妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第19話 神話は火を使わずに燃える

 

 

神話というものは、火をつけなくても勝手に燃え始める。

 

それが一番困る。放火なら犯人を探せるし、事故なら原因を潰せる。だが神話は違う。誰かが明確に始めたわけでもないのに、気づけば酒場の隅で語られ、港の待合でささやかれ、議会の廊下で「そんな噂もありますな」という顔をして歩き始める。しかも、たいてい本当のことが少しだけ混ざっている。本当のことが少しだけ混ざった嘘ほど始末の悪いものはない。国家も家族も、だいたいそこから腐る。

 

キャスバルとアルテイシアが出ていってから四日目の朝、私は食堂へ向かう前に、その腐り方の速度を数字で読んでいた。

 

紙は三枚あった。

一枚目は港湾区画の風聞。

二枚目は酒場での会話断片。

三枚目は議会周辺の私的な言い回しの変化である。

 

セシリアがそれを「数字」と呼ぶのは無理があります、と昨夜言った。正しかった。実際には数字ではなく、空気の密度みたいなものだ。だが人は何かを数えられる形へ置き換えないと、たいてい恐怖に呑まれる。私は恐怖をそのまま見つめるほど勇敢ではないので、風聞と神話を紙の上へ落としていた。

 

「増えています」とセシリアは言った。

 

「どれがだ」

 

「全部です。特に、子どもたちが『追われた』ではなく『自ら選んで出た』という形で語られ始めています」

 

私は紙を見た。

たしかにその通りだった。

 

ザビ家の追っ手をかいくぐり逃げた哀れな遺児。

その手の古い物語ではない。

 

父の死後、家の空気を見切って自ら出ていった賢い少年。

妹を連れて、ザビ家の管理された庇護を拒んだ誇り高い血。

そういう種類の、少しだけ格好のついた語られ方へ変わっている。

 

最悪だった。

最悪というのは、まるで本当にそうであったかのように、話の形が整い始めているという意味だ。神話は形が整うと急に強くなる。筋が通ってしまうからだ。

 

「ランバは」と私は訊いた。

 

「朝一番で呼べます」

 

「呼べ」

 

セシリアはうなずいた。

最近、彼女は返事の中から余計な感情をかなり上手に削っている。それは助かるし、少しだけ怖い。人は有能になると、時々滑らかすぎる道具に似てくる。

 

食堂へ入ると、父はすでに席についていた。

そして今日も頭頂部には、わずかな意志の光沢があった。グレイトグロウの継続使用者には独特の落ち着かなさがある。鏡の前でほんの少しだけ立ち止まる時間が増えるのだろう。私はいつか「国家より頭皮の方が継続的な関心を呼ぶこともある」と書き留めたい気がしたが、まだそこまで疲れてはいなかった。

 

「顔が悪いな」と父が言った。

 

「神話が育っています」

 

父はパンを裂きながら言った。

「それは昔からだ。人がいなくなると、残った者は意味を足したがる」

 

「今回は、足される意味の形が悪い」

 

「そうか」

 

ドズルがスープを啜りながら言った。

「まだそんなに噂になってるのか」

 

「噂ではなくなり始めている」と私は言った。

「噂は増えたり減ったりする。神話は座る」

 

ガルマは困った顔をした。

「兄上、それってそんなに違うの」

 

「全然違う」とキシリアが言った。

「噂は忘れられるけど、神話は整理棚をもらうのよ。人の頭の中で」

 

私は少しだけ驚いて、妹を見た。

嫌な言い方だが、正確だった。

 

「お前」と私は言った。

「時々、妙にうまいな」

 

「褒めてるの?」

 

「半分だけ」

 

「兄上の半分は、だいたい役に立つわね」

 

父は黙ってそれを聞き、やがて言った。

「なら座らせるな。歩かせろ」

 

私はその言葉を頭の中で一度転がした。

悪くない。

神話を潰すのではなく、座らせない。固定された物語にする前に、複数の見方へ割る。父は時々、本当に妙な角度から要点だけを抜く。

 

「具体策は」とドズルが言った。

 

「ジンバ・ラルを切る」と私は答えた。

 

食堂の空気が少しだけ動いた。

キシリアは無言。

ガルマは緊張した。

父は表情を変えなかった。

 

「ようやくね」とキシリアが言った。

 

「遅いくらいだ」と父。

 

「殺すのか」とドズル。

 

「それは下策だ」と私は言った。

「殺せば、彼の正しさをこちらが保証することになる。

必要なのは、あの男の口から“遺児を守る忠臣”という役を剥がすことだ」

 

「どうやって」

 

「子どもたちと切る。

資金と切る。

旧ダイクン派の残り香と切る。

最後に、彼自身に“今の自分は遺志を守っていない”と思わせる」

 

ドズルは嫌そうな顔をした。

「回りくどいな」

 

「神話の火消しは、たいてい回りくどい」

 

父はそのやり取りの間、一度だけ頭へ手をやった。

最近、あの仕草が会話の句点になっている。困った家だと思う。

 

食後すぐ、ランバ・ラルが来た。

まっすぐ立ち、余計な愛想はない。

目だけがいつもより硬かった。

 

「報告する」と彼は言った。

 

「ジンバはまだ動いているな」

 

「動いている」

 

「どこへ」

 

「酒場と港と、古い顔ぶれの家だ。

姿は変えていない。

あえて隠していない」

 

「見せているのか」

 

「そうだ」

 

それは嫌な報告だった。

隠れて動く者より、半分だけ見せて動く者の方が神話を作りやすい。人は追われる影より、堂々と歩く敗残に意味を足したがるからだ。

 

「お前は会ったか」と私は訊いた。

 

「二度」

 

「何と言った」

 

「子どもたちは正しい場所へ出た、と」

 

私は少しだけ目を閉じた。

だろうな、と思った。

ジンバ・ラルはもう子どもたちを守っていない。自分の中に残っているダイクンの遺志を、あの二人の不在に被せて守っている。そこが最も面倒なのだ。忠義が一度神話と結びつくと、人は自分の善意を疑えなくなる。

 

「ランバ」と私は言った。

「お前にやってほしいのは、それを切ることだ」

 

「どう切る」

 

「お前が言え。

お前の言葉でなければ意味がない」

 

ランバは数秒黙った。

黙ったまま、こちらを見ていた。

彼の沈黙は長いが、空ではない。

 

「子どもたちはもう、ジンバ様の手の中にはない」と彼は言った。

「そこから先は、あの方の忠義ではなく執着だ」

 

「それを本人に言えるか」

 

「言う」

 

「折れると思うか」

 

「思わん」

 

「それでいい」

 

ランバはそこで初めて、ほんの少しだけ眉を動かした。

「折れなくていいのか」

 

「折れればきれいすぎる。

必要なのは、周囲が“あの人はもう同じ場所に立っていない”と見ることだ」

 

「つまり、神話を細くする」

 

「そうだ」

 

彼はうなずいた。

やはりこの男は、言葉を飾らない方がいい。武人は比喩を持つより、まっすぐ嫌な言葉を持った方が強い。

 

「一つ聞く」とランバが言った。

 

「何だ」

 

「子どもたちを止めなかったことを、後悔しているか」

 

私は少しだけ考えた。

考えずに答えるべきではない問いだった。

 

「後悔ではない」と私は言った。

「引き受けている」

 

ランバはそれを聞いて、それ以上何も言わなかった。

良かった。

ランバ・ラルに軽い慰めは似合わない。問いと沈黙だけで十分だ。

 

彼が去ったあと、セシリアが入れ違いに入ってきた。

 

「ユーリ・ケラーネから返事です」と彼女は言った。

「サハリン家は、医師の再訪を許容するそうです。

ただし、診療記録は先方保管、写しは最小限。

見舞いは不要、果物は妹が喜んだ、と」

 

私は少しだけ笑った。

「最後の一文が一番効くな」

 

「ええ」とセシリアは言った。

「古い家は、子どもが喜んだことだけは素直に書きます」

 

その言い方は少し好きだった。

少し好きだと感じた時点で、私はやや疲れているのだろうとも思った。

 

「ユーリは何か言っていたか」

 

「『橋はまだ落ちていません』と」

 

「家訓だな」

 

「ほとんど」

 

私は紙を机に置いた。

橋はまだ落ちていない。

サハリン家は、まだこちらを嫌っている。だが完全には閉じていない。

神話は育ち始めている。

ランバはジンバを切りに行く。

同時進行ばかりだ。国家というものは本当に、人が少し休もうとするたび別方向から袖を引く。

 

午後、私は議会周辺の古参実務官二人と短い会談を持った。

古い男たちは、神話を嫌う。

嫌うというより、神話が実務を壊す瞬間をよく知っている。配給、警備、通達、帳簿。どれも、神話が一度入ると妙に遅くなる。だから彼らは、理念より先に日程を守りたがる。

 

「ダイクンの子どもたちの件」と、背中の曲がった老書記が言った。

「議会内では、まだ物語として座っておりません」

 

「まだ、か」と私は言った。

 

「ええ。

今は“かわいそうだ”“賢い子だ”“母親が気の毒だ”の三つが並んでいる。

この三つが一つにまとまる前に、別の話題を強く流すべきでしょう」

 

「何がいい」

 

「生活です」と老書記は言った。

「神話は生活の前では少し痩せます。

停電対策、港湾混雑、配給路の見直し、そのあたりを先に大きく出す。

人は自分の夕食と遠い神話を、同じ熱量では考えません」

 

私はうなずいた。

古い実務官のこういうところが好きだ。

世界を信じていない。

その代わり、人間が何を優先して生きるかをちゃんと知っている。

 

「やれ」と私は言った。

 

「承知しました」

 

「ただし露骨に見せるな。

隠したいから流したと思われると逆効果だ」

 

老書記は少し笑った。

「実務とは、たいていそういうものです」

 

会談のあと、キシリアがやって来た。

今日は珍しく扉を閉めた。

あの女が扉を閉める時は、話したいことがあるか、壊したいものがあるかのどちらかだ。

 

「兄上」と彼女は言った。

「サス……」

 

そこで彼女は一瞬だけ黙り、視線をずらした。

私は何も言わなかった。

今の間だけで十分だった。

そこにあるはずの名前を出さない兄妹の沈黙というのは、かなり不気味だ。

だが、まだそれでいい。

まだその穴を読者の前へ明るく開ける必要はない。

 

「空いた席の扱いがうまくなったわね」とキシリアは言い直した。

 

「お前に褒められると気味が悪い」

 

「褒めてない。観察よ」

 

「その言い方も気味が悪い」

 

彼女は椅子に浅く腰かけた。

「ジンバを切るのね」

 

「切る」

 

「ランバで?」

 

「他の誰がやる」

 

「いないわね」

 

そこまでは軽かった。

だが次の言葉は、少しだけ重かった。

 

「兄上」とキシリアが言った。

「あなた、キャスバルが外で何になるか知っているのに、それでもまだ手加減するの?」

 

私は妹を見た。

こういう時のキシリアはまっすぐだ。

まっすぐな問いは、だいたい刃物に似ている。

 

「手加減ではない」と私は言った。

「形を選んでいる」

 

「同じよ」

 

「違う」

 

「同じだわ」

 

彼女は静かだった。

怒ってはいない。

その方が厄介だった。怒っているならまだ感情で読める。静かなキシリアは、理屈で詰めてくる。

 

「あなたは最近、優しさを制度設計みたいに扱う」と彼女は言った。

「それは賢いけど、たぶん残酷よ」

 

私はすぐには答えなかった。

その言葉には、私自身が避けていた何かがあった。

 

「残酷でなければ国家は作れない」と私は言った。

 

「そうね」とキシリア。

「でも兄上は今、残酷さの見え方ばかり気にしてる」

 

「それの何が悪い」

 

「悪いとは言ってない。

ただ、前よりずっと人間らしい」

 

私はうんざりしてコーヒーを飲んだ。冷えていた。

冷えたコーヒーはたいてい、正しいことを言われたあとの味がする。

 

夕刻、ランバ・ラルから短い報告が入った。

酒場の裏でジンバと会った。

言うべきことは言った。

あの人は聞いた。

だが受け取ってはいない。

しばらくは動かないだろう。

ただし、これで終わりではない。

 

私はその文を何度か読み返した。

良い報告だった。

良いというのは、何も解決していないが、解決していないことが正しく報告されているという意味だ。国家を壊すのはたいてい失敗そのものではない。失敗を「解決した」と書く報告書だ。

 

その夜、父は珍しく早く休んだ。

たぶんグレイトグロウを塗って、鏡を見て、それから寝たのだろう。元首の夜というものが、その程度に個人的であることを、私は少しだけありがたく思った。完全に国家だけでできている人間が家の中に一人でもいると、たぶん息が詰まる。

 

私は自室に残り、机のメモを読み返した。

 

善意には護衛をつけろ。

感じのいい人間ほど、荷物と肩書きを先に調べろ。

アサクラは机の近くに置け。壁の中に入れるな。

風向きで動かぬ男は、風向きを変える。

檻が美しいほど、鳥は飛びたがる。

神話は、追えば育つ。

残る母親は、去る子どもより強い。

国家は、空いた椅子の使い方で決まる。

橋は、渡る前に重さを量れ。

軽い男の言葉は、時々あとから重くなる。

古い家は、嫌悪の隙間からしか救えない。

医者は病を診る。橋は家の傾きを診る。

 

そこへ、今日の分を足した。

 

神話は、座る前に歩かせろ。

 

その下に、もう一行。

 

正しく失敗した報告だけが、国家を少し延命させる。

 

書いてから、私はしばらくその字を見ていた。

前世の私は、たぶんこんなふうにメモを書かなかった。書く前に命じ、命じる前に切った。

今の私は、まず言葉を置いてから動いている。

それが臆病なのか、学習なのか、あるいは単に年を取っただけなのかはまだわからない。

 

窓の外では、サイド3の人工夜が静かに回っていた。

まだ公国ではない。

まだ独立もしていない。

だが橋は増え、古い家は半ば開き、神話は燃え始め、そしてどこかで少年は自分の名を探している。

 

国家というものは、だいたいそういう不揃いな火の中からしか立ち上がらないのかもしれなかった。

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