妹に撃たれない方法   作:Brooks

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北方謙三風にして見ました


第177話 停止位置喪失

 

サードルナの赤道帯は、黒い岩の上に鉄を貼りつけたような姿をしていた。

 

岩肌を押さえる補強梁。束になって走る太い配管。整備用の足場。どれも後から継ぎ足したものだ。そこへ七つの小惑星が食い込み、補給デッキは裂け、係留区画は歪み、外板はあちこちで剥がれていた。

 

その傷の上を、ザクが走る。

 

シーマは機体を補強梁の陰へ寄せた。ザクの肩が配管をかすめ、黒い金属粉がわずかに散る。前方には片側に並んだ三基の熱核エンジンがある。狙うのはそこだ。中には入らない。外へ付いたその喉元を裂く。

 

一基目の基部は補強梁が二本、下から支えている。二基目は整備足場の影に半分隠れ、三基目は外板の継ぎ目へ近い。どれもでかい。人間の工場ではなく、戦場に立てた工事現場のような姿だった。

 

三班とも、爆薬は乗せた。

 

それで足りる。

 

シーマは低く言った。

 

「起こすよ」

 

起爆装置を押し込んだ。

 

音は遅れてきた。先にザクの足裏へ揺れが来る。次に補強梁が折れた。太い配管が裂け、白いものを吹き、基部の根元が外殻から浮く。一基目の噴射が消える。二基目が遅れて沈み、三基目のノズルが支えを失ってわずかに傾いた。

 

片側三基の光が、まとめて死んだ。

 

その瞬間、サードルナの巨体がほんの少しだけ傾く。

 

たったそれだけのずれが、残骸の流れを変えた。補給デッキから吹き出した資材箱が横へ滑り、切れた係留索が外板を叩き、上部通路の折れた骨組みがぎしりと鳴った。残った三基が無理に吹き上がる。だが片側を失った巨体は、もう真っ直ぐには出られない。

 

シーマはそれを見た。

 

「離れる」

 

一班、二班、三班。各機が同時に引く。補強梁の下を使う機体。配管の束の裏へ回る機体。整備足場の外縁を蹴るようにして裂けた外板の陰へ滑る機体。どれも乱れない。乱れたら終わりだ。

 

一機、脚部の接地が外れた。外板の縁で機体が半歩流れる。

 

シーマは即座にスラスターを短く吹かし、横からそのザクを押し戻した。

 

「まだ死ぬな」

 

熱はない。怒鳴りもしない。ただ、その一言だけで十分だった。

 

赤道帯の揺れは強くなる。ここで残れば、敵にやられる前に足場ごと持っていかれる。

 

シーマは前を見た。離脱線だけを見た。

 

振り返るのは後だ。

 

――――――

 

ラルは、足場の消え方を見ていた。

 

目の前のマラサイはまだ戦える。だが、その足元の骨組みはもう戦えない。外壁そのものがずれ始めている。ここから先に残るのは、勝負ではなく欲だ。欲は死ぬ。

 

「切るぞ」

 

ラルは言った。

 

アコースが即座に動く。中央で盾を立てたまま半歩引く。引きながらも前を空けない。巧い。そういう時のアコースは、もともと石みたいな男だ。崩れない。

 

コズンは違う。まだ前へ出たがっている。マラサイの胸が開いている。押せば落とせる。そういう機が一機あると、戦いは熱を持つ。だが熱は時に邪魔だ。

 

「戻れ」

 

ラルが言う。

 

コズンは一瞬だけ迷った。その瞬間に、外壁上の整備足場の破片が横へ流れ、コズン機の肩を打った。派手な損傷ではない。だが、半歩遅ければ首を持っていかれる角度だった。

 

コズンは歯を食いしばったような声を出した。

 

「……くそっ」

 

「戻れ」

 

ラルはもう一度言った。

 

今度はコズンも従う。アコースが中央から一歩だけ前へ出て、その退き線を作る。コズンはそこへ機体を滑り込ませる。ラルは二番列へ声を飛ばした。

 

「下がれ」

 

五番列へ。

 

「残るな」

 

長い言葉は要らない。ここで説明するやつから死ぬ。

 

マラサイがなお押してくる。盾を前に出し、サーベルで切り込んでくる。だが足場がずれている。向こうもそれを分かっているから、攻めが半拍鈍る。その半拍で十分だった。

 

アコースが前にいたマラサイの盾へバズーカを近距離で撃ち込んだ。

 

狙いは機体ではない。盾と、その向こうの骨組みだ。爆発で盾が跳ね、骨組みが崩れる。マラサイの足場が消える。そこへコズンが機体ごとぶつかり、ヒートサーベルを押し込んだ。

 

火花が跳ねる。マラサイが下へ沈む。

 

ラルは見ていたが、見届けない。ひとつ落とすために残る場ではない。

 

「前を見るな。戻る線だけ見ろ」

 

その言葉に、アコースは何も返さずに機体を引いた。コズンも今度は後ろを見なかった。

 

いい。

 

それでいい。

 

勝ちに見える時に残らない。そこが分からない男は、次の戦いへ行けない。

 

――――――

 

サードルナ司令区画の空気は、急に固くなった。

 

片側三基の光が消えた瞬間から、表示の数字が揃わない。推力不均衡。姿勢偏差。停止予定位置への補正不能。残存三基による回頭過大。並ぶ文字はどれも簡潔だったが、意味はひとつだ。

 

もうここへは座れない。

 

現地司令官は表示盤の前で立っていた。怒鳴らない。怒鳴っても数値は戻らないからだ。

 

「残りで戻せ」

 

副官が答える。

 

「回頭は可能です。しかし停止予定位置へは入りません」

 

「押せ」

 

「押せばサイド4正面を外れます」

 

司令官は補給デッキ側の映像を見る。裂けたレール。吹き出したタンク。走る修理班。係留区画では保持を失いかけた艦がわずかに浮き、その前を守備兵が横切る。赤道帯の片側は暗い。残った三基だけが無理に吹いている。そのせいで巨体の鼻先は、ゆっくりと正面からずれていく。

 

要塞とは、そこへ座って初めて要塞だ。

 

座れないなら、ただの大きな石だ。

 

司令官はようやく言った。

 

「進路を外へ取る」

 

監察局の将校が聞き返す。

 

「撤退ですか」

 

「要塞運用は終わった」

 

副官が命令を流す。残存三基での最小回頭。外壁部隊の回収。係留艦の切り離し準備。固定砲座の射撃停止。声は増える。だが叫びはない。叫ぶ段階を過ぎている。

 

負けた後の仕事は、だいたい静かだ。

 

――――――

 

マレーネの声は、最後まで一定だった。

 

「片側三基、沈黙」

 

「残存三基、補正噴射」

 

「停止予定位置、喪失」

 

「現進路、このままではサイド4正面から外れます」

 

ガルマは正面表示を見た。

 

サードルナは砕けていない。巨体のままだ。だが赤道帯の片側だけが暗く、残った側の三基が無理に吹いている。その結果として鼻先がゆっくりずれる。ほんの少し。だが、その少しがあれば十分だった。

 

置けない石は、要塞ではない。

 

ガルマは短く言った。

 

「追うな」

 

「はい」

 

「残骸を見る。味方艦を近づけるな」

 

「ブレックス准将へ流します」

 

マレーネの指が端末の上を走る。彼女は顔を上げない。こういう時の彼女は信用できる。数字と命令が頭の中でぶつからない。

 

ガルマは七面の表示を順に見た。

 

一番の補給デッキ。 二番の係留区画。 三番の右舷外殻。 四番、五番、六番、七番。

 

それぞれ傷の形は違う。だが全部の奥で、サードルナの進路だけは同じように変わっていた。そこにもう説明はいらない。

 

「これでいい」

 

小さな声だった。

 

マレーネは返事をしなかった。ただ次の数値を見ていた。ガルマもそれ以上言わない。

 

勝った、という言葉は出てこない。そんなものは戦場にはいらない。ただ、あの位置へはもう来ない。それで足りる。

 

――――――

 

シーマは離脱線の途中で、一度だけ振り返った。

 

片側三基のノズルは暗い。そこだけが、妙に静かだった。残った三基は噴いている。だからサードルナはまだ動いている。だが動き方が変わっていた。赤道帯の上を流れる小さな破片の軌道が違う。さっきまで真っ直ぐだった金属片が、いまは少し曲がって流れる。

 

十分だ。

 

一班、二班、三班。戻る機影を数える。足りている。

 

後ろでは、ラル隊のザクも外壁を離れていく。アコースは乱さない。コズンはもう後ろを見ていない。あれなら次にも使える。

 

シーマは前を向いた。

 

「帰るよ」

 

部下たちは何も言わずに従う。ザクの脚が補強梁を蹴り、裂けた外板をまたぎ、配管の束の陰へ入る。足場の選び方がいい。そこまで残っているなら、帰れる。

 

シーマは胸の奥でひとつだけ思った。

 

これで止まる。

 

言葉にはしない。

 

戦場で意味は物の方にある。暗くなった三基。ずれた鼻先。そこに全部出ている。

 

――――――

 

ブレックスはディアス隊の列が前へ寄ろうとするのを見て、すぐ止めた。

 

「近づくな」

 

若い声が返る。

 

「敵は外れています」

 

「だから近づくな」

 

ブレックスの声は低い。

 

「残骸の方が速い」

 

向こうが黙る。数秒して、「了解」と返した。

 

それでいい。

 

勝ち筋が見えた後で人を失うのは、戦場で一番愚かな形だ。今回欲しかったのは撃墜数ではない。サイド4正面からあの質量を外すことだ。もう外れ始めている。なら十分だ。

 

「距離を保て。横へ流れる物だけ見ろ」

 

「了解」

 

ディアスの列が少し外へ開く。

 

その向こうで、サードルナがゆっくりと正面からずれていく。派手な終わり方ではない。だが、戦場はこういう角度ひとつで死ぬことがある。

 

――――――

 

最後の報告を、マレーネが静かに読んだ。

 

「停止予定位置を外れました」

 

「サイド4正面から外へ流れます」

 

「片側三基、沈黙継続」

 

ガルマは前を見た。

 

補給デッキの裂け目、係留区画の歪み、中央外壁の割れ、上部通路の欠けた骨組み。その全部の向こうで、サードルナが少しずつ正面からずれていく。

 

壊れてはいない。

 

だが、もう使えない。

 

「引くぞ」

 

ガルマは言った。

 

マレーネが頷く。

 

「はい」

 

それで終わった。

 

サードルナの片側は暗いままだった。

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