妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第176話 片側三基

 

サードルナの外殻は、近くで見ると岩ではなかった。

 

黒く焼けた鉱石の面の上に、あとから貼られた装甲板が何枚も重なり、その継ぎ目を補強梁が押さえている。補給デッキの残骸が斜めに突き出し、折れた搬送レールが細い影を落としていた。係留区画から外れた金属索がゆっくり揺れている。上部通路の骨組みは半分ちぎれたまま外へ開き、そこへ小さな工具箱や燃料ホースが引っかかっていた。

 

その全部の上を、シーマは進んだ。

 

左の靴底が、薄く歪んだ装甲板に触れる。右足は配管の束をまたぐ。腰を少し沈める。吸着具を打ち込んだ海兵が、その一拍後ろで同じ動きをなぞる。宇宙服の膝が、擦れた金属の上で短く鳴いた。

 

前方、赤道帯に沿って三つの基部が並んでいた。どれも巨大で、近くに寄ると建物の壁みたいに見える。推進ノズルそのものはもっと外側へ突き出しているが、狙うのはその付け根だ。固定梁と配管が集まっている場所を飛ばせば、ノズルだけ残っても意味は薄い。

 

補給デッキ側から、修理班が二人走ってくるのが見えた。片方は工具箱を持ち、もう片方は配管を抱えている。足は速くない。急いではいるが、どこへ向かえばいいのかまだ決めきれていない動きだった。

 

シーマは顔を上げずに言った。

 

「一班、右へ。そっちの二人は放っておきな」

 

低い声だった。海兵たちは返事をしない。ただ、右へ散った。

 

補給デッキ側へ人を集めるのは簡単だ。七つの石のうち、一つだけなら向こうはそこへ修理班を寄せて終わる。だから七つにした。だから今、修理班の足がばらけている。誰がどこへ行くか決めきれない、その数十秒が欲しかった。

 

シーマは前を見た。

 

一番近い基部の前には、守備兵が二人いた。外壁の影に伏せている。そこを真っ直ぐ行くと、こちらから先に手を出すことになる。面倒だ。

 

その左側、二本並んだ補強梁の間に、身体ひとつ通る隙がある。そこを抜ければ、基部の裏へ出られる。守備兵の視線も一瞬切れる。

 

「二班、梁の間だ」

 

海兵がひとり、肩を横にして滑り込む。宇宙服の背が金属を擦り、白い粉が細く浮いた。

 

シーマはその背中を見ていた。早すぎず、遅すぎず。悪くない。

 

外壁の上では、別の音がしていた。ヒートサーベルが装甲を舐める音。盾と肩がぶつかる鈍い音。ラル隊がもう敵と噛み合っている。

 

「浮かれてない。そこはいい」

 

シーマは誰に聞かせるでもなく言った。

 

「若いのに、ちゃんと七つ見てた」

 

――――――

 

ラルは言葉を節約していた。

 

今いる場所は、係留区画の折れた骨組みのすぐ外だ。幅の狭い金属桁が一本、その先に外板の残骸が二枚、さらに向こうに赤道帯へ向かう補強材の列が見える。そこを通さないと、シーマの班が基部へ届かない。

 

マラサイが三機、前にいる。

 

いや、見えているのは三機だ。もっと後ろにいる可能性はある。しかし今は、目の前の三機を押さえるしかない。

 

「前を空けるな」

 

ラルが言う。

 

アコースが短く返した。

 

「了解」

 

中央のアコース機は、機体を半歩も引かない。左脚を骨組みに掛け、右脚を外板の縁へ置く。相手の盾が押してくるたび、サスペンションみたいに膝だけで受ける。そのまま右腕のヒートサーベルを低く保ち、相手の足首より少し上を狙う。

 

コズンは右側にいる。いつものように少し前のめりだ。マラサイが肩から入ってくると、同じように肩で返す。ぶつけるというより、押し流す。相手が一瞬でも重心を失えば、それでいい。そこへ別の機が入れる。

 

「右、押しすぎるな」

 

ラルが言う。

 

「分かってる」

 

コズンは言ったが、その直後に半歩出た。危ない。だがその半歩が要る場面もある。

 

マラサイの一機が、盾でコズン機の胸を押し、サーベルを振り上げた。そこへアコースが中央から機体を寄せる。サーベルの軌道がずれ、刃がコズン機の肩を浅く削っただけで済む。

 

「今だ」

 

ラルが言う。

 

コズンは身体ごと前へ出た。ヒートサーベルではない。まず膝を相手の盾の下へねじ込み、持ち上げる。マラサイの胸が開く。そこへ左側のザクが短い距離からバズーカを撃った。

 

直撃ではない。足場だ。

 

骨組みの継ぎ目が吹き飛び、マラサイの右足が乗っていた場所がなくなる。機体が半身だけ沈む。その瞬間に、アコースのサーベルが相手の右腕を切った。

 

外壁に火花が走った。

 

「二番、押せ」

 

ラルが別の列へ声を飛ばす。

 

声を飛ばしながら、視線はまたアコースへ戻る。中央を保てる者がひとりいると、列は崩れにくい。アコースはそういう男だった。コズンは危ない。しかし危ない場所へ機体を入れることにためらいがない。今はそれも要る。

 

前方、配管の束の陰を、海兵が三人横切った。シーマの班だ。ラルはそれを見ても何も言わない。前を空ける。そのためにここへいる。

 

――――――

 

ガルマの艦橋は、明るすぎず暗すぎず、ちょうど作業場のような光だった。

 

七面の表示のうち、二面が乱れている。四番石の衝突地点では外壁の破片が多すぎて映像が途切れがちだ。六番石の下部外殻側は、残骸の裏へ敵機が入り、追尾が切れる。

 

マレーネは、それでも声を一定に保っていた。

 

「ラル中佐隊、赤道帯手前で接触継続。シーマ少佐隊、一班が一基目手前、二班が二基目裏、三班が三基目へ回り込みます」

 

「敵機」

 

「視認できる範囲で複数。正確な数は取れていません。外壁守備のマラサイがまだ動いています」

 

ガルマは一番右の表示を見た。赤道帯。熱核エンジン六基。そのうち片側三基。まだどれも噴いている。

 

「設置優先。撃破は要らない」

 

マレーネが確認する。

 

「ラル隊にも」

 

「流せ。押し返すな。留めろ」

 

「はい」

 

通信士が命令を飛ばす。

 

ガルマは自分の右手が計器卓の縁を掴んでいることに気づき、力を抜いた。

 

エンジン六基はまだ動いている。サードルナも前へ出ている。ここで一本だけ壊しても、残りが姿勢を持つ。必要なのは片側三基だ。まとめて落とさないといけない。

 

「一基で満足するな」

 

ガルマは誰へともなく言った。

 

マレーネが即座に拾う。

 

「一基で満足するな、と通達します」

 

「そこまで言わなくていい」

 

ガルマは少しだけ首を振った。

 

「三基そろうまで起爆を待て、それだけでいい」

 

マレーネはわずかに口元を動かした。笑ったのかもしれない。

 

「はい」

 

――――――

 

一班が、一基目の固定梁へ吸着具を打ち込んだ。

 

硬い音がして、金属の杭が梁に食い込む。海兵が身体を引き寄せ、そのまま爆薬袋を基部の下へ差し込む。配線が手袋越しに滑りそうになる。燃料の霧で指先が湿っていた。

 

二班は二基目の裏へ回っている。そちらは配管の束が邪魔で、正面からは近づけない。海兵が片手で補強材を掴み、もう片手で切断器を回し、邪魔な細い配管を一本だけ外した。

 

三班はもっと遠い。三基目の基部は整備足場が残っていて、そこに守備兵が二人いる。正面から行くと撃たれる。

 

シーマは一基目の設置を見届けてから、三基目の方へ目をやった。

 

守備兵のひとりが、銃口を梁の間へ向けている。あれでは三班が出られない。

 

シーマは腰の手榴弾を抜いた。安全ピンを外し、左手で梁を掴んだまま、狭い隙間の向こうへ投げる。転がる時間もない。外壁に当たってすぐ爆ぜた。

 

守備兵の身体が、梁の向こうで横へずれる。

 

「三班、今だ」

 

海兵が飛ぶ。足場の縁を蹴り、整備足場の手すりへ片手を掛け、そのまま中へ潜り込む。もうひとりが続く。

 

シーマは二基目の方を見た。

 

「二班」

 

「設置中」

 

「一班」

 

「設置完了」

 

「三班」

 

少し間があった。

 

「……取り付きました」

 

いい。まだ起こさない。

 

シーマは基部の並びを見た。三つとも近いようでいて、どれか一つを見続けると他を見失う距離だ。そういう配置を向こうは選んでいる。だから同時に貼るしかない。

 

「三つそろうまで待つ」

 

誰に言うでもなく、そう口に出した。

 

――――――

 

マラサイが今度はまとめて出た。

 

外壁の狭い線の上へ、二機が同時に入ってくる。ひとつはアコースの正面。もうひとつはコズンの右だ。さらに後ろで別の機影が動く。

 

「来る」

 

ラルが言う。

 

アコースは一歩も引かない。盾を前へ出し、相手の肩を受ける。サーベルの間合いが重なる。その瞬間、コズンの右へ入ったマラサイが、機体を半回転させながらサーベルを振るった。

 

コズンは避けない。避けると後ろが空く。だから身体を半分だけ捻り、肩で受け、そのまま相手の胴へ膝を入れた。金属がぶつかる音が、ヘルメット越しにも分かる。

 

「アコース、クラッカーだ」

 

ラルの声は低かった。

 

アコースは左手を盾から離した。腰のクラッカー束を掴み、中央のマラサイとその後ろの機影の間へ放る。距離は近い。近すぎるくらいだ。

 

閃光が走った。

 

白い光が補強梁と配管と外板の裏へ反射して、視界を埋める。破片が装甲を叩き、細かい火花が散る。

 

マラサイが頭部を振る。

 

一機はサーベルを構えたまま、こちらへ向き直れない。もう一機は盾を上げたまま、足場を探るように片脚をずらす。メインカメラが焼かれている。見えていない。

 

「下がるぞ」

 

ラルが言う。

 

押し返すのではない。ここで切る。

 

アコースが先に半歩引き、コズンがそれに合わせて残骸の裏へ滑る。別の列にも、ラルの命令が飛んでいるはずだった。声は聞こえなくても、動きで分かる。七列全部が、一呼吸で接触を切っていく。

 

コズンが遅れかける。

 

アコースが左腕でその肩を押した。

 

「行け」

 

コズンは短く舌打ちして、残骸の陰へ滑り込んだ。

 

――――――

 

その白い光を、シーマも見た。

 

敵の目が死んだ。

 

それで足りる。

 

「一班」

 

「設置完了」

 

「二班」

 

「設置完了」

 

「三班」

 

ほんの一拍だけ間があった。

 

「……設置完了」

 

三つ、乗った。

 

シーマは息を吐いた。

 

「離れるよ」

 

海兵たちが一斉に動く。吸着具を外し、来た道を逆に取る。一班は固定梁の下へ。二班は配管の裏から。三班は整備足場の縁を蹴って、裂けた外板の影へ落ちるように戻る。

 

外縁側では、ディアスの機影が増えていた。二機、その後ろにもう一列。横へ回る敵機を抑えに来ている。味方だが、ここに残れば巻き込まれる。狭い外壁の上に、これ以上機体が増えるのは面倒だった。

 

シーマは最後に一度だけ振り返った。

 

赤道帯の片側三基。そこへ自分たちが貼った爆薬がある。ラル隊はもう下がり始めている。敵はまだこちらを見失っている。起こすなら今だ。

 

指を起爆装置へかける。

 

「これで止まる」

 

彼女はそう言って、外壁の陰へ身体を滑らせた。

 




プロンプトに『あなたは村上春樹です』と入れたら一発で満足の行く文章にしてくれました。村上春樹凄すぎる。

北方謙三でもやってみたいが。
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