妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第198話 揃わない人形

 

ティターンズ系軍需工場の夜は、夜ではなかった。

 

天井の照明は白く、床は磨かれ、搬送レールの上を未完成の機体がゆっくり流れている。外では深夜のはずだった。だが建屋の中に入れば、時計の針など意味を失う。昼も夜もなく、ただ納期と検査表だけがあった。

 

バーザム改の外装が並んでいる。

 

肩、胸部、脚部、頭部。どれも同じ形をしている。塗装前の灰色の装甲は、吊り下げられたまま白い光を受けていた。遠目には、よく揃って見える。兵器としては整っている。量産品としては、むしろ美しいと言ってもよかった。

 

だが工場主任の目には、そうは見えなかった。

 

主任の名はマルコ・ベルトーネ。

 

五十に近い男だった。髪は短く刈り、作業服の袖口には油の染みが残っている。現場の人間にしては言葉が少なく、軍人にしては姿勢が少し崩れている。だが、機体を見る目だけは鋭かった。

 

彼は検査落ちリストを見ていた。

 

光学送受信器、不合格。

 

高感度センサー、再調整。

 

処理装置、同期不良。

 

姿勢制御、反応遅延。

 

同じ赤い文字が、何度も続く。

 

「外装ラインは予定どおりです」

 

隣に立つ若い技術士官が言った。

 

まだ二十代半ばだろう。軍服は新しく、首元の階級章もきれいだった。報告の声には、数字を信じたい者の硬さがあった。

 

ベルトーネは端末から目を上げない。

 

「皮だけ揃えても、戦場では撃てん」

 

「上は数を求めています」

 

「上はな」

 

ベルトーネは端末を閉じた。

 

「数は出せる」

 

少し間を置く。

 

「だが、揃わん」

 

若い技術士官は答えなかった。

 

揃わない。

 

それは単に形の話ではない。外装も、寸法も、重心も、規格内には入っている。だが、この機体は一機で完成する兵器ではなかった。五機で動き、五機で敵を追い込み、五機で逃げ場を潰す。そのためには、一機ずつの誤差が許される範囲でも、五機が集まった時に別の誤差になる。

 

ベルトーネは、それを知っていた。

 

工場の奥では、作業員が光学送受信器を頭部と肩部の内側へ取り付けている。別の班は脚部センサーの角度を調整していた。さらに奥では、処理装置の同期試験を行っている。人は動いている。ラインも動いている。だから上層部には、工場が順調に動いているように見える。

 

だが、本当に必要なのは、数ではなかった。

 

癖を揃える手。

 

わずかな遅れに気づく目。

 

隣の機体と呼吸を合わせるように、通信機器の出力を詰める時間。

 

それは命令書では増えない。

 

ベルトーネは、未完成のバーザム改を見上げた。

 

「こいつらは人形だ」

 

若い技術士官が顔を向ける。

 

「はい」

 

「だが、人形を五体並べれば踊るわけじゃない」

 

彼は薄く笑った。

 

「糸を引く奴と、糸の長さが要る」

 

若い技術士官は、その言葉に返事をしなかった。

 

彼は工場の人間ではない。納期と書類と上層部の声を背負って来ている。だから、主任の言葉をどこまで本気で聞いていいのか、分からないのだろう。

 

ベルトーネはそれ以上言わなかった。

 

言ったところで、部品は増えない。

 

技術者も戻らない。

 

ラインの速度も落ちない。

 

工場の夜は、今日も昼の顔をしていた。

 

――――――

 

検査室は、工場の騒音から少し離れた場所にあった。

 

床には静電防止の黒いシートが敷かれ、作業台には同じ型番の光学送受信器が並んでいる。見た目はどれも同じだった。小さな箱型の部品で、手のひらに乗る。だが、その中には複数波長の指向性光学レーザーと高感度の光センサーが詰め込まれていた。

 

モビルドール編成の目であり、耳であり、神経だった。

 

若い検査員が数値を読み上げる。

 

「出力、基準内」

 

別の部品を測る。

 

「受信感度、基準内」

 

さらに別の部品。

 

「角度補正、基準内」

 

ベルトーネは腕を組んで聞いていた。

 

表情は動かない。だが、作業台に並んだ部品を見る目は厳しい。

 

「単体なら通ります」

 

若い検査員が言った。

 

ベルトーネは黙って五つの送受信器を選び、同じ測定台へ並べた。

 

「これで見る」

 

「五基同時ですか」

 

「五機で使うんだろうが」

 

検査員は少し顔を赤くし、測定を始めた。

 

一つ目、合格。

 

二つ目、合格。

 

三つ目も、四つ目も、五つ目も、個別の数値では基準内だった。

 

だが、五つを同期させると、波形が揃わない。

 

わずかなズレだった。

 

一つは受信の立ち上がりが遅い。

 

一つは角度補正の戻りが浅い。

 

一つは出力の山が少し早く来る。

 

検査員は画面を見つめた。

 

「誤差は……規格範囲内です」

 

ベルトーネは短く言った。

 

「だから困る」

 

「規格内なら、通せるのでは」

 

「単体ならな」

 

ベルトーネは測定画面を指で叩く。

 

「編隊では通らん」

 

検査員は黙った。

 

試作機は違った。

 

少数の機体を、熟練技術者が一つずつ調整していた。送受信器の癖、センサーの反応、処理装置の遅れ、姿勢制御の戻り。そうしたものを、機体ごとに見て、組み合わせて、五機で一つの形になるように詰めていた。

 

だが量産ラインでは、それができない。

 

時間がない。

 

人がいない。

 

そして何より、上層部はそれを「微調整」と呼んでいる。

 

ベルトーネにとっては違った。

 

微調整ではない。

 

命中と空振りの差だった。

 

「こいつはな」

 

ベルトーネは送受信器を一つ持ち上げた。

 

「一個で強い部品じゃない」

 

検査員が頷く。

 

「はい」

 

「五つで一つの目になる」

 

ベルトーネは作業台へ置いた。

 

「片目だけ良くても、距離は測れん」

 

検査員は画面を見ている。

 

若い顔に、不安が少しずつ出ていた。

 

彼も分かり始めている。

 

数値だけを見れば通る。

 

だが、戦場では数値だけで機体は動かない。

 

「再調整に回しますか」

 

「回せ」

 

「納期は」

 

「遅れる」

 

「上に説明を」

 

「俺がする」

 

検査員は頭を下げた。

 

ベルトーネはその背中を見た。

 

若い。

 

この工場にも若い者はいる。

 

だが、腕のある若い者から宇宙企業へ流れていく。待遇がいい。家族を移せる。宇宙通貨で払われる。ティターンズの案件に縛られずに済む。

 

残った者が無能というわけではない。

 

ただ、残った者だけで足りる仕事ではなかった。

 

検査室の扉が開いた。

 

連絡員が顔を出す。

 

「主任、ティターンズの補給士官が到着しました」

 

ベルトーネは小さく息を吐いた。

 

「今度は書類が歩いて来たか」

 

検査員が少しだけ笑いそうになり、慌てて下を向いた。

 

ベルトーネは笑わなかった。

 

書類が歩いて来る時、現場はたいてい殴られる。

 

――――――

 

ティターンズの補給・兵站担当士官は、工場の油の匂いに似合わない男だった。

 

制服には皺がない。手袋は白く、靴は磨かれている。歩き方はまっすぐで、声は小さすぎず大きすぎない。軍の学校で、正しい報告と正しい命令の出し方を学んだ人間の声だった。

 

名はオルドリッジ少佐。

 

ベルトーネは彼を応接室へ通さなかった。

 

検査ラインの横で迎えた。

 

搬送レールが動き、作業員が行き交い、再調整待ちの部品箱が積まれている場所だった。ここなら、数字がただの数字ではないことが見える。

 

もっとも、見える者にしか見えない。

 

オルドリッジ少佐は端末を開いた。

 

「予定数が遅れている」

 

ベルトーネは答えた。

 

「部品が足りません」

 

「優先調達指定は出ている」

 

「指定は来ています。部品は来ていません」

 

少佐の眉が動いた。

 

不快に思っているのだろう。だが怒鳴らない。そういう男ではない。

 

「センサーの調整が追いつきません」

 

ベルトーネは続けた。

 

「無調整で出せば、実戦でずれます」

 

「要求は性能ではない」

 

少佐は言った。

 

「数だ」

 

工場の音が、少し大きく聞こえた。

 

ベルトーネは相手の顔を見た。

 

この男は嘘を言っていない。

 

前線は数を欲しがっている。

 

ジオンに一機を鹵獲された。敵が解析する前に数を揃える必要がある。損耗しても補充できる状態を作る必要がある。それは正しい。

 

問題は、正しいことがいつも使えるとは限らないことだった。

 

「数だけなら出せます」

 

ベルトーネは言った。

 

「では出せ」

 

「動きが揃いません」

 

「戦場で調整すればいい」

 

「戦場は調整場ではありません」

 

少佐の目が細くなる。

 

「主任」

 

「はい」

 

「前線で足りない機体は、誰かの死に直結する」

 

「不完全な機体も、誰かの死に直結します」

 

二人はしばらく見合った。

 

作業員たちは何も聞こえないふりをしている。だが、耳はそこへ向いていた。

 

少佐が言った。

 

「上層部は増産を決定している」

 

「現場は未調整を報告しています」

 

「不良ではない。規格内だ」

 

「編隊で不良です」

 

少佐は黙った。

 

そこが一番厄介なのだ。

 

書類上は合格。

 

単体なら合格。

 

だが、五機で動かすとずれる。

 

この兵器の失敗は、一機だけを見ても分からない。

 

「出荷予定表を再提出しろ」

 

「再調整分を反映します」

 

「反映するな」

 

「では嘘になります」

 

少佐は一瞬だけ黙った。

 

「表現を変えろ」

 

ベルトーネは少しだけ目を細めた。

 

それから、部下へ手を出した。

 

「例の用紙を」

 

若い技術士官が一瞬ためらったが、すぐに端末から書式を呼び出した。

 

オルドリッジが眉を寄せる。

 

「何だ」

 

「出荷了解書です」

 

ベルトーネは淡々と言った。

 

「品質無保証。編隊同期未調整。光学送受信器および高感度センサーの個体差については、現場到着後に再調整することを前提として出荷する」

 

一拍。

 

「その旨を承認する署名欄があります」

 

少佐の顔色がわずかに変わった。

 

ほんのわずかだった。

 

だがベルトーネは見逃さなかった。

 

「君は責任を逃れるつもりか」

 

オルドリッジの声が少し低くなる。

 

ベルトーネは首を振った。

 

「いいえ」

 

「では何だ」

 

「責任の場所を正しく置くだけです」

 

周囲の作業音が、少しだけ遠くなったように感じられた。

 

ベルトーネは続ける。

 

「私は出せます。ラインから出せと言われれば出します」

 

「なら出せ」

 

「ただし、出した理由を残します」

 

彼は端末を少佐の前へ差し出した。

 

「あとで若い検査員や整備兵のせいにされては困ります」

 

オルドリッジは端末を見た。

 

そこには簡潔な文面がある。

 

未調整出荷。

 

現場再調整前提。

 

編隊同期性能は工場出荷時点で保証しない。

 

承認者署名欄。

 

少佐はしばらく無言だった。

 

彼は数字を揃えに来た。

 

しかし署名欄は、数字を責任に変える。

 

それは彼が望んだものではなかった。

 

「文面を変えろ」

 

「どのように」

 

「品質無保証という言葉は不要だ」

 

「では、編隊同期性能未保証で」

 

「同じだ」

 

「事実です」

 

オルドリッジは、端末から目を離した。

 

「上層部に確認する」

 

「どうぞ」

 

ベルトーネは端末を下げなかった。

 

「確認中、出荷は停止します」

 

少佐の唇がわずかに動いた。

 

そこで止まれば、予定数はさらに遅れる。

 

遅れの責任は自分に戻る。

 

署名すれば、出荷数は揃う。

 

ただし、何かあれば文書が残る。

 

ベルトーネは待った。

 

これは罠ではない。

 

現場で当然やるべき記録だった。

 

ただ、今まで上が嫌がるので誰も差し出さなかっただけだ。

 

オルドリッジは白い手袋の指で、端末を受け取った。

 

「文面は修正する」

 

「最低限の事実は残します」

 

「……出荷は止めるな」

 

「署名後に再開します」

 

長い沈黙。

 

やがて、オルドリッジは署名欄へ指を置いた。

 

電子署名が入る。

 

ベルトーネは頭を下げた。

 

「確認しました」

 

その声は、勝ち誇ったものではなかった。

 

ただの作業報告だった。

 

オルドリッジは端末を返し、短く言った。

 

「予定数を出せ」

 

「了解しました」

 

少佐は振り返り、工場を去った。

 

ベルトーネはその背中を見送った。

 

悪い男ではない。

 

悪い男ではないから、なおさら悪い。

 

悪意で押してくるなら、まだ怒れる。

 

正論で押してくる者には、怒りの置き場がない。

 

主任は再び検査落ちリストを開いた。

 

赤い文字は消えていない。

 

だが出荷予定表だけは、きっと青くなるのだろう。

 

――――――

 

実戦想定試験場は、工場区画のさらに奥にあった。

 

密閉された広い空間である。壁面は黒い遮蔽材で覆われ、天井照明は必要最小限に落とされている。床には仮想戦域を示す白線が引かれ、奥には移動式標的機が置かれていた。

 

ただの的ではない。

 

急減速し、斜めへ逃げ、姿勢を変え、時に不規則な動きをする。戦場で生き残ろうとする敵を模した標的だった。

 

試験条件は厳しい。

 

ミノフスキー粒子環境。

 

ビーム攪乱粒子の混入。

 

通信遅延を再現する遮蔽板。

 

試験責任者が確認を読み上げる。

 

「バーザムリーダー一機」

 

「バーザム改四機」

 

「実戦想定、射線集中試験」

 

五機が開始位置についた。

 

外見は揃っている。

 

発進姿勢もきれいだ。

 

バーザムリーダーが中央に立ち、四機のバーザム改が周囲へ散る。前方、左右、後方寄り。配置は教本どおりだった。

 

観覧席では、技術士官たちが端末を構えている。

 

ベルトーネも立っていた。

 

彼は端末ではなく、機体の足元を見ている。

 

機体は足元に本性が出る。

 

遅れる機体は、最初の踏み出しでわずかに遅れる。

 

焦る機体は、停止の時に余計な揺れが残る。

 

人が乗っていなくても、それは出る。

 

「開始」

 

試験責任者が告げた。

 

標的機が動き出す。

 

バーザムリーダーが標的を固定する。四機のバーザム改が開く。射線を重ねるための動きだ。

 

最初の一瞬は悪くなかった。

 

むしろよかった。

 

観覧席の何人かが、わずかに安堵した。

 

ベルトーネは安堵しない。

 

標的機が右へ振れた。

 

バーザム改の一機が追う。

 

もう一機が先回りする。

 

三機目が角度を取る。

 

その時、半拍の遅れが出た。

 

本当に半拍だった。

 

端末上では誤差として処理される時間である。

 

だが、標的機はそこを抜けた。

 

バーザム改の射線が重なる前に、斜め後退で薄い隙間へ逃げ込む。

 

表示が赤く点滅する。

 

捕捉失敗。

 

技術士官が即座に言った。

 

「誤差は規定内です」

 

ベルトーネはその言葉を聞き、口を結んだ。

 

規定内。

 

それは平和な言葉だった。

 

戦場を知らない場所では、実に便利な言葉だった。

 

標的機は再び動く。

 

今度は急停止から左へ流れた。

 

バーザム改の一機が照準を合わせる。別の一機が射線を重ねる。だが、角度が浅い。標的機の逃げ道を完全に消せない。

 

ビームが走る。

 

かすめる。

 

当たらない。

 

観覧席の空気が少しずつ重くなる。

 

次の試験で粒子濃度が上げられた。

 

攪乱粒子が混ざる。

 

空間が白く濁る。

 

通信距離が縮み、五機の間隔が詰まった。間隔が詰まれば、射線の角度は浅くなる。角度が浅くなれば、敵の逃げ道が残る。

 

バーザム改同士が互いの位置を補正しようとして、動きが硬くなる。

 

撃つ。

 

当たる。

 

削る。

 

だが詰めない。

 

逃げ場を一つずつ消す動きにはならない。

 

試験責任者が記録を見て言う。

 

「命中率、許容範囲」

 

ベルトーネは小さく呟いた。

 

「許容範囲で、人は死ぬ」

 

その声は、誰にも届かなかった。

 

――――――

 

観覧席の端に、ヤザン・ゲーブルがいた。

 

椅子には浅く腰掛けている。背筋は崩れているが、目は寝ていない。腕を組み、退屈そうに見える。だが、退屈している男の目ではなかった。

 

ヤザンは数値を見ていない。

 

記録も、基準値も、波形も見ていない。

 

彼が見ているのは、間だった。

 

標的が逃げたいと思う瞬間。

 

バーザム改が反応するまでの小さな遅れ。

 

射線が重なる前にできる、薄い隙間。

 

そこに敵が入れるかどうか。

 

そこへ自分なら入るかどうか。

 

ヤザンにとって、戦場の距離は数字ではなかった。

 

匂いに近い。

 

目に見えないが、ある。

 

踏み込めば死ぬ場所。

 

踏み込ませれば殺せる場所。

 

相手が嫌がって、そこから逃げようとする場所。

 

それを体で測る。

 

さっきの試験機には、それがなかった。

 

撃っている。

 

追っている。

 

だが、殺しに行っていない。

 

「揃ってねえ」

 

ヤザンは言った。

 

隣の技術士官がすぐ反応する。

 

「数値上は規定内です」

 

ヤザンは鼻で笑った。

 

「数値で撃ち合うのかよ」

 

技術士官は言葉を失った。

 

ヤザンは試験場を見たまま続けた。

 

「悪くねえよ」

 

それは本心だった。

 

機体は悪くない。

 

仕組みも悪くない。

 

使い方によっては、十分に敵を殺せる。

 

だが、それは揃っていればの話だった。揃わない五機は、一機の失敗を五倍に広げる。たった一つの遅れが、ほかの四機の射線まで腐らせる。

 

標的機がまた逃げる。

 

右へ流れる。

 

バーザム改の一機が追い、別の一機が遅れる。

 

ヤザンの口元が少し歪む。

 

そこだ。

 

自分ならそこを通る。

 

いや、通るだけではない。

 

通った瞬間に、追ってきた一機を盾にする。リーダー機の照準をずらさせる。四機のうち一機を邪魔に変える。そのまま中央へ食いつく。

 

できる。

 

少なくとも、この程度の動きなら。

 

「こんなもんを俺につけるな」

 

ヤザンは言った。

 

技術士官が顔を向ける。

 

「護衛としては有効です」

 

「俺の邪魔だ」

 

「ですが、編隊支援として——」

 

ヤザンはようやく技術士官を見た。

 

「支援ってのはな」

 

低い声だった。

 

「こっちが殺したい時に、殺しやすくするもんだ」

 

技術士官は黙った。

 

「こいつらは、俺が行きたいところに先にいる」

 

ヤザンは立ち上がる。

 

「邪魔なんだよ」

 

彼の中には、他人へ説明する気はほとんどない。

 

だが、怒りに近い苛立ちはあった。

 

道具としては悪くない。

 

だが道具は、使い手の手を止めてはいけない。

 

この人形たちは、自分が動くより一瞬だけ遅い。

 

そしてその一瞬の遅れが、戦場ではひどく邪魔になる。

 

「ゲーブル中尉」

 

別の士官が近づいてきた。

 

「実戦投入は可能でしょうか」

 

ヤザンは少し笑った。

 

「使える」

 

士官の顔が明るくなりかける。

 

ヤザンは続けた。

 

「だが、俺の邪魔をするな」

 

「どういう意味でしょうか」

 

「数を揃えりゃ強くなると思ってる奴から死ぬ」

 

士官は黙った。

 

ヤザンはそれ以上説明しなかった。

 

分かる奴なら、見れば分かる。

 

分からない奴に説明しても、数字に直されるだけだ。

 

彼は観覧席を出た。

 

背後で試験場の表示が更新される。

 

命中率、許容範囲。

 

リンク同期、要再調整。

 

射線重複、許容範囲。

 

ヤザンは振り返らない。

 

その言葉のどれも、戦場の匂いを持っていなかった。

 

――――――

 

夜勤ラインは止まらなかった。

 

工場の中では、バーザム改の外装が次々に組み上がっていく。

 

検査落ちの赤札が付いた機体。

 

再調整待ちの機体。

 

通信機器だけ未搭載の機体。

 

センサー調整を待つ機体。

 

それでも出荷予定表の数字は増えていく。

 

ベルトーネはその数字を見ていた。

 

完成数。

 

画面には、そう書かれている。

 

彼には、別の文字に見えた。

 

未調整数。

 

主任は煙草を吸いたいと思った。

 

だが工場内は禁煙だった。

 

代わりに冷めたコーヒーを飲む。

 

苦かった。

 

苦いものは、まだ正直だった。

 

ティターンズ上層部からの通達は、すでに届いている。

 

増産継続。

 

出荷数優先。

 

再調整対象は後送整備で対応。

 

後送整備。

 

便利な言葉だった。

 

前線へ出したあとで直せという意味である。

 

直す前に壊れた場合のことは、どこにも書かれていない。

 

ベルトーネはラインを歩いた。

 

作業員たちは黙って働いている。誰も手を抜いてはいない。むしろ、よく働いている。だから余計にやりきれない。

 

彼らは良い機体を作りたいのだ。

 

だが上は早い機体を欲しがっている。

 

良い機体と早い機体は、同じではない。

 

搬送レールの向こうで、また一機のバーザム改が立ち上がった。装甲は閉じられ、姿勢は整っている。顔もある。手足もある。武器も持てる。

 

見た目は兵器だった。

 

だが主任には、まだ空っぽに見えた。

 

別の格納庫では、ヤザンが歩いていた。

 

量産バーザム改が並んでいる。

 

どれも同じ顔で、同じ姿勢で、同じ方向を向いている。

 

ヤザンは立ち止まらなかった。

 

「人形は増えた」

 

小さく笑う。

 

「使える奴は、増えてねえ」

 

その声は誰にも届かなかった。

 

だが、ヤザンにはそれで十分だった。

 

――――――

 

数日後。

 

ティターンズの小会議室で、オルドリッジ少佐は立っていた。

 

座れ、と言われていない。

 

それだけで、彼は状況を理解し始めていた。

 

正面には上官がいる。机の上には事故報告、出撃記録、整備ログ、そして工場出荷時の了解書が並んでいた。

 

モビルドール隊の一部が、実戦配備直後の演習で編隊同期不良を起こした。

 

実戦ではなかった。

 

だから死者は出ていない。

 

しかし、演習で崩れたことは上層部の怒りを買うには十分だった。

 

上官が端末を指で叩いた。

 

「君の署名だな」

 

オルドリッジは喉が乾くのを感じた。

 

「出荷数確保のため、現場判断として——」

 

「現場判断?」

 

上官の声は平坦だった。

 

「ここには、君の承認とある」

 

オルドリッジは言葉を失った。

 

上官は文面を読む。

 

「編隊同期未調整。現場再調整前提。工場出荷時点で同期性能を保証せず」

 

端末が机の上に置かれる。

 

「なぜ、これに署名した」

 

「予定数の確保が急務であり——」

 

「誰が命じた」

 

オルドリッジは答えられなかった。

 

命令はあった。

 

増産せよ。

 

予定数を出せ。

 

前線へ送れ。

 

だが、「未調整機を品質無保証で出せ」とは誰も書いていない。

 

彼はようやく理解した。

 

自分は数を揃えたのではない。

 

数にされたのだ。

 

上層部は出荷数を求めた。

 

工場は責任の場所を記録した。

 

そして今、書類は彼の前に戻ってきている。

 

「少佐」

 

上官が言う。

 

「君には、当面のあいだ補給調整任務から外れてもらう」

 

更迭、という言葉は使われなかった。

 

使われなくても意味は同じだった。

 

オルドリッジは敬礼した。

 

白い手袋の指が、わずかに震えていた。

 

「了解しました」

 

声だけは、かろうじて整っていた。

 

会議室を出たあと、廊下の照明が妙に白く見えた。

 

彼は歩いた。

 

靴音が乾いて響く。

 

その音を聞きながら、オルドリッジは初めて、あの工場主任の顔を思い出した。

 

ベルトーネは怒っていなかった。

 

勝ち誇ってもいなかった。

 

ただ、書類を差し出した。

 

責任の場所を正しく置くだけです。

 

その言葉が、今になって耳の奥で動いた。

 

オルドリッジは立ち止まらなかった。

 

立ち止まれば、何かを認めてしまいそうだった。

 

だが、もう認めるかどうかの問題ではない。

 

署名は残っている。

 

それだけで十分だった。




品質低下したMSを出すだけだと面白くないので、ざまぁにしてみました。
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