妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第173話 総帥府の卓上

 

 

総帥府の執務室は、昼とも夜ともつかない明るさだった。

 

外の照明を落とし、壁一面の表示盤だけを生かしてある。黒い空に細い進路線が引かれ、その上を赤と青の識別光が動いていた。サイド4外縁。エゥーゴ先遣隊の後退位置。サードルナの現在座標。停止予定位置。どれも数字で出ているのに、部屋の空気は乾いて重かった。

 

ギレンは立ったまま表示盤を見ていた。肘を曲げてもいない。背後の卓には、印刷された報告紙と端末が並んでいる。

 

「火点はいくつ落ちた」

 

報告士官が即答する。

 

「確認できる範囲で四基沈黙。係留旧艦二隻に損傷。ただし砲戦継続。補給デッキ一基に破断あり」

 

「推進は」

 

「六基とも稼働維持。減速開始点まで、まだ距離があります」

 

キシリアが椅子の背にもたれたまま言う。

 

「削れているのに、前へ出てくる」

 

ギレンは視線を外さない。

 

「正面から削っても止まらん」

 

表示が切り替わる。サードルナ外殻の構造図だ。ブッホ・コンツェルン時代の採掘坑道、その上に後付けされた砲座、補給デッキ、係留艦の位置が重ねられている。坑道はそのまま弾薬搬送路に転用され、外殻の歪んだ面には装甲板が貼られていた。

 

キシリアが言う。

 

「止めるなら、止まる前ね」

 

「そうだ」

 

ギレンは短く返した。

 

「停止予定位置へ入られる前に、進路と姿勢を崩す」

 

――――――

 

卓の上へ、さらに図面が広げられる。

 

サードルナの進路図。停止予定位置。サイド4外縁寄港地との距離。訓練艇、小型輸送艇、整備艇、それぞれの航続距離。熱核エンジン六基の配置図。

 

キシリアがその円を指先でなぞる。

 

「赤道帯に六基。六十度刻み。見た目だけなら綺麗なものね」

 

ギレンが続ける。

 

「綺麗というのは、均等だという意味だ」

 

キシリアは口元だけで笑う。

 

「片側三基を失えば、均等は消える」

 

ギレンは別の紙へ目を落とした。減速開始点までの時間と、サードルナの現在速度が記されている。

 

「砕くな」

 

それが先に出た言葉だった。

 

キシリアが目を上げる。

 

「破片がサイド4の外へ散る」

 

「寄港地へ流れる。こちらで守りたい航路を、自分で詰まらせるだけだ」

 

「では、止める位置を変える」

 

「位置を失わせる」

 

ギレンはようやくキシリアを見た。

 

「それでいい」

 

――――――

 

別の表示に、到達時間の比較が出る。

 

通常艦、輸送艦、巡洋艦、ザンジバル改。

 

キシリアがその列を見て言う。

 

「速度が要る」

 

「作戦を整えている間に、あちらは止まる」

 

ギレンは即答した。

 

「なら、追いついてから作るしかない」

 

キシリアはうなずく。

 

「ザンジバル改を前へ出します。工兵、熱核エンジン、固定具、海兵。全部、艦に載せて走らせる」

 

「小型小惑星群へ先着する」

 

「ええ。その場で兵器に変える」

 

ギレンの視線は、サードルナの進路図から外れない。

 

「時間は作れん。奪うだけだ」

 

――――――

 

扉が開く。

 

ガルマが入ってきた。

 

軍服の襟元は乱れていない。足取りも落ち着いている。だが、目だけがさっきまで戦闘記録を見ていた人間のそれだった。

 

敬礼を終えたあと、ガルマは表示盤へ目を向ける。そこに映っているのは、サイド4外縁寄港地の映像だ。補給箱を運ぶ候補生。走る整備兵。遠くで瞬く砲火。

 

ガルマはしばらく何も言わなかった。

 

それから、はっきりと口を開く。

 

「サイド4は、港ではありません」

 

ギレンもキシリアも黙って聞く。

 

「人が集まる場所です。候補生、教官、整備、通信。あそこへ人が寄れば、軍になります」

 

キシリアが静かに言う。

 

「だから、詰まらせに来た」

 

「はい」

 

ガルマはうなずいた。

 

「なら、先に動ける部隊が出るべきです」

 

ギレンが問う。

 

「誰が」

 

ガルマは迷わない。

 

「私の隊です。ザンジバル改を複数運用しています。工兵も固定具も熱核エンジンも積めます。速度が要るなら、私が出ます」

 

キシリアが目を細める。

 

「象徴として前へ出たいのではなく?」

 

ガルマは首を振った。

 

「違います。速く着ける艦を持っているからです」

 

部屋が静まる。

 

ギレンは、その答えを数秒見てから言った。

 

「いいだろう」

 

ガルマは顔色を変えない。

 

キシリアがすぐに続ける。

 

「ただし単独でやらせるつもりはないわ。あなたの下へ付けるのは、飾りではなく実働部隊よ」

 

「承知しています」

 

ガルマの返答も速い。

 

――――――

 

作戦図が新しく切り替わる。

 

小型小惑星群。サードルナの進路。その間に三本の細い線が引かれた。

 

ギレンが言う。

 

「三段でやる」

 

キシリアが受ける。

 

「第一段。小型小惑星群へ先着。熱核エンジンを仮設する」

 

ギレン。

 

「第二段。完成した石から順に押し出す。狙いは外殻増設区画、補給デッキ、係留艦周辺」

 

キシリア。

 

「第三段。防御と修理の手を外へ引き出したあと、片側三基の推進器群を落とす」

 

ガルマは図面を見たまま聞く。

 

「突入順は」

 

「同時だ。混乱を誘う。」

 

ギレンの声は低い。

 

「だが目的は変えるな。砕くな。止めるな。位置を失わせろ」

 

ガルマはうなずいた。

 

「はい」

 

キシリアがもう一枚の図を卓へ滑らせる。

 

「ランバ・ラル中佐。シーマ・ガラハウ少佐。二人を付ける」

 

ガルマの目が一瞬だけ動いた。だが、すぐに元へ戻る。

 

「十分です」

 

「十分どころではないわ」

 

キシリアは淡々と言う。

 

「速さが要る。判断も要る。あなたには全体を見てもらう。ラル中佐には突破、シーマ少佐には取り付きと爆破。役目を混ぜないこと」

 

「承知しました」

 

――――――

 

別室の作戦室には、すでにラルとシーマがいた。

 

ラルは立ったまま図面を見ている。腕を組んでもいない。シーマは一歩引いた位置で、図面とガルマの顔を順に見ていた。軍服は整っているが、目つきは海兵隊のそれだ。

 

ガルマが入ると、ラルは短く言った。

 

「若様」

 

ガルマもすぐに返す。

 

「ラル中佐。シーマ少佐」

 

三人とも席に着かない。図面の前で話すつもりだった。

 

ラルが小型小惑星の図へ指を置く。

 

「エンジンを付けた石は、前へ押すだけだ」

 

ガルマが聞く。

 

「狙った面を当てるには」

 

「後ろに付くザクで向きを変える」

 

ガルマの視線が、図面の後方に並ぶ三つの印へ動く。

 

「三機一組」

 

「一機じゃ流れる。二機でも偏る。三機で揃える」

 

シーマがそこで口を開く。

 

「はい、三機ですねぇ。そこでばらけてしまっては、せっかく前へ押し出した石っころが、勝手な面を向いてしまいますから」

 

ガルマが問う。

 

「正面からの砲火は」

 

シーマは図面の小惑星を爪の先で軽く叩いた。

 

「石が盾になってくれますよ。ですから正面にいれば、まだ助かります……運が良ければ、ですがね」

 

そこで少し視線を横へずらす。

 

「嫌なのは横でございますよ。横へ回られますと、後ろに張りついているザクが丸見えでしてね。あれは、あまり長く見せたくないですよ、若様」

 

ラルが続ける。

 

「列を切るな」

 

ガルマはすぐに拾った。

 

「前の石が砲火を受けている間に、次を寄せる。間隔を空けない」

 

「そうだ」

 

ラルが言う。

 

シーマも軽くうなずく。

 

「一つ当てて終わったのでは、向こうは外壁を直して、中へ引っ込んでしまいます。二つ目、三つ目まで続けて入れませんと。補給と修理の手が外へ出てまいりませんからねぇ」

 

ガルマが図面の外殻右半分を見る。

 

「推進器群へ入るのは、そのあと」

 

「片側三基破壊後撤退。」

 

ラルの言葉はそれだけだった。

 

シーマが、その片側を指先でなぞる。

 

「ええ。海兵はそこへ張り付きますよ。一本ずつ落としても、あの石は止まりません。右を狙うなら右をまとめて……黙らせますよ」

 

ガルマはしばらく図面を見た。

 

「最初の衝突で終わったと思う者は置いていく。三つ目まで入れて、外へ人を出させる。そのあとで推進器へ入る」

 

ラルがうなずく。

 

「それでいい」

 

シーマはわずかに頭を下げた。

 

「ええ。その作戦であれば、あたしたちも手を出しやすい。……フフッ」

 

ガルマはそこで、初めて二人を順に見た。

 

「私は全体の順番を崩しません。ラル中佐は石列の維持。シーマ少佐は推進器群への取り付き。そこをお願いします」

 

ラルは短く答える。

 

「了解」

 

シーマも続く。

 

「承知いたしましたよ、若様。……期待しておりますよ?」

 

――――――

 

ザンジバル改の艦内は、いつもの出撃よりずっと散らかって見えた。

 

熱核エンジンの部材。固定具。推進剤容器。爆薬箱。吸着具。切断器。工具。どれも戦闘艦に積むには不格好な物ばかりだ。だが今は、それが主役だった。

 

工兵が叫ぶ。

 

「固定具、三番艦へ! 左舷側の通路を空けろ!」

 

海兵が装備を確認する。

 

「吸着具よし。配線よし。起爆確認」

 

別の区画では、ザクが三機一列に並び、整備員が背面バーニアを見上げている。

 

「右噴射、もう一度」 「三機同時だ。ずらすな」

 

ラル隊のザクは操舵役だ。撃つためではなく、押した石に向きを与えるための機体。シーマの海兵隊は、外壁へ張りつくための装備を背負い、ガルマの工作隊はエンジンと固定具を積んでいる。

 

ガルマは各艦の積載表を見ながら歩いた。

 

「工兵は先発二隻に集中。爆薬はシーマ少佐の艦へ優先。ラル中佐の隊は補助推進剤を多めに」

 

副官が復唱する。

 

「はい」

 

「作業は小惑星群到着後すぐ開始。石の選別は現場で行う。大きすぎるものは切る時間が惜しい。押せる大きさを先に使う」

 

「了解」

 

ガルマの声は落ち着いている。ラルが言った「順番」と、シーマが言った「横を見せるな」が、もう頭に入っていた。

 

――――――

 

発進灯が青へ変わる。

 

一隻目のザンジバル改が、ゆっくりと艦腹を空へ向けた。ミノフスキークラフトの淡い光が艦体下部へ広がり、鈍い艦がそのまま持ち上がる。二隻、三隻、四隻。複数の艦がほぼ同時に外へ出る。

 

進路はサイド4本線ではない。

 

そのさらに外、小型小惑星群へ向かう細い線。

 

サードルナはなお前へ出ている。レビル艦隊は外縁で踏みとどまっている。その外側から、別の艦列が加速する。

 

ガルマは旗艦の前方窓越しに、遠くの黒を見た。

 

前へ出る石。

 

それを止めるために動く石。

 

その間を縫って進む艦。

 

戦いは、次の段へ入った。

 

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