妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第193話 ブラウ・ブロ、静かな獣

 

ソロモン宙域外縁のドックには、白い誘導灯が列を作っていた。

 

要塞の外壁から伸びる係留アームは、黒い宇宙を相手に無言で待っている。遠くでは哨戒艇の推進光が細く動き、ドック内では整備兵たちがヘルメット越しに短い声を交わしていた。普段のソロモンなら、その声には怒号と工具音が混じる。だがこの時だけは、妙に音が少なかった。

 

近づいてくる艦のせいだった。

 

ザンジバル改。

 

艦尾側に増設された推進装置が、暗い青白さで鈍く光っている。通常のザンジバル級とは、後ろ姿が違う。艦体を前へ押し出すというより、周囲の空間を掴んで滑らせているような動きだった。

 

その艦の外部接続フレームには、巨大な機体が固定されていた。

 

ブラウ・ブロ。

 

従来の機体を知る者であっても、その姿には一瞬黙る。各所に増設された制御機構、太い補強フレーム、推進制御用の機構。まだ起動していない。なのに、ドックの照明を浴びた外装には、ただ置かれているだけで周囲の人間を黙らせる重さがあった。

 

整備兵の一人が、思わず手元の記録端末を下ろす。

 

隣の兵が肘で軽く突いた。

 

「見るな。手を動かせ」

 

そう言った本人も見ていた。

 

ザンジバル改が固定される。

 

ハッチが開いた。

 

最初に降りてきたのは、シーマ・ガラハウだった。

 

黒い軍服。乱れはない。だが歩き方には、軍規のためだけに整えた女にはない鋭さがある。荒くはない。だが、周囲を一つずつ確かめる目がある。ドックの配置、誘導灯の位置、兵の立ち方、退路、遮蔽物。彼女は到着したばかりの場所を、もう自分の艦が逃げる場所としても見ていた。

 

予定どおりの到着。

 

予定どおりの受け渡し。

 

それでもシーマは信用しない。

 

予定どおりに人が死ぬことも、戦場では珍しくないからだ。

 

彼女は外部フレームに固定されたブラウ・ブロを一度だけ見上げた。

 

大きいね。

 

胸の中でそう呟く。

 

大きいものは目立つ。目立つものは狙われる。狙われるものを運ばされた艦長は、たいてい損をする。そういう勘定が、彼女の頭の中で勝手に動く。

 

その後ろから、シャリア・ブル少佐が降りてきた。

 

身なりは落ち着いている。口髭は整えられ、軍服にも乱れがない。だが、整いすぎているわけでもない。長い航海をした者の身体には、急がない歩幅が染みつく。彼は前線の慌ただしさを受けても、歩調を変えなかった。

 

シーマは横目で見る。

 

この男は待てる男だ。

 

それが気に入らない。

 

待てる人間は強い。だが、待てる人間と一緒に待たされる側は、よけいに苛立つ。

 

シャリアはドズル・ザビの前に進み出て、敬礼した。

 

「シャリア・ブル少佐、到着いたしました」

 

ドズルは腕を組んでいた。大柄な身体がそこに立つだけで、ドックの空気がさらに狭くなる。

 

まずシャリアを見る。

 

次にブラウ・ブロを見る。

 

「木星帰りか」

 

「はい」

 

シャリアは余計な言葉を足さない。

 

胸元から軍用データプレートを取り出し、両手で差し出した。

 

「総帥よりの指示書です」

 

ドズルが受け取る。

 

データプレート自体は軽い。だが、ドズルの手の中で妙に重そうに見えた。

 

彼は内容を開いた。

 

ギレンの指示は短く、冷たく、はっきりしていた。

 

敵の正体は不明。

 

ただし、複数角度からの火線で逃げ場を潰す戦闘単位と推定。

 

通常部隊での追撃、接近戦は避ける。

 

ブラウ・ブロを用い、敵の戦闘単位の外側から崩す。

 

ミノフスキードライブ搭載機であるため、戦闘時間に制限あり。

 

Iフィールドはビームを大幅に減衰できるが、集中されれば消耗が早い。

 

戦場まではザンジバル改で運び、ブラウ・ブロ本体の戦闘時間を温存する。

 

ドズルは最後まで読み、顔を上げた。

 

「こいつは、長く戦う機体じゃないな」

 

シャリアが頷く。

 

「はい」

 

「戦場まで自分で走れば、戦う前にへばる」

 

「その通りです。戦場まで自力で移動すれば、その分だけ戦闘時間を失います」

 

ラコック大佐が横から問うた。

 

「Iフィールドは、どの程度持つ」

 

シャリアは、すぐに答えた。

 

「通常のビームならば耐えられます。ただし、複数方向から集中されれば消耗します」

 

「集中されれば、落ちるか」

 

「時間次第です」

 

シーマはそこで眉を動かした。

 

時間次第。

 

嫌な言い方だ。

 

無敵ではない。強い盾でもない。時間で削れる盾だ。自分の艦で運んできたものは、化け物ではあるが、死なない化け物ではない。

 

それを運ぶ側は、どこで降ろすかを間違えれば、一緒に棺桶を押すことになる。

 

ドズルは短く言った。

 

「なら、戦う場所まで運ぶ」

 

「はい」

 

「暴れる時間だけ残す」

 

シャリアは静かに頷く。

 

シーマはその横顔を見た。

 

この男は怖がっていない。

 

それが鈍いからなのか、分かっているからなのか。おそらく後者だろう。分かっていて揺れない人間は、戦場では時に厄介だ。無茶をする者よりも、静かに死地へ入っていく者の方が、隣で見るには気味が悪い。

 

ドズルはラコックへ顔を向けた。

 

「攻撃の出た場所を全部出せ」

 

「はっ」

 

作戦室へ移動する空気が生まれた。

 

シーマはもう一度、固定されたブラウ・ブロを見上げた。

 

静かに眠っているように見える。

 

だが眠っている兵器ほど信用ならない。

 

――――――

 

ソロモン作戦室の壁面には、宇宙図が広がった。

 

黒い背景に、外縁哨戒線が青白く引かれる。その上に、赤い点が一つずつ灯った。消えたムサイ。帰還しなかったザク隊。マツナガとガトーが接敵した宙域。戦闘が短く終わり、記録だけを残した場所。

 

点は多くない。

 

だが、少なくもない。

 

ラコックが操作すると、横にリストが展開される。

 

発生時刻。

 

部隊名。

 

通信断までの秒数。

 

ミノフスキー粒子濃度。

 

敵機数報告。

 

被弾方向。

 

生還の有無。

 

情報は揃っていない。空欄がある。矛盾もある。だが、並べると見えてくるものがあった。

 

攻撃は完全なランダムではない。

 

ラコックが淡々と説明する。

 

「総帥府から送られた分析AIに、全発生箇所と時間を入れました」

 

宇宙図に薄い円がいくつも重なった。

 

円と円の重なりが濃くなり、三つの宙域が強調表示される。

 

「攻撃側の艦隊、あるいは運用母艦が補給、整備、待機を行っている可能性が高い宙域が三つ出ています」

 

ドズルは黙って見る。

 

シャリアも黙って見る。

 

シーマは腕を組んだ。

 

敵の正体は不明だ。

 

だが、どんな兵器でも食う。弾を食う。整備を食う。人を使う。無人機であろうが、母艦なしに宇宙の暗がりで勝手に湧くわけではない。

 

ギレンは、そこを探らせていた。

 

ラコックは続ける。

 

「三つの候補宙域の中心に、ザンジバル改を待機させます」

 

壁面の一点にザンジバル改の仮想位置が示される。

 

「パトロール艦隊は通常哨戒を継続」

 

別の線が外縁哨戒路へ流れる。

 

「ただし、十分おきにミノフスキー粒子の粒度を自動報告」

 

ドズルが言った。

 

「人は挟むな」

 

「はい。報告は人員を介しません。艦の測定値をそのまま中継します」

 

「嘘をつく暇も、遅れる暇もなくすわけだ」

 

「はい」

 

ラコックは表情を変えない。

 

「粒子濃度が急に高まれば、敵が作戦準備に入った可能性があります」

 

「報告が途絶えた場合は」

 

ドズルが先に言う。

 

「すぐに駆け付ける」

 

「ザンジバル改のミノフスキードライブで急行。ブラウ・ブロを戦域直前で切り離します」

 

作戦室の空気が固まった。

 

シーマはゆっくりと口を開いた。

 

「つまり、こっちは餌が噛まれた瞬間に駆けつける猟犬ってわけかい」

 

言ってから、彼女は自分の言葉にわずかに苛立つ。

 

猟犬。

 

嫌な役だ。

 

餌が噛まれるまで待つ。噛まれたら走る。走って間に合わなければ、噛まれた側が死ぬ。気に入るわけがない。

 

ラコックは少しだけ視線を向けた。

 

「表現はともかく、そうです」

 

シーマは鼻で笑った。

 

「気に入らないね。噛まれてから動くのは」

 

本音だった。

 

先に殴れるなら殴りたい。待つなら、相手の喉元に刃を置いたまま待ちたい。だが今回は違う。相手がどこにいるか分からない。ならば食いつかせるしかない。

 

それが分かるから、よけいに腹が立つ。

 

ドズルが低く言った。

 

「今はそれしかない」

 

シーマは黙った。

 

ドズルの声には飾りがない。飾りがないから、反論も通りにくい。分かっていることを言われるのが、一番腹立たしいこともある。

 

ラコックが候補宙域を拡大する。

 

「待機位置はここです。過去の攻撃発生地点から、三方向へ最短で急行できます。なおかつ、ザンジバル改が隠れられるデブリ帯に近い」

 

デブリ帯の影が、宇宙図の上で灰色に浮かぶ。

 

ドズルが決めた。

 

「そこで待て」

 

シーマは短く返す。

 

「了解」

 

その一言に、嫌々ながらも受けた艦長の重さがある。

 

シャリアも敬礼した。

 

「承知しました」

 

彼の声は変わらない。

 

シーマは横目で見た。

 

この男は本当に待てるのだろう。

 

そう思う。

 

そして、待てる男を乗せて待つのは、きっと面倒だとも思った。

 

――――――

 

待機宙域は、暗かった。

 

ザンジバル改はデブリ帯の陰に身を沈めている。外から見れば、ただの黒い岩塊の列に混じった艦影である。艦尾側の推進機構は停止し、必要最低限の熱だけが細く逃がされていた。

 

外部接続フレームに固定されたブラウ・ブロは、眠っている。

 

照明も落とされ、整備灯の弱い光が機体の曲面をなぞるだけだ。太いフレームと増設機構の影が、艦の外壁に複雑な模様を落としている。

 

艦内も静かだった。

 

静かすぎる。

 

シーマ・ガラハウは艦橋で腕を組み、宇宙図を睨んでいた。表示は変わらない。外のデブリの位置、哨戒艦隊の予測航路、粒子濃度の報告欄。そのどれもが、待て、と言っているように見える。

 

彼女は待つのが好きではない。

 

待つなら理由がいる。

 

待った後に何をするのかもいる。

 

今回は理由も、やることもある。それでも苛立つ。戦場で動かずにいる時間は、艦の中の人間を少しずつ腐らせる。整備兵は同じ固定具を何度も見に行く。通信兵は同じ報告欄を何度も確認する。艦長はそれを全部見て、何も起きていないことを確認し続ける。

 

無駄ではない。

 

だが、気分は悪い。

 

隣では、シャリア・ブルが静かに座っていた。

 

姿勢は崩れていない。外の暗い宙域を眺めている。長い時間、同じ顔でいられる男だった。

 

シーマは言った。

 

「よく退屈しないね」

 

声には少し棘があった。

 

退屈しているのは自分だ、と認めるようで気に入らない。それでも言わずにはいられない。隣であまりにも静かにされると、こちらの苛立ちだけが大きく見える。

 

シャリアは視線を外さずに答えた。

 

「木星航路では、退屈に腹を立てる方が疲れます」

 

シーマは鼻を鳴らした。

 

「私は腹を立てた方が楽だね」

 

言いながら、彼女は内心で少しだけ自分を笑った。

 

腹を立てていれば、何かをしている気になれる。黙って待っていると、自分がただ罠の横でじっとしているだけの獣になったようで気分が悪い。

 

シャリアは穏やかに言った。

 

「それも、よい待ち方でしょう」

 

シーマは横目で見た。

 

からかわれたのかと思った。

 

だが違う。

 

この男の声には、こちらを笑う色がない。本当にそう思っているのだ。腹を立てることすら、一つの待ち方として認めている。

 

それが、また少し気に入らない。

 

だが、嫌いではない。

 

シーマは話題を変えた。

 

「あれ、本当に一人で動かせるのかい」

 

顎で外のブラウ・ブロを示す。

 

「動かします」

 

「原型は二人乗りだろう」

 

「今回は違います」

 

「ずいぶん簡単に言う」

 

「簡単ではありません」

 

シャリアはそこで初めて、少しだけこちらへ顔を向けた。

 

「ただ、一人で動かす前提で調整されています」

 

シーマは黙って続きを待つ。

 

シャリアは淡々と説明した。

 

「ブラウ・ブロはサイコミュ搭載モビルアーマーです。有線式のメガ粒子砲塔を使い、複数の角度から攻撃します」

 

「こっちも相手と同じことをするわけかい」

 

「似ています」

 

「似ている?」

 

「相手は機体を並べて角度を作る。ブラウ・ブロは、一機で砲塔を離して角度を作ります」

 

シーマはブラウ・ブロを思い浮かべる。

 

一機で複数の火線。

 

なるほど、あの大きさにも意味はあるのだろう。だが意味があるからといって、標的として小さくなるわけではない。

 

「サイコミュ兵器は、手順で動かすだけでは遅れます」

 

シャリアが言う。

 

シーマは片眉を上げた。

 

「勘で動かすってことかい」

 

「勘というより、先に触れる感覚です」

 

「分からないね」

 

「言葉にすると、そうなります」

 

シーマは理解したとは言わなかった。

 

ただ、理解できないものを馬鹿にもしなかった。戦場には、理屈が追いつく前に使えるものがある。自分の勘もそうだ。なら、この男の言う「先に触れる感覚」も、まったくの戯言ではないのかもしれない。

 

「フラナガン機関の連中が好きそうな話だ」

 

シャリアは少しだけ黙った。

 

「私は、あの場所の全てを知っているわけではありません」

 

「だろうね」

 

「ただ、あそこが必要としたものは分かります」

 

シーマは見る。

 

「何だい」

 

「離れた場所で、同時に感じる者です」

 

艦橋の照明が、シャリアの横顔に薄い陰を落としていた。

 

シーマはその横顔を見ながら、少しだけ黙った。

 

妙な男だ。

 

女を口説くような言い方ではない。自慢でもない。自分の異常を飾るでもない。ただ、事実として置いている。

 

それが、いっそ不気味だった。

 

「で、その離れた場所を同時に感じる男を、私は戦場まで運ぶ」

 

「はい」

 

「しかも、時間で死ぬ大きな棺桶ごと」

 

シャリアは穏やかに返した。

 

「棺桶にするかどうかは、私の仕事です」

 

シーマは一瞬黙った。

 

それから、小さく笑った。

 

「言うじゃないか、木星帰り」

 

笑いは本物だった。

 

気に入った、とは言わない。

 

だが少なくとも、ただ静かなだけの男ではない。自分が何に乗るのか、何を背負うのか、分かった上で言っている。

 

シーマは再び宇宙図へ目を戻した。

 

待つのは嫌いだ。

 

だが、この男とこの機体が動く瞬間を少し見てみたくなった。

 

それは彼女にとって、退屈よりはましな感情だった。

 

――――――

 

数日が過ぎた。

 

ザンジバル改は同じ待機宙域にいた。

 

同じデブリの陰。

 

同じ低出力。

 

同じ哨戒報告。

 

だが、艦内の空気は初日と同じではない。

 

待つだけの任務は、兵を疲れさせる。整備兵はブラウ・ブロの固定具を何度も確認し、艦橋の乗員は粒子濃度の自動報告を眺め続ける。異常なしという報告が続くほど、人は異常を見落としているのではないかと疑い始める。

 

シーマは苛立ちを隠さなかった。

 

「三日も岩の陰で昼寝かい」

 

副官は何も言わない。

 

言えば巻き込まれると分かっているからだ。

 

シーマも、それを分かって言っている。相手に答えを求めているわけではない。黙っていると、自分の中の苛立ちだけが増えるから口に出している。

 

その時、シャリアがふと顔を上げた。

 

何かを聞いたわけではない。

 

表示が変わったわけでもない。

 

だが彼の視線が、宇宙図の上ではなく、その少し外へ向いた。

 

シーマは気づいた。

 

「どうした」

 

シャリアは少し間を置いた。

 

「何か、起きます」

 

「何か、じゃ分からないね」

 

シーマの声は鋭い。

 

だが内心では、もう切り替えていた。シャリアが初めて曖昧なことを言った。曖昧なのに、彼の表情は冗談ではない。ならば、少なくとも聞くだけの価値はある。

 

「分からないから、報告を増やしてください」

 

シャリアは静かに言った。

 

「変化があったら、どんな小さなものでも上げてください」

 

「粒子濃度かい」

 

「それも。通信遅延、熱源、哨戒艦の返答の間、全部です」

 

シーマの目が細くなる。

 

返答の間。

 

そういうものまで見るというのか。

 

だが、彼女は笑わなかった。戦場では、そういう小さな遅れが死者の数を変える。彼女もそれを知っている。

 

すぐに命じた。

 

「聞いたね。全班、変化は全部上げな」

 

艦橋の乗員たちが一斉に動く。

 

シーマはさらに言う。

 

「見落とした奴は、あとで私が見つける」

 

その言葉で、艦橋の空気が変わった。

 

恐怖ではない。

 

緊張だ。

 

シーマは腕を組み直した。

 

半信半疑ではある。

 

だが、戦場の勘を笑う者は長生きしない。自分の勘ではなくても、それが使えるなら使う。それが彼女のやり方だった。

 

シャリアは再び外を見た。

 

「近いと思います」

 

シーマは短く返す。

 

「だったら、来てもらおうじゃないか」

 

そして胸の中で付け加える。

 

こっちは三日も待ったんだ。手ぶらで帰る気はないよ。

 

――――――

 

別宙域。

 

ティターンズの小艦隊は、暗い岩礁帯の中に沈んでいた。

 

艦体の光は絞られ、推進熱も必要最小限に抑えられている。外から見れば、ただのデブリの一部に見えた。だが内側では、作戦準備が整然と進んでいる。

 

今回の指揮を執るのは、ヤザン・ゲーブルではない。

 

ヴィクトル・ハウザー大尉。

 

三十代前半。軍服の着方も、立ち姿も、声の出し方も整っている。実務能力は高い。命令を守り、部下に守らせ、規定の手順を崩さない。本人はそれを自分の強みだと信じていた。

 

実際、平時ならそれは強みだった。

 

だが戦場では、時に規定の外側で勝つ男が現れる。

 

ハウザーは艦内通路で、その名前を聞いた。

 

「ゲーブル少尉……いや、もう中尉だったか」

 

副官が慎重に答える。

 

「今回の戦果で、評価が上がったようです」

 

ハウザーは表情を崩さなかった。

 

「そうか」

 

短い返事だった。

 

だが、内側では小さな棘が動いていた。

 

ヤザン・ゲーブル。

 

荒い男だ。規律を重んじるタイプではない。上官に愛想よく振る舞う男でもない。だが結果を出した。結果を出せば、上は評価する。軍がそういう場所であることは分かっている。

 

分かっているから、腹立たしい。

 

自分は手順を守る。

 

報告も整える。

 

部下の運用も規定どおりにする。

 

それでも、ああいう男が一度戦果を上げると、視線はそちらへ向く。

 

ハウザーは作戦図の前で足を止めた。

 

「同じことをやれば、同じ結果が出る」

 

それは部下へ向けた言葉であると同時に、自分へ向けた言葉でもあった。

 

今回の作戦は、ヤザン隊と同じ方式である。

 

ミノフスキー粒子を散布する。

 

敵哨戒艦隊を誘い込む。

 

岩礁に隠れて待つ。

 

モビルドール編成で逃げ道を潰し、短時間で撃破する。

 

手順は明確だ。

 

ハウザーにとって、明確な手順ほど信頼できるものはない。

 

だが、ヤザンとは違う。

 

ヤザンは距離を感じる男だった。

 

敵が踏み込めない位置、逃げれば火線へ入る位置、待てば相手が勝手に苦しくなる位置。それを計器より先に掴む。

 

ハウザーは距離を規定値で見る男だった。

 

それは間違いではない。

 

ただ、今回の戦場で同じ結果を生むとは限らない。

 

副官が報告する。

 

「粒子散布、開始します」

 

「始めろ」

 

ハウザーは答えた。

 

岩礁帯の暗がりに、ミノフスキー粒子が静かに広がる。

 

艦隊の表示板で、数値が上がる。

 

そのころ、遠く離れたザンジバル改では、粒子濃度の自動報告が跳ねた。

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