なおブライト19歳 オマリー16歳 エマリーは年若いですが秘密ありです。
(オマリーって書き間違えた。阪神か)
ホワイトベースの格納庫には、新しい艦に特有の落ち着かなさがあった。
塗装したばかりの白い隔壁はまだ妙に明るく、照明を受けて冷たく光っている。床の鉄板には整備兵の靴跡と工具箱の擦れた線が混じり、奥では搬入されたばかりの部材が固定具に縛られたまま並んでいた。作業灯の下で、ネモの淡い緑の装甲が鈍く光る。その横では、濃い色のリック・ディアスが、実戦を待つ獣のように脚を開いていた。
ブライト・ノアは、その格納庫の騒がしさの中で、一歩引いた位置に立ち、機体と人の流れを見ていた。
誰がどこを通り、どこで人の流れが詰まり、機体が出る時に何が障害になるか。候補生の視線にしては細かく、しかもせわしない。若さゆえに肩は固く、口を開けば必要以上に短い。しかし、目だけはよく動いていた。
「候補生さん」
声をかけたのはエマリー・オンスだった。
アナハイムの作業服は新しかったが、その袖口にはもう油の跡がついている。細い指で端末を持ち、視線は機体の脚部、武装ラック、カタパルトの順に移っていた。若い。だが、若いというだけで軽く見てよい種類の人間ではないと、ひと目で分かる。
「搬入したネモは六機です。武装確認も済ませました。急がせたので、固定具の再点検だけはさせてください」
「分かった」
ブライトは頷いた。
それだけの返事だったが、エマリーは気にした様子もなく、端末の画面を切り替えた。
「リック・ディアスも二機、出せます。脚の癖は残っていますけど、戦えます」
「乗る者は」
「もう来ています」
エマリーが顎を動かすと、機体の脇に立つ若い男たちが見えた。
神崎レオンはディアスの胸部装甲を見上げながら、整備兵の報告を聞いていた。背は高く、軍服の襟元もきちんと留めていないが、機体の前に立つ姿には落ち着きがある。ハワード・ミルズはそれより少し後ろで、黙って脚部の点検記録を読んでいた。余計なことは言わない顔だった。
ネモの側には、篠崎アレンとミゲル・ソアレス、それにルイス・カーディル、ダニエル・オズ、東雲カイトがいた。篠崎だけは隠しきれない高揚が顔に出ていたが、他の者は実戦前の静けさを保っている。
「候補生さん」
エマリーがもう一度呼んだ。
今度は少し声が低かった。
「発進させるなら、奇襲に回せる三機は上面スラスターの調整を優先します。上から入れます」
ブライトは彼女を見た。
格納庫の照明が、その横顔を白く照らしている。彼女は仕事の話をしているだけだった。だが、その言葉の出し方には、こちらの考えを先に読んだ者の落ち着きがあった。
「助かる」
エマリーは小さく笑った。
だがその時、整備兵が二人の間を横切ったので、彼女はすぐに表情を消した。
「では、準備を進めます」
それだけ言って、ネモの方へ歩いていった。
ブライトはその背中を目で追いかけかけて、やめた。今は格納庫の導線を見ておく方が先だった。
その判断は、数分後に試されることになる。
―――
ブリッジの空気は、格納庫より冷たかった。
正面スクリーンには黒い宇宙が広がっている。遠くの光点は静かだったが、その静けさを破る数字はいつも突然現れる。
「前方に熱源反応」
通信士の声が、白い空間に真っ直ぐ飛んだ。
「サラミス級三。識別、ティターンズ」
間を置かず、次の報告が来る。
「モビルスーツ反応、十二。マラサイです」
乗員たちの手が、目に見えて速くなった。誰も悲鳴は上げない。だが、空気が一段きつく締まる。若い艦ほど、こういう時に艦全体の未熟さが出る。ホワイトベースはまさにそういう段階にあった。
パオロ・カシアス副長は席で腕を組み、前を見たまま言った。
「ノア候補生」
「はい」
「前へ出ろ」
ブライトは一瞬だけ副長を見た。
「自分が指揮を」
「聞き返すな。見えているなら使え」
それ以上の言葉はなかった。
ブライトは中央へ出た。足元の床は硬く、やけに音が響く。喉が乾いているのが分かったが、それを気にしている暇はない。
正面にはサラミス三隻。押し込むような隊形だ。左右に散らず、こちらの前を押し潰す気で来ている。
「距離、維持しろ。前に出すぎるな」
操舵手が応じる。
「了解」
「右の随伴艦、半歩下げろ。左はそのまま。射線を重ねる」
通信士が復唱し、命令を飛ばす。
パオロは黙っていた。
ブライトは続けた。
「格納庫。リック・ディアス二機、ネモ六機、出せ」
短い間。
「ディアスは前面。ネモは艦の前に貼り付け。三機は天頂に回せ」
回線の向こうで一瞬だけ空気が止まり、次いで神崎レオンの声が入った。
「ディアス、了解」
ミゲルが続く。
「ネモ、受領」
エマリーの声が割って入る。
「奇襲側、上面スラスター調整済みです。すぐ上げられます」
ブライトは即座に言った。
「奇襲隊は敵艦の真上を取れ。撃つのは命令を待て」
「了解」
今度はルイス・カーディルの声だった。
ブリッジの正面で、マラサイの反応が散開する。数の圧力とは、こういう時に数字以上の重みを持つ。画面の中に敵が多すぎると、人はそれだけで慌てる。慌てれば、そこで負ける。
「対空火器、左舷と艦首を優先」
「了解」
「損傷報告は要点だけ上げろ。長くするな」
通信士が一瞬だけこちらを見た。若い候補生が、自分の席の詰まり方を正確に見ている。そのことに気づいた顔だった。
「了解しました」
それで十分だった。
―――
格納庫では発進灯が白に変わっていた。
固定具が外れ、床のロックが解ける金属音が連続する。整備兵が退避し、リック・ディアスがまず前へ出る。重い機体がカタパルトへ乗るたび、床が鈍く揺れた。
神崎レオンの機体が先に出る。
「神崎、出る」
すぐ後ろでハワードの機体が動いた。
「ハワード、続く」
ネモは三機ずつに割れた。艦の前を守る組と、上方へ回り込む組だ。篠崎はカタパルトへ上がる直前、思わず息を強く吸い込んだ。
十二機に対して八機。しかも正面で受けるのは五機。
まともな計算なら楽観できる数ではない。
「篠崎」
ブライトの声が来た。
「前へ出すぎるな。艦の前で止めろ」
篠崎はそれで落ち着いたように返した。
「了解。艦の前で受けます」
ミゲルは短く言う。
「左、見ます」
エマリーは発進レールの脇に立ち、最後まで計器を見ていた。三機目のネモが天頂へ向かって出ていく時、その機体の背をほんのわずかに目で追った。そして、回線へ冷静な声を流す。
「奇襲三機、上昇開始」
彼女の声に浮ついたところはひとつもなかった。
―――
戦闘が始まると、宇宙はたちまち騒々しい場所になった。
ホワイトベースの前方で、ビームの光が何度も交差する。サラミスの砲撃は直線的で、マラサイの動きは速い。黒い空間の中に白い艦影が浮き、その周囲を火の筋が行き交う。
神崎のディアスが前に出た。
「前、抑える」
ハワードが少し後ろから間合いを保つ。
「詰めすぎるな」
ネモはホワイトベースの前に張りつくように動いた。篠崎の機体が右寄りに構え、ミゲルが左を受け持つ。残る一機が中央を埋める。
マラサイは多い。単純な個の技量より、その数で押してくる。左右から角度を変え、艦へ近づく入口を探してくる。そのいやらしさは十分だった。
「右、来ます」
篠崎の声が少し速い。
ブライトは言う。
「寄せるな。艦の前で止めろ」
「了解」
神崎が続ける。
「前面、二機引き受ける」
「引き受けすぎるな。位置を保て」
「分かった」
命令は短い。余計な飾りがない。戦場では、それが一番効く。
その頃、天頂側では三機のネモが静かに位置を取っていた。
下にサラミス三隻の上面が見える。上から見れば、艦というものは意外に弱そうに見える。砲塔の配置、上面の通路、熱源の偏り。その全部が、正面からでは見えない形で並んでいた。
「位置、取れました」
ルイスの報告。
「そのまま待て」
ブライトの返答は落ち着いている。
ダニエルがわずかに苛立ちを混ぜた声で言った。
「まだか」
東雲が短く制した。
「待て」
その沈黙の数秒が長かった。
ブリッジでは、ブライトの視線が敵先頭艦に止まっていた。押しが強い艦ほど、時に前へ出すぎる。今の一隻がまさにそれだった。後続二隻との間に、わずかなズレができる。
「……今だ」
その声は大きくなかったが、ブリッジ全体に通った。
「奇襲隊、先頭艦の上面砲塔を叩け。撃ったら離れろ」
「了解」
三条のビームが、天頂から落ちた。
サラミス上面の砲塔基部で光が弾ける。装甲片が飛び、艦の姿勢が目に見えて崩れた。
ブライトは間を置かない。
「主砲、同じ艦を取れ」
「照準、合いました」
「撃て」
ホワイトベースの主砲が閃いた。
ほとんど同時に、右の随伴艦、左の随伴艦の砲撃が重なる。先頭サラミスは横腹をさらす形になり、その動きが明らかに鈍った。
「ディアス、前を押さえろ」
「神崎、了解」
「ネモ、艦の前を空けるな」
「ミゲル、維持する」
「篠崎、右を止めます」
先頭艦が崩れると、後続の二隻は詰まる。詰まれば、マラサイの進路も乱れる。数の利とは、整った時にこそ利く。崩れた途端、その重みは半分になる。
「先頭、止まってます」
神崎の声。
ブライトは即座に言う。
「追うな」
一拍置いて、さらに言う。
「艦の前を空けるな」
それで戦場の形は決まった。
追えば若い部隊は伸びる。伸びれば食われる。今必要なのは勝ち誇ることではなく、押し返した形を維持することだった。
ティターンズ側はなおも数で押そうとしたが、先頭艦の損傷で軸がずれた。ホワイトベースと随伴艦の砲撃、ディアスの前面圧力、ネモの防御線。その三つが同時に働くと、押し込みは押し込みでなくなる。
やがて、サラミス三隻のうち損傷した一隻をかばうように、敵の隊形が後ろへ下がり始めた。マラサイもそれに引かれる。
完全な潰走ではない。だが、戦場を支配していた圧は消えた。
「敵、後退します」
通信士の声に、ようやく緊張が混じらなくなる。
ブライトは深く息を吐きたかったが、まだ吐かなかった。
「追撃不要。位置を維持」
その一言で、戦闘は終わった。
―――
警報が止むと、ブリッジは急に広くなったように感じられた。
さっきまで耳に刺さっていた報告の声が消え、送風機の低い音だけが残る。乗員の何人かは、その時になって初めて肩の力を抜いた。
パオロ・カシアスが席を立ち、ブライトの横まで来た。
若い候補生はまだ前を見ている。手元の手すりに汗が残っていた。
「遅れた指示はあった」
ブライトは黙って聞いた。
「だが、形は崩していない」
それだけ言うと、パオロは自席へ戻った。
褒めたわけではない。だが、軍人の世界には、それで十分な場面がある。
ブライトはようやく息を吐いた。
彼の若い顔には疲労が出ていたが、その目だけは、戦闘の前とは違っていた。
―――
戦闘のあと、格納庫へ向かう脇通路は静かだった。
壁際の照明が白く、足元には作業員が急いで残していった黒い靴跡がいくつもついている。遠くでは整備兵が帰投機の点検に取りかかっており、工具の鳴る音が断続的に聞こえた。
エマリー・オンスは、その通路の途中で工具箱を持って立っていた。
ブライトが来るのを見ると、彼女は一度だけ周囲を見た。人の気配が切れているのを確かめてから、声を少し落とす。
「上から入れましたね」
ブライトは足を止めた。
「一隻、見ていない場所があった」
「ええ」
エマリーは小さく頷いた。
「助かりました」
その言い方は、ブリッジや格納庫で聞かせていた実務の声より、少しだけ柔らかかった。
ブライトは、何か返そうとして一瞬遅れた。
「……機体が戻ったのは、君たちが急いだからだ」
エマリーは工具箱の取っ手を持ち直した。
「急いでよかったです」
それだけ言って、彼女はすぐに視線を外した。通路の向こうから整備兵の足音が近づいてくる。
「機体を見てきます」
「ああ」
エマリーは歩き去った。
ブライトはその背を見送ったあと、通路の小さな窓へ目を向けた。そこには、さっきまで戦場だった宙域の暗さが広がっている。傷ついた白い艦はまだそこにあり、格納庫にはリック・ディアスとネモが戻ってきている。
ホワイトベースは、もはや訓練のために浮かぶ艦ではなかった。
その艦の中で、若い候補生は初めて、自分の声で人と艦を動かしたのである。
カシアス副艦長(艦長はレビルだけど不在)、何か沖田艦長みたいですね。
死亡フラグが立ってるような。。。