サードルナは、なお巨大であった。
砕け散ったわけではない。沈黙した片側三基の熱核エンジンを抱えたまま、なお武装を保ち、なお外殻各部には砲座が残り、なお外壁の上には兵と機体が貼りついている。だが、その巨体はすでに敗北の形を取っていた。
要塞とは、ただ大きければよいものではない。敵に向けて置かれるべき場所に、敵を威圧する向きで置かれて、はじめて要塞なのである。置かれるべき場所を失った瞬間、それはただの巨大な構造物に過ぎなくなる。サードルナはまさに、その瞬間に立っていた。
司令区画の表示盤には、片側三基の沈黙が冷たい数字として並んでいた。残る三基はなお過剰な噴射を続けているが、巨体の鼻先はサイド4正面から少しずつ外へ逃げている。補給デッキは裂け、係留区画は歪み、上部通路の骨組みは途中で折れたまま揺れていた。ここに座る、という当初の作戦目的は、すでに失われていた。
現地司令官は表示盤の前で立っていた。怒鳴りもせず、顔色も変えず、ただ数字を見ている。彼が無能だったわけではない。むしろ、その逆だった。彼は残る選択肢を素早く拾い上げ、まだ捨てずに済むものと、もう切り離すほかないものとを分けていった。
「外壁部隊を回収する」
と、彼は言った。
「係留艦の切り離し準備。固定砲台化した旧艦は、保持できるものだけ残せ」
副官が即座に命令を流す。
「残存三基、最小回頭。外壁部隊回収。係留艦、切り離し準備。固定砲座、射撃停止」
監察局の将校が、声を低くして訊いた。
「撤退ですか」
司令官は横目だけでその男を見た。
「要塞運用は終わった」
それだけだった。
それ以上の説明は不要であった。敗北とはしばしば、叫びではなく、ひどく静かな一文で確定するものである。サードルナにとって、その一文が今ここに置かれたのであった。
――――――
ガルマの旗艦の艦橋もまた、静かであった。
マレーネが端末を見ながら報告を読み上げる。
「片側三基、沈黙継続」
「残存三基、補正噴射」
「停止予定位置、喪失」
「現進路、このままではサイド4正面から外れます」
ガルマは前方表示を見ていた。七つの小惑星が刻んだ傷は、それぞれに違う形をしている。補給デッキには裂けたレールと吹き飛んだタンクが漂い、係留区画では折れた支持梁の間に補修艇が斜めに引っかかっていた。中央外壁の裂け目はまだ煙のような粉塵を吐き、上部通路の骨組みは途中で失われている。だが、それらを一つずつ見て意味を探す必要は、もうなかった。
あの巨体が、サイド4正面から外れる。
その事実だけで十分であった。
「追うな」
と、ガルマは言った。
「残骸を見る。味方艦を近づけるな」
マレーネはうなずいた。
「ブレックス准将へも流します」
「そうしてくれ」
ガルマはそれ以上、勝利について語らなかった。若い指揮官がしばしば犯す誤りは、勝ったと見た瞬間にもう半歩前へ出ることだ。だがガルマ・ザビは、その誘惑を退けた。あるいは、彼の周囲にいた者たち――マレーネをはじめとする実務者たち――が、その半歩を踏み出させなかったと言うべきかもしれない。
マレーネが次の報告を読む。
「ラル中佐隊、離脱中」
「シーマ少佐隊、離脱線へ入りました」
「エゥーゴ、横方向で距離維持。深追いはありません」
ガルマはそこで小さく息を吐いた。
「よし」
その一言が、歓呼の代わりだった。
――――――
外縁寄りの空域で、ブレックス・フォーラはディアス隊の前進を止めた。
「近づくな」
と、彼は言う。
若いパイロットが、回線越しに不満を滲ませた。
「敵は外れています。いま叩けば」
「だから近づくな」
ブレックスの声は穏やかですらあった。
「崩れた敵の近くには、崩れた物がある」
その一文は、経験という名の最短距離であった。勇敢であることと、愚かであることは、時に同じ顔をして現れる。とりわけ、勝ち筋が見えた後の戦場においては。
パイロットは二秒ほど沈黙し、やがて答えた。
「了解」
「距離を保て。横へ流れる物だけを見ろ」
「了解」
ブレックスはそこで前方表示を見た。サードルナは、砕けてはいない。武器もある。兵もいる。だが、もはやそれは戦場の中心ではない。そういう敵を叩いて撃墜数を増やすことより、残骸と事故から自軍を遠ざける方が、今日の仕事にはふさわしかった。
この判断を臆病と呼ぶ者もいるかもしれない。だが、臆病と慎重の区別がつかぬ者は、多くの場合、早死にする。ブレックス・フォーラは、その種の者ではなかった。
――――――
ランバ・ラルは、帰投線の上で後続の機体を数えていた。
一機、二機、三機。列を崩さず戻ってくる機体。肩装甲を裂かれたもの、盾を失ったもの、脚部の外板が焦げたもの。損傷の形は違うが、戻ってきているという点では同じだった。
アコースが中央にいる。機体を乱していない。相変わらず無口で、相変わらず堅い。コズンは少し後ろにつき、まだ後方を気にしているようだった。
「勝ったんでしょう」
と、コズンが言った。
ラルは前を見たまま答えた。
「帰るまで分からん」
コズンが苦い顔をするのが、ヘルメット越しでも分かった。
「もう一度押せば、あの列を崩せた」
「戦場で“もう一度”を足すと、次は自分が足りなくなる」
コズンは口を閉じた。アコースは何も言わない。黙っている男というのは、ときに賢者より便利である。少なくとも、いまこの場においては。
ラルはさらに後方へ目をやった。未帰還機の番号がひとつ、応答なしのまま残っている。誰もそのことを口にしない。いまは帰ることが先であり、哀悼や報告はその後でよかった。
「前を見ろ」
と、ラルは短く言った。
コズンはようやく後ろを見るのをやめた。
――――――
シーマは、自分の隊の戻りを班ごとに数えた。
一班、二班、三班。機影の数。機体の損傷。応答の声。そこに足りないものがあるかどうかだけを見る。片側三基を止めたという成果より、戻ってきた数の方が、この瞬間には重かった。
ひとり、脚部の磁着を痛めた機体があった。姿勢がやや低い。帰投線の途中で沈みかける。
シーマは横へ機体を寄せ、マニピュレーターでその肩を押し戻した。
「配線は後だ。先に脚を見な」
と、彼女は言う。
「落ちるのは帰ってからでいい」
部下は短く答えた。
「はい」
それで十分であった。
シーマは前を向く。赤道帯の片側三基は暗い。その一列だけ、妙に静かだ。残った三基が噴いているせいで、細かな破片の流れ方が変わっている。勝利の実感というものがあるとすれば、それは歓声ではなく、そういう小さな物理の変化としてまず現れるのかもしれない。
もっとも、彼女自身はそんな感傷を持たなかったが。
「三班、右へ寄れ」
と言う。
「そこは残骸が流れる」
海兵たちは黙って従った。シーマ・ガラハウという女は、隊を慰めるより先に、帰る線を示す方の指揮官であった。
――――――
サイド4外縁寄港地では、ようやく人々が空を見上げる余裕を取り戻しつつあった。
補給箱を抱えたまま立ち尽くす候補生。工具を持ったまま窓へ寄る整備兵。通信席を離れられぬまま、表示窓に視線だけを向ける士官。砲火は完全にはやんでいない。残骸もなお飛んでいる。だが、頭上へ座り込むはずだった巨大な影が、ゆっくりと正面から外れていくのが見えた。
守られたのは港そのものではない。人が集まり、機材が集まり、船が着き、候補生が育ち、整備兵が働く場所であった。その事実を、そこにいる者の多くはまだ言葉にできなかった。しかし、言葉にできぬからといって、理解していないわけではない。
戦争が時に守るのは、国境でも領土でもなく、ひとつの場所が「そこにあり続ける」という条件そのものなのである。
――――――
サードルナは、なお巨大なまま遠ざかっていった。
砕けてはいない。火力も残っている。兵も残っている。しかし、その巨体はもはやサイド4正面へ座ることができない。置かれるべき場所を失った要塞は、いかに武装していようと、政治的価値も軍事的価値も大きく減ずる。
サードルナ戦とは、巨大な質量を破壊した戦いではなく、巨大な質量を所定の位置に置かせなかった戦いであった。
だが、その場にいた者たちにとって、それはもっと切実で、もっと生々しい出来事であった。補強梁のきしみ、整備足場のずれ、片側三基の沈黙、帰ってこない一機の番号、そうした個々の現実の積み重ねとしてしか、彼らはこの勝敗を理解できなかった。
こうして戦いは終わった。
勝者が得たのは歓喜ではなく、敵を所定の位置へ座らせなかったという事実であり、敗者が失ったのは艦艇や兵員だけではなく、宇宙における主導権の一角であった。
巨大な石はなお残った。だが、それはもはや要塞ではなかった。置かれるべき場所を失った時、どれほどの質量もまた政治的価値を失う。サードルナは、そのことを宇宙に示したのである。
はい。お考えのとおりですw。感想お待ちしております。