妹に撃たれない方法   作:Brooks

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第2話 赤い子どもと青い書類

 

朝というものは、たいてい誰かにとって都合がいい。

そして政治における朝は、だいたい誰かの葬式の翌日にやってくる。

 

ダイクンの死から十日ほど経ったころ、サイド3の空気は少しだけ乾いていた。乾いているというのは、よい兆候ではない。人間も都市も、少し湿っているくらいがちょうどいい。乾きすぎると、余計なものに火がつく。思想とか、噂とか、家族会議とか。

 

私の執務室の窓から見える工廠ブロックは、朝の人工光を浴びて、鈍い銀色に光っていた。巨大なシリンダーの内部にもう一つ世界があるというのは、何度見ても少し滑稽だ。人類は地球を出てまで、配管と通路と会議室を再生産する。自由を求めて宇宙に来たはずなのに、出来上がるのはだいたい役所だ。

 

机の上には、二種類の書類が積まれていた。

ひとつは、ダイクン派残党の動向。

もうひとつは、連邦軍艦艇の最新配備予測。

 

どちらも人を不幸にする書類だが、前者は刺すように不幸で、後者はじわじわ不幸だった。

 

秘書官がノックして入ってきた。

 

「ギレン様、ラル家より面会の申し入れです」

 

私はペンを止めた。

 

「誰だ」

 

「ジンバ・ラル、それにランバ・ラルも同行とのことです」

 

私は椅子にもたれた。ついに来たか、と思った。

ダイクン家とラル家。この世界で最も扱いの難しい“正統性の残り香”だった。人は死ぬ。しかし家名と遺恨は、死体より長持ちする。

 

「断ると面倒になるな」

 

「はい」

 

「通せ」

 

秘書官は一瞬だけためらった。

 

「護衛は増やしますか」

 

「いや、減らせ」

 

「減らす、ですか」

 

「多すぎる護衛は、相手に“あなたを逮捕する気はまだありません”と伝えるより先に、“逮捕も考えています”と伝える。人間は微妙な数を数える生き物だ」

 

秘書官は、理解したような、していないような顔で下がった。

 

数分後、ジンバ・ラルが入ってきた。年齢の割に背筋がまっすぐで、目はまだ焼け跡みたいに熱かった。ああいう目をした人間は、理想が自分の寿命より長いと信じている。厄介な種類の誠実さだ。その隣に立つランバ・ラルは、まだ若い。だが、体格だけはすでに一人前で、軍服が似合いすぎて少し可笑しいくらいだった。

 

「ギレン・ザビ殿」とジンバは言った。

「ラル殿」と私は答えた。

 

互いに腰は下ろしたが、心までは座らなかった。

 

「率直に申し上げます」とジンバ・ラルは言った。

「ぜひそうしていただきたい。遠回しな言葉は時間だけを消費する」

 

「ダイクン議長の遺児、キャスバル様とアルテイシア様の安全を、どのように考えておられるのか」

 

私はランバ・ラルのほうを見た。彼は黙っていたが、黙り方がよかった。主君の言葉を補わない男は信用できる。少なくとも、補いすぎる男よりは。

 

「安全」と私は繰り返した。「いい言葉だ。しかし大抵の場合、その言葉は危険な場所でだけ使われる」

 

ジンバは少しも笑わなかった。

 

「議長の死について、不自然な点が多い」

 

「この宇宙には不自然な死が多い」

 

「しかし今回は特に多い」

 

「その“特に”を証明する材料は?」

 

「ない」

 

「では現時点で、それは信念だな」

 

ジンバの眉がわずかに動いた。

彼は怒りを抑えるのが上手かった。そういう人間はたいてい、抑えた怒りを長期保存できる。

 

「私が欲しいのは証明ではない」と彼は言った。「時間です」

 

「何のための」

 

「子どもたちをここから出すための」

 

予想どおりだった。

私は予想どおりのことを言われると、少しだけがっかりする。政治は大半が予想どおりでできている。そのくせ、破滅だけはたいてい予想どおりに来ない。

 

「どこへ」

 

「地球へ」

 

「それは困る」と私は言った。

 

「なぜ」

 

「ひとたび地球へ出れば、彼らは“悲劇の遺児”になる。宇宙にいれば子どもだが、地球へ行けば旗印になる。人間は距離があるほど物語を美化する」

 

ジンバ・ラルは私をまっすぐ見た。

 

「では、あなたはここに置いて守ると?」

 

「場合による」

 

「信用できませんな」

 

「私も同感だ」と私は言った。「私も私をあまり信用していない」

 

そこでランバ・ラルが初めて口を開いた。

 

「失礼」と彼は言った。

低いが無駄のない声だった。

「信じる、信じないの話ではない。現実の話をしたい。遺児を公然と動かせば、どのみち誰かが利用する。ならば、表向きは静かに保護し、裏で逃がす手もある」

 

私は彼を見た。

若いのに、話が早い。あまりに早いので、将来はきっと苦労するだろうと思った。

 

「君は現実的だな、ランバ・ラル」

 

「理想だけで人は食えません」

 

「いい家訓だ」

 

ジンバはわずかに不満そうだったが、否定はしなかった。

 

私はそこで一枚のカードを切った。

 

「条件がある」

 

「何でしょう」

 

「ダイクン家の遺児を守る護衛に、ラル家の人間を入れる。だが護衛の任命権はザビ家が持つ」

 

「監視ではないか」とジンバが言った。

 

「護衛と監視は大抵、制服の色が違うだけだ」

 

「傲慢ですな」

 

「正確と言っていただきたい」

 

ジンバ・ラルの顔に、明確な嫌悪が浮かんだ。

私は嫌われることには慣れていた。むしろ、中途半端に好かれるほうが苦手だった。

 

「返答は保留させていただく」

 

「もちろん」

 

二人が立ち去りかけたところで、私はランバ・ラルを呼び止めた。

 

「君だけ残れ」

 

ジンバ・ラルの目が細くなった。

ランバは一瞬だけ主君を見て、それからうなずいた。

 

部屋に二人きりになると、空気の張り方が変わった。ジンバ・ラルの信念は濃い香水みたいなものだ。退室すると少し呼吸が楽になる。

 

「何でしょう」とランバが言った。

 

「君は戦える顔をしている」

 

「褒め言葉かどうか判断しかねます」

 

「軍人には褒め言葉だろう。少なくとも今は」

 

私は工廠ブロックを指で示した。

 

「連邦は我々を見下している。見下している相手ほど、面倒な敵になる。彼らは遅いが、鈍く重いものは一度動くと止まらない」

 

「戦争になる、と」

 

「準備は必要だ」

 

彼は黙った。

“必要”と“望む”は違う。その違いを理解している顔だった。

 

「君を試験的に軍の訓練計画へ入れる。表向きは治安維持名目だ」

 

「それは買収ですか」

 

「先行投資だ」

 

「何を期待する」

 

「妙な英雄願望を持たないこと。命令を文字どおりには受け取らないこと。目の前の兵を無駄死にさせないこと」

 

ランバ・ラルは少しだけ笑った。

 

「難しい注文だ」

 

「だから君に言っている」

 

彼は敬礼こそしなかったが、軍人らしい短い礼をして出ていった。

 

その日の午後、キシリアが執務室へやってきた。

ノックはしたが、許可は待たなかった。彼女はいつも、礼儀を形式として尊重し、本質として無視する。

 

「ラル家と会ったそうね」

 

「情報が早いな」

 

「兄上の部屋の前をうろうろしている人間がいれば、だいたいわかるわ」

 

「護衛の再教育が必要だな」

 

「兄上の趣味に合わせるなら、再配置という言葉を使うべきね」

 

彼女は窓際まで歩き、工廠の方を見た。

人工光が彼女の横顔を薄く削っていた。若いのに、ひどく完成された刃物のような顔だった。

 

「ダイクン家をどうする気?」

 

「利用されないように利用する」

 

「最低」

 

「最高だろう。政治家としては」

 

「正直すぎるのも下品ね」

 

私は肩をすくめた。

 

「そちらこそ、何を考えている」

 

「キャスバルを消せば後腐れはないわ」

 

私はゆっくり彼女を見た。

「それは停戦協定違反に近い」

 

「近いだけよ。兄上と私の停戦であって、他家まで含めた覚えはない」

 

「含めるべきだ。敵を増やすと、結局、最後に一番近い相手を撃つことになる」

 

「それは経験談?」

 

「残念ながら」

 

キシリアは少し笑った。

それから、机の上の連邦軍資料に目を落とした。

 

「戦争準備、進めているのね」

 

「防衛準備だ」

 

「言い換えは政治家の最古の趣味よ」

 

「実際、まだその段階だ。兵站、艦艇、生産ラインの見直し、訓練計画――どれも地味で退屈だ」

 

「でも兄上はそういう地味なものが好きになった」

 

「派手な結末を一度見たからな」

 

彼女は資料の一枚を拾った。

連邦の巡洋艦配備図だ。

 

「モビルワーカーの拡張案もあるのね」

 

「ある」

 

「兵器転用?」

 

「工業用機材は、だいたい少し想像力を足せば兵器になる」

 

「夢のない話」

 

「兵器に夢を見る方が危険だ」

 

彼女は紙を戻した。

 

「兄上、ひとつ教えてあげる。連邦との戦争は、政治が決める前に現場が始めることがある」

 

「知っている」

 

「本当に?」

 

「未来で嫌というほどな」

 

私はそう言ってから、舌打ちしたくなった。

キシリアの目が細くなったからだ。彼女は私の言葉の滑りを聞き逃さない。

 

「兄上」と彼女は言った。「最近、ときどき“知りすぎている”」

 

「お前もだろう」

 

「ええ」

 

その一言で、部屋の空気はまた均衡に戻った。

互いに秘密を握っている兄妹は、変な意味で礼儀正しくなる。

 

その夜、私はダイクン家の仮住まいに足を運んだ。

表向きは弔意と保護体制の確認。実際には、未来の赤い亡霊がまだ子どものうちに、少しでも別の道を探れないか試したかった。

 

屋敷は静かだった。静かすぎる家には、だいたい二種類ある。幸せで静かな家と、何かを失って静かな家だ。ここは明らかに後者だった。廊下の絨毯は柔らかく、照明は控えめで、使用人たちは必要以上に足音を消していた。人間は悲しみのある家では、音を減らす。

 

応接室で待っていたのは、キャスバルとアルテイシアだった。

キャスバルは椅子にまっすぐ座り、年齢よりずっと年上の目をしていた。アルテイシアはまだ小さく、けれど兄よりも自然だった。子どもらしさは、強さの一種だと思う。

 

「こんばんは」と私は言った。

 

キャスバルは少し遅れて答えた。

「こんばんは、ギレン・ザビ」

 

呼び捨てではなかったが、敬称もなかった。

たいしたものだ。私はその年齢で、そこまで美しく敵意を包めなかった。

 

「眠れているか」

 

「眠れます」

 

「食事は」

 

「食べています」

 

会話が、病院の問診票みたいだった。

アルテイシアが私を見て言った。

 

「お兄さま、この人こわい顔してる」

 

「知ってる」とキャスバルが言った。

 

私は少しだけ救われた気がした。

子どもがいる場で、正確な感想を言われるのは悪くない。大人はそこに余計な修辞を加える。

 

「怖い顔で悪かった」と私は言った。

 

「いつも?」とアルテイシア。

 

「だいたい」

 

「かわいそう」

 

その一言は、たぶんこの一週間で最も正確な評価だった。

 

私はキャスバルに向き直った。

 

「君たちの安全について、いくつか手を打つ」

 

「誰から守るのです」

 

「それを言うほど愚かではない」

 

「では、信じろと?」

 

「信じなくていい。ただ、生き延びろ」

 

キャスバルは私を見た。

その目の奥には、まだ言葉になっていない何かがあった。怒りか、誇りか、その両方か。未来で赤い彗星になるものの、まだ核だけがそこにあった。

 

「あなたは父上を尊敬していましたか」と彼が訊いた。

 

難しい質問だった。

私はダイクンを尊敬していたわけではない。だが軽蔑もしていない。大きな理念を持つ男は厄介だが、それでも理念なしに世界を動かす連中よりはましな場合がある。

 

「一部は」と私は言った。

 

「一部だけ」

 

「全部を尊敬できる人間など、めったにいない」

 

キャスバルは小さくうなずいた。

それが理解のうなずきなのか、記録のうなずきなのかはわからなかった。

 

屋敷を出ると、夜気が少し冷たかった。もちろん本物の夜気ではない。空調管理された人工の冷たさだ。それでも、疲れた頭にはちょうどよかった。

 

車に戻る前に、私は門の陰に一人の少女が立っているのに気づいた。アルテイシアだった。さっきまで応接室にいたはずだ。

 

「どうした」と私は訊いた。

 

彼女は躊躇なく言った。

 

「あなた、お兄さまと同じ顔するときがある」

 

「誰のことだ」

 

「キャスバルお兄さま」

 

私は黙った。

 

「怒ってるときじゃなくて、考えてるとき」と彼女は続けた。「こわいけど、ちょっとさびしい顔」

 

私は返事に困った。

子どもはときどき、大人が一生かけて言語化できないことを数秒で片づける。

 

「君は観察が鋭いな」

 

「みんなそう言う」

 

「それは将来、少し大変だぞ」

 

「あなたも?」

 

「かなり」

 

彼女はそれで満足したのか、屋敷の中へ戻っていった。

 

私は車に乗り込み、しばらく何も言わなかった。

運転手も気を利かせて黙っていた。優秀な部下というのは、沈黙を埋めない。

 

翌週、工廠視察があった。

巨大な建造ブロックには、まだ“兵器”とは呼ばれていない金属の塊が並んでいた。作業員たちは溶接の光を浴びて、短い稲妻の中で働いていた。鉄と油と焼けた樹脂の匂い。戦争の準備は、たいてい思想より先に匂いで始まる。

 

技師長が設計図を広げた。

 

「作業用機動機械の改修ですが、推力比を上げれば宇宙空間での機動性は――」

 

「名前はどうでもいい」と私は言った。「動くか、壊れるか、量産できるか、それだけを先に話せ」

 

技師長はうなずき、要点だけを述べた。

良い兆候だった。人間は戦争が近づくと、比喩を減らす。

 

視察の最後に、私は訓練区画を見た。

そこにランバ・ラルがいた。模擬小隊の動きを見て、短い指示だけを飛ばしていた。怒鳴らない。必要以上に褒めない。死なない動きだけを教える。ますますいい。

 

彼は私に気づいて敬礼した。

 

「どうだ」と私は訊いた。

 

「兵は育ちます」と彼は言った。「ただし、思想で腹はふくれません」

 

「最近その意見をよく聞く」

 

「正しいからでしょう」

 

私は少しだけ笑った。

 

そのとき、警報が鳴った。

 

短く、鋭く、嫌な音だった。

工廠全体の照明が一段階落ち、赤い補助灯が点いた。

 

「何事だ」と私は訊いた。

 

副官が駆け寄ってきた。

「外縁ブロックで爆発です。小規模ですが、搬送ラインが一部損傷。内部工作の可能性があります」

 

私は即座に思った。

始まったな、と。

 

ランバ・ラルの顔つきが変わった。

若い軍人の顔から、現場指揮官の顔になる速度が速い。

 

「封鎖を」と彼が言った。

 

「いや」と私は制した。「封鎖は後だ。まず火災区画から民間作業員を出せ。次に記録端末を押さえろ。犯人探しはそのあとでいい」

 

「ですが――」

 

「犯人は逃げる。だが焼けた作業員は戻らない」

 

ランバ・ラルは一瞬だけ私を見て、短くうなずいた。

彼はすぐ動いた。そういう男は使いやすい。後から恨まれても、現場で役に立つ方がいい。

 

爆発そのものは小さかった。

だが、被害よりも意味が大きかった。

誰かが、こちらの戦争準備を知っている。あるいは、知っていると見せたい。どちらにしても、舞台の幕はもう上がりかけていた。

 

その夜、私は執務室で報告書を読んでいた。

連邦の工作か、ダイクン派の急進派か、それとも父の周辺が意図的に揺さぶっているのか。候補は多すぎた。政治は犯人が多すぎる場所だ。

 

ドアが開き、キシリアが入ってきた。

 

「兄上、見た?」

 

「工廠爆破の件ならな」

 

「いいえ。もっと面白いもの」

 

彼女は一枚の写真を机に置いた。

そこには、爆発現場近くの搬送通路を走る小柄な人影が写っていた。顔はよく見えない。だが、連れの男の横顔には見覚えがあった。

 

ジンバ・ラルだった。

 

私は写真を見たまま言った。

「趣味が悪いな」

 

「ええ。でも便利」

 

「捏造の可能性は?」

 

「ある。けれど、ない可能性も高い」

 

私は目を閉じた。

ラル家はダイクン家を守りたい。だが守るために火をつける人間もいる。理想家というのは、子どもを守るために世界を燃やすことがある。

 

「どうするの」とキシリアが訊いた。

 

「まだ動かない」

 

「珍しい」

 

「ジンバ・ラルを潰せば、ランバ・ラルは敵になる。ランバ・ラルを敵に回せば、キャスバルの記憶に余計な線を一本足す」

 

「兄上にしては、ずいぶん詩的な言い方」

 

「疲れているんだ」

 

キシリアは机の端に腰をかけた。珍しいことだった。彼女はふつう、何かに寄りかからない。

 

「ねえ、兄上」と彼女が言った。「あなた、もしかして戦争そのものより、戦争のあとを怖がってる?」

 

私は少し考えた。

 

「両方だ」と答えた。「でも、あとに残る子どもの方が、もっと怖い」

 

キシリアはその答えを気に入ったのか、気に入らなかったのか、わからない顔をした。

 

「それで」と彼女は言った。「次は?」

 

私は窓の外を見た。

人工夜景の向こうで、工廠の赤い警告灯がまだ点滅している。宇宙の夜に、誰かの焦りだけが規則正しく瞬いていた。

 

「次は」と私は言った。

「ラル家を割る。ダイクン家は動かさない。連邦にはまだ気づかれたくない。工廠は逆に稼働を上げる。

そして――」

 

「そして?」

 

「キャスバルを、一度だけ工廠へ連れていく」

 

キシリアはゆっくり首を傾げた。

 

「どういう趣味?」

 

「世界がどうやって壊れるかを、早いうちに見せておく」

 

「残酷ね」

 

「親切だ」

 

彼女は笑った。

珍しく、声を出して。

 

「兄上」と彼女は言った。「やっぱりあなた、相当いやな人間よ」

 

「知っている」

 

「でも前回より少しだけまし」

 

「それも知っている」

 

彼女が出ていったあと、私はしばらく写真を見つめていた。

ジンバ・ラルの横顔。走る影。揺れる赤灯。

どれもまだ決定的ではない。だが歴史はたいてい、決定的な証拠ではなく、こういう半端な断片の集積で動いていく。

 

私は写真を裏返した。

机の上には、新しい夕食会のメモがあった。

 

一、武器検査。

二、飲料共有禁止。

三、ラル家の話題はデザートの後。

四、ガルマの前で露骨な敵意を見せないこと。

五、可能なら笑うこと。

 

最後の一行だけ、我ながら無理があると思った。

しかし無理のある目標というのは、ときどき国家目標より役に立つ。

 

窓の外で、工廠の灯がゆっくりひとつ消えた。

それは被害の収束を意味するのか、誰かの仕事の始まりを意味するのか、まだわからなかった。

 

ただひとつ確かなのは、

ダイクン家も、ラル家も、連邦も、そしてザビ家自身も、

もう誰ひとり“ただの家族”ではいられないということだった。

 

それでも来週、私はまた夕食会を開くつもりだった。

スープを飲んでいるあいだだけでも、人は引き金から指を離す。

たとえその直後に、別の書類へ手を伸ばすとしても。

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