妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第184話 SS ララァ、掲示板を読んでしまう

 

 サイド7の居間は、静かそうに見えて、だいたい静かではなかった。

 

 窓の外では搬送車両が短い警告音を鳴らしながら曲がっていき、建設用のモビルワーカーが長い資材を抱えたまま器用に向きを変えている。遠くでシャトルの減速音が響くたびに、窓ガラスがぶうんと小さく鳴った。まだ作りかけのコロニーらしい金属と樹脂のにおいが、換気口から薄く流れ込んでくる。

 

 そんな中で、アムロは妙にいやな予感を覚えていた。

 

 理由は簡単で、ララァが静かだからだ。

 

 静かにしている時のララァは、だいたい何か見つけている。

 

「……何見てる?」

 

 アムロが聞く。

 

 ララァは膝の上の端末から顔を上げた。

 

「掲示板です」

 

 アムロは眉をしかめた。

 

「最悪だ」

 

 ミライが吹き出す。

 

「聞く前から最悪って言っちゃった」

 

「だって嫌だろ」

 

 アムロは本気だった。

 

「株が禁止になったあとで、掲示板見てるって、嫌な予感しかしないだろ」

 

「売ってはいません」

 

 ララァが真面目に言う。

 

「そこじゃないんだよなあ……」

 

 セイラが紅茶を置いて、ララァの端末をのぞきこんだ。

 

「銘柄ごとの掲示板ね」

 

「はい」

 

 ララァはうなずく。

 

「みんな騒いでいます」

 

 アムロが顔をしかめる。

 

「その報告の仕方も嫌だな」

 

 ミライがララァの隣に座って端末を見る。

 

 画面には短い文章が並んでいた。

 

 もうだめだ

 逃げろ

 ここから反発

 売り煽るな

 オジキ信じろ

 ガチホ一択

 

 ミライが目を細める。

 

「すごいわね、元気ね」

 

「元気じゃないだろこれ」

 

 アムロが言う。

 

「半分くらい泣いてるだろ」

 

 ララァは静かに画面を見ていた。

 

「泣いている人もいます」

 

「何で分かるんだよ」

 

「文字の後ろが騒がしいです」

 

 部屋が少しだけ静かになった。

 

 アムロはゆっくり言った。

 

「頼むからそういう綺麗な言い方で怖いことを言わないでくれ」

 

 セイラが小さく笑う。

 

「でも、相場では間違っていないわね」

 

「え」

 

 ミライが振り向く。

 

「そうなの?」

 

「人の感情が値動きを作ることは多いもの」

 

 セイラは落ち着いた声で言う。

 

「期待で上がる。不安で下がる。掲示板は、その感情が剥き出しになりやすいのよ」

 

 ララァはこくりとうなずいた。

 

「はい。みんな、剥き出しです」

 

「そのまとめ方もどうなんだろうな……」

 

 アムロは頭をかいた。

 

「ネットの相場民を材料にするなよ」

 

 ララァは首をかしげた。

 

「材料ではありません」

 

「じゃあ何なんだよ」

 

「声です」

 

 少しの沈黙。

 

 ミライが、ぷっと吹き出した。

 

「だめ、ちょっと綺麗」

 

「綺麗じゃない!」

 

 アムロが即座に言う。

 

「そういう方向にまとめるな!」

 

―――――

 

 ララァは、その日から売買のかわりに掲示板を読んでいた。

 

 本人としては、ちゃんとルールを守っているつもりだった。

 

 エドワウに言われたのは「勝手に取引をするな」であって、「見るな」ではない。

 

 その解釈が正しいかどうかは、かなり怪しかった。

 

「この人は毎日怒っています」

 

 ララァが言う。

 

 アムロが身を乗り出した。

 

「何」

 

「この人です」

 

 ララァが指差した書き込みには、短い文章がいくつも並んでいる。

 

 ふざけるな

 機関の売りだ

 許さん

 買い場だと言っただろ

 

 ミライが肩を震わせる。

 

「ほんとだ。毎日怒ってる」

 

「何で分かるんだよ、じゃなくて、ほんとに怒ってた」

 

 アムロが嫌そうな顔になる。

 

「しかも一貫してるのが嫌だ」

 

「この人は、上がっても下がっても怒っています」

 

 ララァが別の投稿を指す。

 

「何で」

 

「多分、怒るのが好きなんだと思います」

 

 ミライが笑い出す。

 

「だめ、そこだけ妙に冷静」

 

 セイラも口元を押さえた。

 

「分析が雑なのに合っていそうで困るわね」

 

 ララァは真顔で続けた。

 

「この人は、強い言い方をしていますが、本当は不安です」

 

「何でそこまで分かるんだよ」

 

 アムロが言う。

 

「強い言い方の後ろが、揺れています」

 

「揺れています」

 

 ミライがそのまま繰り返す。

 

「日本語としては綺麗なのに意味が怖いのよね」

 

 セイラが、少しだけ感心したように言う。

 

「もう掲示板を読んでいるんじゃなくて、人を読んでいるのね」

 

「やめてくれよその表現」

 

 アムロが言った。

 

「本当にそうっぽく聞こえるだろ」

 

 ララァはきょんとした顔をした。

 

「そうです」

 

「認めるな!」

 

―――――

 

 その日の午後、ララァは一つの銘柄の掲示板をじっと見ていた。

 

 少し前まで元気だった書き込みが、今日は妙に悲観的だ。

 

 逃げろ

 終わった

 戻らない

 機関に殺された

 

 アムロは、端末をのぞきこんで、すぐに嫌そうな顔をした。

 

「うわあ」

 

「怖がっています」

 

 ララァが言う。

 

「ものすごく」

 

「見れば分かるよ、それは」

 

 ミライが言う。

 

「もう文章が全部しょんぼりしてるもの」

 

 セイラは掲示板の流れとチャートを見比べていた。

 

「でも、少しやりすぎね」

 

「やりすぎ?」

 

 アムロが聞く。

 

「売られすぎている、ってこと?」

 

「そういうこと」

 

 セイラが答える前に、ララァが静かに言った。

 

「今は怖がっているので、そろそろ上がります」

 

「言うな」

 

 アムロが即座に言う。

 

「やめて。聞いたら気になるから」

 

 ミライも言う。

 

「見てるだけにして」

 

「見ています」

 

「言うなって言ってるの!」

 

 ララァは不思議そうな顔をした。

 

「でも、見えます」

 

「だからそれが一番困るんだよ!」

 

 しばらくして、本当に少し反発した。

 

 アムロは頭を抱えた。

 

「見るだけで当てるなよ……」

 

 ララァは端末を見たまま答える。

 

「見えていました」

 

「それなんだよ!」

 

 ミライが笑いながらも疲れた顔をする。

 

「何もしてないのに疲れるの、すごいわね」

 

 セイラが、小さく言う。

 

「相場の人の気持ちは、値段より先に揺れるもの」

 

 ララァはこくりとうなずいた。

 

「はい。先に揺れています」

 

 アムロが天井を見上げた。

 

「もう会話のどこを止めたらいいのか分からない……」

 

―――――

 

 掲示板文化は、思ったよりも単語が多かった。

 

「握力が弱いと書いてあります」

 

 ララァが言う。

 

 アムロが反射的に答える。

 

「人の手の力じゃない」

 

「そうなの?」

 

 ミライが笑う。

 

「最初ちょっとだけそう思った」

 

「思うなよ」

 

「だって握力って握力じゃない」

 

 ララァは真顔で考えた。

 

「では、精神ですか」

 

「まあ、だいたいそう」

 

 アムロが言う。

 

「持ち続ける気持ちの強さ、みたいなもんだよ」

 

「この人たちは、握力が強いです」

 

「どの人たち?」

 

 ミライが聞く。

 

 ララァは画面を指した。

 

「オジキ派です」

 

 部屋が少しだけ静かになった。

 

 アムロがゆっくり聞く。

 

「何派?」

 

「オジキ派です」

 

 ララァは真顔で答える。

 

「この人たちは、下がっても売りません」

 

 ミライが掲示板を見る。

 

 たしかに並んでいる。

 

 オジキ信じろ

 ここは握る

 オジキの話を聞け

 下で投げるな

 

「……いるわねえ」

 

 ミライが感心したように言う。

 

「ほんとにいる」

 

「いるな」

 

 アムロは嫌そうな顔をした。

 

「しかも結構いるな」

 

 セイラが少し面白そうに言う。

 

「長期で持つ人たちが、下を支える層になるのよ」

 

「支える?」

 

 ミライが聞く。

 

「怖くなって売る人ばかりだと、そのまま崩れるでしょう。でも“まだ持つ”と決めている人がいると、全部は崩れにくい」

 

 ララァは静かにうなずいた。

 

「この人たちは動きません」

 

「何で分かるんだよ」

 

 アムロが言う。

 

「信じています」

 

 ララァの答えは短かった。

 

 でも、その一言で何となく分かってしまうのが困る。

 

 ミライが言う。

 

「信じて持ってる人と、怖くて売る人がぶつかってるのね」

 

「そう」

 

 セイラが答える。

 

 ララァは画面を見つめたまま、少し首を傾げた。

 

「でも、少しだけ不安です」

 

「誰が」

 

 アムロが聞く。

 

「オジキ派です」

 

「そこまで分かるのかよ……」

 

 ララァは小さくうなずく。

 

「売りません。でも、少しだけ怖がっています」

 

 ミライが、何だか急に可笑しくなって笑った。

 

「信者の心の揺れまで読むのやめて」

 

「信者って言うなよ」

 

 アムロが言う。

 

「いや、でもほぼそうだな……」

 

―――――

 

 それからしばらく、ララァは掲示板の常連たちを観察していた。

 

「この人は、朝だけ強いです」

 

「どういう意味?」

 

 ミライが聞く。

 

「朝は強い言葉を書きますが、お昼になると弱くなります」

 

 アムロが嫌そうな顔になる。

 

「嫌な分析だな」

 

「この人は上がると急に出てきます」

 

「それは分かりやすいわね」

 

 ミライが笑う。

 

「この人は、いつも“まだ安い”と言っています」

 

「それもいるわね」

 

 セイラがうなずく。

 

 ララァは淡々としていた。

 

「この人は、毎回、底で怖がります」

 

 アムロが思わず聞き返す。

 

「毎回?」

 

「毎回です」

 

「覚えたの?」

 

「はい。よくいる人です」

 

 ミライが目を丸くする。

 

「もう個人認識してるの?」

 

「名前までは覚えていません」

 

 ララァは言う。

 

「でも、気配で分かります」

 

「やめてくれその言い方!」

 

 アムロが叫ぶ。

 

 セイラは少しだけ笑っていた。

 

「投稿の癖で覚えてしまうのは、まあ、ある話ではあるわね」

 

「あるの?」

 

「あるわ」

 

「嫌だなその世界」

 

 アムロが言う。

 

 ララァはそんな三人をよそに、少し嬉しそうに端末を見ていた。

 

「この人も、オジキ派です」

 

「増えてるのかよ」

 

 アムロが言う。

 

「増えています」

 

「報告するな!」

 

―――――

 

 夕方になる頃には、ララァは掲示板を読むのにずいぶん慣れていた。

 

「今は強気の人が多すぎます」

 

 ララァが言う。

 

「だから、少し危ないです」

 

 アムロが机をばんと叩く。

 

「言うな!」

 

「見ているだけです」

 

「その見てるだけが怖いんだよ!」

 

 ミライも笑いながら言う。

 

「ほんと、何もしてないのに空気だけ悪くなるのすごいわね」

 

 セイラは落ち着いていた。

 

「相場の人たちは、上がる時も下がる時も騒ぐものよ」

 

「今は、強い人が多いです」

 

「強い?」

 

 アムロが聞く。

 

「強い言葉を使う人が多いです」

 

 ララァは画面を見たまま答える。

 

「でも、少し空いています」

 

「何が」

 

「下です」

 

 また部屋が静かになる。

 

「下が空いてるって何だよ」

 

「支える人が少し離れています」

 

 ララァは真顔だ。

 

「だから、落ちると速いです」

 

 ミライが、こわごわセイラを見る。

 

「分かる?」

 

「分かる」

 

 セイラは即答した。

 

「悔しいけど分かるわ」

 

 アムロは頭を抱えた。

 

「分かるのかよ……」

 

 ララァは少しして、画面を切り替えた。

 

「こちらは違います」

 

「何が違うの」

 

 ミライが聞く。

 

「黙っている人が多いです」

 

「……それは?」

 

「もう売りたい人が少ないです」

 

 ララァは静かに言う。

 

「なので、そろそろ終わります」

 

 アムロが両手で顔を覆った。

 

「頼むから実況をやめてくれ」

 

「実況ではありません」

 

「解説でも分析でも嫌だ!」

 

 ミライが笑いながら肩をすくめる。

 

「でも、見てるだけならルール違反ではないのよね」

 

「そこなんだよなあ……」

 

 アムロは言った。

 

「そこが一番嫌なんだよなあ……」

 

―――――

 

 夜になって、居間の空気が少しだけ緩んだ頃。

 

 ララァが、急に少し嬉しそうな顔をした。

 

「この人もです」

 

「何が」

 

 アムロが嫌な予感のまま聞く。

 

 ララァは端末を差し出した。

 

「オジキ派です」

 

 画面には書き込みが並んでいた。

 

 オジキ信じろ

 オジキ案件だから握る

 オジキが前に言ってたやつ

 ここで投げるな

 

 ミライが吹き出す。

 

「だめ、ほんとにいる」

 

 セイラも少し笑う。

 

「想像以上に勢力があるわね」

 

 アムロは机に突っ伏した。

 

「最悪だ……掲示板の住人までオジキ呼びかよ……」

 

 ララァは、端末を見ながら少しだけ嬉しそうだった。

 

「良いです」

 

「何が」

 

 ミライが聞く。

 

「良いものを、良いと思う人がたくさんいます」

 

 その答えが真っ直ぐすぎて、誰もすぐには何も言えなかった。

 

 アムロでさえ、ちょっとだけ黙った。

 

 ミライが先に笑う。

 

「それは……まあ、悪くはないわね」

 

「悪くはないけど!」

 

 アムロが顔を上げる。

 

「仲間意識を持つな!」

 

「仲間です」

 

 ララァが真顔で言う。

 

「増やすな!」

 

 セイラが、静かにまとめるように言った。

 

「ララァ。見るだけにしておきなさい」

 

「はい」

 

 ララァは素直にうなずいた。

 

「見ます」

 

 少し間を置く。

 

 その間が、アムロにはすごく嫌だった。

 

 そして、案の定、ララァは真顔で続けた。

 

「今は、みんな強気なので、少し危ないです」

 

 アムロがまた叫ぶ。

 

「だから言うな!」

 

 窓の外では、搬送車両がまた短い警告音を鳴らしていた。

 

 サイド7の夜は、今日も忙しい。

 

 そして居間の中では、掲示板を読むだけのララァが、誰よりも相場の空気をかき回していた。

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