妹に撃たれない方法   作:Brooks

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一部、実話ですw


第181話 SS ララァ、はじめての株式投資

 サイド7の居間は、昼でも少し落ち着きがなかった。

 

 窓の外では、建設用のモビルワーカーが長い資材を抱えて歩き、搬送車両が決められた軌道の上をせわしなく行き来している。遠くではシャトルの減速音が響き、そのたびに窓ガラスがわずかに震えた。まだ作りかけのコロニーらしい、金属と樹脂のにおいが換気口から薄く流れ込んでくる。

 

 そんな部屋の空気とまるで関係なく、ニュース端末の画面の中の女性アナウンサーだけは、妙にさわやかな笑顔だった。

 

「本日より、スペースノイド向け金融制度改革が施行されます。これにより、一定の条件を満たせば、従来よりも簡単に証券口座を開設できるようになります」

 

 アムロが、分解していた小型端末から顔を上げた。

 

「うわ」

 

「何、その声」

 

 セイラがカップを持ったまま言う。

 

「なんか嫌な制度が始まった時の声」

 

「ぴったりね」

 

 画面には、親切そうな図が出ていた。企業へ投資。少額から参加。未来の資産形成。いかにも立派で、いかにも分かりやすくて、いかにも後で面倒になる言葉が並んでいる。

 

 ララァは、画面の文字をじっと追っていた。

 

「しょうけん、こうざ」

 

 セイラがララァの方を向く。

 

「会社にお金を出す仕組みよ。うまくいけば、その会社が大きくなって、持っている人にも得があるの」

 

「大きくならなかったら?」

 

「減るわ」

 

 アムロが横から言った。

 

「そのへんは、ものすごくはっきり減る」

 

 ララァは少し考えた。

 

「増えたお金は、家族にも送れますか」

 

 セイラの手が止まり、アムロも口を閉じた。

 

 ボンベイの家族のことだと、二人ともすぐに分かった。

 

「増えれば、ね」

 

 セイラはやわらかく答えた。

 

「でも、減ることもあるわ」

 

 ララァは小さくうなずいた。そして、本当に何でもないように言った。

 

「上がる前と、下がる前が分かれば、少しだけ増やせます」

 

 アムロの手が止まった。

 

 セイラは静かにカップを置いた。

 

 数秒の沈黙のあと、アムロが言った。

 

「待て」

 

「はい」

 

「今、すごく危ないこと言った」

 

 ララァはきょとんとした。

 

「危ない、ですか」

 

「危ない」

 

 アムロは断言した。

 

「普通の人は、それが分からない前提でやるんだよ」

 

「そうね」

 

 セイラも言う。

 

「だから迷うし、失敗もするの。見えるものではないのよ」

 

 ララァは真面目な顔でニュース端末を見直した。

 

「……では、難しいのですね」

 

「そう。だからみんな、やる前は夢を見て、やった後で青くなるんだ」

 

「それはアムロの感想でしょう」

 

「感想だけど、たぶん当たってる」

 

 アムロはそう言ってから、ふと眉をひそめた。

 

「いや待て。誰がそんなこと教えたんだよ」

 

―――――

 

 ララァは薄い端末を取り上げた。

 

「動画で教わりました」

 

「動画ぁ?」

 

 アムロの声が見事に裏返った。

 

 ララァが画面を開く。すぐに、よく日に焼けた日本人の中年男が現れた。背景には観葉植物。笑顔はやたら明るい。声はやたら親切そうだ。

 

「いいですか、皆さん。株はむずかしくありません」

 

 アムロが即座に顔をしかめた。

 

「もう怪しい」

 

「どうしてですか」

 

 ララァが聞く。

 

「最初に“むずかしくありません”って言う人、だいたい怪しい」

 

 セイラが少しだけ笑う。

 

 画面の中の男は、身ぶりつきで続けた。

 

「安いときに買って、高いときに売る。それだけです」

 

「それだけなら、全員もう金持ちだろ」

 

 アムロが言う。

 

 だが男は、動じない。たぶん慣れている。

 

「最初は少額で始めましょう」

 

「いきなり大きく儲けようとしてはいけません」

 

「一つに全部入れず、分けて持ちましょう」

 

「利益が出たら、一部は欲張らずに確定しましょう」

 

 そこまでは、セイラもわずかにうなずいていた。

 

 だが次の瞬間、男はにっこり笑って言った。

 

「そして最後に。いまの流れでは、株はもう下がりません」

 

 アムロが端末を指差した。

 

「最後だけ急に崖から飛んだぞこの人」

 

 ララァは画面の中のおじさんをじっと見ていた。

 

「この人は、うそを言っていません」

 

「なんで分かるんだよ」

 

 アムロが聞く。

 

 ララァはきらきらした目で答えた。

 

「わかります」

 

「その“わかります”が一番危ないんだって!」

 

 セイラが端末をのぞき込む。

 

「全部が嘘ではないわ。言い方がずいぶん乱暴なだけ」

 

「でも、だいたい合っています」

 

 ララァは真顔だった。

 

「このあと、本当にそうなります」

 

 アムロは天井を見上げた。

 

「嫌だなあ。未来が見える人が初心者向け動画を見て確信を深めるの」

 

 ララァは首をかしげる。

 

「いけませんか」

 

「いけないわけじゃないけど、いけない方向に行ってる」

 

「それは、いけないのでは」

 

「そうなんだよ!」

 

 アムロは思わず言った。

 

 セイラは小さく息をつく。

 

「少額で始めること。増えたら一部を売ること。そこは守るべきね」

 

「はい」

 

 ララァは素直にうなずく。

 

「少額で、少しだけ増やします」

 

 アムロが低い声で言った。

 

「その“少しだけ”が全然信用できないんだよ……」

 

―――――

 

 翌日、中央ブロックの仮設金融窓口の前には、すでに列ができていた。

 

 まだ看板も新しく、通路の継ぎ目も完全には揃っていない。工員の作業着のまま並んでいる男もいれば、買い物ついでらしい母親もいる。何となく来てみた顔の老人もいた。

 

 入口の横には、大きな字で注意書きが貼られている。

 

 未成年は後見人の同意が必要。

 

 アムロがそれを見て、ぴたりと止まった。

 

「はい、解散」

 

「まだ何もしていません」

 

 ララァが言う。

 

「したも同然だよ。未成年だめって書いてある」

 

 セイラもそれを読んだ。

 

「後見人の同意、ね」

 

 ララァは少し考えて、自然に言った。

 

「では、エドワウに頼みます」

 

「だめ」

 

 アムロが即答した。

 

「だめね」

 

 セイラも同時に言った。

 

 ララァが二人を見る。

 

「どうしてですか」

 

「どうしてもこうしてもない」

 

 アムロは顔をしかめる。

 

「その話した瞬間に全部ばれるし、絶対止められる」

 

「しかも理由まで聞かれるでしょうね」

 

 セイラが言う。

 

「そこで“上がる前と下がる前が分かるから”とは言えないわ」

 

 ララァはそこで少しだけ困った顔をした。

 

 ちょうどその時、通路の向こうから聞き覚えのある声がした。

 

「だから、その箱は先に左へ寄せてって言ったでしょ。人が通れないと余計に遅くなるの」

 

 ミライだった。作業員に指示を出しながら歩いてきて、三人を見る。

 

「あれ? 何してるの、こんなところで」

 

 アムロが張り紙を指差した。

 

「見ての通り。詰んでる」

 

 ミライは事情を聞いて、最初はあきれたような顔をした。

 

「ララァちゃん、株?」

 

「はい。ボンベイに送ります」

 

 その一言で、ミライの顔つきが少し変わった。

 

「……そう」

 

 少し考えてから、ララァに聞く。

 

「本当に、少しだけ?」

 

「はい」

 

「欲張らない?」

 

「はい」

 

「増えたからって、また全部入れたりしない?」

 

 ララァは少し考えた。

 

「送る分を、先に置いておきます」

 

 ミライは腕を組んで、アムロとセイラを見た。

 

「止める?」

 

 アムロはすぐに答えた。

 

「止めたい」

 

 セイラは少しだけ口元をゆるめた。

 

「でも、理由がね」

 

 ミライは短く息を吐いた。

 

「分かった。後見人、私がやる」

 

 アムロが固まる。

 

「えっ」

 

「ただし条件つき」

 

 ミライは指を一本立てる。

 

「元手は少し」

 

 二本目。

 

「送る分ができたら先に分ける」

 

 三本目。

 

「変な勝ち方したら即終了」

 

 アムロがぼそっと言う。

 

「最初から変な勝ち方する気がするんだけど」

 

「私もそう思うわ」

 

 セイラが静かに言った。

 

 ララァだけが、まじめにうなずく。

 

「少しだけです」

 

「その台詞、今日だけで四回目だぞ」

 

「増えました」

 

「まだ増えてない!」

 

 アムロが即座に突っ込んだ。

 

 ミライが吹き出す。

 

「早いわね」

 

―――――

 

 窓口の中は、外よりさらに落ち着きがなかった。

 

 係員が慣れない手つきで端末を操作し、別の係員が大きな声で説明している。

 

「えー、口座の開設が終わりましたら、売買はご自身の端末から行っていただきます」

 

「利益は売ってはじめて確定します」

 

「配当は毎日ではありません」

 

「一つに全部を入れると危険です」

 

「最初は少額からお願いします」

 

 前の列の男が真剣な顔で聞いていた。

 

「昨日買えば、今日もうかってたんですか」

 

「そういう日もありますが、逆もあります」

 

 別の女性が不安そうに言う。

 

「減るなら、やらない方がよくないですか」

 

「その判断もあります」

 

 アムロが小声で言った。

 

「ほら、もう不安そうな人と夢見てる人が同じ列にいる」

 

「制度だけ先に来たのね」

 

 セイラが答える。

 

 係員が、やや疲れた声で続ける。

 

「こちらで本人確認を行います。売買は各自の端末でお願いします」

 

 アムロが、ほっとしたように言った。

 

「よかった……ここでいきなり買い始めるのかと思った」

 

「してはいけないのですか」

 

 ララァが聞く。

 

「いけなくはないけど、心の準備が追いつかない」

 

「誰のですか」

 

「僕のだよ!」

 

 手続きが進む間、ララァは少し目を伏せていた。周囲のざわめきとは別のものを聞いている顔だった。

 

「これから、もっと物が動きます」

 

 セイラがララァを見る。

 

「何が」

 

「鉄も。空気を送る機械も。食べ物も。薬も。運ぶ船も」

 

 ララァは静かに言った。

 

「急いで、たくさん」

 

 セイラの表情がそこで少しだけ変わる。

 

「……戦争ね」

 

 ララァはうなずいた。

 

 アムロが顔をしかめる。

 

「最悪だな」

 

 ミライも言葉を失った顔になる。

 

 セイラがララァをまっすぐ見た。

 

「戦争で上がるお金を使うことになるわよ」

 

 ララァは少しだけ黙った。

 

 それから、はっきり答えた。

 

「それでも、送ります」

 

 その返事は静かで小さかった。

 

 でも、迷ってはいなかった。

 

 アムロは頭をかいた。

 

「ずるいんだよな、そういう言い方」

 

「ずるくないです」

 

 ララァは真顔で言う。

 

「必要です」

 

 ミライが、ふっと笑ってしまった。

 

「うん。そういうところよね、ララァちゃん」

 

―――――

 

 手続きを終え、四人は家に戻った。

 

 テーブルの上には端末が並び、その並び方だけ見ると、何だか普通の勉強会みたいだった。内容だけが普通ではない。

 

 ミライが腕を組む。

 

「いい? 本当に少しだけよ」

 

「はい」

 

 ララァは真剣にうなずく。

 

 セイラが言う。

 

「最初は、必要が増えるものから考えましょう。建設、輸送、医療、食料」

 

「ここはまだ何も足りていないもの」

 

 ミライが補足する。

 

「建てるにも直すにも運ぶにも、まずそこ」

 

「みんな必要そうなものから考えるんだな」

 

 アムロが端末をのぞき込んで言う。

 

「だって、難しいこと分からないし」

 

「それ、今すごく信用できる初心者の言葉」

 

 アムロが言うと、ミライが肩をすくめた。

 

「初心者なんだからしょうがないでしょ」

 

 ララァは一覧を見つめ、ある銘柄で指を止めた。

 

「これは上がります」

 

「へえ」

 

 アムロはもう驚くより先に疲れた声になっていた。

 

「何で」

 

「このあと、慌てて買う人が増えます」

 

「どうして」

 

「足りないからです」

 

「雑だなあ!」

 

「でも合ってる気はするわね」

 

 セイラが言う。

 

 ミライがララァの手元を見た。

 

「少しだけよ」

 

「はい」

 

 ぽん、とララァが軽く触れる。

 

 アムロが身を乗り出した。

 

「ちょっと待て。今ので買ったのか?」

 

「はい」

 

「軽すぎるだろ」

 

「少しだけです」

 

「その“少しだけ”が信用できないんだって!」

 

―――――

 

 上がった。

 

 妙なくらい、きれいに上がった。

 

 ララァは端末を見て、小さく目を丸くした。

 

「増えました」

 

 それだけの言い方なのに、何だか嬉しそうだった。

 

 ミライが端末を引き寄せる。

 

「ほんとだ……」

 

 セイラも見て、静かに息を吐く。

 

「最初でこれは、少しできすぎね」

 

 アムロは腕を組んだまま、画面をにらんでいる。

 

「たまたまだろ」

 

「たまたまではありません」

 

 ララァが答える。

 

「言い切るなよ!」

 

 ララァは昨日の動画を思い出したように言った。

 

「利益が出たら、一部は確定します」

 

「え」

 

 ミライが聞き返す。

 

「半分だけ売ります」

 

 ぽん、と操作する。

 

 アムロが目をしばたたいた。

 

「そこはちゃんと守るのか」

 

「はい。欲張らないのです」

 

 ミライが思わず吹き出した。

 

「えらい。そこはえらい」

 

 セイラも笑う。

 

「初心者講座を一番まじめに聞いているのは、たぶんララァね」

 

「聞き方が変なんだよ」

 

 アムロが言った。

 

「前提がおかしいんだよ」

 

 ララァは端末を見ながら、少し考えた。

 

「……みんな、どうして見えないのに買うのですか」

 

 三人が一瞬黙る。

 

 ミライが最初に言った。

 

「見えないから、考えるのよ」

 

 セイラが続ける。

 

「見えないから失敗もするし、当たった時はうれしいの」

 

 アムロはぼそっと付け足した。

 

「だいたいは失敗するけど」

 

「夢がないわね」

 

「現実は大体そうだよ」

 

―――――

 

 数日後には、ボンベイに送る分はきちんと確保できてしまった。

 

 ミライはそこで、きっぱり言った。

 

「はい、終了」

 

 ララァは素直にうなずいた。

 

「はい」

 

 アムロが、ほっと息をつく。

 

「やっと終わった……」

 

 だが、ララァは続けた。

 

「では次は、みなさんの生活費が上がる前に、少し増やします」

 

 アムロが、がばっと顔を上げた。

 

「なんでそうなるんだよ!」

 

「食べ物も、電気も、これから高くなります」

 

 ララァは真顔で言う。

 

「だから、その前に少し」

 

「だめ」

 

 ミライが即答した。

 

「では、もう一回だけ」

 

「その“もう一回だけ”が一番危ないんだって!」

 

 アムロが叫ぶ。

 

 セイラは笑いをこらえながら言った。

 

「ララァは欲がないのに、止まらないのよね」

 

「欲がないから止まらないんだよ!」

 

 アムロが返す。

 

「自分のためじゃないって顔でどんどん行くじゃないか!」

 

 ララァは少し考えた。

 

「……いけませんか」

 

 三人が黙る。

 

 そこがずるいのだ。

 

 本人に悪気がない上に、言っていることのかなりの部分が正しい。

 

 ミライが額に手を当てた。

 

「こういう時に限って正論を混ぜてくるのやめて」

 

「混ぜていません」

 

 ララァは真顔だった。

 

「最初からです」

 

「そういうところ!」

 

―――――

 

 問題は、証券会社の向こう側でも起きていた。

 

 端末での売買記録はきちんと残る。

 

 口座開設直後。

 

 少額。

 

 異様に高い勝率。

 

 しかも欲張らず、機械みたいに一部を利確している。

 

 ララァ本人はまったく気づいていなかった。

 

「少し増やして、送って、残りを置いてあるだけです」

 

 本当に、そのくらいの感覚なのだ。

 

 だからこそ、仮設窓口の建物を出たところで、後ろから聞こえた静かな声に、少し嬉しそうに振り向いた。

 

「何を置いてあるんだい」

 

 全員が固まった。

 

 エドワウだった。

 

 アムロは目を閉じた。

 

 終わった、という顔だった。

 

 セイラは視線をそらす。

 

 ミライは、観念したように片手を上げたくなるのをこらえている。

 

 ララァだけが、少しだけ笑って言う。

 

「エドワウ。増えました」

 

 エドワウは端末を受け取り、画面を見る。

 

 約定履歴。

 

 利益。

 

 勝率。

 

 長くはない沈黙が落ちた。

 

 けれど、その長くなさが逆に怖い。

 

「……誰が口座を作らせた」

 

 静かな声だった。

 

 ミライが、おそるおそる手を挙げる。

 

「私」

 

 アムロは目をそらす。

 

 セイラは、今ここに紅茶があれば少しはましなのに、という顔をしていた。

 

 ララァは空気を読まず、端末をもう一つ差し出す。

 

「でも、この人はうそを言っていませんでした」

 

 そこにはK・アサクラの動画が開かれていた。

 

 ちょうど画面の中のおじさんが、にこやかに言う。

 

「株はもう下がりません!」

 

 エドワウが無言になる。

 

 アムロが両手で顔を覆った。

 

「最悪だ……」

 

 ララァはきらきらした目でエドワウを見上げた。

 

「次は、下がる前に売ります」

 

「だからそれを普通に言うな!」

 

 アムロの声が、仮設窓口前の通路にきれいに響いた。

 

 通りかかった作業員が、何ごとかという顔でこちらを見た。

 

 ララァは少しだけ驚いた顔をしたあと、小さく首をかしげる。

 

「でも、その方が安全です」

 

 エドワウは、画面の数字とララァの顔を交互に見た。

 

 それから、ゆっくり言った。

 

「……とりあえず、今日は全部話してもらおうか」

 

 アムロは心の底から思った。

 

 ああ、やっぱりこうなった、と。

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