妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第197話 空の中身

 

 

ソロモンの格納庫には、焼けた金属の匂いが残っていた。

 

回収されたバーザム改は、中央の整備架に固定されている。右肩の装甲は裂け、脚部の一部は黒く焼け、胸部の外装は解析班の手で大きく開かれていた。

 

格納庫の照明は落とされている。作業灯だけが機体の内部を白く照らしていた。露出した配線、冷却管、処理装置、光学送受信器。人が見るために作られた場所ではない。整備のために開けられた内臓のように、無言でそこにあった。

 

ドズル・ザビは腕を組んで立っていた。

 

その横にラコック大佐。

 

少し離れてシーマ・ガラハウ。

 

さらに奥に、シャリア・ブルが静かに立っている。

 

解析班の技術者が、端末を見ながら報告した。

 

「完全自律ではありません」

 

ラコックが目を細める。

 

「続けろ」

 

「リーダー機から、優先目標、照準情報、リーダー機の位置、機動基準、編隊内の相対位置を受け取っています」

 

技術者は一度、開かれた機体を見た。

 

「この機体は、それに従って動く従属機です」

 

ラコックが短く整理する。

 

「敵は五人ではない」

 

一拍。

 

「一人の判断を、四機へ伸ばしている」

 

ドズルはバーザム改を見た。

 

「手足を増やしたわけか」

 

シャリアが静かに言う。

 

「ただし、その手足には心がありません」

 

その言葉に、誰もすぐには返さなかった。

 

シーマは機体を見上げた。

 

便利だね、と彼女は思った。

 

便利すぎる。

 

撃たれても泣かない。怖がらない。恨まない。命令を拒まない。使う側からすれば、これほど都合のいい兵器はない。

 

だから嫌だった。

 

都合がよすぎるものは、たいてい誰かの都合を殺してできている。

 

――――――

 

解析班が、さらに外装を外した。

 

内部が開かれるにつれ、格納庫の空気が変わっていった。

 

操縦系がない。

 

緊急操縦席がない。

 

手動復帰装置がない。

 

コックピットの痕跡がない。

 

人間が座る空間が、どこにもない。

 

その代わり、そこには処理装置、通信装置、姿勢制御装置、冷却系、電源系が詰め込まれていた。機体の中は、機械のための機械で埋め尽くされている。

 

若い技術者が、少しだけ声を低くした。

 

「これは、MSの派生ではありません」

 

工具の音が止まる。

 

「MSの形をした無人砲台です」

 

格納庫が静かになった。

 

ドズルは一歩前に出た。大きな身体が、作業灯の中へ入る。

 

彼は開かれた機体の奥を覗き込んだ。

 

「兵器から人間を抜くと、こうなるのか」

 

怒鳴ったわけではない。

 

だが、その声は重かった。

 

シーマは鼻で笑った。

 

「ずいぶん思い切ったもんだね」

 

そう言いながら、彼女の胸の奥には、わずかな嫌悪があった。

 

戦場で人が死ぬのは珍しくない。むしろ、珍しくないから彼女は生きてきた。だがこれは違う。最初から人間を入れる場所を作っていない。人間が死なない兵器ではない。人間を外へ押し出した兵器だ。

 

シャリアは無言で見ていた。

 

彼には、この機体から何も感じなかった。

 

敵意もない。

 

恐怖もない。

 

迷いもない。

 

ただ、命令の跡だけが残っている。

 

それは静かだった。

 

静かすぎた。

 

「……何もいません」

 

シャリアが言った。

 

シーマが横目で見る。

 

「そりゃ、無人機だからね」

 

「違います」

 

シャリアは首を振る。

 

「空なのではありません。最初から、入れる場所がない」

 

シーマは返事をしなかった。

 

その違いは、彼女にも分かった。

 

――――――

 

解析班は、肩、腰、脚部から光学送受信器を外し始めた。

 

小さな装置だった。

 

だが、作りは精密だった。量産品としては過剰なくらいに仕上げが細かい。複数波長の指向性光学レーザー。高感度光センサー。可動時にも隣機を捉えるための分散配置。

 

技術者が説明する。

 

「ミノフスキー粒子下でも、数百メートル以内なら短距離通信が成立します」

 

「数百か」

 

ドズルが言う。

 

「はい。ただし条件があります」

 

技術者が再現試験の結果を表示した。

 

通常のミノフスキー粒子濃度では、リーダー機とバーザム改は連携できる。

 

だが、ビーム攪乱粒子の濃度が高い領域では、光学通信の距離が大きく落ちる。

 

ラコックが表示を見た。

 

「通信を切るために使うのか」

 

技術者は口を開きかけたが、その前にラコック自身が気づいた。

 

「いや、違うな」

 

ドズルが見る。

 

ラコックは宇宙図を呼び出した。

 

「完全に遮断する必要はありません」

 

濃い領域。

 

薄い領域。

 

表示の色が変わる。

 

「濃い場所では、通信距離が縮みます。リーダー機と従属機は、間隔を詰めるか、そこを避けるしかありません」

 

ラコックは指先で薄い領域を残した。

 

「逆に、薄い場所を残せば、敵はそこを通りやすくなる」

 

ドズルが低く言う。

 

「通り道を作るわけか」

 

「はい」

 

ラコックは頷いた。

 

「遮断ではありません。誘導です」

 

シーマが口元を歪めた。

 

「追い込み漁みたいなもんだね」

 

「そうです」

 

ラコックは否定しなかった。

 

「こちらが濃淡を作れば、敵の動ける場所を絞れます」

 

ドズルは腕を組んだ。

 

「敵を止めるんじゃない」

 

一拍。

 

「通したい場所へ通す」

 

ラコックが頷く。

 

「その方が、叩く場所を決められます」

 

格納庫の空気が少し変わった。

 

敵の兵器を見ているだけではない。

 

その兵器をどう殺すかが、少しだけ見えた。

 

――――――

 

シャリアが静かに言った。

 

「ただし、全ての操縦者がそこへ入るとは限りません」

 

ドズルが即座に反応した。

 

「マツナガとガトーが当たった奴か」

 

「はい」

 

シャリアは頷いた。

 

「通りやすい場所を選びませんでした」

 

シーマが眉を上げる。

 

「嫌な道をわざわざ選ぶ馬鹿もいるってことかい」

 

シャリアは少しだけ考えた。

 

「馬鹿ではありませんよ。貴女もデブリ帯をリリーマルレーンで突っ切っていったではありませんか。」

 

一拍。

 

「必要とあらば、犠牲をはらってでも生き残る者です」

 

シーマは舌打ちするように笑った。

 

「面倒な男だね」

 

その場にいる誰も、ヤザン・ゲーブルの名を知らない。

 

だが、マツナガとガトーが持ち帰った報告は知っている。あの敵だけは、普通の誘導に乗らなかった。通信しやすい道を選ばず、むしろ嫌な場所へ機体を入れてくる。

 

ラコックが言う。

 

「つまり、機構には効く」

 

「だが、操る人間によって破られる」

 

ドズルは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「厄介だな」

 

シャリアは開かれたバーザム改を見た。

 

「だから、中心を見る必要があります」

 

「中心か」

 

「はい。機械ではなく、それを動かす人間です」

 

シーマはそこで、シャリアの横顔を見た。

 

この男は、機械を見ながら人間の話をしている。

 

そこが気味悪くもあり、頼もしくもあった。

 

――――――

 

ブラウ・ブロの戦闘記録も、同時に検証されていた。

 

勝ちはした。

 

だが、余裕はなかった。

 

Iフィールドにビームを受けるたび、エネルギー残量は減った。

 

複数方向からの集中射撃では、減り方が跳ねた。

 

ミノフスキードライブ、Iフィールド、サイコミュ。有線砲塔の展開と制御。それらは同じ機体の中で、同じエネルギーを食っていた。

 

有線砲塔の一本は損傷している。

 

撤退が遅れれば、ブラウ・ブロも帰ってこなかった。

 

ラコックが記録を閉じた。

 

「ブラウ・ブロは有効です」

 

そして、シャリアを見た。

 

「ですが、常用できる対抗策ではありません」

 

シャリアは頷いた。

 

「サイコミュは、中心を見つけるには向いています」

 

「だが全ての戦場を支えられない」

 

「はい」

 

ドズルが言う。

 

「切り札か」

 

「はい」

 

シャリアは短く答えた。

 

「切り札は、何度も切るものではありません」

 

シーマが腕を組む。

 

「それを何度も切らされるのが戦場さ」

 

「その通りです」

 

シャリアは静かに返した。

 

「だから、切らずに済む方法が必要です」

 

ドズルはバーザム改を見た。

 

敵が機械で複数角度を作るなら、こちらは人の感覚で中心を読む。

 

だが、人の感覚だけに頼れば、その人が疲れる。

 

死ねば終わる。

 

ドズルはそういう戦い方を好まなかった。

 

兵は英雄の影に隠れて生きるものではない。

 

英雄がいなくても死なない手順がいる。

 

――――――

 

本国との通信がつながった。

 

ソロモンの格納庫の一角に、暗い執務室が映る。

 

ギレン・ザビは椅子に座っていた。机の上には整理された資料だけが置かれている。余計なものはない。画面の向こうにいるだけで、場の温度が少し下がったように感じられた。

 

「報告は読んだ」

 

ギレンは言った。

 

「続けろ」

 

ドズルが顎でバーザム改を示した。

 

「中身は空だ」

 

短い言葉だった。

 

「人が乗る場所はない。完全な無人従属機だ」

 

ラコックが補足する。

 

「リーダー機依存です。短距離光学通信で統制。ビーム攪乱粒子の濃淡で行動領域を誘導できる可能性があります」

 

ギレンは黙って聞いた。

 

ラコックは続ける。

 

「ただし、誘導は操縦者次第で破られます。マツナガ大尉、ガトー大尉が接敵した敵は、通りやすい経路を選びませんでした」

 

シャリアが静かに言う。

 

「機構には効きます」

 

一拍。

 

「人間には、破られることがあります」

 

ギレンの視線が、画面越しにシャリアへ向いた。

 

「サイコミュは」

 

「有効です」

 

シャリアは答えた。

 

「ただし、切り札です。常用の対策にはなりません」

 

ギレンは頷かなかった。

 

ただ、目を細めた。

 

「どちらにせよ」

 

彼はバーザム改の内部構造図へ視線を落とした。

 

「ミノフスキー粒子下で数百メートルの通信機構を得られたのは大きい」

 

誰も口を挟まない。

 

「その仕組みを解析しろ」

 

一拍。

 

「規格として整理し、標準化案をまとめろ」

 

さらに一拍。

 

「配備前提ではない。運用案として提出する」

 

ラコックが即座に答える。

 

「了解しました」

 

ギレンは画面の横に新しい図面を出した。

 

ムサイ級。

 

艦体断面図。

 

格納庫、MSデッキ、管制区画、通信設備。

 

シーマが小さく息を漏らした。

 

「今度は艦ですかい」

 

ギレンはそちらを見なかった。

 

「連邦はこれを、MSの形をした砲台として使った」

 

静かな声だった。

 

「だが、我々が同じ使い方をする必要はない」

 

ドズルが腕を組む。

 

「どう使う」

 

ギレンはムサイの図面を見たまま言った。

 

「パイロット不足は今後、避けられん」

 

その言葉は、格納庫の現実に重なった。

 

人は足りない。

 

訓練には時間がかかる。

 

熟練兵は失えば戻らない。

 

「一人で一機を動かす前提を変える必要がある」

 

ギレンは管制区画を示した。

 

「ムサイ級の今後の開発に、艦内管制によるMS運用方式を提案として入れろ」

 

ラコックが確認する。

 

「艦を中核として、無人機または簡易操縦機を従属させる方式ですか」

 

「そうだ。MSから操作するより守られている」

 

ギレンは言った。

 

「そして、連邦より、我々の方がこの仕組みを必要としている」

 

ドズルが低く言う。

 

「パイロットが足りんからか」

 

「そうだ。公国を守るだけならともかく、コロニー連合としてはな…。」

 

ギレンの声は変わらない。

 

「連邦は人を削るために使った」

 

一拍。

 

「我々は、少ない人間を遠くまで届かせるために使う」

 

格納庫に沈黙が落ちた。

 

同じ技術。

 

だが使い方が違う。

 

人を抜くためか。

 

人を届かせるためか。

 

シーマは腕を組み直した。

 

「言い方ひとつでずいぶん変わるもんですね」

 

ギレンは薄く言った。

 

「言い方ではない。置き場所だ」

 

――――――

 

ドズルはしばらく黙っていた。

 

彼は無人機を好まない。

 

戦場で最後にものを言うのは、人間だと思っている。怒鳴る声、震える手、逃げる判断、踏みとどまる意地。そういうものを抜いた機械を、信用する気にはなれない。

 

だが、前線の現実も知っている。

 

ムサイがパイロット不足で護衛力を落とす。

 

商船護衛に出すザクが足りない。

 

新人を無理に出せば死ぬ。

 

「気に入らんが」

 

ドズルは言った。

 

「現場は助かる」

 

ラコックがすぐに制約を並べる。

 

「艦を失えば、従属機の統制も落ちます」

 

「通信距離には限界があります」

 

「ビーム攪乱粒子の濃度で有効範囲が変わります」

 

「攻勢より、護衛、哨戒、拠点防衛向きです」

 

「有人MSを完全に置き換えるものではありません」

 

ギレンは短く答えた。

 

「だから提案に留める」

 

一拍。

 

「現場に押し付けるものではない」

 

ドズルは画面の中の兄を見た。

 

昔なら、その言葉をただ冷たいだけだと思ったかもしれない。

 

今は違う。

 

ギレンは冷たい。

 

だが、冷たいからこそ、燃えている場所が見えている。

 

――――――

 

シャリアは開かれたバーザム改を見ていた。

 

「人がいない機体は読めません」

 

全員が彼を見る。

 

シャリアは続けた。

 

「ですが、指揮を取る場所は残ります」

 

ギレンが画面越しに見る。

 

「そこに人がいるなら、読むことはできます」

 

シャリアの声は淡々としていた。

 

サイコミュは万能ではない。

 

無人機そのものには何もない。

 

だが、それを動かす人間がいるなら、その揺らぎはどこかに残る。

 

リーダー機。

 

艦橋。

 

管制区画。

 

意思の置き場がある限り、読む余地がある。

 

ギレンが言った。

 

「だから完全な無人化は採らない」

 

一拍。

 

「人をどこに置くかを選ぶ」

 

ドズルはバーザム改を見た。

 

「人を抜くか」

 

「人を残すか」

 

ラコックが小さく言う。

 

「同じ技術で、真逆の結論になります」

 

シーマは鼻で笑った。

 

「結局、面倒を見なきゃいけないのは人間ってわけだ」

 

シャリアが静かに言う。

 

「それでよいのだと思います」

 

シーマは横目で見る。

 

「木星帰りにしちゃ、地に足のついたことを言うね」

 

「木星航路でも、人は必要です」

 

「そうかい」

 

シーマは少し笑った。

 

「なら、まだ飯の種は残るね」

 

――――――

 

通信が切れた。

 

格納庫に、作業音が戻った。

 

工具の金属音。

 

端末の短い電子音。

 

整備兵の低い声。

 

開かれたバーザム改は、まだ整備架に固定されている。人が入る余地のない内部が、作業灯の下で白く光っていた。

 

その横では、ジオンの有人MSが整備されている。

 

コックピットハッチが開き、整備兵が中を覗き込んでいた。狭い座席。操縦桿。ペダル。表示器。人間が座り、汗をかき、息をするための小さな空間。

 

一方には、人が入る場所のない機体。

 

もう一方には、人が乗るための狭い場所を持つ機体。

 

差は小さく見える。

 

だが、決定的だった。

 

ドズルが低く言った。

 

「戦い方が変わるな」

 

ラコックが答える。

 

「すでに変わっています」

 

シャリアは静かに言った。

 

「それでも、人は残ります」

 

シーマが鼻で笑う。

 

「残ってもらわなきゃ困るね。こっちは人間で飯を食ってるんだ」

 

最後に、解析班がバーザム改の光学送受信器を慎重に取り外した。

 

それは連邦が作った技術だった。

 

だがその日から、ジオンの技術表にも載ることになる。

 

 

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