妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第172話 外縁砲火

 

ジオンの居住区に置かれた大型表示盤は、普段より明るく見えた。

 

室内の照明は落としてある。壁際の鉢植えの影が床へ長く伸び、窓の外に見えるコロニーの人工夜景より、表示盤の白い文字の方が強く目に入る。食器を片づけたばかりの低い卓に、まだ湯気の残る茶器が二つ置かれていたが、ガルマもマレーネも手を伸ばしていなかった。

 

画面にはサイド4外縁の広域図が映っている。細い航路線の上を点がいくつも動き、その一つひとつに識別番号が付いていた。訓練艇。小型輸送艇。整備班輸送船。民間貨客船。そこへ、別の色で描かれた巨大な質量反応が、ゆっくりと近づいてくる。

 

ガルマは立ったまま、その反応を見ていた。

 

「……あれが、サードルナか」

 

マレーネは肘掛けに腕を預け、画面から目を離さないまま答えた。

 

「ええ。ブッホ・コンツェルンの管理鉱区。採掘量が落ちて、放棄予定だった石よ。軍の港にするには面が悪い。係留面も少ない。だから誰も気にしてこなかった」

 

映像が切り替わる。外縁寄港地の実写映像だった。係留灯が一列消え、補給タンク車の列が途中で止まっている。発着管制の赤い灯が点いたまま変わらない。避難勧告の音声が低く流れていた。

 

「寄港地の発着が落ちてる」

 

ガルマが言うと、マレーネは端末を手元へ寄せた。

 

「今朝から三割減。整備班を乗せた艇は、外で待たされてる。医療区画行きの小型艇も優先順位を落とされたわ」

 

「民間船もか」

 

「軍籍だけじゃない。あそこへ人が集まるのを嫌がってるの」

 

ガルマは、画面の中でゆっくりと位置を変える大きな影を見続けた。ノズルの火が点くたび、岩塊の向きが少し変わる。遠目には鈍いが、止まってはいない。

 

「サイド4に集まってたのは、候補生だけじゃないんだろ」

 

「教官も、整備も、通信も、主計も。あそこへ人が寄れば、いずれ軍になる。ティターンズはそれを潰しに来た」

 

ガルマの喉が小さく動いた。

 

「そんなものを、あそこへ持ってくるのか」

 

「持ってくるのよ」

 

マレーネはそこで、ようやくガルマの方を見た。

 

「だから、ニュースになってる」

 

ガルマは返事をしなかった。画面の光が頬に当たっている。穏やかな顔立ちのままなのに、目だけが動かない。マレーネはその顔を見て、机の上の茶器には触れず、もう一度画面へ視線を戻した。

 

サイド4外縁。レビル艦隊急行中。ティターンズは治安維持行動と主張。民間寄港地に避難勧告。どれも画面の下に文字で流れていく。

 

ガルマはゆっくりと息を吸った。

 

「兄上は」

 

「もう聞いてるわ」

 

「……そうか」

 

それだけ言って、彼はまた画面を見た。

 

――――――

 

レビル艦隊は、黒い空の中を層を分けて進んでいた。

 

先に出ているのはネモの編隊だ。薄緑の機体が、一定の間隔を保ちながら外側へ広がっていく。その内側を、リック・ディアスがやや間を詰めて進む。さらに後ろに輸送艦、整備艦、補給艇。艦列は綺麗ではない。急いで集めた人間と機材を、その場その場でつないで前へ押し出した隊列だった。

 

旗艦の指揮所には低い振動が続いている。誰も声を荒げないが、通信士の言葉は切れ目なく飛んでいた。

 

「前衛ネモ隊、外周警戒線展開」 「第二区画、識別反応三。巡視艇の可能性」 「補給艇、第三列へ後退。整備艦との距離詰めすぎ」

 

ブレックスは指揮卓の端に立ち、表示盤へ目を向けていた。肩越しに見ると、航路は細い。サイド4へ向かう線は何本かあるが、訓練艇や小型輸送艇が現実的に使える筋は限られている。その先に、巨大な質量反応が割り込もうとしている。

 

「ネモはさらに外を取れ」

 

ブレックスが言う。

 

「火点の向きと数を先に拾う。ディアスは接近位置を急ぐな。砲座の正面へ機首を向けるな」

 

通信士が復唱し、前衛へ流す。

 

レビルはそのやり取りの少し後ろで、前方映像を見ていた。背筋を伸ばしたまま、手は椅子の背に軽く置いているだけだ。

 

「熱源、再確認」

 

観測班が即座に応じた。

 

「六。外殻赤道帯に等間隔。熱核エンジンと推定。旧艦船体反応五。うち二つは砲座展開済み」

 

別の観測員が言う。

 

「小型艦影、外殻陰に複数。巡視艇、武装輸送艦の可能性あり」

 

レビルは短くうなずいた。

 

「岩ではないな」

 

「ええ」

 

ブレックスが答える。

 

「岩へ砲と燃料と人を貼りつけた前進拠点です」

 

旗艦の通路を、若い候補生が急ぎ足で横切っていく。まだ肩章の付き方も硬く、軍服の布が身体に馴染んでいない。その後ろを、古い宇宙軍の制服を着崩した老兵が歩いていた。同じ艦内に、別の時代の人間が混ざっている。

 

レビルはその背中を一度だけ見て、それからまた前を向いた。

 

「前へ出る」

 

ブレックスはわずかに眉を動かした。

 

「距離が近くなります」

 

「わかっている」

 

レビルの声は低いままだった。

 

「だが、見せる必要がある」

 

ブレックスは二秒ほど黙り、それから通信士へ顔を向けた。

 

「旗艦、前進。距離は詰めすぎるな。先遣との間隔維持」

 

艦がわずかに前へ出る。振動が変わる。旗艦の先端が、サードルナの方角をまっすぐ指した。

 

――――――

 

サードルナの外殻では、作業員の足が絶えず動いていた。

 

黒い岩肌に沿って仮設通路が伸び、ところどころに白い作業灯が吊られている。採掘用のクレーンは切り離され、その台座には砲架が据えられていた。旧式巡洋艦の船体が外殻へ半ば埋め込まれ、艦首砲だけを外へ向けている。輸送艦の貨物甲板は開け放たれ、そこへ燃料タンクと弾薬容器が並んでいた。

 

坑道の奥から台車が出てくる。円筒形の弾薬容器が三本、固定具で押さえられている。台車を押しているのは、つい先日まで採掘班だった人間と、軍から来た補給兵だ。作業着の色も歩幅も揃っていない。だが誰も立ち止まらない。

 

現地司令官は外部映像に目を向けた。

 

遠方に、微かな光が散っている。ネモの編隊だった。

 

「来たな」

 

監察局の将校が言う。

 

司令官はうなずく。

 

「予定より早い」

 

工兵責任者が端末を確認する。

 

「推進維持中。減速開始はまだ四時間先。現位置からの微修正は六基で取れます」

 

「このまま行く」

 

「第三砲座、装填済み」 「北面補給デッキ、受け入れ準備完了」 「第四坑道、分散弾薬庫への搬入継続中」

 

報告が重なる。

 

監察局の将校が外殻の図面を見ながら言った。

 

「向こうは火点を潰しに来る。構わん。砲座が一つ沈んでも進路は変わらない」

 

司令官は応じない。前だけを見ている。

 

サードルナの価値は、ここから撃てることではない。ここへ来ることだった。サイド4外縁の寄港地と、その先の細い航路。その近くへ、この質量を持ってくること。

 

そのために、六基の推進器が外殻赤道帯で順番に噴いた。小惑星全体に鈍い振動が走る。岩肌に取り付いた作業灯が細かく揺れた。

 

「姿勢制御、維持」

 

工兵責任者が言う。

 

「片側三基をやられない限り、予定位置へ入れます」

 

監察局の将校が鼻で笑う。

 

「そんな真似をされる前に、こちらが止まる」

 

司令官はようやく口を開いた。

 

「油断するな。あれは寄せ集めだが、前へ出てくる」

 

外殻の砲が、ゆっくりと向きを変える。黒の中で、金属だけが冷たく光った。

 

――――――

 

サイド4外縁の寄港地では、灯の数が目に見えて減っていた。

 

管制塔の窓から見える桟橋は広いのに、空いている場所が少ない。出入りしている艇は多くないのに、動きが詰まっているせいだった。整備が終わらない。燃料補給が間に合わない。医療区画へ回された艇が戻ってこない。救援のために外へ出た艇が、警戒命令で待機させられる。

 

候補生たちが木箱と資材容器を運んでいた。年若い顔に汗が浮き、軍靴の歩幅はまだ揃わない。だが教官は手を緩めなかった。

 

「通路を空けろ! 補給艇が入る!」 「その工具箱は整備区画へ! 桟橋に置くな!」 「通信班、二番回線を医療へ回せ!」

 

返事が飛ぶ。箱が運ばれる。小走りの足音が桟橋の金属板へ響く。

 

若い通信課程の候補生が、頭上のモニターへ目を上げた。遠い光が二つ、三つ、瞬いている。サードルナ側の砲火だった。

 

「見える……」

 

小さな声だった。

 

隣で配線を抱えていた整備課程の候補生が言う。

 

「見るな。手を動かせ」

 

「でも」

 

「見るなって言ったろ」

 

教官がその横を通り過ぎた。

 

「気になるなら、先に戻ってくる艇の係留索を持て。今いる場所の仕事を覚えろ」

 

候補生は口を閉じ、配線束を抱え直した。遠くの砲火はまだ見える。だが、いま自分が持っているのは工具と配線だ。そこから逃げる場所はない。

 

サイド4の外縁では、もう誰も安全な客ではいられなかった。

 

――――――

 

サイド7の仮設司令室では、エドワウとアムロが並んで表示盤を見ていた。

 

部屋は広くない。もとは搬入計画の調整室だった場所に、いまは航路図、補給表、整備日程、寄港地の稼働状況が並べられている。壁の端にはディアスとネモの予備部材の一覧が貼られ、その下に油のついた工具箱が開いたまま置かれていた。誰かが途中で呼ばれたのだろう。

 

アムロが前方映像を止める。サードルナの外殻に、推進器が六基並んでいる。

 

「外殻赤道帯に六基。やっぱり等間隔だ」

 

エドワウは別の画面で寄港地の発着数を見ていた。

 

「訓練艇の発着が落ちた。整備班輸送艇はもっとひどい。入っても戻れない」

 

「ネモは走れてる」

 

「走れてるだけだ」

 

エドワウの答えは速かった。

 

「着いたあと、何を使って人を回す。候補生が来る。教官も来る。整備班も通信も来る。だが寄港地が詰まって、整備艦が入れず、補給艇が待たされるなら、その先が詰まる」

 

アムロは映像を拡大した。外殻の砲座、旧艦、坑道入口。

 

「ディアスで火点は潰せる。でも、あれ自体は止まらない」

 

「正面から削るには大きすぎる」

 

「ネモは外を走れる。でも火力が足りない」

 

アムロは一度黙った。

 

それから、推進器の図を見たまま言う。

 

「六基……全部を守るには便利だ。でも、全部が同じ出力で働くことが前提だ」

 

エドワウが横目で見る。

 

「片側三基か」

 

「まだそう決めたわけじゃない」

 

アムロは首を振った。

 

「でも、一基じゃ足りない。二基でも、たぶん無理だ。片側三基が沈めば話は変わる」

 

エドワウは返事をせず、寄港地の発着線へ視線を戻した。

 

「先に、いまの戦いを持たせる。正面からは止まらなくても、距離を縮めさせすぎると詰む」

 

アムロはその言葉に何も返さなかった。

 

二人とも、まだ答えを最後まで言葉にしてはいない。だが、向いている先は同じだった。

 

――――――

 

最初の接触は、サイド4外縁の暗い空で起きた。

 

ネモの編隊が外側へ散る。距離を取り、火点の向きを拾う。砲座が一つ、二つ、こちらへ口を向ける。

 

「来るぞ!」

 

先頭機の声が走る。

 

光が飛ぶ。黒の中に細い線が走り、その直後に衝撃が来た。

 

ネモが軌道をひねる。後ろを走っていた機が肩を掠められ、火花を散らす。

 

「右肩被弾! 制御まだ生きてる!」

 

「離脱するな! 外周維持!」

 

別の編隊がさらに外へ広がる。砲座の向きが変わる。そこへディアスが入る。

 

「第三区画、行く!」

 

リック・ディアスのビームが、外殻に固定された砲座へ直撃した。金属板がめくれ、砲身が折れる。

 

「一基沈黙!」

 

だが次の瞬間、別の角度から砲火が来る。外殻へ埋め込まれた旧艦の砲だ。見えなかった位置から、太い光が伸びた。

 

「下!」

 

ディアスが落ちるように軌道を変える。直撃は避けたが、左脚の装甲が焼ける。

 

「被弾! 動ける!」

 

ネモは外を走り続ける。ディアスが近づいて撃つ。サードルナの火点もまた別の位置から撃ち返す。

 

外殻の一部が崩れ、補給デッキの縁が吹き飛ぶ。だが、その奥の坑道から弾薬台車がまた出てくる。砲座が沈んでも、進路が乱れない。

 

サードルナの推進器が六つ、順に光った。

 

「……まだ進んでる」

 

ネモのパイロットが歯を食いしばる。

 

ディアスがもう一度近づく。今度は外殻増設区画へ撃ち込む。装甲板がめくれ、仮設通路が折れる。作業灯が消える。

 

だが岩塊そのものは鈍く、確実に前へ出てくる。

 

「止まらない!」

 

「わかってる!」

 

通信に怒鳴り声が混じる。

 

戦いは続いている。損害は与えている。だが、押し返してはいない。

 

それが一番重かった。

 

――――――

 

旗艦は、前へ出ていた。

 

ブレックスは表示盤から目を上げずに言った。

 

「距離が近い」

 

レビルは答える。

 

「見えている」

 

「だから言っているのです」

 

「見せる必要がある」

 

短い言葉だった。

 

旧宇宙軍残党の将兵も、流れてきた若い候補生も、この艦の前方映像を共有している。旗艦が後ろにいれば、艦隊全体の呼吸が変わる。レビルはそれを知っていた。

 

ブレックスは口を閉じた。間違っているとは思わない。危ないとも思っている。その両方だった。

 

その時、観測班が声を上げた。

 

「サードルナ側反撃、旗艦方向へ集中!」

 

前方映像の中で、外殻陰にいた小型艦が二隻、三隻と出てくる。武装輸送艦か巡視艇か、区別がつかない。だが砲口は全部こちらを向いていた。

 

「ネモ、割り込め!」 「ディアス二番、左へ! 旗艦の前を塞げ!」

 

命令が重なる。

 

レビルは動かなかった。指揮卓の端に置いた手がわずかに強くなるだけだ。

 

エドワウが遠隔通信で叫ぶ。

 

「距離を取りすぎるな、でも正面を空けるな!」

 

アムロの声も重なる。

 

「左上の小型艦、あれから来る!」

 

ネモが飛び込む。砲火の前へ割り込む。光が弾け、黒い空に細かい破片が散った。

 

ブレックスが低く言う。

 

「これ以上は押せません」

 

レビルは数秒、前を見たまま黙った。

 

サードルナはまだ進んでいる。こちらは削っている。だが、止まらせていない。このまま押せば、先に削れるのは前へ出た艦と人員の方だ。

 

レビルはうなずいた。

 

「引く」

 

ブレックスは即座に命じる。

 

「一時後退。外縁線引き直し。ネモは外周を切らすな。ディアスは火点を見ながら距離を取れ」

 

艦隊が少しずつ離れる。ネモは外を保ち、ディアスは火線を切りながら後退する。旗艦も進路をわずかに変えた。

 

サードルナの推進器がまた噴く。

 

六つの光が、順番に黒を照らす。

 

進路は変わらない。

 

アムロの声が通信に落ちた。

 

「……正面から削っても、間に合わない」

 

エドワウが答える。

 

「別のやり方が要る」

 

その一言は小さかった。だが、そこにいた全員が同じところへ辿り着いていた。

 

外縁寄港地の灯は減ったままだ。サイド4の若い候補生たちは、遠い砲火の明滅を見ている。サードルナはなお前へ出る。レビル艦隊は距離を取り直す。

 

誰も勝ったと思っていない。

 

だが、誰も止まるとも思っていなかった。

 

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