総帥府の執務室は、昼とも夜ともつかない明るさだった。
外の照明を落とし、壁一面の表示盤だけを生かしてある。黒い空に細い進路線が引かれ、その上を赤と青の識別光が動いていた。サイド4外縁。エゥーゴ先遣隊の後退位置。サードルナの現在座標。停止予定位置。どれも数字で出ているのに、部屋の空気は乾いて重かった。
ギレンは立ったまま表示盤を見ていた。肘を曲げてもいない。背後の卓には、印刷された報告紙と端末が並んでいる。
「火点はいくつ落ちた」
報告士官が即答する。
「確認できる範囲で四基沈黙。係留旧艦二隻に損傷。ただし砲戦継続。補給デッキ一基に破断あり」
「推進は」
「六基とも稼働維持。減速開始点まで、まだ距離があります」
キシリアが椅子の背にもたれたまま言う。
「削れているのに、前へ出てくる」
ギレンは視線を外さない。
「正面から削っても止まらん」
表示が切り替わる。サードルナ外殻の構造図だ。ブッホ・コンツェルン時代の採掘坑道、その上に後付けされた砲座、補給デッキ、係留艦の位置が重ねられている。坑道はそのまま弾薬搬送路に転用され、外殻の歪んだ面には装甲板が貼られていた。
キシリアが言う。
「止めるなら、止まる前ね」
「そうだ」
ギレンは短く返した。
「停止予定位置へ入られる前に、進路と姿勢を崩す」
――――――
卓の上へ、さらに図面が広げられる。
サードルナの進路図。停止予定位置。サイド4外縁寄港地との距離。訓練艇、小型輸送艇、整備艇、それぞれの航続距離。熱核エンジン六基の配置図。
キシリアがその円を指先でなぞる。
「赤道帯に六基。六十度刻み。見た目だけなら綺麗なものね」
ギレンが続ける。
「綺麗というのは、均等だという意味だ」
キシリアは口元だけで笑う。
「片側三基を失えば、均等は消える」
ギレンは別の紙へ目を落とした。減速開始点までの時間と、サードルナの現在速度が記されている。
「砕くな」
それが先に出た言葉だった。
キシリアが目を上げる。
「破片がサイド4の外へ散る」
「寄港地へ流れる。こちらで守りたい航路を、自分で詰まらせるだけだ」
「では、止める位置を変える」
「位置を失わせる」
ギレンはようやくキシリアを見た。
「それでいい」
――――――
別の表示に、到達時間の比較が出る。
通常艦、輸送艦、巡洋艦、ザンジバル改。
キシリアがその列を見て言う。
「速度が要る」
「作戦を整えている間に、あちらは止まる」
ギレンは即答した。
「なら、追いついてから作るしかない」
キシリアはうなずく。
「ザンジバル改を前へ出します。工兵、熱核エンジン、固定具、海兵。全部、艦に載せて走らせる」
「小型小惑星群へ先着する」
「ええ。その場で兵器に変える」
ギレンの視線は、サードルナの進路図から外れない。
「時間は作れん。奪うだけだ」
――――――
扉が開く。
ガルマが入ってきた。
軍服の襟元は乱れていない。足取りも落ち着いている。だが、目だけがさっきまで戦闘記録を見ていた人間のそれだった。
敬礼を終えたあと、ガルマは表示盤へ目を向ける。そこに映っているのは、サイド4外縁寄港地の映像だ。補給箱を運ぶ候補生。走る整備兵。遠くで瞬く砲火。
ガルマはしばらく何も言わなかった。
それから、はっきりと口を開く。
「サイド4は、港ではありません」
ギレンもキシリアも黙って聞く。
「人が集まる場所です。候補生、教官、整備、通信。あそこへ人が寄れば、軍になります」
キシリアが静かに言う。
「だから、詰まらせに来た」
「はい」
ガルマはうなずいた。
「なら、先に動ける部隊が出るべきです」
ギレンが問う。
「誰が」
ガルマは迷わない。
「私の隊です。ザンジバル改を複数運用しています。工兵も固定具も熱核エンジンも積めます。速度が要るなら、私が出ます」
キシリアが目を細める。
「象徴として前へ出たいのではなく?」
ガルマは首を振った。
「違います。速く着ける艦を持っているからです」
部屋が静まる。
ギレンは、その答えを数秒見てから言った。
「いいだろう」
ガルマは顔色を変えない。
キシリアがすぐに続ける。
「ただし単独でやらせるつもりはないわ。あなたの下へ付けるのは、飾りではなく実働部隊よ」
「承知しています」
ガルマの返答も速い。
――――――
作戦図が新しく切り替わる。
小型小惑星群。サードルナの進路。その間に三本の細い線が引かれた。
ギレンが言う。
「三段でやる」
キシリアが受ける。
「第一段。小型小惑星群へ先着。熱核エンジンを仮設する」
ギレン。
「第二段。完成した石から順に押し出す。狙いは外殻増設区画、補給デッキ、係留艦周辺」
キシリア。
「第三段。防御と修理の手を外へ引き出したあと、片側三基の推進器群を落とす」
ガルマは図面を見たまま聞く。
「突入順は」
「同時だ。混乱を誘う。」
ギレンの声は低い。
「だが目的は変えるな。砕くな。止めるな。位置を失わせろ」
ガルマはうなずいた。
「はい」
キシリアがもう一枚の図を卓へ滑らせる。
「ランバ・ラル中佐。シーマ・ガラハウ少佐。二人を付ける」
ガルマの目が一瞬だけ動いた。だが、すぐに元へ戻る。
「十分です」
「十分どころではないわ」
キシリアは淡々と言う。
「速さが要る。判断も要る。あなたには全体を見てもらう。ラル中佐には突破、シーマ少佐には取り付きと爆破。役目を混ぜないこと」
「承知しました」
――――――
別室の作戦室には、すでにラルとシーマがいた。
ラルは立ったまま図面を見ている。腕を組んでもいない。シーマは一歩引いた位置で、図面とガルマの顔を順に見ていた。軍服は整っているが、目つきは海兵隊のそれだ。
ガルマが入ると、ラルは短く言った。
「若様」
ガルマもすぐに返す。
「ラル中佐。シーマ少佐」
三人とも席に着かない。図面の前で話すつもりだった。
ラルが小型小惑星の図へ指を置く。
「エンジンを付けた石は、前へ押すだけだ」
ガルマが聞く。
「狙った面を当てるには」
「後ろに付くザクで向きを変える」
ガルマの視線が、図面の後方に並ぶ三つの印へ動く。
「三機一組」
「一機じゃ流れる。二機でも偏る。三機で揃える」
シーマがそこで口を開く。
「はい、三機ですねぇ。そこでばらけてしまっては、せっかく前へ押し出した石っころが、勝手な面を向いてしまいますから」
ガルマが問う。
「正面からの砲火は」
シーマは図面の小惑星を爪の先で軽く叩いた。
「石が盾になってくれますよ。ですから正面にいれば、まだ助かります……運が良ければ、ですがね」
そこで少し視線を横へずらす。
「嫌なのは横でございますよ。横へ回られますと、後ろに張りついているザクが丸見えでしてね。あれは、あまり長く見せたくないですよ、若様」
ラルが続ける。
「列を切るな」
ガルマはすぐに拾った。
「前の石が砲火を受けている間に、次を寄せる。間隔を空けない」
「そうだ」
ラルが言う。
シーマも軽くうなずく。
「一つ当てて終わったのでは、向こうは外壁を直して、中へ引っ込んでしまいます。二つ目、三つ目まで続けて入れませんと。補給と修理の手が外へ出てまいりませんからねぇ」
ガルマが図面の外殻右半分を見る。
「推進器群へ入るのは、そのあと」
「片側三基破壊後撤退。」
ラルの言葉はそれだけだった。
シーマが、その片側を指先でなぞる。
「ええ。海兵はそこへ張り付きますよ。一本ずつ落としても、あの石は止まりません。右を狙うなら右をまとめて……黙らせますよ」
ガルマはしばらく図面を見た。
「最初の衝突で終わったと思う者は置いていく。三つ目まで入れて、外へ人を出させる。そのあとで推進器へ入る」
ラルがうなずく。
「それでいい」
シーマはわずかに頭を下げた。
「ええ。その作戦であれば、あたしたちも手を出しやすい。……フフッ」
ガルマはそこで、初めて二人を順に見た。
「私は全体の順番を崩しません。ラル中佐は石列の維持。シーマ少佐は推進器群への取り付き。そこをお願いします」
ラルは短く答える。
「了解」
シーマも続く。
「承知いたしましたよ、若様。……期待しておりますよ?」
――――――
ザンジバル改の艦内は、いつもの出撃よりずっと散らかって見えた。
熱核エンジンの部材。固定具。推進剤容器。爆薬箱。吸着具。切断器。工具。どれも戦闘艦に積むには不格好な物ばかりだ。だが今は、それが主役だった。
工兵が叫ぶ。
「固定具、三番艦へ! 左舷側の通路を空けろ!」
海兵が装備を確認する。
「吸着具よし。配線よし。起爆確認」
別の区画では、ザクが三機一列に並び、整備員が背面バーニアを見上げている。
「右噴射、もう一度」 「三機同時だ。ずらすな」
ラル隊のザクは操舵役だ。撃つためではなく、押した石に向きを与えるための機体。シーマの海兵隊は、外壁へ張りつくための装備を背負い、ガルマの工作隊はエンジンと固定具を積んでいる。
ガルマは各艦の積載表を見ながら歩いた。
「工兵は先発二隻に集中。爆薬はシーマ少佐の艦へ優先。ラル中佐の隊は補助推進剤を多めに」
副官が復唱する。
「はい」
「作業は小惑星群到着後すぐ開始。石の選別は現場で行う。大きすぎるものは切る時間が惜しい。押せる大きさを先に使う」
「了解」
ガルマの声は落ち着いている。ラルが言った「順番」と、シーマが言った「横を見せるな」が、もう頭に入っていた。
――――――
発進灯が青へ変わる。
一隻目のザンジバル改が、ゆっくりと艦腹を空へ向けた。ミノフスキークラフトの淡い光が艦体下部へ広がり、鈍い艦がそのまま持ち上がる。二隻、三隻、四隻。複数の艦がほぼ同時に外へ出る。
進路はサイド4本線ではない。
そのさらに外、小型小惑星群へ向かう細い線。
サードルナはなお前へ出ている。レビル艦隊は外縁で踏みとどまっている。その外側から、別の艦列が加速する。
ガルマは旗艦の前方窓越しに、遠くの黒を見た。
前へ出る石。
それを止めるために動く石。
その間を縫って進む艦。
戦いは、次の段へ入った。