ニュース端末の画面の中で、艦が燃えていた。
艦そのものというより、艦のまわりから先に壊れていく。逃げる小型艇。遅れてひらく爆発。白い火花。姿勢を崩した艦体が、重力でもあるように、いやにゆっくり傾いていく。
映像は荒く、音も少し遅れていた。それでも嫌なものは嫌だった。画面越しでも分かる種類の破壊がある。
「またかよ……」
アムロが、机の上に広げた部品箱を見たまま言った。
顔は端末の方を向いていない。だが、指先だけが止まっていた。さっきまで器用に動いていた手が止まる時は、だいたい頭の中で別の計算が始まっている。
その声には、また始まった、だけではなく、また足りなくなる、まで入っていた。
ミライが腕を組む。細い指が肘をつかむ力が少しだけ強い。
「またじゃ済まないわよ。こういうの、一隻沈んで終わりじゃないもの」
「補修、補充、警戒、全部前倒しになるわ」
セイラが画面から目を離さず言った。言い方は静かだが、目が冷えている。数字と日程と必要量を、もう頭の中で並べ始めている顔だった。
アムロは、テーブルの上に置かれた分解済みの通信機を指先でつついた。外装は無事だ。基板も、たぶん何とかなる。だが、その奥にある小さな透明部材だけが、見事に割れていた。
大きいものは平気な顔をしているくせに、全体を止めるのはたいていこういう小さなやつだ。
「結局こういう時に足りなくなるのって、本体じゃなくて、こういう妙な細かい部品なんだよな」
ミライが身をかがめてのぞき込む。長い髪が肩から流れ、端末の光を受けて頬の横で揺れた。
「そうそう。派手に壊れたところじゃなくて、“それ一個ないと全部だめ”ってやつ」
「代わりがききにくいものほど、いちばん遅れるのよ」
セイラが言う。言葉が乾いているぶん、現実味があった。
壊れた部材は、つまんでみると軽かった。軽いのに、ないと全部黙る。そういう小さいものは、少し腹が立つ。
その横で、ララァは端末を見ていた。
静かに。
とても静かに。
まばたきまで少ない。
アムロは、それだけで嫌な予感がした。ララァが静かな時は、だいたい何か見つけている。しかも本人だけが、それを嫌な話だと思っていない時の静けさだった。
「……何見てる?」
ララァが顔を上げる。大きな瞳はいつも通り澄んでいて、そこに悪気というものがひとかけらもない。
「オジキの動画です」
アムロは眉間を寄せた。
「またか」
ミライが吹き出す。
「まだオジキなのね」
「みなさん、そう呼んでいます」
ララァは本当にそう思っている顔だった。
アムロが嫌そうな顔のまま画面をのぞく。
画面の中のオジキは、今日も元気だった。
いや、元気というより、勢いが多い。
背後にチャートを背負って、いままさに歴史の急所を自分だけ見つけた、という顔で両手を広げている。
「いいですか皆さん! 未知の技術が見つかった時、何が上がると思いますか!」
「完成品だけじゃない!」
「その技術に必要な部品を扱う会社です!」
アムロが嫌そうに眉を寄せる。
「もう危ない」
オジキは止まらない。
「いいですか皆さん! もし、ミノフスキー粒子下で通信できる方法が見つかったりしたら、どうなりますか!」
「戦場の情報の流れが変わる! 指揮が変わる! 全部ひっくり返る!」
「気づいたときには、買い占めておきましょう!」
アムロが天井を見る。心の底から疲れた時だけやる仕草だった。
「言い切ったよこの人」
ミライが肩を揺らして笑う。
「でも、勢いでちょっと信じそうになるのよね」
ララァは真面目に言った。
「まっすぐです」
「うるさいけどな」
アムロが返す。
そのすぐあとだった。
「近くならありますよ」
部屋が止まる。
アムロがゆっくりララァを見る。
「何が」
「ミノフスキー粒子下で通信する方法です」
ララァは静かに答えた。とんでもないことを言った本人だけが、少しも騒がない。
それから、少し考えるように首をかしげて付け足す。
「でも、石がいります」
「また石か!」
アムロが叫ぶ。
ミライが笑う。
「好きねえ、石」
ララァは気にせず続けた。
「きれいで、強くて、削っても精度が死なないものです」
「あと、磨くものもいります」
セイラの表情が変わった。目つきだけで、話を冗談から実務へ切り替える。
「……特殊光学部材と、その加工工程ね」
アムロは頭を抱える。
「何で石だけでそこまで通じるんだよ……」
「悔しいけど分かるのよね」
ミライが笑いをこらえたまま言う。
アムロは、割れた小さな部材を指先でつまんだまま、ふと手を止めた。眉が寄り、目だけが遠くを見る。頭の中で部品表と配線図と運用条件が一度に並んだ顔だ。
「待てよ」
全員がそちらを見る。
「もし通信できるなら、うちのシステムにも組み込める」
少しだけ空気が変わる。
ミライが姿勢を正した。
「今やってる中継と連携のあれ?」
「そうだよ。今のままだと、粒子が濃いところで結局詰まる。届かないか、届いてもぶれるか、途中で切れるかだ。そこが少しでもまともになるなら、全然違う」
言っているうちに、アムロの声に熱が乗ってくる。機械の話になると、顔つきが一段若くなる。
「夢物語じゃなくなるわね」
セイラが言う。
ララァは真顔でうなずく。
「はい。だから石がいります」
「そこへ戻るな!」
アムロが叫んだ。
――――――――――
「じゃあ、上がるのは通信の会社じゃなくて、その石の会社?」
ミライが腕を組み直す。今度は笑い半分ではなく、本気で考える姿勢だった。
「オジキ理論だとそうなるな」
アムロが端末を操作しながら言う。
ララァは首を振った。黒い髪が肩でさらりと揺れる。
「この会社ではありません」
「また来たなその言い方!」
「その前です」
「今日は“前”が多いわね」
「話は聞いたよ」
そこでエドワウが入ってきた。
足音が静かすぎて、全員が一拍遅れて振り向く。いつの間にかいた、という出方がこの男は似合いすぎていた。
「いつからいた」
「“近くならありますよ”のあたりからだ」
「一番大事なところじゃない」
ミライが言う。
エドワウは端末をのぞき込み、机の上に置かれた通信機にも視線を落とした。
部品に向ける目と、人に向ける目の温度があまり変わらないのが、この男の厄介なところだった。
「なるほど」
「だから、その“なるほど”が分からないんだって」
アムロが言う。
「完成品は後からでも間に合う」
エドワウは静かに言った。
「だが、その前にあるものは席が少ない」
「席?」
ミライが聞く。
「供給できる側の数が限られている、ということね」
セイラが補う。
「ああ……」
アムロがようやく少し分かった顔になる。
「材料とか加工とか、そこが詰まるのか」
ララァは端末の一覧を見ながら、ぽつぽつ指す。
「この会社は石をきれいにしています」
「これは削っています」
「これは運んでいます」
「これは、あとで混みます」
「説明が全部雑!」
アムロが叫ぶ。
「でも何となく分かるのよね」
ミライは口元を押さえて笑っている。
セイラが言い換える。
「精製」
「研磨」
「光学部材」
「精密加工」
「輸送」
エドワウは、一社一社ではなく流れで見ていた。
資源。精製。加工。部材。輸送。
その線がどこで集まるかを追っていく。
端末を操作する指が速い。迷いがない。迷いがない時のエドワウは、だいたい人に優しくない結論へ行く。
「……ここか」
セイラが画面を見る。
「完成品の後ろにいる会社を順に追うと、どこかで必ず名前が出てくる会社よ」
「どこですか」
ララァが聞く。
「ブッホ・コンツェルンだ」
「知らない」
アムロが言う。
「私も」
ミライも続く。
「目立たないけれど、流れの真ん中にいる会社ね」
セイラが言う。
その時、ララァが資料の一点を見て言った。
「この人です」
「誰だよ」
「真ん中にいる人です」
「……会長?」
ララァはうなずく。
「ヨコシマです」
「言い方!」
アムロが即座に突っ込む。
ミライが苦笑する。
「急に人相見みたいになったわね」
ララァは少し考えてから、静かに続けた。
「マナウスにいた人たちと同じです」
その声だけ少し低かった。
思い出したくないものに触れた時の、硬い静けさだった。
「どんな人たちだったの」
ミライが聞く。今度は笑っていない。
「ヤクザの元締めです」
部屋が止まる。
「急にど真ん中へ行くな!」
アムロが叫ぶ。
ララァはそのまま言った。
「笑っています。でも、自分で全部は持ちません。
流れる場所を握ります。」
「何をしたら誰が困るか、そこを持っています。」
「この人達に縛られている人たちも、大勢います」
「……会社の中に?」
「はい」
「働いています。でも、自分で決めていない人が多いです」
ララァの目は端末の向こうを見ていなかった。昔見た別の場所を見ている目だった。
「逃げたくても逃げられないのね」
ミライが低く言う。椅子の肘掛けに置いた手に、少し力が入っていた。
「はい」
「怖い人は一人です。でも、困る人はたくさんいます」
短い沈黙。
それを破ったのは、エドワウだった。
「……ブッホを儲けさせるのも癪だな」
口調は淡々としているのに、そこだけ本音がのぞいた。
「お、珍しく感情が出た」
アムロが言う。
「そこなのね」
ミライが言う。
「なら、どうするの」
セイラが聞く。
「本体は太らせない」
エドワウは静かに答えた。
「外せないところだけ、先に取る」
「それって」
「……敵対的TOB?」
セイラが言う。
「静かな、ね」
「静かな敵対的TOBって何だよ」
アムロが顔をしかめる。
「やさしい乗っ取りですか」
ララァが真顔で聞く。
「やさしくない!」
アムロが即座に叫んだ。
――――――――――
そこから先は、妙に早かった。
財閥側は、最初からブッホ本体を正面から食い破るつもりではなかった。
先に動いたのはララァだ。
ブッホ本社の株に信用売りを入れる。
それだけではない。精製、研磨、光学部材、精密加工、輸送。通信部材の生産に欠かせないブッホ傘下の子会社にも、順に信用売りを入れていった。
「値下がり前に売ります」
ララァが言う。
「その言い方、ほんとに怖いのよ」
ミライが額に手を当てた。
「しかも本社だけじゃないのかよ」
アムロが端末をのぞき込み、顔をしかめる。
「子会社までまとめてやるの?」
「はい」
ララァはうなずいた。
「あとで買いやすくなります」
「やってることは分かるけど、言い方がひどい!」
アムロが叫ぶ。
だが、そこから先はララァ一人の売りでは済まなかった。
市場は、あの少女の売買を見ている。
証券会社も、機関も、短期筋も見ている。
そして今まで何度も、あの小さな手の先にあるものを見せつけられてきた。
だから、反応は早かった。
「……来るわね」
セイラが低く言った。
ララァの信用売りを見た連中が、一斉に売りを重ねてきた。
あの少女がここで売るなら、何かある。
その読みだけで十分だった。
本社も下がる。
子会社も下がる。
しかも板の薄い子会社の方が、崩れ方は早かった。売りが売りを呼び、投げが投げを呼ぶ。値段がひとつ落ちるたびに、その下にいた買いが消える。支えようと出た板が食われ、さらにその下へ抜ける。
「うわ……」
アムロが息をのんだ。
「これ、止まらないぞ」
「止まりません」
ララァが静かに言った。
「みんな、見ています」
「その“みんな”の中に、ろくでもない連中が山ほどいるのよね……」
ミライが疲れた声で言う。
値は崩れた。
本社も落ちる。
子会社も落ちる。
そしてついに、子会社のいくつかが先に張り付いた。
ストップ安だった。
「……ひどい」
ミライが思わずつぶやく。
「本当にひどいのはここからだ」
エドワウが言った。
声はいつも通り静かだったが、その静けさがかえって嫌だった。
「ブッホは全部を守れない」
端末の表示を見ながら、エドワウが続ける。
「本社には議決権がある。看板がある。支配権がある。まず守るのは本社だ」
セイラがうなずいた。
「ええ。面子も統治も、本社を落とした時点で終わるものね」
「だから、向こうは本社の防衛を優先する」
エドワウが言う。
「だが、そのぶん子会社まで資金は回らない」
精製会社。
研磨会社。
光学部材会社。
精密加工会社。
輸送会社。
通信部材を形にするまでの途中を担う会社が、画面の上に並んでいた。
どれも地味だ。
だが、どれか一つ止まれば全部が止まる。
「本社を守ってる間に、下の会社を持っていかれるのね」
ミライが言う。
「そういうことだ」
セイラが答えた。
「看板だけ残しても、材料も加工先も運び手も失えば、後ではもう元に戻せない」
エドワウはそこで初めて端末から顔を上げた。
「拾うぞ」
それだけだった。
だが、その一言で部屋の空気が切り替わる。
ララァが小さくうなずく。
「はい」
財閥側の口座が動いた。
値崩れした子会社を、安値で拾っていく。
本社には手を出さない。
ブッホが死にもの狂いで守っている場所へは、あえて深く踏み込まない。
そのかわり、子会社を押さえる。
精製。
研磨。
光学部材。
精密加工。
輸送。
ひとつずつ。順番に。通信部材の生産に必要なところから先に買っていく。
「えげつないな……」
アムロが言う。
「真正面から殴らないのね」
ミライが言う。
「正面は向こうが守るからな」
エドワウが答えた。
「守らせている間に、下を取る方が早い」
「うわ、嫌」
ミライが顔をしかめる。
「すごく嫌」
「でも筋は通ってるわ」
セイラが淡々と言う。
「ブッホが本社に資金を集中すればするほど、子会社は空く。そこを拾えばいい」
「理屈は分かるけど、やっぱり嫌だよ」
アムロが言った。
「理屈の通った嫌な話だ」
ブッホ側も防衛で買った。
かなり買った。
本社を落とさないために、高い値段でも買った。
だが、子会社までは守り切れない。
売りが集中し、板が薄く、しかも数が多すぎる。
守る範囲が広すぎた。
その隙に、財閥側は子会社を拾い終えていく。
結果、通信部材の供給線は、静かに切り取られた。
ララァが真顔で言った。
「乗っ取り成功ですね」
「言い方!」
アムロが叫ぶ。
「成功しちゃったのね……」
ミライが半分笑い、半分呆れた顔で言う。
「静かな敵対的TOBだよ」
エドワウが言う。
「静かじゃない!」
アムロが返す。
ブッホ側も防衛で株を集めた。だが、集めきれなかった。
しかも高いところで抱えた株は重く、守るために投じた資金は、守りきれないまま損失に変わった。
「ずいぶん痛いわね」
セイラが言う。
「だろうね」
エドワウは静かに言う。
「これで後の買い物はかなり減る」
「買い物って規模じゃないだろ」
アムロが顔をしかめる。
だが、本当にその通りだった。
後にこの家が買うはずだった大きな場所、大きな計画、大きな移動、それらのいくつかは、ここで痩せた。
さらにその先、妙な髑髏じみた名の流れに繋がる未来まで、ずいぶん細くなる。
誰もわからないが、のちのフロンティアIVはまもられたのだった。
一方で、子会社は安値で持っていかれた。
「ずいぶん痛いわね」
ミライが言う。
「痛いどころではない」
セイラが静かに言った。
「後から同じものを作ろうとしても、前みたいには揃わない。材料も加工先も輸送も、もう前ほど自由じゃない」
「つまり、欲しくなってから慌てても遅いのね」
ミライが言う。
「そういうことだ」
エドワウが答えた。
「試作はできる。だが量産で詰まる」
「連邦、ティターンズも?」
アムロが聞く。
「もちろんだ」
エドワウは言う。
「同じ発想に辿り着いても、必要な部材を同じだけ集められない。図面があっても、それだけでは足りない」
「兵器は図面では飛ばない、か」
セイラが低く言った。
「ああ」
「材料と加工が揃って初めて飛ぶ」
短い沈黙のあと、ララァが真顔でまとめた。
「石がないと困ります」
「最後だけ急に雑になるな!」
アムロが叫ぶ。
今度こそ、居間に笑いが戻った。
ララァは端末を見て、ほんの少しだけ満足そうだった。
「資産がおおきく増えました」
「そこはほんとにぶれないわね……」
ミライが言う。
「おうちにもはいります」
「全部一列で報告するな!」
アムロはもう、どこから疲れていいのか分からない顔だった。
エドワウは珍しく機嫌がよかった。
供給線が手に入った。向こうは痩せた。新しいシステムに必要な足回りも押さえた。
満足する理由が、本人の中ではきれいに並んでいるのだろう。
セイラは、意味が分かるぶんだけ疲れていた。
ミライは、心配と呆れと笑いで、かなり消耗していた。
そんな居間の空気を切り裂くように、端末の中のオジキがまた言った。
「いいですか皆さん! 黙って買っておけば大儲け!」
アムロが頭を抱える。
「一番だめなところだけ実現した!」
外では、搬送車両が短い警告音を鳴らして曲がっていった。
居間の中では、ララァが静かに端末を見ていた。
その静かさが、誰よりも騒がしいのだと、アムロはもう認めるしかなかった。