ニュース端末の下に、数字が流れていた。
緑と赤の矢印が、数秒ごとに入れ替わる。
「連邦通貨と宇宙通貨の交換レートは、本日より市場で決定されます」
アナウンサーは落ち着いた声で言った。
声だけが落ち着いていて、画面は落ち着いていなかった。
連邦通貨が下がる。
宇宙通貨が上がる。
表示がぴっと変わるたびに、画面の数字がわずかに跳ねる。
アムロは、机の上に置いた紙幣の束を指で押さえた。
「これ、そんなに大ごとなのか?」
ミライが答える。
「給料の価値が変わるのよ」
セイラが続ける。
「同じ額でも、買えるものが違ってくる」
アムロは少しだけ顔をしかめた。
「……それは、困るな」
ララァは端末を見ていた。
数字の動きではなく、その奥にある流れを見るように。
それから、ぽつりと言った。
「まだ、始まったばかりです」
「何が」
「お金の動きです」
「お金を動かすな」
アムロが言う。
ララァは気にしない。
画面が切り替わった。
アナウンサーが、少し硬い笑顔で横を向く。
「それでは、この連邦通貨安と宇宙通貨高について、エコノミストのアサクラさんに解説していただきます」
画面の中で、見慣れた男が大きくうなずいた。
ララァが、少し嬉しそうに言う。
「オジキです」
アムロが天井を見る。
「エコノミストのアサクラさん、だろ」
ミライが笑う。
「本人より呼び名の方が強いわね」
――――――――――
「いいですか皆さん!」
オジキは、最初から全開だった。
「連邦通貨が弱い理由、金利差だけだと思っている人は何も分かっていない!」
アムロが小さく言う。
「もう嫌な予感しかしない」
ミライが肩を揺らす。
「でも聞いちゃうのよね」
オジキは続ける。
「問題は“信認”です!」
「連邦政府は膨大な債務を抱えている!」
「それをどうするか! インフレで薄めるしかないんです!」
セイラが端末の別の画面を開く。
食料の価格。
燃料費。
輸送費。
全部、じわじわ上がっている。
「つまりどういうことか!」
「連邦通貨を持っているだけで、あなたの資産は静かに削られている!」
ララァが言う。
「薄くなります」
「だから言い方!」
アムロが突っ込む。
ミライが頷く。
「給料そのままで、買える量が減るってことよね」
セイラが補う。
「購買力が落ちている」
オジキはさらに続ける。
「いいですか皆さん! 株が上がっているのではない!」
「通貨が下がっているんです!」
「だからこそ強い通貨です!」
「宇宙通貨は、成長している場所の通貨!」
「資源があり、人が集まり、開発が進む!」
「黙って宇宙通貨を持ちなさい!」
アムロが顔を覆う。
「また言った」
ララァが静かに言う。
「宇宙のお金の方が、先に行きます」
「だから金を走らせるな」
――――――――――
「安いお金で、高いお金を買います」
ララァが言った。
「言い方が雑!」
アムロが叫ぶ。
セイラが説明する。
「連邦通貨を売って、宇宙通貨を買うの」
「宇宙通貨が上がれば、その差が利益になる」
「為替取引よ」
ミライが腕を組む。
「つまり、ララァちゃんに触らせちゃいけないやつね」
「少しだけです」
「その言葉は禁止!」
アムロが即答する。
「話は聞いたよ」
エドワウが入ってくる。
「いつからいた」
「“黙って宇宙通貨”のあたりからだ」
「一番だめなところじゃない」
ミライが言う。
エドワウは端末のレートを見た。
数字は、さっきよりも宇宙通貨側に傾いている。
「上がるな」
ララァが頷く。
「上がります」
「普通に言うな」
「理由は?」
エドワウが聞く。
ララァは少し考えてから言った。
「若い人が上に行きます」
――――――――――
ニュースが切り替わる。
宇宙移住者増加。
技術者募集。
整備士、建設、輸送。
宇宙通貨払い。
若い顔が並ぶ。
まだ不安そうで、それでも少しだけ期待している顔。
ミライが言う。
「地球に残る親世代と、宇宙へ行く子ども世代で分かれるのね」
セイラが頷く。
「若い者ほど、条件のいい方へ動くわ」
ララァが言う。
「宇宙の方が、若い人が増えます」
アムロが顔をしかめる。
「人口統計をそんな感じで言うな」
少しだけ間が空く。
エドワウが窓の外を見る。
コロニーの光が、ゆっくりと流れている。
ぽつりと。
「……アクシズを落とさなくても良かったな」
空気が止まる。
アムロが少しだけ視線を落とす。
「……そうだな」
ミライが首をかしげる。
「何の話?」
「いや、なんでもない」
アムロが答える。
エドワウは視線を戻した。
「人口の話だよ」
ララァが言う。
「上に来ます」
「だからまとめ方!」
――――――――――
「やります」
ララァが言った。
「何を」
「FXです」
「やるな!」
アムロが即答する。
ララァはもう端末を操作していた。
連邦通貨を売る。
宇宙通貨を買う。
小さな額。
ほんの少し。
だが、タイミングが良すぎた。
直後、宇宙通貨がまた一段上がる。
「増えました」
「またか!」
アムロが叫ぶ。
ミライが頭を抱える。
「もう“増えました”が怖いのよ」
ララァは続ける。
「宇宙のお金が強くなりました」
「人格を持たせるな!」
アムロが言う。
――――――――――
その頃。
連邦側では報告が上がっていた。
同じ予算で買える部材が減っている。
宇宙通貨建て契約を要求される。
技術者が宇宙通貨払いを希望する。
机の上の見積書。
昨日より高い。
同じものなのに、高い。
理由は一つ。
通貨。
――――――――――
「家族に送ります」
ララァが言った。
アムロが端末をのぞき込む。
「額を見ろ!」
ミライが続く。
「普通のお小遣いじゃないわよこれ」
「少し多いですか」
「少しじゃない!」
アムロが叫ぶ。
ララァは少しだけ考える。
「でも、宇宙のお金なので」
「その説明で納得すると思うな!」
――――――――――
エドワウは、静かに端末を閉じた。
宇宙通貨建ての契約を増やす。
部材。
輸送。
給与。
人が動く道を作る。
「お前、これ、操縦してないか?」
アムロが聞く。
「市場が選んでいるだけだ」
エドワウが答える。
セイラが言う。
「その市場に道を敷いているのは誰かしら」
「道がないと人は歩けない」
「言い方!」
ララァが言う。
「宇宙のお金の道です」
「乗るな!」
――――――――――
端末の中で、オジキがまた叫んだ。
「いいですか皆さん!」
「強い通貨を持ちなさい!」
「黙って宇宙通貨を買っておけば大儲け!」
アムロが頭を抱える。
「一番だめなところだけ実現した!」
ララァが言う。
「オジキは、まっすぐです」
「うるさいけどな!」
外では搬送車両が短い警告音を鳴らして通り過ぎた。
居間の中では、ララァが静かに端末を見ていた。
その静かさが、誰よりも騒がしいのだと、アムロはもう知っていた。
嫌がらず政治家になってたら、アクシズ落とす必要なかったことに気づいてしまったエドワウ。