艦は五隻。うち二隻は航行より固定砲台向きです。解体待ちの輸送艦三隻は外壁へ結べます。採掘用の燃料タンクはまだ七割残っています」

 

現地司令官はその数字を見て、短く息を吐いた。

 

「集められる物は集めた、か」

 

監察局の将校はうなずかなかった。

 

「まだだ。熱核エンジン六基の固定が終われば、サイド4方面への移動に入れる」

 

工兵責任者が画面を切り替える。黒くいびつな小惑星の外周に、六つのノズル位置が円を描くように並んでいた。

 

「赤道帯に沿って六基です。六十度刻みで等間隔。推進も姿勢制御も、この六基で取ります」

 

「偏りはないな」

 

「ありません。どの方向へも同じ出力を掛けられます」

 

現地司令官は図面の右半分を見た。

 

「片側を失ったら」

 

工兵責任者は一拍置いた。

 

「片側三基を失うと、予定した停止位置へ入れる保証はありません。減速点もズレます」

 

監察局の将校が鼻で笑う。

 

「そんな器用な真似をされる前に、こちらが先に配置を取る」

 

現地司令官は答えなかった。机の端に残った古い採掘番号を見ている。ここは軍港になるような石ではなかった。だが、いまこの部屋で話しているのは、その不向きを押し切るための手順だった。

 

「先に配置を取る」

 

監察局の将校がもう一度言った。

 

「船を追うな。人の名簿を追うな。寄れる位置を先に押さえろ」

 

外で、鈍い音が響いた。推進器の固定枠を打ち込む作業音だった。

 

サードルナは、もう採掘地ではなかった。

 

――――――

 

ブッホ・コンツェルンの現地管理棟は、小惑星の南面に寄せるように作られていた。

 

透明壁の向こうに見える外殻は、あちこちが掘削で削られ、なだらかな丸みを失っている。係留桟橋に向く面も狭く、補給艦を並べるには向かない。だからこそ、この鉱区は長く目立たずに残ってきた。

 

管理責任者の男は、端末を握ったまま立ち尽くしていた。

 

「接収命令?」

 

目の前にいるティターンズの士官は、文書ではなく武装した兵を連れている。

 

「宇宙治安維持のための臨時軍用転換だ。採掘権は保留。管理権限は本日付で停止する」

 

「待て。ここは軍港じゃない。係留面も足りん。採掘も終わりかけだ。ブッホ本社には――」

 

「もう連絡した」

 

短い答えだった。

 

責任者は顔色を変える。

 

「承認したのか」

 

「承認ではない。通告だ」

 

兵が動く。管理卓、記録室、採掘制御室、搬出予定倉庫。銃床で扉を叩き、次々に中へ入っていく。記録担当の女が抗議の声を上げた。

 

「積み出し予定の鉱材があるのよ。推進タンクだって採掘用の予備なの。ここを軍が使う場所じゃないって、図面を見ればわかるでしょう」

 

工兵士官が、窓の外の岩肌を見た。

 

「よくわかる。歪んでいる。係留面も狭い。補給基地にするには手間がかかる」

 

管理責任者が言い返す。

 

「ならなぜ来た」

 

工兵士官は外殻の削れ方を見ながら言った。

 

「誰も軍の座標に入れていなかったからだ」

 

責任者は唇を噛んだ。

 

「ブッホの鉱区だ。採算が悪いから残っていただけだぞ」

 

「だから残っていた」

 

ティターンズの士官が管理卓へ手を置く。

 

「連邦の補給線にも入っていない。艦隊表にも載っていない。解体寸前の旧艦を寄せても目立たない。燃料タンクも坑道もそのまま残っている。十分だ」

 

「十分?」

 

責任者の声が上ずる。

 

「掘り尽くしかけの石だぞ」

 

「採掘に使うには半端。だが砲座と補給デッキを付けるには足りる」

 

その言い方は淡々としていて、むしろ残酷だった。

 

記録担当の女が小さく言った。

 

「後には崩れるわ。もう長く持たない」

 

士官は彼女を見た。

 

「後の話は知らん。必要なのはいま持てばいいという一点だけだ」

 

ブッホの標識が外された。金属板が床へ落ちる音が、小さく室内に響いた。

 

代わりに貼られた白い管理表示には、軍用転換区画の番号だけが並ぶ。

 

民間の鉱区が、誰の目にもわかる形で別のものへ変わった瞬間だった。

 

――――――

 

サードルナの外殻には、熱核エンジンが六基並んだ。

 

黒く焼けた岩肌を削り、補強梁を打ち込み、その上に大型ノズルが一つずつ固定されていく。等間隔。円を描くように配置された六つの推進器は、掘削機や積み出しクレーンよりずっと異様だった。採掘設備の石に、軍の匂いが混ざる。

 

旧式艦の船体が、外壁へ半分埋め込まれるように係留される。飛ぶためではない。砲を残し、弾薬庫を残し、防壁の一部にするためだ。輸送艦の空いた貨物甲板には補給配管が引かれ、坑道の奥には応急修理区画が作られる。採掘車両の通っていた通路へ、今度は弾薬台車が入った。

 

工兵責任者が、外部映像を見ながら報告する。

 

「第一、第二推進器の固定完了。第三基はノズル基部の補強中。外殻のひびは埋めました」

 

現地司令官は、サイド4方向の座標を映した表示と見比べる。

 

「予定停止位置まで何日だ」

 

「全基点火が前提で七日。四基でも九日」

 

「六基で行く」

 

「もちろんです。ただ」

 

工兵責任者は画面を拡大した。右半分に並ぶ三基が強調される。

 

「推進も姿勢も左右の釣り合いで見ています。片側三基を失うと、予定した位置へ停止させるのは難しい。姿勢も乱れます」

 

監察局の将校が不機嫌そうに言う。

 

「脆い話だな」

 

「違います」

 

工兵責任者は首を振った。

 

「大きいからこそ、均等が要るんです」

 

その時、第一推進器が短く点火した。小惑星全体に鈍い震えが走る。採掘場だった時代にはなかった重い振動だった。

 

サードルナが、わずかに姿勢を変える。

 

現地司令官は表示を見たまま言う。

 

「サイド4へ向けろ」

 

「了解。移動開始します」

 

推進器が順に点く。六つのノズルは円の上で淡い火を吹き、黒い岩塊を少しずつ押した。

 

名だけ残る石だったものが、サイド4方面への進路を取り始める。

 

それだけで、空域の意味が変わっていく。

 

――――――

 

総帥府の執務室に入ったビスト財団の連絡文は短かった。

 

だが内容は軽くなかった。

 

ギレンは端末を読み、机へ置いた。向かいにはキシリアがいる。

 

「ビストが慌てる理由はわかる」

 

キシリアが言う。

 

「サイド4の外にあれを置かれれば、アナハイムの船も、レビル側へ流れる艇も、全部肩を狭められる」

 

ギレンは返事の代わりに別の記録を開いた。そこにはサードルナの管理履歴がある。

 

「ブッホ・コンツェルン管理」

 

キシリアが読み上げる。

 

「採掘継続効率低下。将来的に放棄予定」

 

少しだけ口元が動いた。

 

「そんな石ね」

 

ギレンも同じ記録を見ている。

 

「知ってはいた」

 

「兄上も?」

 

「名前だけだ。軍港にも補給基地にも使っていない。連邦が民間へ渡し、民間が掘り、価値が薄くなって残った。それだけの石だ」

 

キシリアは椅子にもたれた。

 

「私も覚えがないわ。あれを前へ出す発想は持たなかった。掘りかけで面が悪い。係留に向かない。軍の表に載せる石じゃない」

 

ギレンは端末を閉じた。

 

「だから載っていなかった」

 

部屋が静かになる。

 

ビスト財団の救援要請は、情で書かれていない。サードルナが予定位置へ着けば、サイド4で受け入れ線を作りつつある側が詰まる。アナハイムの支援も細る。レビル派も育たない。ジオンにとっても放置の得がない。

 

キシリアが机へ身を乗り出した。

 

「止める?」

 

「正面から砕けば破片が散る」

 

ギレンは即答した。

 

「サイド4の外へ石屑の帯を増やすだけだ。こちらが困る」

 

「では、止める位置を変える」

 

「そうだ」

 

短く言って、ギレンはサードルナの進路図へ目を戻した。

 

「まず座標を詰める。話はそれからだ」

 

――――――

 

エドワウとアムロがサードルナの名を見たのは、サイド4外縁へ向かう艇列の遅延報告と、質量移動記録が重なったあとだった。

 

ルシファー財団側の仮設司令室には、航路図と補給表が並び、その間に座標列が走っている。アムロは端末を覗き込み、エドワウは別の画面で鉱区管理番号を見ていた。

 

「サードルナ?」

 

アムロが言う。

 

「資源区画の一覧で見たことがあります。ブッホ管理の鉱区でしたよね」

 

「そうだ」

 

エドワウは画面を見たまま答えた。

 

「ただ、俺の知ってる後の時代じゃ、あれはもう小惑星って呼ぶ形じゃなかった。削られて歪んで、港にも補給にも向かない石屑の塊だった」

 

アムロが顔を上げる。

 

「じゃあ、最初から使う場所じゃない」

 

「だから抜けた」

 

エドワウは短く言った。

 

そこへレビルとブレックスが入ってくる。二人とも報告はもう見ている顔だった。

 

レビルが端末へ目を落とした。

 

「名は知っている。旧宇宙軍の整理表にあった。だが補給線にも艦隊計画にも入れていない。そういう場所だ」

 

ブレックスが受ける。

 

「軍の一覧から外れた石だった。だから、こちらも目を置かなかった」

 

アムロが座標を拡大する。

 

「でも、ここへ来ると変わります」

 

サイド4外縁、ダークコロニー、寄港地、小型艇の合流点。アムロは距離を指で追った。

 

「訓練艇も小型輸送艇も、この辺りを使うしかない。燃料に余裕がないからです。遠回りすると、今度は受け入れ側の整備船が持たなくなる」

 

エドワウも別の数字を出した。

 

「来る人間を入れたあとも詰まる。教官がいても、候補生がいても、整備班が降りる場所と燃料がなきゃ軍にならない」

 

レビルは低い声で言った。

 

「そこへ差し込んできたか」

 

ブレックスは黙って図を見ていたが、やがて口を開く。

 

「外縁寄港地の先に、これだけの質量が停止位置を取れば、通る艇も、出る整備船も、全部動きにくくなる。着ける場所が減る」

 

アムロが言う。

 

「止めるというより、近くへ来させないつもりです」

 

エドワウは、推進器配置の図を見た。

 

「六基……円で並べてる」

 

「推進器か」

 

レビルが聞く。

 

「外殻赤道帯に六基。等間隔です」

 

アムロが答える。

 

「推進も姿勢制御も兼ねる配置だと思います。どこへ向けても押せる」

 

エドワウは少しだけ目を細めた。

 

「均等が前提の置き方だ」

 

ブレックスがすぐに受ける。

 

「なら、片側が欠けると動きが乱れる」

 

その言い方は事実だったが、いまの段階ではまだ作戦の形にはなっていない。

 

レビルは画面から目を離した。

 

「予定位置へ入られる前に出る」

 

それだけだった。

 

命令としては十分だった。

 

――――――

 

レビル艦隊の出撃準備は、急ぎながらも静かに進んだ。

 

誰かが演説する場ではない。旗艦の発光信号が順に変わり、発進準備完了の灯が甲板脇へ点る。整備員が最後の確認に走り、補給員がエネルギーパックを積み込み、通信士が周波数表を差し替える。慌ただしいが、悲鳴に近い音はない。皆、やることがはっきりしているからだった。

 

ブレックスが艦隊編成を確認する。

 

「先遣はネモ。外縁警戒と偵察を兼ねる。ディアスは後列ではない。先に出す。サードルナへ着く前に外を見てこい」

 

アムロは別の表を見ている。

 

「訓練上がりはMSに全員乗せない。整備補助と通信補助に回す。艦を動かす方を先に整える」

 

エドワウは物資表へ赤を入れた。

 

「推進剤、外壁補修材、係留索、携行工具。武器だけ送っても無駄だ。着いたあとに使う物を先に積む」

 

レビルは、そのやり取りを聞きながら前へ歩く。

 

旗艦の発進甲板は白く、奥に見えるシャッターの向こうはもう黒い。若い候補生たちが端に並び、発進する艦を見ている。まだ軍服の着方も固く、顔も若い。だが彼らの視線はもう避難民のそれではなかった。

 

レビルが足を止める。

 

「乗る者は乗れ。残る者は残れ。どちらも軍務だ」

 

大きい声ではなかった。だが近くにいた候補生たちは、まっすぐ立った。

 

ブレックスが横へ並ぶ。

 

「サイド4へ先に着かれたら厄介です」

 

「わかっている」

 

レビルは短く答える。

 

エドワウが後ろから来る。

 

「サードルナは知っていた。だが今の使い方は読めなかった。読み違えた分は取り返します」

 

アムロも言う。

 

「着いても、正面から削りきるのは無理です。まずは向きを見ます。どの位置へ止めようとしているかを」

 

レビルはうなずいた。

 

「見る。止める。必要なら押し返す」

 

発進灯が青に変わる。

 

ネモが先に出た。細い推進光が甲板端から闇へ走る。続いてリック・ディアス。輸送艦、整備艦、補給船。順番に外へ出る。

 

サードルナも動いている。

 

レビル艦隊も動く。

 

サイド4近傍の一点へ、巨大な岩塊と、それを止めに行く艦列が同時に向かっていく。まだ砲火は交わっていない。だが、もう引き返せる距離ではなかった。

 

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