妹に撃たれない方法   作:Brooks

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人生で初めての挿絵挿入。


第199話 制度で負ける国

 

 

ソロモン司令部の照明は、昼夜の区別を持たなかった。

 

厚い装甲と岩盤に囲まれた司令区画では、外の宇宙が明るいのか暗いのか、誰も気にしない。壁面の戦術表示だけが時間を刻んでいた。哨戒線、補給路、損傷艦の修理予定、前線MS隊の再編成表。その端に、新しくティターンズ系軍需工場から流れてきた断片情報が並んでいる。

 

ラコック大佐は、その情報をひとつずつ読み上げていた。

 

「バーザム改の増産は継続されています」

 

ドズル・ザビは腕を組んでいた。

 

巨体が司令卓の前に立つと、周囲の椅子や端末が少し小さく見える。顔には疲れがある。だが、疲れている時ほど、ドズルの言葉は短くなる。怒鳴る前に、要るものだけを拾う顔になっていた。

 

ラコックは続ける。

 

「光学送受信器の調整不良。高精度センサーの個体差。編隊同期の不安定。未調整出荷をめぐる責任問題」

 

端末の一角に、オルドリッジ少佐の更迭情報が表示された。

 

「補給担当士官一名が更迭されています」

 

ドズルは眉を動かした。

 

「責任を取らされたか」

 

「はい。工場側が未調整出荷の承認記録を残していました」

 

ラコックの声に、わずかな感心が混じる。

 

「現場主任は、かなり慎重な男です」

 

「慎重じゃなきゃ、ああいう場所で生き残れん」

 

ドズルはそう言って、表示された工場情報を睨んだ。

 

敵が困っている。

 

普通なら喜んでいい話だった。

 

だが、ドズルは笑わなかった。

 

「敵は増やしているんだな」

 

「はい」

 

「揃ってないだけだ」

 

「その通りです」

 

ドズルは重く息を吐いた。

 

「揃ってなくても来る」

 

ラコックは頷く。

 

「来れば脅威です」

 

「雑でも数で押されりゃ面倒だ。こっちのムサイは一隻ずつ商船を守ってる。ザクだって余ってるわけじゃない」

 

ドズルの拳が司令卓に置かれる。

 

叩いたわけではない。

 

ただ置いただけで、鈍い音がした。

 

「短期で決めに来るな」

 

「対策される前に数を出すつもりでしょう」

 

「なら、こっちは長く持たせる」

 

ドズルの目が細くなる。

 

「一発で勝とうとするな。沈まない。逃げ切る。時間を稼ぐ。そういう戦い方に変えろ」

 

それは、彼の好みの言葉ではなかった。

 

ドズルは本来、前へ出て殴る男である。だが、今はそれだけでは部下を殺す。好みより、生存を優先しなければならない。それが指揮官の役目だった。

 

ラコックは静かに答えた。

 

「各隊へ、交戦規定の改訂案を出します」

 

「急げ」

 

「はい」

 

ドズルは再び表示を見る。

 

バーザム改。

 

無人の機体。

 

揃わないまま増えていく人形。

 

それは未完成でも、弾を撃つ。

 

未完成でも、味方を殺す。

 

「敵が勝手に転ぶと思うなよ」

 

ドズルは低く言った。

 

「転びながら、こっちへ突っ込んでくる奴もいる」

 

――――――

 

本国。

 

ギレン・ザビの執務室は、いつものように整っていた。

 

机の上には資料が並んでいる。モビルドール量産不良。ティターンズ系工場の出荷記録。連邦経済会議の断片情報。宇宙通貨高、連邦通貨安。技術者流出。軍需向け低利融資。移動許可制。技術者登録制度。責任押し付けの記録。

 

どれも、単独では小さな情報だった。

 

だが、並べると形になる。

 

ギレンは一枚ずつ読んでいるのではない。全体を見ていた。兵器の出来、不良率、責任者の更迭。そこだけを見れば、敵の量産体制に乱れがある、で済む。

 

だがギレンの視線は、もう少し奥へ行っていた。

 

誰が部品を作るのか。

 

誰が調整するのか。

 

誰が署名するのか。

 

誰が責任を取るのか。

 

誰が逃げるのか。

 

戦争は、撃つ瞬間だけで成り立っていない。

 

ギレンは端末を操作した。

 

通信先はマ・クベ。

 

画面が開くまで、数秒の間があった。

 

やがて、マ・クベの姿が映る。背景は資源管理施設の一室だった。飾り気は少ないが、机の上に置かれた鉱石標本だけが、彼らしい趣味を残していた。

 

「総帥」

 

マ・クベは軽く頭を下げた。

 

「報告は見たか」

 

「概略は」

 

ギレンはすぐ本題へ入った。

 

「連邦の工場を撃つ必要はない」

 

マ・クベの目が、わずかに細くなる。

 

「工場へ届くものを止めろ」

 

沈黙が一拍だけあった。

 

マ・クベは理解した顔をした。

 

ギレンは続ける。

 

「キシリアと協力せよ」

 

その名が出た時、マ・クベの表情に小さな緊張が走った。彼はキシリアの部下であり、同時にギレンからの命令を受けている。この二つの間を誤れば、自分の首が飛ぶことを知っていた。

 

だが、ギレンの声には余計な駆け引きがない。

 

「高精度センサー、光学送受信器、通信素子の供給網を洗え」

 

「はい」

 

「買えるものは押さえろ」

 

「承知しました」

 

「止められるものは遅らせろ」

 

ギレンはそこで一度、言葉を切った。

 

「露骨に切るな。遅らせるだけでいい」

 

マ・クベは、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「流れを濁らせる、ということですな」

 

「そうだ」

 

ギレンの返答は短い。

 

「完全に止めれば、敵は別の道を作る。少しずつ遅らせれば、敵は今の制度の中で苦しむ」

 

マ・クベは頷いた。

 

「鉱石の選別と同じです。砕くより、流れの角度を変える方が、美しい場合がある」

 

ギレンはその比喩には乗らなかった。

 

「技術者は奪うな」

 

マ・クベが顔を上げる。

 

「逃げる道を作れ」

 

ギレンの指が、机の上の資料を軽く叩いた。

 

「自分で出てくる形にしろ。家族ごと移れる道、給与を受け取れる道、名目上は民生へ移る道を用意する」

 

「軍需から民生へ、ですか」

 

「表向きはな」

 

マ・クベは軽く息を吐いた。

 

彼はこういう命令を嫌いではない。正面から壁を壊すのではなく、壁の下の土を少しずつ削る。敵が気づいた時には、壁は自分の重さで崩れる。

 

「連邦は兵器で負けるのではない」

 

ギレンは静かに言った。

 

「兵器を動かす制度で負ける」

 

マ・クベは頭を下げた。

 

「承知しました」

 

通信が切れる直前、ギレンは最後に言った。

 

「キシリアには、私からも別に通す」

 

「助かります」

 

「助かるかどうかは、成果で決める」

 

マ・クベはもう一度、頭を下げた。

 

通信が切れた。

 

ギレンはしばらく画面を見ていた。

 

敵は新兵器を作った。

 

だが、その新兵器を支えるために、金利を歪め、人材を縛り、責任を下へ流し、現場を疲れさせている。

 

それは国家が強くなる形ではない。

 

短い時間だけ、拳を固める形だ。

 

拳は硬くなる。

 

だが、そのために血が止まる。

 

――――――

 

サイド7の居住区は、まだ新しい匂いがした。

 

建材の匂い。配線を通した後の金属の匂い。空調に乗る薄い消毒液の匂い。港湾区から離れた居住棟には、まだ人の生活が十分には染みついていない。

 

それでも、ここには落ち着きがあった。

 

エドワウの執務机には、経済資料が並んでいた。

 

為替情報。

 

宇宙通貨建て求人。

 

物流枠の予約状況。

 

部品調達リスト。

 

技術者移籍相談。

 

サイド7へ向かう民間船の乗船申請。

 

その横で、ララァが椅子に座っていた。

 

彼女は少しだけ言いにくそうにしている。いつものように静かだが、視線が机の端へ落ちていた。指先が膝の上で重なっている。

 

エドワウは資料から顔を上げた。

 

「どうした」

 

ララァはすぐには答えなかった。

 

少し間を置いて、口を開く。

 

「エドワウ」

 

「うん」

 

「上の弟と、上の妹が、上に来たいそうです」

 

ララァが家族写真を見せてきた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

以前濡れた写真から、修整してデータ化したものをプリントしてやったものだ。

 

エドワウは端末を閉じた。

 

ララァの言い方は、いつも少し不思議だった。

 

地球から宇宙へ。

 

彼女はそれを、上に来る、と言う。

 

だが、その言葉の方が正しいように聞こえる時がある。重い場所から、少し軽い場所へ行く。見えない圧から、少し離れる。

 

「家族から連絡があったのか」

 

ララァは頷く。

 

「はい」

 

一拍。

 

「地球のお金が、薄くなっています」

 

エドワウは、壁面端末の為替推移を見た。

 

連邦通貨安。

 

宇宙通貨高。

 

数字はすでに知っている。

 

だが、ララァの言葉にすると、それは別のものになる。

 

薄くなる。

 

買えるものが減る。

 

先の見え方が細くなる。

 

暮らしの輪郭がぼやける。

 

「仕事はあるのか」

 

「あります」

 

ララァは静かに言う。

 

「でも、先が小さくなっています」

 

「先が小さい?」

 

「はい」

 

彼女は少しだけ考えた。

 

「地球にいると、次の場所が見えません」

 

エドワウは黙って聞いた。

 

ララァの家族の顔が、頭に浮かぶ。

 

父。母。祖父。弟妹たち。赤ん坊を抱いた母親の姿。古い壁の前で並んだ家族。貧しさはある。だが冷たくはない。そこには生活があった。食事の匂いも、子どもの声も、手狭な家の騒がしさもある。

 

ララァは、その家族を捨ててきたわけではない。

 

離れてきただけだ。

 

「こっちは、仕事があります」

 

ララァは言った。

 

「学校もあります」

 

「寝る場所もあります」

 

それから、少しだけ目を伏せる。

 

「だから、上に来ます」

 

エドワウは、その言葉を聞いていた。

 

市場では、それを人材流入と呼ぶ。

 

統計では、移住希望者増と呼ぶ。

 

連邦側では、流出と呼ぶかもしれない。

 

だがララァは、ただ家族の話をしている。

 

仕事がある。

 

学校がある。

 

寝る場所がある。

 

それだけの話だった。

 

「止める理由はないな」

 

エドワウは言った。

 

ララァが顔を上げる。

 

「いいのですか」

 

「もちろんだ」

 

彼は端末を操作した。

 

「家族単位の移送枠を増やす。住居、学校、医療、身元保護。給与は宇宙通貨建てを基本にする」

 

ララァは黙って聞いていた。

 

「技術者だけを呼んでも続かない。家族が暮らせなければ、結局戻る」

 

エドワウはララァを見る。

 

「人は働く場所に来るんじゃない」

 

一拍。

 

「暮らせる場所に来る」

 

ララァは小さく頷いた。

 

「はい」

 

その声は静かだった。

 

けれど、少しだけ柔らかい。

 

「弟は、機械を触るのが好きです」

 

「なら、学校と実習先を探そう」

 

「妹は、まだ迷っています」

 

「迷える場所も必要だ」

 

ララァは少しだけ笑った。

 

「それは、よい場所です」

 

エドワウは視線を外した。

 

「人を奪うつもりはない」

 

「はい」

 

「ただ、来たい者を拒む理由もない」

 

ララァは窓の外を見た。

 

サイド7の居住区には、まだ空きがある。人が来る余地がある。学校も、住居も、仕事も、これから増やせる。

 

人工の光の下で、子どもたちが廊下を走っていく。

 

その中に、自分の弟や妹が混じる姿を、ララァはほんの少しだけ想像した。

 

それは夢ではない。

 

手続きの話になりつつあった。

 

そのことが、少し怖く、少し嬉しかった。

 

――――――

 

ギレンは軍用地図を見ていた。

 

エドワウは市場端末を見ていた。

 

場所は違う。

 

見ているものも違う。

 

だが、二人の視線は同じ場所へ向かっていた。

 

ギレンの前には、連邦の軍需制度がある。

 

命令、調達、工場、責任、補給、前線。

 

そのどこか一つが止まれば、兵器は戦場へ届かない。届いても、揃わない。揃わなければ、想定した戦い方はできない。

 

ギレンは報告官へ言った。

 

「命令が通らない国家は戦争に負ける」

 

報告官は姿勢を正した。

 

ギレンは続ける。

 

「命令書があるだけでは、部品は届かん。署名があるだけでは、機体は揃わん」

 

同じ頃、エドワウは別の資料を見ていた。

 

契約、為替、物流、求人、住居、教育。

 

どれも経済の言葉だった。

 

だが、それは生活の言葉でもある。

 

「契約が通らない市場は機能しない」

 

エドワウは低く言った。

 

財団スタッフが顔を上げる。

 

「契約は成立しています」

 

「成立しているだけだ」

 

エドワウは端末を指で示す。

 

「届かない契約は、現場では存在しないのと同じだ」

 

ギレンは言う。

 

「責任を下に押しつけるほど、現場は動かなくなる」

 

エドワウは言う。

 

「責任を取らない契約は、誰も守らない」

 

二人は互いの言葉を聞いていない。

 

だが、同じものを見ている。

 

連邦は、兵器を作った。

 

正しい兵器だった。

 

しかし、それを支える制度が、自分の重みで歪み始めている。

 

――――――

 

本国で、ギレンは指示を出した。

 

「モビルドール対策訓練を標準化しろ」

 

報告官が端末へ打ち込む。

 

「ビーム攪乱粒子の濃淡運用は、各方面軍で試験」

 

「短距離光学通信の規格化は技術部へ回せ」

 

「ムサイ級への艦内管制方式は、開発案として整理する」

 

そこでギレンは一度、言葉を止めた。

 

「ただし、完全無人化は急ぐな」

 

報告官が顔を上げる。

 

ギレンは言った。

 

「人を中枢に残せ」

 

この一言だけは、ゆっくりだった。

 

連邦は人を削ろうとしている。

 

ジオンは、人を足りない場所へ届かせようとしている。

 

同じ技術でも、使い方で国の形が出る。

 

ギレンはさらに続けた。

 

「情報部へ」

 

「はい」

 

「連邦の部品調達先を追え。光学送受信器、高精度センサー、通信素子。製造拠点、輸送経路、調整技術者」

 

報告官の手が動く。

 

「技術者流出先は保護または誘導。ティターンズ内部の責任問題は観察しろ」

 

「妨害は」

 

「急ぐな」

 

ギレンは短く言った。

 

「どこで詰まっているかを先に見ろ」

 

戦争は、工場を爆破すれば終わるものではない。

 

工場を支える部品、部品を支える技術者、技術者を支える生活、生活を支える通貨。

 

そのどこかが弱れば、戦場へ届く前に兵器は古くなる。

 

ギレンはそれを知っていた。

 

派手な破壊より、遅れの方が効く場合がある。

 

敵が自分の制度の中で苦しんでいるなら、その苦しみを少し長く続けさせればいい。

 

ギレンの目には、前線ではなく、前線へ向かうすべての道が映っていた。

 

――――――

 

連邦側では、通知が配られていた。

 

技術者登録制度。

 

移動許可制。

 

宇宙企業への転職審査。

 

整った文字で書かれた通知は、整っているがゆえに冷たかった。

 

ある官舎では、若い技術者がそれを読んでいた。

 

机の上には、宇宙企業からの返信がある。

 

住居あり。

 

家族移送可。

 

教育支援あり。

 

給与は宇宙通貨建て。

 

彼は通知を読み終える前に、宇宙企業への返信文を開いた。

 

「今出ないと遅れる」

 

隣にいた同僚が言った。

 

「何が」

 

「手続きだ」

 

若い技術者は短く答えた。

 

「いや」

 

少し間を置く。

 

「人生が」

 

工場では、バーザム改が並んでいた。

 

未調整の機体。

 

再検査待ちの機体。

 

書類上は出荷可能な機体。

 

ラインは動いている。

 

だが、そこで働く者の目には疲れが濃くなっていた。

 

連邦は若者を止めようとした。

 

だが、その通知は、出発を早めただけだった。

 

――――――

 

ギレンは報告書を閉じた。

 

エドワウは市場端末を閉じた。

 

二人は別々の場所にいた。

 

片方は本国の執務室。

 

片方はサイド7の居住区にある仮の執務室。

 

だが、言葉は同じ場所へ落ちた。

 

ギレンは言った。

 

「連邦は、兵器ではなく制度で負ける」

 

その声は静かだった。

 

怒りも、侮りもない。

 

ただ判断だけがあった。

 

同じ頃、エドワウは窓の外を見ていた。

 

人工の光の下を、家族連れが歩いている。

 

「連邦は、金ではなく仕組みで詰まっている」

 

ララァが彼を見る。

 

エドワウは続けた。

 

「金があっても、暮らせない場所には人は残らない」

 

遠くで、民間船が港湾区へ入っていく。

 

宇宙へ向かう者。

 

宇宙へ来る者。

 

地球を離れる者。

 

戻るつもりのない者。

 

その流れは、まだ細い。

 

だが、細い流れでも、止まらなければ川になる。

 

一方、工場には未調整のバーザム改が並ぶ。

 

別の格納庫では、ジオンの有人MSが整備されている。

 

技術者が工具を持ち、整備兵がコックピットを覗き、パイロットが機体の癖を確かめる。

 

戦争は前線だけで決まらない。

 

兵器を作る者。

 

運ぶ者。

 

整備する者。

 

署名する者。

 

家族を連れて移動する者。

 

そのすべてが動かなければ、どれほど新しい兵器も戦場へ届く前に古くなる。

 

そして連邦は、そのすべてを動かす仕組みを、自分の手で重くしていた。

 




なお、家族写真はアニメの一場面からおこしてます。
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